第62話 老兵艦隊未だ沈まず

 地中海の戦いが佳境を迎えている頃にジブラルタル要塞が動いた。イベリア半島南部の端っこにあり、地中海の出入口として超が付く重要な拠点である。ここを拠点にしてマルタ島への強行輸送作戦が行われた。イギリス海軍はH部隊という艦隊を常駐させてヴィシー・フランスやイタリアの海軍を閉じ込めている。


 しかし、北方船団を狩る仮装巡洋艦やUボートの対策で戦力を割かれた。H部隊もジブラルタル常駐が難しくなるとアメリカ海軍に空母機動部隊を要請する。敢無く補給が難しいからと拒否されてしまった。日本海軍の四四艦隊は修理を終えたがドイツ本土戦略爆撃に向かい、第二機動部隊はイギリス本土防衛に従事して固定され、有馬機動部隊はマダガスカル島で兵員補充と修理に日々を費やす。水上打撃艦隊は地中海でシチリア島砲撃に忙殺され、余剰の水雷戦隊を大要塞の防衛に置くには不足が否めなかった。イギリス海軍が自前で艦隊を用意するとしても小振りな駆逐艦部隊が精々だろう。戦艦は各地に引っ張りだこで海軍軍縮条約により新造艦を得られなかったことが悔やまれた。


 ただ、要塞常駐の艦隊ではなく海上砲台という名目で老兵艦隊が提供される。戦力としては一線級はもちろん二線級にもならなかった。いや、腐っても戦艦で旧式と雖も装甲は分厚く撃たれ強い。敵潜水艦に対する脆弱性が致命的だが要塞所属の海防艦や駆潜艇で封じた。


 あくまでも移動式の砲台と考えれば十分である。


~ジブラルタル大要塞~


 老齢艦で構成された海上砲台は地中海から出てくるだろうヴィシー・フランス及びイタリアの海軍を待ち構えた。敵の空軍はマルタ島を経て北アフリカに集中し空襲の恐れは低い。したがって、割と余裕があり老将と若き参謀は語り合った。


「輸送船団の護衛任務から一転してジブラルタル大要塞の防人となれ…随分とイギリス海軍は困窮しているようだ」


「直近の報告では地中海艦隊も損耗激しくあり、アレクサンドリアは我が軍の水雷戦隊が守っています。戦艦こそ保っていますが空襲や雷撃で傷ついておりひっ迫は避けられません。アメリカ海軍も戦力を出し渋って11月の大反抗作戦まで温存するときました」


「まぁ、あれだけモンロー主義で不干渉を掲げていた眠れる大国なのだ。当然と言えば当然かもしれん。もっとも、持ちうる力を小出しにしては面白くなかった。どうせなら一気にドカンと放出し圧倒したい」


「今更出てきていながら恩を売りつける。フィリピンとグアムを包囲されておいて余裕が見えますね」


「あの国の底力は半端に収まらない。大量生産と大量消費を以て押し潰す戦いは真似できない。だが、我らは質で勝り強襲上陸作戦は世界で最も進み研鑽を積んだ。アメリカが主役にはならんよ」


 ここに配置された艦隊は堀復帰大将が率いられる老齢な戦艦でしかない。戦艦『敷島』『朝日』『富士』の3隻はジブラルタル大要塞に縛られた。洋上砲台の役割が与えられた以上は自走することは僅かである。自走する時は輸送船団の邪魔にならないよう道を開ける程度だ。燃料の消費は少なく弾薬も使わない置物と化したが、定期的に油槽船と輸送船から洋上補給を受け不測の事態に備える。


 そして、与えられた任務の詳細は1942年11月に予定される日米軍合同の敵前強襲上陸作戦まで封鎖することにあった。北アフリカで懸命に耐える友軍を助けロンメル軍団の背後を衝く。したがって、モロッコとアルジェリアに強襲上陸する作戦が策定された。それまでは未だ健在のヴィシー・フランスとイタリアの海軍を封じ込める。生憎なことにアメリカ海軍は戦力の放出を渋り続けた。日本は日英同盟のため緒戦から大戦力を投入している。アメリカは傍観を貫いて途中から恩を売るように陸軍を派遣し始めた。なんと恩着せがましいことか。


 皮肉なことに不干渉を採った副作用で経験に欠けた。敵地への強襲上陸作戦は簡単に出来ることではない。ただ、日本軍は強襲上陸作戦のスペシャリストで知られて経験も技術も豊富に有した。軽戦車を上陸させられる特大発や中戦車専用の戦車揚陸艇を持ち侮れない。歩兵を銃砲撃から守る装甲軍団を最初から上陸させられた。また、最近は水陸両用戦闘輸送車両の開発に成功している。これにより歩兵は輸送船から乗り換えず直接上陸できるようになった。


「上陸作戦時にはアメリカ海軍の艦隊に自由フランス艦隊を含めた水上打撃艦隊が参加する。ニミッツ大将は機動部隊を派遣できないことを謝ったらしい。あの提督は只者ではないようだ」


「ベルリン空爆作戦を成功させたころで一気に大将まで昇格し、我ら海軍との連携を重視した文官的な提督と聞きました。実際は配下の中将や少将が戦場に赴くようです」


「あの提督は私以上の切れ者にして人間力も素晴らしい。有馬少将と私的な連絡を持ち戦況をひっくり返すのは見方によれば正しくない。しかし、それだけの胆力を持っている」


 色々と煩い政府を黙らせて抜群の調整力を発揮し日本軍を主力に置いたのは他でもないニミッツ大将である。彼はベルリン空爆作戦の成功を高く評価されて一気に大将にまで昇進した。一見して急激な人事だがそうでもない。ニミッツ少将自体は元より大将が有力視された。


 日本海軍の有馬少将と私的なパイプを作って多方面に顔が利く。この戦いで頼るべきうは日本海軍だった。もちろん、イギリス軍も特殊部隊や諜報部隊で助力を得ている。それでも、圧倒的な火力という実力を堅持した彼らが適任であり頭を下げて頼んだ。ニミッツ提督の頼みとあらばと快諾してくれ陸軍にも話を通し、満州から引き上げた大部隊を上陸部隊に確保する。日本の陸海軍は親友たるイギリスを助けるという共通の意識があり、その団結力は極めて高くして強くあり崩れなかった。


「航空参謀、確認したいことがある」


「はっ、何でありましょうか」


「例のシチリア島に対する戦略爆撃は効果をあげているのか?」


「戦略爆撃軍の行っていることですので、詳細の詳細までは把握できていません」


「構わんさ」


 彼らは老齢艦隊で空母はおろか水上機母艦もない。しかし、堀大将は時代の流れに機敏に反応して航空参謀の設置を強く求めた。世紀の天才の求めである以上は断り切れず、若くて将来が見込まれるが経験の浅い者を派遣して堀大将の下で学ばせる。


「戦略爆撃と言いますが実際はドイツ・イタリア軍の基地を叩きました。敵空軍は精強なりますが高高度からの侵入には対応できません。飛行場から海軍基地まで幅広く破壊しています。しかし、敵の本拠地ということもあり復旧は早く効果が出ているかと聞かれますと…」


「いや、出ている。早い復旧はそれだけ資材と人員を消費させて国力締め上げる。我が国やアメリカ、イギリスはまだしもだ。ドイツとイタリアは資源が心許ない持たぬ国である。戦争のため用意した資材はここ数年で食いつぶした。それを加速させたことは立派な戦果と言えよう」


「なるほど。よく、わかりました」


「よいか? 戦果は表だけで判断してはならん。裏の隅々まで見て考えることだ」


「はっ! 肝に銘じておきます」


 戦略爆撃軍はシチリア島への爆撃を繰り返して資材の消費を強いた。戦争準備のためみ用意した資材は消えていく。それが彼らの狙いであり単純に戦力を削ぐだけが戦いではなかった。とは言え、敵地への侵入のため被害も多く初期に行われた爆撃は相応の被害を出している。


 現在はアメリカ軍よりB-17の提供を受けて使用した。イギリス空軍からはスターリング、ハリファックス、ランカスターを貰い受ける。様々な重爆撃機を見て知って研究して国内では新型純国産重爆撃機が開発された。既に輸送船で分解された形で初期生産型が到着し組み立てられる。砂漠の環境でも動くことを確認次第に本格的な運用を開始する予定だった。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか楽しみだなぁ」


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る