第66話 国産重爆撃機の夢

 アレクサンドリアの郊外にアメリカ軍が建設した飛行場には米軍機だけでなく日本機も離着陸する。戦闘機と襲撃機は国境線の前線飛行場に配備され、ここは戦略爆撃軍が使用する。彼らは海軍と陸軍から完全に独立して戦略爆撃に集中した。


 今日も今日とてシチリア島への戦略爆撃を完了した15機の重爆撃機が帰投する。お日様が昇ってから暫く経った朝に帰投した。米軍との調整より夜間爆撃から早朝爆撃を担当する。米軍爆撃隊と時間帯を分けることで隙のない爆撃を与えた。夜は飛行できる戦闘機は少なく人間の活動も鈍る。迎撃を受けて傷ついた機こそあれども被撃墜はゼロだった。


 地上で待っていた多国籍の整備員は急いで向かう。アメリカ軍仕込みの超効率的建設により飛行場は広大を極めた。格納庫や掩体壕も置かれアメリカの超国力の真髄を見せつけられる。損傷機を優先したり負傷者を運び出したり、てんやわんやの大騒ぎを呈した。


「酷いな…ドイツの野郎も諦めやがれ」


「馬鹿言うな。あいつらも死ぬ気で戦っている」


 高射砲の対空砲弾を受けたらしく至る所に破孔が見られる。75mm高射砲や88mm高射砲の威力は絶大で昼間爆撃の米重爆の損耗率は高かった。これに高性能な迎撃機が加わると大損害は必至である。ドイツ空軍は未だに強力を維持して果敢にもB-17やB-24に食らいついた。


「空中戦艦の名前は伊達じゃないな」


「重爆撃機『宝永』の整備は大変なんだが」


「マニュアルがあっても、手入れするのは馬鹿みたいにくたびれる」


「それもお国のためじゃない。友のためなら何でもござれ」


 整備員泣かせとまでは言わないがボロボロで帰投されると修理や整備は大変なのだ。B-17やB-24も世界一線級の重爆撃機として知られるが日本機は互角かそれ以上の頑丈さで驚かれる。また、国内二大航空機メーカーの重爆撃機を同時並行で使用するが甲乙つけられなかった。現にアメリカ軍はB-17とB-24を併用してイギリス軍は3種をドイツ本土爆撃に差し向けている。


 日本の重爆撃機の性能は目を見張った。それは自由フランス空軍が購入する程でありイギリス空軍も資料用に購入する。自前主義のアメリカは表向こそ無視を貫いているが本音では研究対象にした。ここ10年で世界最強の航空戦力にのし上がった日本は世界を席巻している。


「エンジンは無事だ!」


「OK!」


「こっちもだ!」


 交換用の部品は大量生産されて紅海経由で送り届けられた。基本的には各国が自前で用意する。しかし、危険度の高い大西洋航路を通るイギリスとアメリカは日本に生産を委託した。無償のライセンス生産と言うべき契約を結び英米の重爆撃機を入手することに成功する。そして、日本は戦略爆撃軍という恐れるべき存在を作り上げた。


 さて、それでは機体を見て行くとしよう。


 今回帰投した重爆は中島・川西社の『宝永』と呼ばれた。ただし、厳密に言うと川西の方が開発を主導したが本来は飛行艇で名を轟かせた。大型機としては九七式大艇で実績を得て経験を積んでいる。中型機も九九式飛行艇を開発してイギリス軍が採用する傑作機を世に送り出した。九九式は双発の飛行艇であり人員輸送から対潜哨戒まで幅広く対応し、四発機に匹敵する航続距離の長さからUボート・ハンターとして各方面で戦っている。


 それから直近に正式採用された最新機が二式大艇で最高傑作となった。大型飛行艇としては高速・重武装・重防御の三拍子が揃い、敵地への強行偵察で飛んだ際は迎撃機を返り討ちにする。自機は撃墜されず敵機を撃墜する姿から「フォーミダブル」や「空の戦艦」と讃えられた。


 このような傑作機があれば基にしない訳がないだろうに。分厚い主翼の高翼配置は航続距離延長と爆弾搭載量増加に繋がるが問題はエンジンに収束した。前の機体がX型24気筒液冷エンジンで野心という野心が詰め込まれる。不屈の努力を以てしても信頼性に欠けて兵士からの評判は芳しくなかった。基になった二式大艇は堅実さから三菱社『火星』を採用している。しかし、モアパワーの重爆撃機では不足が否めなかった。


「H型24気筒の液冷は勘弁してほしいぜ」


「あぁ、まったくだ」


「前のX型も大概だがH型も冗談に納めて欲しかったさ。でも、これで奴らの基地をぶっ壊す爆弾をたっぷり詰め込める」


「そう考えれば頑張るしかねぇ」


 日本人のみならずアメリカ人まで愚痴をこぼすエンジンはH型24気筒エンジンである。ライセンス生産がマーリンに移った愛知航空はロールスロイス社と合同で大型機向けの大馬力エンジンを志向した。従来のX型は諦めて新しくH型を考案する。更にロールスロイス社の新機軸を与えて安定性を確保した。そして、現EE社(旧ネイピア社)のセイバー計画が途中参加して数々の問題を解決していく。


 普通に考えたら傑作マーリンをH型にするだろうが、課題は山積し続けて困難との見方が広まった。やむを得ない、ここはセイバー計画を流用した2000馬力で妥協する。様々な壁に当たりながら解決してH型24気筒のセイバーエンジンは二段二速過給機を搭載し2200馬力を発揮した。


 ハイパワーのエンジンに応えるべく機体構造は洗練される。二式大艇の頑丈さを引き継ぎながら飛行艇の装備を取り払った。大量の爆弾を遠くまで運びながら撃墜されない重防御が求められる。よって、最初から速度は捨てた設計が組まれボロボロでも飛行できる頑丈を有した。とは言え、全部盛り込んでは飛べないためアメリカ軍の専門家を招致し効率的な防御を研究する。優れた頭脳を持つ専門家はバイアスを排除した防御を提案した。燃料タンクは難燃ゴムで覆われて自動消火装置も標準搭載している。二式大艇譲りの航続距離は7000kmを叩き出したが、最大武装の場合は5000kmまで落ち込むため超長距離偵察でない限り最大航続距離は出せなかった。


 この潤沢な装備ではハイパワーも削がれ最高速度は500km/h弱と鈍足と評する。最大装備では更に低下してしまった。もっとも、高速爆撃機は前線向けの双発機に一任して足の速さは論外である。この速度性能では敵機から容易に食い付かれた。


 そこで、敵機を振り払うべく防御機銃は充実する。機首操縦席左右に12.7mmブローニング単装機銃が2基、胴体中央部左右に同単装機銃が2基、胴体下部ゴンドラに同単装機銃1基の計5門だ。これに加えて、胴体前部左右に20mmイスパノ単装機銃2基、胴体後部同連装機銃1基、胴体上部タレット同連装機銃1基、機首前部同単装機銃1基の計7門が与えられる。総合計としては12.7mm5門と20mm7門を足した12門により全方向へ弾をばら撒いた。


 肝心の爆弾は高翼配置のおかげで爆弾槽に最大8tまで積載できる。60kg爆弾の絨毯爆撃は250kg爆弾に交代しており、1t爆弾の水平爆撃で敵艦を屠り去ることも可能とされ汎用性に富んだ。余談だがイギリスが制作する超重量爆弾トールボーイの搭載は追加装備が必要だが出来なくはない。ランカスターやハリファックスが届かない範囲の敵地へ痛撃を与える際には採用されるかもしれなかった。


「ひえ~やべぇぞ」


「急げ! 今度はB-17が出るぞ!」


「勘弁してくれよぉ…」


 随所で弱音が聞かれるが戦場とは最前線には限らないようである。


続く

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