第60話 恐れよロンメル軍団!空の兵に隙は無く!

8月


 冬が終わり春を経て夏に入ると各方面は一気に動いた。独ソ戦こと東部戦線ではドイツ軍が雪解けを合図に夏季攻勢に打って出る。陸上兵力と航空兵力で勝っているとの判断だろうが、客観的な視点を以て実際を知ればソ連と互角程度と見積もられた。ソ連は緒戦こそ防御が瓦解してモスクワ前面まで迫られている。しかし、自慢の物量を以て辛うじて持ち堪えた。大国の意地を見せつけるように多少強引にでも戦力を拡充して防御を整えている。壊滅的な被害を被った航空戦力は新型機を揃えて補充し、陸上兵力もT-34-76戦車の大量生産を活かして数を押し出した。こればかりは流石しか言いようが無い。


 地中海では懸命に耐えるマルタ島を救うべくジブラルタルとアレクサンドリアからイギリス軍の輸送船団が強行輸送に徹した。航空機は海軍の空母から直接飛ばして輸送できるがそれ以外は揚陸を挟む。どうしても敵空軍や潜水艦の餌食となり易く大損害を繰り返した。中止するわけにはいかないため大出血を覚悟して継続する。幸いなことに日本海軍の艦隊が復帰し自由フランス艦隊を加え大艦隊を投入してくれた。傷ついた空母機動部隊に代わり高速戦艦からなる水上打撃艦隊はイタリアのシチリア島に赴き、敵の潜水艦基地や空軍基地を艦砲射撃を以て猛烈に叩いては敵艦も片っ端から沈める。


 さて、最後に残るは北アフリカ戦線だ。誰もが嫌になる程お伝えしてきたトブルク要塞は健在である。イギリス軍もアメリカの援助を糧にエジプト国境線で防御を固めた。派遣日本軍はイギリス軍に混じっており北アフリカ戦線は日英米仏の多国籍軍らしい。今年に入りアメリカ軍が本格に参戦して武器供与と共に兵士も到着した。相手がロンメル軍団のため主に戦車となるが、見慣れたM3スチュアート軽戦車やM3リー/グラント中戦車とは一線を画す新型戦車が確認されている。それはM4シャーマン中戦車でありアメリカ工業力の傑作だ。圧倒的な国力を武器にM3を開発して経験を積んだ彼らは大本命のM4を投入する。三号及び四号を上回る火力に航続距離を有し過酷な北アフリカ戦線の使用に耐えきった。


 イギリス戦車ばかり見て来た日本兵は驚くもアメリカの底力が味方であることに安堵する。名前だけの歩兵戦車や故障ばかりの巡航戦車と違い頑丈なアメリカ戦車は信頼の塊なのだ。もちろん、自国製もいるがトブルク要塞に送られている。事前打ち合わせで新型M4中戦車の出現を軍は把握しており、試作の続く新型中戦車及び軽戦車の前倒し投入を決定した。初期量産型と称して随時派遣することが決まったが本格的な配備は日米軍が大反攻作戦を予定する10月に定まる。


 となれば、10月まで受け身が続いた。イギリス軍は司令官を交代してから組織的に後退を続けエジプト国境線に防御陣地を構えている。海岸線から内陸部まで伸びる長い防御線はロンメル軍団の迂回突破戦術を封じた。手の届かない範囲には地雷や落とし穴を敷設して大軍の突破を不可能にする。したがって、陸上はジッと待ち構えるだけだ。その代わりと言っては何だが、アメリカに負けじと新兵器を携えた日本陸軍航空隊が展開する。


~アラム・ハルファ~


「モンゴメリーの親父さんが言うことに間違いない。この斜面を抜けようとした敵軍が揃い踏みだぞ。各機へ告ぐ。タ弾及び三号弾を実戦で使用する最初の機会が訪れた。緊張せず訓練通りにばら撒け。なに、陸用爆弾よりも安いもんさ」


 一番槍として低空を飛ぶ双発機は主翼と胴体に箱状の爆弾を抱えた。これが日本陸軍が誇る対戦車の切り札なのだろうか。胴体の方はタ弾と呼ばれ主翼の方は三号弾と呼んだ。


 本機は日本陸軍の二式重襲撃機『草薙』と言い広義の爆撃機である。既に運用されている重戦闘機『屠龍』を基に襲撃機へ転用した。分かり易いのは複座から単座に変更されたことだろう。機首にはニュッと伸びる航空用機関砲としては大口径の40mm機関砲を携えた。ただし、原則として専ら榴弾が使用され対戦車攻撃には向かない。基本的には陸用爆弾の破壊力で敵戦車を破壊しトラック等々の軟目標には機銃掃射で薙ぎ払った。


「よし!投下、投下!」


 手本を見せるかのように最先鋒の機体が箱を投下する。見た目通りの簡素な構造からして廉価品なのか疑った。すると、突如としてバラツキはあれど一定の高度で全ての箱が分解される。そして、中からは小さな物体が出現してはドイツ軍に襲い掛かった。小型爆弾と言うにしても小さ過ぎ脅威度を感じれないが恐ろしい新兵器に違いない。


 小型爆弾複数個が着地した戦車は漏れなく大炎上した。彼らの戦車がガソリンエンジンであることを踏まえても炎上が尋常じゃない。これこそが新兵器の真に恐ろしい威力だった。


「なんて破壊力だ…ここまでとは。難しい化学はチンプンカンプンでも馬鹿げていることだけは分かる」


 実際の車両を使った試験時とはかけ離れた威力が生み出す光景に息を呑む。2種類の爆弾は中身が違えど狙うことは同じだ。


 タ弾は成形炸薬弾の一種である。1発は小型のため低威力だが貫徹力に優れた。最も効果を発揮すると80mmの装甲を食い破る。モンロー・ノイマン効果を活用した貫徹力により敵戦車を効果的に破壊していった。価格は安くて簡素な構造から大量生産に適する。工場へ駆り出された学生でも注意事項さえ守れば生産できた。威力の低さは敵戦車の頭上に数を撒くことで補い、完膚なきまで破壊するよりかは内部の破壊及び殺傷に重点が置かれる。


 三号弾は単純な焼夷爆弾なのだった。こちらも小型であることを活かし数を押し立てる。貫徹力こそ皆無に等しいがテルミットの超高熱を以て火災を招いた。ドイツ戦車はガソリンエンジンのため燃えやすく、灼熱の小型爆弾をたらふく貰えばあっという間に火達磨になる。消火しようと試みても化学薬品による火は簡単に消せなかった。それに敵機がいる中では機銃掃射を受ける。ちなみに、こちらは陸軍ではなく海軍が開発した。敵航空機を効率的に破壊するため焼夷爆弾が考案されて広範囲を満遍なく燃やし尽くす。小型で軽量のため戦闘機でも搭載できる利点から敵重爆への応用も検討された。


「陸用爆弾が無くてもどうにかなりそうだ。こいつで随分と楽になる」


 草薙は重襲撃の名前通りで対地攻撃に特化した機体だろう。今までは軽爆撃機や軽襲撃機が用いられたが打撃力の不足から大型で重武装の機体が欲せられた。機首40mm機関砲と最大1tの爆装は重武装を追求した結果である。代償として最高速は戦闘機に劣り旋回性能も劣悪を極めてパイロットを選ばざるを得なかった。


「敵機がいなければどうにかなる」


(敵影見られず。掃射行きます)


 イギリス製が基の国産航空無線機は昔に比べ意思疎通が格段にやり易い。最初期の物は重い割にザーザーと雑音が多く使えなかった。現在は僅かに雑音は残っているが互いの声を明瞭に聞き取れて支障はない。特に戦闘機は3機1小隊の単位で戦闘を行うため無線機の存在は絶大を極めた。ベテラン達は各機の動きから読み取ってしまうがヒヨッコを守るには無線機の装備は必須である。現在進行形の対地攻撃でも誤爆を防ぐため外せない装備なのだ。


(このズドンって感触が堪らないですよ)


「40mm機関砲は徹甲弾があれば…仕方ないか」


 草薙の40mm機関砲は対空機関砲を改造している。大口径砲のため射撃速度こそ遅く当て辛いなど使い勝手は決して良いとは言えなかった。しかし、榴弾の威力は圧倒的で軽装甲車両は一撃で爆発四散し、敵歩兵は至近弾の炸裂で生じた破片で刻まれる。対空ではさっぱりでも対地攻撃には丁度良かった。


(これがあればロンメル軍団も一網打尽にできる。敵の持たない武器で戦うこと、恐れ入った)


 無線から聞こえる声は一様に新兵器の威力に驚きロンメル軍団も終わりが近いと息巻かざるを得ない。あれだけ強力な戦車部隊も航空戦力には無力なのだ。対空戦車を持たない敵軍に為す術は無い。もっとも、日英軍は独自にハーフトラックやトラックの荷台に12.7mmブローニングや20mmイスパノを搭載した簡易対空戦車を急造した。


「主力の新型中戦車と軽戦車の到着は間もないが、その間を俺たちが埋めるしかない。すぐに飛行場に戻り爆弾を補給するぞ」


 機銃掃射を程々に切り上げて前線飛行場へ戻る草薙の剣の下には残骸と化した敵戦車がゴロゴロ転がる。


続く

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