第67話 新艦戦難航せり

 1942年に入れば日本海軍の主力戦闘機である零式艦上戦闘機の無敵神話はもう見られなくなった。速度性能で勝るBf-109は改良型を次々と繰り出したかと思えば戦術も見直されており、いくら熟練兵を揃えても互角が精々の厳しい状況が明らかとなり始めている。幸いにも戦地の下は友軍が展開して撃墜されてもパラシュート脱出で救助された。よって、貴重な熟練搭乗員の消耗は最少で済み練度の高さで抵抗する。もっとも、現在はイギリス空軍のスピットファイア戦闘機が台頭してメインの座を譲り渡した。本当は彼らが防空を担うべきであり、当然と言えば当然かもしれない。


 そんな海軍は最後まで零戦で貫徹するつもりはさらさらなかった。直ちに零戦の後継戦闘機の開発を始めさせるが、あまりにも零戦の完成度が高かったことから開発は難航を余儀なくされる。開発を担当する三菱社は計画こそ提示したものの高難易度で間に合うか微妙なところだった。やむを得ない、ここは中継ぎ選手の投入が求められるが局地戦闘機は転用できない。まさか零戦で戦い続けるわけにもいかないため困り果てた。


 そこに思わぬ提案を受ける。


「アメリカ海軍の次期主力艦上戦闘機が物にならない。したがって、我が海軍に機材から技術者まで全て提供し改良を全面委託した。見事に花開いて完成した場合は日本海軍の艦戦として運用しても一切構わない。そこまでの機体を押し付けたのか?」


 英語で書かれた書類を慎重に眺めるは日本海軍吉良俊一中将だった。彼は航空機開発部門の長に座り自身の経験からパイロット視点の指示を飛ばす。中将と階級こそ高いが若き頃は日本初の空母『鳳翔』へ国産艦上戦闘機による着艦と発艦を連続成功させた。つまり、彼の努力が無ければ今の世界最強空母機動部隊はあり得ないのである。

 自分が艦載機の試験で苦しんだ経験を活かすべく新型艦上戦闘機についても目を光らせた。しかし、三菱社の後継機開発は遅々として進まず部品は揃っても上手くいかない。どれだけ個々の部品が優れても全体に纏め上げる作業は簡単なことではないのだ。


 そんな時に政府間は無視して水面下で接触を図るアメリカ海軍から予想外の相談が寄せられる。米海軍も同様に次期主力艦上戦闘機の開発に苦しみ、どうにもならない悶々とした日々を過ごした。しかし、アメリカ自慢の馬鹿げた工業力を発揮して中継ぎ投手を素早く投入している。これは流石としか言えないが中継ぎであり大本命の主力を一日でも早く欲した。開発が中々進まないことに業を煮やすと世界最強にして最先端をひた走る日本海軍に依頼する。


 ニミッツ提督ばかり注目されるが日米海軍の繋がりは決して細くなかった。日露戦争の勝利から両海軍は交流を深めており、政府間の仲が悪くなっても海軍はどうでもよくて堪らない。別に領土を奪おうとせずアジアの独立を訴えただけに過ぎないだけで政府は過敏が過ぎた。政府の目から逃れて現場は独自にパイプを維持し続けている。直近では文官的なキンケイド提督が動き始めて自慢の調整力を活かし日米太平洋艦隊の創設を画策した。


閑話休題


 アメリカ海軍より打診があったのはヴォート社のF4U艦上戦闘機である。いかにもアメリカらしい頑丈な設計が組まれ簡単に墜落しない打たれ強さを持った。それでいて2000馬力級エンジンによる高速性、特徴的な逆ガル翼の生む運動性を両立させるとは驚かざるを得ない。総じて素晴らしい戦闘機だが艦上戦闘機にしては着艦の難易度が高かった。事故の危険性が高いことより運用は凍結されて改善を急がせる。この時には既に中継ぎのF6F戦闘機が頭角を現し始め、敢えてF4Uを使う意味が薄れると危機感を覚えた。腐らせるのも勿体ないため日本海軍へ初期型を提供し、且つヴォート者の技術者も派遣する大盤振る舞いで改良を依頼する。こちらがお願いする立場のため改良を終えた機体は日本海軍で運用してもらっても構わないとオマケを付けた。


(ここにある三菱社のA7Mと見比べると面白い。こうも同じ点が幾つか見つかる以上は上手く行くに違いなかった。エンジンもダブルワスプを基にしているから纏め上げは容易だろう。もう少し身体が頑丈なら試験飛行したいものだ)


 彼がテストパイロットを務めたという「昔取った杵柄」が発揮される。細部の細部まで把握でき下手な高級将校よりも遥か知識と経験があった。零戦後継機とされるA7MとF4Uは機体設計で似た点が幾つか見受けられ全く違う機体とは言い辛い。最たる例としては主翼が逆ガル翼であることだ。後者の方が角度が大きな逆ガル翼という違いがあっても大きくは同じである。


 エンジンも2000馬力を追求した空冷星型18気筒(9気筒の複列)で共通したが、両機のエンジンが兄弟と言うべき間柄であることは興味深かった。F4Uに搭載されるエンジンはプラット・アンド・ホイットニーのR-2800こと通称『ダブルワスプ』だろう。これはF6Fでも採用される傑作なのだが日本は早期から目を付けた。限定的な対日禁輸時はイギリス経由で輸入したが、現在は審査を挟めど直接的に購入することが可能になっている。アメリカより様々なエンジンを輸入しては研究に用いて国産の2000馬力級を生み出す糧にさせた。


 国産品では三菱社か中島・川西社の寡占状態だが後者が一歩先を走る。14気筒の『二光』で実績を積み18気筒へ発展させる際に先駆者を倣うことは必然だった。光系統がカーチス・ライトのサイクロン系列であることからワスプ系列を倣うとは異端かもしれない。もっとも、サイクロン18の開発が難航してダブルワスプの方が総じて好ましいという身も蓋もない理由が存在した。更にワスプ系列は試験用・研究用として開発した試作機で存在して完全に一から開発ではない。


(リヒャルト・フォークト博士も加わって貰えるよう頼まなければ。使える手は全て費やす。それが総力戦というものだ)


 後継機どころか大半の機体にリヒャルト・フォークト博士が参加した。対潜哨戒機『東北』に代表される非対称機を世に送り出した天才である。ただし、独特な非対称機を主力戦闘機に据えることはせず、他の技師と協力した上で専ら航空力学に基づいた主翼の設計に携わってもらった。前も述べた通り彼の設計は理に適って後の旅客機で発展形が採用されるなど決して奇才でも狂人でもない。むしろ、航空力学の発展に寄与した世紀の功労者だ。


 それはさておき、吉良中将が思考を重ねていると卓上の電話がけたたましく鳴る。電話を通して各所から報告・連絡・相談が寄せられ、思わずげんなりすることも少なくなかった。しかし、今回ばかりは喜色を漂わせる報告らしい。報告は手短に行われても彼の表情と仕草からして極めて重要でもあった。


「そうか、そうか。ドイツ空軍の新型戦闘機を鹵獲したとは。よし、直ちに本国まで送れるよう手配する。確認だが、メッサーシュミットの改良型ではないのか?」


「いえ、機体形状からして全く異なりました。液冷大国たるドイツにしては異例の空冷エンジンが確認されています。まだ、隅々まで調べ切れていませんがメッサーシュミットではないと断定しました」


「よくわかった。こちらで指示を出すが徹底的にして入念な準備を以て確実に本土まで移送させる」


 電話を切ると胸をなでおろす。その内容はドイツ空軍の新型戦闘機を鹵獲したということだ。対空砲火で撃墜した機体が運よく着水して損傷していたが鹵獲に成功する。イギリス海峡の空戦では従来のメッサーとは違う機体が確認され、スピットファイア戦闘機が一方的に撃墜される事態が発生した。


 これはフォッケウルフ社のFw190A型らしい。Bf-109は優れた戦闘機に間違いなかった。しかし、DB601エンジンは繊細な体質で過酷な戦場では稼働率は芳しくなく、精密が求められて生産数が絞られて予備も潤沢には容易されない。よって、空軍はかねてより懸念を示した。そこで、堅実を求めた補助戦闘機をフォッケウルフ社に発注する。同社のタンク博士は先進的な設計とBMW社の新型空冷エンジンを採用し、且つ頑丈で前線でも修理が容易い設計を施すことで使い勝手に優れたFw190を送り出した。


 それを鹵獲できたというのだから喜んで当たり前だろうに。直ちに本土への移送を命じたが急いでは確実を欠いた。大西洋航路は通らず米国経由太平洋横断航路を通らせたり、軍艦を回してガチガチに固めた警備体制を敷いたり、技術者を総動員したりと採るべき手は全て打たせている。


「まさに…僥倖か」


続く

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