第55話 木のぬくもりと共に

=ポーツマス空軍基地=


 時代は金属が支配している。戦争で消費される資材の大半を占めるのは金属であり主力となった航空機もジュラルミンに代表される合金が大量に消費された。しかし、時代に反して木が活躍することも無きにしも非ず。イギリス本土ポーツマス空軍基地では木がよく見られた。


「あれが日本陸軍の切り札という輸送機か。噂に聞く全木製グライダー」


「俺たちには理解できない話で、正直さっぱりなんだがレーダーに映らないらしい。ドイツのレーダーを潜り抜けて少数精鋭の空挺部隊が侵入すると聞いたが」


「モスキートが悠々とファシストの頭上をブンブブーンしてることが証拠じゃないのか?」


 滑走路には輸送機に牽引される滑空機ことグライダーが置かれている。日本が陸海軍問わず運用している輸送機は総じてグライダーの牽引を可能とした。具体例として落下傘投下以外の航空輸送を確立するべく試験的にグライダーが運用されるが、基本的に使い捨てとなるため金属で作るのは勿体無く思われる。したがって、世界各地にふんだんに存在する木材を多用して全木製にした。鹵獲を恐れる場合は火炎瓶で焼けばよく隠滅にも優れる。


 ただ、陸軍は全木製グライダーを空挺降下に用いることを考えついた。もちろん、日中に行われる派手な空挺降下作戦ではない。敵地への潜入偵察を試みる少数精鋭の特殊部隊向けに用意させた。全木製の強みは最新の電子兵器レーダーに引っ掛からないことである。機体を構成する木材が電波を通過させるため一定のステルス性能を得られた。この点から木製機はステルス機だと言われることが多い。生憎、厳密には不正解だった。航空機はエンジンを搭載して金属製のためレーダーに引っ掛かる。レーダーは機体本体をスルーしてもエンジンを捉えるため、木製機は必ずしもステルス機とは言えなかった。一転してグライダーは滑空飛行のためエンジンを持たない。真なる全木製となりレーダー波をすり抜けて飛行で生じる音も僅かだ。肉眼以外では探知され辛い。


 このような全木製グライダーを用いた敵地潜入作戦を計画した。


「そら、噂をすれば強行偵察帰りのモスキートだぜ」


「おう、今日も被弾無し。流石のスピードさ」


 木製機は各国で研究されたが傑作機を生み出したのはイギリス空軍だろう。


 その名はデ・ハビランド社モスキートだ。世にも珍しい全木製の双発機だが汎用性に富んで重戦闘機型や偵察機型など様々な兄弟が存在する。開発元のデ・ハビランド社は従来より合成木材の経験に長けて高速機開発も担った。彼らは戦争の色が濃くなり始めると消費が激しい金属に代わる木材に着目する。木はそこら中に生えて調達は容易かった。盛大な消耗戦に対応すると考えて独自に全木製偵察機を開発する。


 エンジンには高性能なマーリンを入手したことで軽量な機体と相性が良くなり高速性能を遺憾なく発揮させた。木は入手しやすいことに加えて職人の手にかかれば金属よりも空気抵抗を減じられる。上手くかみ合ったモスキートはスピードスターに君臨してドイツ本土の強行偵察に従事していた。デ・ハビランド社が積み重ねて来た経験と技術に勝るものはなく、モスキートは救国の英雄機の扱いを受ける。


 ヨーロッパでは無敵の機体だったが意外とアジアでは一転して通用しなかった。というのも、アジアの湿潤な気候では接着剤が十分に機能せず飛行できない。傑作機たるモスキートはあくまでもヨーロッパでの戦いに特化した機体なのだ。


 全木製グライダーはモスキートに感化されたことも理由の一つだろう。もっとも、日本陸軍は主力級に採用することを見送った。モスキートの成功はデ・ハビランド社の固有に依るところが大きい。国内に木製に特化したメーカーは存在せず部品同士を繋げる接着剤が不足気味だった。とても激しい戦闘に耐えられずに空中分解する恐れがある。


 他には木の供給が間に合わない事態も生じた。日本海軍が木材を大量に使用して供給が間に合っていない。海軍は後方を維持する駆潜艇や掃海艇を全木製にしており、金属の節約は同じだがドイツ製機雷が磁気探知式のため木造船を使いたかった。全ての艦に消磁処理が施し切れていない現在では木造船による掃海活動が必須と言える。ほぼ全ての海で木の掃海艇が欲せられ木の需要は終わりを知らなかった。


「おん?あれが噂の志願空挺兵か」


「日本陸軍の空挺兵に鍛えられた志願兵だってな。委任統治領で徴兵しないってのはすごいことだぞ」


「大祖国がやり過ぎただけだ。日英同盟があってこそアジアの領土を譲り渡して穏便に済んでいる。もし、下手に保持していたら大反乱が起こってドイツとの戦いところじゃなかった」


「チャーチルの親父は踏ん張ったってね」


 訓練で木製グライダーに乗り込む空挺兵は日本陸軍のアジア人志願兵部隊と見える。日本はイギリス・フランス・オランダからアジア一帯の植民地を国際法に基づき合法的な委任統治領として得ていた。嘗ての宗主国が行うような統治は厳に慎み現地を尊重し民族自決を徹底する。当初は政権移行が難航して混乱を招いたが日本に留学していた指導者たちが帰国して辣腕を振るった。地域により進行度は異なるが大半は事実上の独立状態にある。現地政府は日本式の近代化を目指すか農業立国を目指すか様々な選択肢から選び、どれを選んでも日本政府がきっちりと資金から人材まで支援を行った。


 そして、祖国が成長している中で志願兵の募集が始まると想像以上の人数が集まる。優しい軍政と呼ばれる指導を展開した陸軍は驚いたが公平にして厳しい検査を行った。通過した者は訓練兵となり本土か中国で他国の同志と共に訓練に励んでいる。彼らは日本への恩返しや生計を立てるため、ヨーロッパに対する復讐など様々な理由を携えて戦った。


 中でもトップクラスの実力が求められるのが空挺兵に収束する。潤沢な補給を見込めない過酷な戦場に投入されるため少数精鋭部隊だった。他の兵士よりも遥かに高い基準が設けられて倍率は飛びぬけて高い。もちろん、相応に恩給は高く各種手当が追加されて給料は最高に該当した。委任統治領から来た志願兵の多くは空挺兵を目指して励み続け、地獄と言うべき試験を通過した者が晴れて空挺部隊に配属されていく。そして、空挺兵としての猛訓練にも耐えて戦地に送られた。


「どこに飛ばされるのか知りたいが、とても教えてくれねぇよな」


「当たり前だ。空挺降下は奇襲が大前提で如何に察知されないかが成否を分ける。俺達が知っていたら失敗まっしぐらさ」


「ベルリンに突貫なんてね」


 流石にベルリン降下は不可能である。しかし、目的地は驚くべきことにダンケルク郊外及びカレー郊外と対外的には秘匿の上で兵士達に伝達されていた。フランス解放に際して橋頭堡とするべき土地がダンケルクとカレーである。この地に強襲上陸する作戦は1年前から検討されているがコンクリート製の防護壁が建設され、強力な機甲師団や砲兵師団が配置された上に航空基地も置かれてと防御は堅すぎた。最短距離でフランスを解放してドイツに向かうには丁度良い土地であるが故に防御が集中されている。この地の情報を少しでも多く得たいが航空偵察やレジスタンスの密告は不足気味のため、空挺団内部に専門の偵察部隊を組織して直ちに投入し潜伏偵察を担わせた。


 最大級の過酷と共にある任務だが子供の頃から祖国で鍛え抜かれ、最難関の試験を突破した志願空挺兵には最適となる。人間の能力に加えて忍耐力や規律を有する彼らは立派に果たしてくれるはずだ。


続く

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