第58話 フランス騎兵隊

4月 トブルク要塞


「ロンメルめぇ…トブルク要塞は無視したか」


「トブルク要塞への攻撃は偽装です。ここを大迂回して一気に背後を衝くつもりですが、それ自体は奴の戦術から容易に予想できました。幸いカザラには自由フランス軍の騎兵師団が展開しています。国境線には最新の武器供与を受けたイギリス軍がいます。よって、陥落はあり得ません」


「そうだな。栗林中将の言う通りだ。こちらは海の仲間がいるから何時でも撤収できる。柔軟さでは負けていない」


 北アフリカ戦線がついに動く。膠着状態の中で決死の補給を受けたロンメル軍団はトブルク要塞への攻撃を行った。しかし、どうも決定打に欠けて訝しく思う。そこで、スナネコ装輪装甲車を偵察を出したところ攻撃は偽装と判明した。本命の主力は大きく迂回してエジプト国境線を通過し、イギリス軍防衛線の背後に回ろうと試みている。


 思わずモースヘッド中将は臍を噛んだが栗林忠道中将は冷静だった。友軍の動向は常日頃から様々な手段を通じて把握している。直近ではイギリス本土から自由フランス軍騎兵師団が前線に到着し、イギリス軍はアメリカからレンドリースを受けたばかりだ。装備はもちろん弾薬、食料・水、医薬品と幅広く充実している。アメリカ軍の許可を得て南北大西洋に展開する日本海軍海上護衛総隊がUボートを封じた。イギリス本土とアメリカ本土から送られる輸送船団は安心してエジプトへ向かえる。


「信じるのです。フランスの底力を…」


~カラザ~


 ロンメル軍団急襲の報を受けたカラザより自由フランス軍騎兵隊が迎撃に出撃した。当初はイギリス本土に逃げ延びた寄せ集め軍団である。しかし、祖国解放の気概に満ちた指揮官により急速に纏まった。イギリス軍と日本軍に負けじと腕を磨いた彼らは新装備を得て精強な機甲師団まで成長している。


「我ら祖国と日本が組み合わさった。これぞジャポニズム」


(正面はB2とM3が張る! S36は側面から貫け!)


「北アフリカでも電撃戦を仕掛けるつもりだろうが、そうはさせねぇ」


 フランス軍騎兵隊はいわゆる機甲師団だ。伝統的に騎兵隊と呼ぶが実際は戦車隊である。ルノーF1で軽戦車という快速戦車を切り開いた戦車先進国フランスの意地を見せつけた。


 緒戦でフランス軍は優れた戦車を保有するも連携力を欠き、ドイツ機甲師団の前に敗れ去っている。多くは撃破されるか鹵獲された。ただ、運よく生き残った一部はイギリス本土に撤退する。そして、戦車の始祖たるイギリスと新進気鋭たる日本の助力を得て大改修という名で再生産された。


 カラザ防衛の任を担った騎兵師団は電撃戦封じの策を講じる。カラザ前面には重装甲で重火力の戦車を配置して突破を阻止しつつ時間を稼いだ。それから暫くして遠回りした快速戦車が敵軍側面を貫き包囲殲滅する。もちろん、そのためには優れた戦車が必要だった。


 イギリス本土にて再生産したと言ったが、実際は日本の助力に依るところが大きい。イギリスは歩兵戦車と巡航戦車の2本立てだがドイツ機甲師団に粉砕された。しかし、日本戦車は快速中戦車と砲戦車、自走砲を組み合わせて互角の勝負を展開する。榴弾を持たない致命的欠陥を抱えた戦車砲のイギリスよりも満遍なく対応する日本が好ましく思えても仕方なかった。


「持ち堪えてくれ、頼むぞ」


 まず、カラザ前面にはB1-ter重戦車とM3リー中戦車が見られる。


 前者はフランス軍の戦闘戦車であるが便宜上重戦車と呼称し、ルノーB1重戦車自体は緒戦でも一定数確認された。歩兵支援の思想から重装甲を誇り初期型三号戦車の砲弾を弾いて一方的に撃破する。局地的に電撃戦を阻止する戦果を挙げたが単騎であることが大半を占めた。案の定、連携力で劣り翻弄された末に各個撃破される。


 そんな重戦車はイギリス本土で改良型の更なる再設計が行われた。そして、ルノーB1-terに生まれ変わる。日本も採用したルノー社新型350馬力ガソリンエンジンに換装して速力を増した。使いどころの全く無かった車体75mm榴弾砲は廃止して装甲を張り直す。車体榴弾砲で歩兵支援を行う予定が砲戦車・自走砲の登場で意味を失ったのだ。何も車体に大砲を設ける必要性は感じない。砲塔は日本製3人乗り砲塔に挿げ替えられ乗員は5名に増員した。


 砲塔が日本製というのはチニの砲塔を簡単な改修を施した上で載せ換えたという。日本はいち早く3人砲塔を考案して無線機を標準搭載し、最先端を走るドイツと肩を並べた。よって、フランス軍は素直に日本製を採用する。主砲も32口径47mmSA35から55口径47mm戦車砲に換装され、従来の車長が砲手と装填手を兼ねる方式から3人分担制になった。これで車長の負担が大きく軽減され指揮に専念できる。装甲は砲塔から車体にかけて60mmとかなりの重装甲であり三号戦車の5cm砲では貫徹できなかった。ただし、重装甲を得た代わりに重量が嵩み車重は30tを優に超えてしまう。


 そんなB1-terを補うのがM3リー中戦車なのだ。言わずもがな、アメリカからレンドリースされた中戦車である。75mm砲を搭載した新型戦車の繋ぎという急ごしらえだ。しかし、車体の75mm砲と砲塔の37mm砲の火力は侮れない。アメリカらしい合理化と頑丈な設計から信頼性の高さは目を見張った。もっとも、37mm砲は威力不足が否めず75mm砲は車体備え付けのため融通が利かない。


「見えた!」


「砲手! 手身近な野郎を狙え!」


「了解!」


 カラザ前面の重戦車及び中戦車を信じて側面奇襲を仕掛けるはSA36快速戦車隊だ。厳密には背後からの挟撃となれど大して変わらない。まさか後ろに敵がいるとは思わない敵戦車は正面に夢中だ。重装甲車両には長砲身5cm砲と雖も無効化されている。


「もう一発!」


 初弾はエンジンに吸い込まれた。2人用砲塔のため車長が素早く47mm徹甲榴弾を装填する。砲手は落ち着いて敵戦車の砲塔側面に照準を絞った。もう何度も訓練で繰り返した動きのため今度こそは直撃させる。炸薬の詰まった徹甲榴弾の威力は絶大で敵戦車は爆発四散した。


「弾薬に行ったか。次を頼む」


 SA36はSA35快速戦車の改修案である。元のSA35はソミュア社が開発して快速性を活かした戦いを得意とした。しかし、搭乗員は3名で砲塔は1人用と時代に追いつけていない。しかも、標準搭載の無線機が間に合わなかった。もっと言えば、機械的な信頼性も欠けて碌に動けないという致命的な弱点が露呈する。


 大改修は隅々まで及んだ。


 問題はサスペンションの脆弱性である。敢えて同じ物を使い続けるわけがなく信頼性に優れた日本式サスペンションに変更した。不整地の走破能力が高く整備も簡単なため歓迎される。砲塔は車体との兼ね合いで2人用が限界だがキューポラが追加されて車長の負担が著しく改善された。装甲は鋳造から溶接に変更されたが厚さは50mmと僅かに強化され、且つ若干傾斜が加えられており敵弾を滑らせることが期待される。


 もはや、新開発と言って差し支えないSA36は最速45km/hの快速性とB1-terと同じ47mm砲を振り上げ戦った。背後を取った彼らは復讐と言わんばかりに三号戦車を食い散らかす。精鋭で鳴らすロンメル軍団も果敢に反撃を試みて大乱戦の様相を呈した。しかし、正面に陣取ったM3リーが続々と雪崩込み包囲網を縮める。M3も相応に装甲が厚くて75mm砲は無理矢理装甲を引き千切った。37mm砲は小回りが利き敵の弱点を狙撃する。


「祖国のためじゃない。恩のある友のため我らは止まらん!」


 フランス騎兵隊の奮戦によりロンメル軍団のカラザ突破は頓挫した。迂回する敵軍を押し留めた自由フランス軍の働きは素晴らしい。北アフリカ戦線にて極めて重要な役割を果たした。これによりロンメル軍団は戦車を削られて戦力がすり減り、イギリス軍は国境線の守りを固められるのだ。


 何もイギリス軍や日本軍が主役なわけではない。


 自由フランス軍も立派な戦士なのだ。


続く

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