第61話 アドミラル・シェーアの最期

 戦場が激しく動いているとは言うものの陸上戦が大半を占めた。海は小規模な戦闘が散発しているだけに過ぎないが、ドイツ海軍は日英同盟海軍の前には非力でもUボートに限っては恐ろしかった。日英同盟の輸送船団にアメリカが加わって輸送の規模はグンと跳ね上がり護衛も相応に固められている。しかし、ドイツの潜水艦戦術は強力無比を誇り多くの輸送船団が沈められた。レーダー対策を整えて戦術も磨かれると鼬ごっこの様相を呈する。駆逐艦や護衛空母を動員しても優れた潜水艦は完封出来なかった。


 ただし、Uボートにも限界がある。魚雷の数は多くなく燃料が無くなればUボート・バンカーに戻る必要があった。護衛艦でガチガチに固められて水上機が飛び回る敵船団への攻撃は困難を極める。したがって、護衛艦を粉砕して輸送船団を壊滅させられる水上艦の通商破壊作戦が再開された。ビスマルク轟沈を受け下火だった活動は再点火されたが専ら仮装巡洋艦を含めた巡洋艦が担う。


 そんな巡洋艦を狙うハンターが日本海軍より差し向けられた。


~北欧海域~


「このところ、アメリカからソ連へ向かう輸送船団が襲撃されている。敵さんは大胆にも島へ砲撃を加えてもいるようだ。勢いが止まらんなぁ」


「輸送船団が壊滅した事実を踏まえ敵艦の威力からしますと、とてもですが仮装巡洋艦の襲撃とは思えません。これはドイツ海軍の重巡洋艦と推測します」


「私もそう思う。これだけの範囲を縦横無尽に動き回れるような艦は重巡洋艦しかない。電探手は影を逃さないよう」


 日本海軍はイギリス海軍の承諾を得た上で水雷戦隊を投入する。北欧を通過するのはアメリカの対ソ・レンドリース船団であるが、ここでアメリカに恩を売り戦後交渉を有利に進める政治が込められた。もちろん、ドイツ海軍の重巡洋艦を撃沈することに越したことはない。


 現時点の派遣日本艦隊は3個空母機動部隊、1個水上打撃艦隊、水雷戦隊多数、その他多数とされた。空母機動部隊は修理中と出撃中で空となり水上打撃艦隊は地中海で暴れている。必然的に水雷戦隊が投入されたが機動力で勝り敵艦捜索には適任と思われた。そして、海域と言うフィールドが北欧海域であることからナルヴィク襲撃の実績がある木村昌福少将の水雷戦隊が出撃する。旗艦艦隊型軽巡『羅臼』を筆頭に特五型駆逐艦『夏雲』『峯雲』『霞』『霰』を従えた。今回は敵艦の捜索任務ということで最新装備を携え、艦橋に立つ木村少将はいつも以上に神経を尖らせている。


「敵艦は恐らくドイッチュランド級装甲艦こと重巡『アドミラル・シェーア』であろう。小型の船体に28cm砲を6門を有する強力なポケット戦艦らしいが、決して油断してはいけない」


 それから数日が経過して偽装油槽船から補給を受けた木村水雷戦隊は捜索を続けた。北方船団を狙う不届き者の排除という目的はソ連側にとっては嬉しい。相互に連絡こそ取っていないが日本海軍の動きは「敵の敵は味方理論」で黙認されていた。カラ海から帰投する敵重巡を待ち伏せるため、敵が再上陸して建設した拠点であるナルヴィク近郊に展開する。Uボート出現の恐れは輸送船団の攻撃に出張中のようで低かった。


 しかし、近代改修で取り付けられた最新装備は僅かな歪みを見逃さない。


「感あり。数は4」


「ここを通る輸送船団はいるか?」


「常時でしたらあります。ただ、敵艦の動きを鑑みて迂回航路を採っているため…」


「間違いなく、通商破壊作戦真っ只中の敵艦が入り込んだな」


 北欧海域を通過する輸送船団は多くあるが最近の損害から航路を変更した。したがって、ここら辺を通る船は通商破壊作戦に従事する敵艦に絞られる。敵艦を探知したのは最新型の水上レーダーだった。日本とイギリスの研究者と技術者が日夜改良に励み、新しく開発された最新型は小型・軽量でありながら数十キロを満遍なく索敵し、島や浅瀬を誤探知することも減って信頼性が増している。伝統的に熟練見張り員を擁する日本海軍もレーダーを全面採用せざるを得なかった。


「敵はアドミラル・シェーアに駆逐艦を加えています。数では勝っていますが28cm砲の一撃で逆転される恐れがあります。いかがいたしましょうか」


「敵駆逐艦は後回しでよい。だが、ここでアドミラル・シェーアだけは沈める。雷撃戦用意」


「雷撃戦用意!」


「両舷の魚雷を発射し直ちに退避し敵弾回避に努める。28cm砲は多くて6発しか飛んでこない」


 高練度で知られる日本海軍の水雷戦隊は彼我の距離を遠距離に設定する。敵駆逐艦の12.7cm砲と特型駆逐艦の12.7cm砲は口径こそ互角だが、砲門数で勝り自動装填装置もある特型が優位に立った。したがって、狙うべきはアドミラル・シェーアに収束し必殺の雷撃戦に移行する。酸素魚雷はその威力と雷速に加えて他国製の数倍以上の射程距離を誇った。アウトレンジ雷撃は命中精度が著しく低下する弱点を孕むが練度と投射量で補う。また、敵艦は重巡洋艦にしては低速のため簡単には回避できないと判断した。アドミラル・シェーアはドイッチュランド級装甲艦で重巡洋艦に分類されても実際は戦艦である。


 あっという間に雷撃戦の用意を整えた木村水雷戦隊に対し、ドイツ艦隊は突如として出現した日本艦隊に驚いた。敵を落ち着いて見れば軽巡と駆逐艦の小規模な捜索部隊と分かり積極攻撃を選ぶ。こちらは数こそ少ないが高精度・高威力の28cm砲を提げたアドミラル・シェーアがいるのだ。ドイツ海軍の栄光に賭けて日本艦隊を叩きのめす。


「敵艦発砲!」


「遠い、遠すぎる。こちらが巡洋艦や戦艦であれば通用する手だが、35ノットには当たらん」


 唯一射程圏内に納めている28cm砲が火を噴くも6門の砲が初弾命中する奇跡は起こり得なかった。35ノットで走る小型艦に命中させられる技量は無い。敵艦はクルリと反転して距離をとる動きを見せたことから戦闘の回避を選んだ。


「遠弾!」


「魚雷が当たらなかった時は素直に撤退する。また来られるのだから、無理はせん」


 魚雷が命中しなくても突撃する手も残されたが壮絶な殴り合いは御免である。敵艦は腐っても戦艦級であり肉迫したくなかった。夜戦という環境が整っていればだが今は真昼間で動きは筒抜けとなる。魚雷が命中して戦闘力を一気に奪い去ってから突撃したかった。


 一定の距離を保つ中で28cm砲弾が海へ突っ込んでは大きな水柱を立てる。至近弾すら貰わず遠弾か近弾で挟まれることもなかった。そもそも小型艦のため的が小さいことに加えて35ノットの快速について来れない。どんなに優れた大砲でも扱う人間が及ばなければ本末転倒だ。


 ドイツ海軍の致命的な弱点が露呈した瞬間だろう。彼らは持つ戦力が日英同盟に比べて弱小であることは分かり切っていた。まともに戦っては叩き潰されるため格上が相手の場合は戦闘を避ける。ドイツ海軍の通商破壊作戦は非武装か軽装の輸送船団が相手だからこそ成立した。しかし、真っ向勝負の海戦は一転して不利で勝ち目はない。これにより損害を抑えてきたが消極的な姿勢より実戦経験が不足しがちだった。知識と経験の絶対な不足から指揮官は判断ミスを犯し、各員も慌てふためき対応できない。


 最高速25ノットで猛追するアドミラル・シェーアだが遂に年貢の納め時が訪れた。全力砲撃で一隻たりとも逃さない姿勢は一瞬にして瓦解する。左舷に2本の水柱が立ったかと思えば大破孔が生じて失速を余儀なくされた。あまりにもの衝撃で15cm副砲が吹っ飛ぶか拉げている。特型駆逐艦の61cm酸素魚雷が直撃した結果だが想像以上の損害を与えた。


「全艦突撃せよ!」


 敵重巡が被雷したことを確認すると木村水雷戦隊は全速力で敵艦隊への突撃を敢行する。射程圏外で大人しくしていたZ5型駆逐艦は仰天して迎撃するが、12.7cm単装砲5門の火力では受け止め切れなかった。高練度と自動装填装置を組み合わせた数値に出ない火力は圧巻に尽き、水雷戦隊の高速戦闘でありながら続々とZ5型は被弾する。


「本艦は敵重巡を狙え。主砲及び副砲は艦上構造物を集中的に砲撃せよ」


 特型駆逐艦が敵駆逐艦を相手している隙に羅臼はアドミラル・シェーアに照準をつけた。水雷戦決戦思想と大量生産を前提にした艦隊型軽巡である羅臼の主砲は特型駆逐艦と同じ八九式12.7cm連装砲(改三型)である。諸外国が15cm砲を選択する中で12.7cm砲は威力不足が顕著でも速射で勝負した。艦上構造物を片っ端から掃射するには十分と思われる。


「敵艦炎上!」


 酸素魚雷の直撃に猛砲撃を受けるアドミラル・シェーアは忽ち炎上した。元々が排水量20,000tにも満たない小柄な船体に28cm砲を搭載している。更に15cmと10cmの副砲も追加すれば極めてアンバランスな艦となり防御が犠牲になった。速力との兼ね合いもあり防御力は高くなく、至近距離から撃ち込まれる小口径砲弾の猛射を阻むことは叶わない。建造当時の事情からギリギリを攻めて実現させたドイッチュランド級装甲艦は日本海軍からすれば無理が過ぎた。


 酸素魚雷の直撃で一時的に戦闘不可能に陥った艦に降り注ぐ砲弾は無慈悲を極める。分厚い装甲に覆われた主砲は難なく弾き返したが副砲や機銃など最低限の箇所は見る影もなかった。大量の砲弾を食らったアドミラル・シェーアは忽ち廃艦と化す。最初の酸素魚雷を被雷した時点で勝負は決まった。他国の重巡洋艦に比べ水雷防御に優れていることは事実である。もっとも、想定以上の比類なき威力を秘めた酸素魚雷の前には通用しなかった。


 最終的にZ5型駆逐艦は大破か中破して戦闘不能に陥る。アドミラル・シェーアは被雷と大炎上で戦闘能力を削がれた上に零距離砲撃を受けて地獄を見せた。反撃しようにも実質的に包囲された状況では無茶であり、10cm副砲が放った数発を峯雲と霞に直撃させたが小破に留まる。


 この戦いはアドミラル・シェーアの悲劇と呼ばれることになった。ヴンターランド作戦は完全に失敗し、ドイツ総統ヒトラーは海軍の失態に激怒して水上艦を海上砲台に転用することを命じる。


 もっとも、木村水雷戦隊には関係のないことだ。


 最後に木村昌福少将はこう述べて締める。


「敵艦の勇猛果敢さは我らに負けずとも劣らなかった。この海戦を忘れてはいかん」


続く

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