第65話【後】超重戦車計画

 東部戦線でソ連が持ち堪えている間に連合国軍はフランス解放の作戦を練りに練って「ああでもない、こうでもない」と議論を重ねた。なお、ここでの連合国軍とは日英米を主として自由フランスや亡命オランダ。亡命ポーランドを含めた多国籍軍である。日英米仏が軍を出して枢軸国軍と戦うが亡命政府はレジスタンス等から得た情報を解析したり、ドイツ軍の暗号を解読したりと情報戦を担当した。特に亡命ポーランドは暗号解読のスペシャリストでありイギリス情報機関の舌を巻かせた。


 話を戻して、フランス解放には大きな障害が存在する。海岸線には堅牢なコンクリート防護壁がずらりと並べられた。砲撃や爆撃では簡単に壊せない分厚い壁はどうにかして破壊しなければならない。別の地点に上陸して大きく迂回する案も出ているが、一刻も早くパリを解放するためには最短距離を通りたかった。この壁を壊すためロケット自走機雷『パンジャンドラム』が開発されている。


 この他では工作活動に特化した工兵隊に戦闘力を付与した戦闘工兵隊がイギリス軍に設置された。味方の援護を十分に受けられない強襲上陸時に自衛と工作活動を両立させるため、重装甲だけが取り柄の歩兵戦車を流用して工作活動に特化した派生を生み出す。いわゆるAVREと呼ばれる戦闘工兵車両は新型重戦車チャーチルが基にされた。安心と信頼の歩兵戦車の流れから鈍足だが装甲厚100mm以上の重装甲で銃砲撃に耐え工作活動を行う。


 しかし、イギリス軍だけでは手が足りなかった。アメリカ軍は援軍を派遣するが基本の上陸兵力ばかり。日本軍の手を借りることに収束するが強襲上陸作戦のパイオニアにして最強の自負があっても、防護壁の破壊行為自体は戦闘工兵に任せることで妥協せざるを得なかった。そして、壁を破壊した後に上陸部隊が安全に進撃できるよう重装甲戦闘車両の新規開発を決定する。


~中華民国・満州工場~


「第一案は超重戦車で第二案は自走式臼砲の装甲化。どちらも一長一短あり決め難い」


「超重戦車は破壊力に欠けますが隙を生じさせない。ただ、実現可能性は低くオイ計画を発展させても厳しい」


「自走式臼砲は実用化できて装甲化は容易くある。圧倒的な火力はコンクリート防護壁を破壊できる。ただ、隙が大きくて敵に接近されると為す術なく撃破された」


 中華民国の満州は兵器の試験を行うのに最高の環境が整っていた。潤沢な資源を糧に軍需工業が建設され日本軍向けも生産している。ここでは戦車工場も存在してチトやケホが開発されて試験を経た上で北アフリカに投入された。開戦前からイギリスやフランスの技術者が集結していることもあり、上陸作戦に求められた戦闘車両開発の本部がこの地に設置される。


「装甲化された自走式臼砲が最先端となり敵弾を弾きつつ、圧倒的な火力を吐き出して防護壁を破壊する。そして、開けた穴から超重戦車が交代し先行して露払い。これが一番の理想だが…」


「我が国ではインディペンデント重戦車を開発した経験がある。チャーチルが採用された実績もある」


「それなら祖国はシャール2C重戦車を作ったことがある」


「まぁまぁ…」


 戦車の祖国イギリスと戦車の最先端フランスのプライドが衝突するのを日中が宥める奇妙な状況が広がった。軍からの要求は大火力・重装甲であり速度は犠牲にしてよく生産数も少量である。何でもかんでも求めはしなかったが実現可能性が付き纏った。


 第一案は超重戦車計画である。戦車の枠には収まらないロマンの塊たる超大型だ。陸上戦艦とも言うべき大火力と重装甲を兼ね備える計画は列強諸国で十人十色ながら存在する。イギリスはA1E1インディペンデント重戦車を開発し多砲塔戦車を開拓した。フランスはシャール2CやFCM-F1を開発したがドイツの侵攻で消え去る。ソ連もT-35陸上戦艦を開発したが欠陥だらけでパレード専用だった。日本は国産化が遅れたため試作止まりが続き前年の41年に100t超重戦車計画が立てられる。


「軍は突撃砲と言っているが全周囲に対応できない固定戦闘室は好ましくなかった。我が軍の主力が中戦車で自走砲は前線に出ていないことが証明だろう。自走式臼砲では突撃砲となるのが問題だ」


「そうは言っても、大口径砲を載せた砲塔はそれだけで中戦車程の重さとなる。装甲を削ってもどうにかなる範疇じゃない」


「多砲塔は以ての外か…」


 100t超重戦車計画を修正する形で第一案は進んだ。日英仏の技術者や軍人が缶詰になって煮詰めていく。最初期の多砲塔案については早々に蹴られる。多砲塔は主砲塔を旋回させなくても副砲塔で対応できることが魅力だ。しかし、構造は複雑になる上に重量が嵩んで信頼性は地に落ちてしまう。どうにかして超重戦車を実現するためには多砲塔は切る。


「装甲厚200mmの車体と砲塔だけで100tに迫ってもおかしくない。そこに主砲と弾薬まで加われば150tになる」


「150tか。もはや決戦兵器だぞ」


 100t戦車の時点でとんでも重さだが要求を満たすためには150tが予想された。ドイツの対戦車砲は5cmPak38から75mmPak40に変わり、中途半端な装甲ではアウトレンジから撃ち抜かれる。更には88mm高射砲の有用性に気付くと対戦車砲に転用した。100mmの重装甲でさえ貫徹を許す危険性から比類なき200mm装甲が提示される。更にソ連のT-34-76の採用した傾斜装甲を取り入れて防御力を高めようと試みた。ただし、既存戦車については採用を見送る。これは傾斜装甲が防御力を得る代わりに車内容積を圧迫し、搭乗員の居住性を著しく低下させるという欠点が明らかになったからだった。T-34の傾斜装甲は革新的だが兵士からは悪評が多い。T-34はその火力でも装甲でもなく、単純な物量で押し潰したに過ぎなかった。一応だが超重戦車では元々の車体が巨大過ぎて容積減少は意味を為さないだろう。


「エンジンはどうする?動かせるのか?」


「航空機用の液冷ガソリンエンジンを使用する。マーリンを基にした600馬力を2基並列で1200馬力なら20km/hは確保できる。航空機の物ならば出力は高く頑丈であるから信頼に値した」


 航空機用のガソリンエンジンを流用することは一般的だ。どの国でも行うことで堅実と評せる。彼らが選択したのはイギリス・ロールスロイス社のV型12気筒マーリンエンジンだった。日本機も採用したケストレルエンジンの流れを汲む新型であり、イギリス謹製過給機を追加することで1500馬力を叩き出す。これを戦車用に直したのがミーティアエンジンであり巡航戦車に使用された。しかし、日本陸軍はマーリンを独自に手直しした統制ガソリンエンジンを開発中であり、ミーティアと全く同じかと聞かれれば答えは「否」が返される。これを2基並列に配置することで単純計算で2倍の出力を発揮させて最低限の速力を確保した。


「足回りへの負担は想像を絶する。下手に新しいサスペンションを選ぶのは危険だと思う」


「同感である。しかし、日本式サスペンションでも難しい」


「原点に戻るしかなかろう。小型転輪多軸式でチャーチル戦車を倣い、走破能力を重視する」


 超重量を支えるサスペンションは下手に新機軸を詰め込むと破綻しかねない。したがって、原点回帰して小型転輪多軸式を採用した。このサスペンションは古典的な設計だが頑丈で堅実性に勝り整備も簡単である。多量のコイルを設けることで超重量を分散させ負担を軽減した。デメリットは大馬力エンジンを搭載しても速度が出ないこと。もっとも、視点を変えれば速度を求めない車両では不整地走破能力の高さを活かし敵地突破用に使えた。強襲上陸作戦の防護壁を乗り越えて内陸部へ突き進む運用には丁度良い。


「エンジンと足回りは用意できそうで装甲は工夫して軽量化を図る。最も重要なのは主砲だが」


「単に敵陣地を破壊するなら戦車砲より野砲・榴弾砲が好ましい。だが、日本軍には最大で15cm砲しかないはず」


「おっしゃる通り。15cm以上となれば対要塞兵器になった」


「大口径の火砲と考えれば、やはり臼砲じゃないか?」


 敵地を砲撃する目的のため対戦車砲は除外されて野砲・榴弾砲が好ましかった。しかし、日本軍の野砲は75mm/100mm/150mmの三種が基本である。超重戦車にはそぐわなかった。どれもこれも機械化砲兵師団の自走砲に搭載され面白みに欠ける。かと言って、20cm級の大砲は大型トラクター牽引式の対要塞兵器となり車載化は困難を極めた。車載化できる大口径砲は臼砲が存在するが第二案のメインとなる。


「破砕砲はいかがか?」


「破砕砲?」


「口径165mmの大口径の榴弾砲で短砲身だから射程距離は短く山なりに飛ぶ。炸薬量は20kgに迫り一撃の破壊力は臼砲に匹敵した。まだオードナンスで開発中だがフランスと日本が加われば加速する」


「なるほど、短砲身であれば軽量で仕上がる。反動も凄まじいだろうが100t越えの車重で受け止められるか」


 イギリス王立の兵器開発局は戦闘工兵の創設に伴い大口径砲の開発を始めた。25ポンド野砲や105mm榴弾砲では破壊できないトーチカに対し有効打を与える。そこで、165mmという少し中途半端な大口径の破砕砲が計画された。榴弾の発射に適した短砲身であり車載化のため重量は軽くなる。反動を戦車自体が受け止めるため同じ対戦車砲でも車載の方が軽くなる傾向があるのだ。


「臼砲で実用化した補助装填装置と装填手3名でどうにかなる。私の伝手でオードナンスから試作品を手に入れよう。アメリカ経由ならば時間はかかるが安全に運搬できる」


 イギリスから日本を訪れるにはアメリカ経由しか用意されていない。大西洋ルートは軍艦しか通過を許されなかった。安全な太平洋を通るにはアメリカ東海岸を経由してパナマ運河を通過する。今度は西海岸に寄ってから太平洋横断航路で一路日本を目指した。アメリカ参戦により日米関係は修復の道を辿り親和外交の幣原内閣のおかげで日米航路は復活を果たし、単独で行われた悪名高き対日禁輸措置も全面解除される。


「やれやれ、こいつはとんでもないことになるぞ」


 はてさて、世紀の一大プロジェクトは成功するのか興味深く思われた。


続く


~後書き~

〇仮称150t突撃戦車

コンクリート防護壁を破壊して敵陣を突き進む超重戦車である。まだまだ実現は先と思われて無理の声が多くあがるが技術者達は本気だ。


主砲:オードナンス165mm破砕砲

装甲:砲塔200mm/100mm/50mm

   車体200mm(傾斜)/80mm/50mm

エンジン:統制600馬力ガソリンエンジン並列2基1200馬力

最高速度:整地20km/h

     不整地8km/h

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