第57話 コマンドスの誇り

1942年3月28日


 ドイツ占領下のフランスにおいて数少なく大型戦艦の修理が可能な大ドックを擁するサン=ナゼールはドイツに接収されている。ドイツ海軍向けの大拠点として機能してイギリスには目の上のたん瘤だ。ここに大型戦艦はもちろんUボートが常に出入りして通商破壊作戦を展開する。よって、ここだけは絶対に無効化しなければならなかった。チャーチル首相直々の命で陸海空軍が案を練るが要塞化されて爆撃で破壊する術は通じない。陸軍が強襲するには総力をぶつける覚悟でなければ難しく、海軍も戦艦の艦砲射撃や空母航空隊の攻撃に期待できなかった。


 あっという間に暗礁に乗り上げる。


 ただ、苦渋の策として特攻作戦が提案された。


 1942年3月28日にイギリス陸軍・海軍・空軍と全ての軍が共同してサン=ナゼール強襲作戦が行われる。その成否を確認する前にサン=ナゼール港湾都市の中心部から数十キロ離れた所の広大にして荒れ果てた畑にて暗闇に蠢く影を認めた。


「他のコマンドスは…」


(首を横に振る)


「そうですか。わかりました。それでは、水陸両用輸送車の待つ海岸まで行きましょう。夜のうちに潜水艦まで戻るため疲れているところに強行を強います。どうか、ご容赦ください」


(今度は力なくだが首を縦に振った)


「では、ついて来てください」


 畑では邂逅が果たされている。ボロボロの服にいかにも疲れ切ったイギリス兵を迎えたのは小柄でも屈強そうな日本兵だ。彼らは潜水艦から水陸両用輸送車で上陸すると現地レジスタンスの支援を受けイギリス特殊部隊を待つ。本日のサン=ナゼール強襲を完了して退避する特殊部隊を本国まで帰す手段を用意した。しかし、残念ながらドイツ軍の猛追を受けたらしく合流に成功したのは僅か5名である。指揮官らしき者もおらず命からがら逃げて来たようだ。


 このサン=ナゼール強襲は常軌を逸した世紀の奇策だろう。同地のドッグとそれを取り囲む要塞を無効化するためには日本軍も呆気にとられる奇手奇策を講じた。前者に対しては旧式駆逐艦の特攻を与えるが、浅瀬に引っ掛からないよう徹底的に軽量化した上で数トンの高性能爆薬を積み込む。主砲や機銃など兵装も取り外して弾薬も空っぽだ。要塞から放たれる砲弾の直撃を受けても止まることなく、ドッグを構成する大ゲートに衝突させる。それから駆逐艦に乗っていた特殊部隊が下船し侵入して工作活動を開始した。特殊部隊は後者の要塞設備の破壊を試み高射砲や沿岸砲台を爆破する。肝心の前者は駆逐艦の爆薬が時間差の同日正午に炸裂するようセットされた。


 つまりは盛大な殴り込みである。旧式駆逐艦以外にも本土帰還用を兼ねた大量の舟艇が用意されていた。砲艇や魚雷艇、警戒艇まで小型舟艇が掻き集められたが現地守備隊により排除される。


「これは安心要素となるか分かりませんが、中立のスペインまで逃げ込めば外交交渉で救出できましょう。フランコがどう言うか分かりませんが、街を爆撃するぞなど脅せば応じるかと」


「ニューマン隊長は市街部に入って残られた。スペインまで逃げられるとは思わない」


「栄光あるコマンドス隊長ならば必ずや生きて帰ってくるでしょう。信じるしかありません」


 撤収するための移動手段を奪われた特殊部隊ことコマンドスは市街地へ逃げた。フランス有数の港湾都市である以上は街も立派であり、事前に行われた注意を逸らすイギリス空軍の爆撃を受けても大半は健在だろう。街に逃げ込んだ敵兵を掃討するにしても海軍だけでは手が足りず、増援を陸軍に要請する手間を要して脱出の希望は決してゼロではなかった。現にこうして5名は無事に日本兵との合流を果たしている。


 コマンドスは事前の打ち合わせで帰還用の小型舟艇が使えなくなった際は郊外の畑に向かった。そこで日本海軍陸戦隊の中でも特異な特殊潜入部隊『海鼠』と合流する。海鼠は潜水艦と水陸両用輸送車を用いて各地に潜伏する部隊であり手段は異なれど本質は共通した。彼らはコマンドスを護衛しながら海岸に隠した水陸両用輸送車まで戻る。そのまま母艦に回収されイギリス本土まで無事に送り届ける任務を担った。


 海鼠はコマンドスを「まだか、まだか」と待って邂逅に成功する。しかし、100名以上の中で僅か5名しか回収できなかったことが悔やまれた。ただ、イギリス軍人の矜持を誇った結果と言えて悔やみ過ぎては愚弄となる。彼らの隊長ニューマンは生存兵をかき集めて市街地まで逃げ込んだ。そこから脱出を画策したがドイツ軍の追手の方が早くて包囲されている。脱出はほぼ不可能と察した隊長はコマンドスの誇りを捨てず最期まで戦うことを指示した。隊員たちは嫌な顔一つせず従い迫りくるドイツ兵を相手に戦い続ける。中には戦闘ナイフで肉弾戦を挑む者さえいて捕虜になった者も僅かであることから戦闘がどれだけ激しいか察せた。


 レジスタンスが設置したガラクタと言う誘導に則り5名を含めた海鼠隊は順調にむ。夜間迷彩を塗りたくり夜を味方にしていれば敵兵が余程まで勘に優れなければ気づかなかった。それ以前にサン=ナゼール要塞が襲撃されたと聞いて警備の兵は現場に急行しており郊外はがら空きとなる。敵兵が全く見られないことからイギリス兵の口数が増えるが恐ろしく声を殺していた。


「俺たちの物より、良い短機関銃だな」


「そう言ってくれると嬉しい。だが、あなた方のステンガンも優れている」


「はは…なんてことはない粗悪品さ」


 海鼠隊は陸軍から様々な融通を受けている。取り回しに優れる短機関銃(機関短銃)を携行したが、イギリス軍のステンガンに比べて精巧に作られてそうだ。トンプソンは米国製のため置いておく。そのステンガンはイギリスが急ごしらえの急造品として開発した。ドイツのMP40を研究し尽くした末に生産合理化を突き詰めたステンガンは実に合理的な短機関銃である。


 弾薬こそ9mmパラベラム弾を使用するが本体は合理化という名の簡素化が施され、ドイツ軍の上陸に備えてイギリス市民まで武装する必要から粗製乱造が続いた。そのためか兵士からは「粗悪品」と悪態が吐かれる程に給弾不良を頻繁に起こす。しかし、ちゃんと生産されていれば意外と高い性能を発揮した。近距離戦ではMP-40やトンプソンと互角かそれ以上の収束性を誇り、粗悪品と言われる割には世界一線級の短機関銃に君臨している。日本兵も非常時に扱えるよう訓練したがコントロールのし易さに驚愕した。


 対する日本兵の機関短銃は「一式機関短銃」と呼ばれる。ドイツのMP-40やトンプソンに衝撃を受けた陸軍は独自開発を進めた。しかし、従来の8mm南部弾では太刀打ちできないことが判明し、イギリスとの連携も考えると9mmパラベラム弾を採用するに至る。8mmに比べ反動が強くなり制御し辛い代わりに威力と貫徹力に優れた。また、短機関銃が近距離でばら撒く制圧射撃を主とする以上は甘受すべき。


 そうして開発された一式短機関銃は横向きに30発弾倉が差し込まれた。主に使用が想定される空挺兵が伏せ撃ちすることを踏まえたが、一般兵向けには通常の縦向きに差し込む型が生産されている。その生産にはプレス加工を全面採用して高い生産性を有した。それでいてMP-40と互角の精度・射撃速度を誇り万人受けして扱いやすい。


 作戦について雑談を交えつつ無事に海岸に到着した。そこは本当に僅かな砂浜しかなく上陸には使えそうもない。しかし、水陸両用車は海から真っすぐ上陸できるため難なく使えてしまった。


「どうぞ、狭いのは我慢してください」


「これぐらい、どうということはない」


 基本の搭乗員に加えて最大10名まで載せられる水陸両用輸送車へ収納次第にディーゼルエンジンを始動して海に突っ込む。あくまでも水陸両用のため速度は出ないがゆっくり確実に移動できた。そして、浮上して待つ㋴号潜水艦に横付けすると縄はしごで一人ずつ格納される。本来は水陸両用輸送車も回収したかったがドイツ軍の監視から一刻も早く逃れたかった。したがって、勿体ないことは承知の上で爆破処理して処分する。


 ㋴号潜水艦はコマンドス5名を無事にイギリス本土へと送り届けた。


 それから暫くして市街地のコマンドスを殲滅したドイツ軍はゲートに衝突した敵駆逐艦を処分しようと準備を進める。要塞の高射砲や沿岸砲が破壊されたがドッグが無事であればどうにかなった。そうして撤去準備を進めた正午になって突如として駆逐艦が大爆発する。言わずもがな、数トンの高性能爆薬が炸裂して周囲一帯に壊滅的な被害を及ぼした。ドッグは完膚なきまで破壊されて駆逐艦だった残骸がちりばめられる。調査では全面復旧に10年以上もかかると判明してドイツ海軍は窮地に陥った。Uボートは専用バンカーで直せるが大型艦の修理が可能な拠点を失う。これでは逐一ドイツ本土まで戻る手間を強いられて通商破壊作戦の続行に支障をきたした。


 かくして、コマンドスの孤軍奮闘によりサン=ナゼール要塞は壊滅する。


続く

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