第54話 自動装填装置の実用化に向けて

 北アフリカ戦線におけるドイツ機甲師団の新型三号戦車及び四号戦車の登場に日本は慌てふためいた。前者は長砲身50mm砲と装甲増厚により従来の機動戦術でチハ1と互角に立ち回り、四号戦車は75mm砲の火力で対陣地攻撃に猛威を振るい堅牢に作られたトーチカを破壊して回る。チハ1の57mm砲は強力にして十分に通用するが敵戦車の進化を目の当たりにすると75mm級の火力が要求された。もちろん、少量ながらチハ2は75mm野砲を搭載して大火力を発揮している。しかし、あくまでもチハの改造に収まるため無理が否めなかった。戦闘面では射撃速度や装填速度で劣るため専ら対歩兵で用いられる。


 75mm砲の火力が求められるのに対して日本兵は体格で劣って人力装填は総合的な戦闘力に欠けてしまった。84mm榴弾砲を搭載するホニⅠは重い砲弾を装填手2名がかりで装填している。装填手1名の中戦車では75mm砲弾の装填作業はかなりの重労働であり長時間となれば疲労困憊で戦えなかった。予備の装填手を用意することは非合理的で現実的とはならない。かと言って、軽量な57mm砲で戦い続けることはジリ貧を招き諸外国から置いてけぼりにされかねなかった。既にイギリスは6ポンド・57mm砲を開発した上で拡大版の17ポンド・77mm砲の開発に着手してアメリカも75mm砲を搭載した中戦車開発を始めながら繋ぎのM3中戦車が生産されている。ノモンハン事件を経験して機甲戦力充実化を推し進めた日本が負けるわけにはいかないのだ。


 様々な事情を考慮して導き出したのが自動装填装置の採用である。自動装填装置は海軍にて実用化されているが中戦車の砲塔に詰め込むことは至難の業だった。対戦車戦闘を前提にして開発される新型長砲身75mm戦車砲に自動装填装置を付随させるだけで高難易度を誇り難航は必至である。どれだけ日本が頑張っても限界が否めない所をブレイクスルーが訪れた。


 それはフランスのパナール社から提示される。


 異形の試作車が中国の広大な大地にポツンと置かれた。


「う~ん…」


「まぁ、わかりますよ」


「目から鱗が落ちるとはこのことかと衝撃を受けたよ。やはりフランスは戦車先進国か」


 パナール社は装輪装甲車の開発で有名であり快速車両は各地で暴れている。現在は地上戦が北アフリカ戦線に集中しており過酷な砂漠地帯を縦横無尽に走っては攪乱戦術でロンメル軍団を苦しめた。偵察型は危険な強硬偵察を卒なくこなして現場は高評価で溢れかえる。そんな彼らは新型装輪装甲車の砲塔に自動装填装置を付随させることを考え、色々とアイディアを出し合って熱論を繰り広げた末にとある奇抜な設計を思いついた。


 その名は『揺動砲塔』である。


「揺動砲塔は上部と下部に分けられます。主砲は上部砲塔に固定しますが独立した砲塔を上下に動かし、左右は下部砲塔が全周囲に回転することで照準を付ける設計になりました。これの利点は砲塔の小型化と自動装填装置も簡単に付随させられることにあり」


「だが、2個に分ければ必然的に隙間が生じて強度が弱くなる。とてもだが主力中戦車には使えん」


「おっしゃる通りです。したがって、揺動砲塔はパナール社が当初より計画した装輪装甲車又は軽戦車での採用に限っています。高い防御力が要求されない車種であれば構いません」


 パナール社の考案した揺動砲塔は奇抜を極めた。砲塔がシーソーのようにユラユラ動くため気味悪いと感じるかもしれない。しかし、その設計は優れた利点を有して中々侮れなかった。パナール社が38年時点に設計図を書いていたことから戦車先進国フランスの意地を思わせる。日本は砲塔を上下に分離する構造に仰天したが説明を聞き絶大な利点と致命的な欠点を理解した上で一先ず装輪装甲車及び軽戦車向けに限定して開発を始めた。


 語られた通り、揺動砲塔は上下分離のため砲塔を小型化することが可能である。そして、主砲が固定されるため自動装填装置を付随させることのハードルが下げられた。しかし、同時に生じる弱点は防御力の低さに収束し砲塔を2個に分割するため隙間が生じて装甲で埋められず布で遮るのが精々だろう。風や砂の流入を防ぐことは出来ても徹甲弾の侵入はとてもだが止められなかった。構造的に脆弱なため防御力は期待できない。


「聞いてもよろしいだろうか?」


「えぇ、日本語で大丈夫ですよ。たどたどしいのは勘弁してください」


 傍に立って資料に書き込みをしているパナール社の技術者に問いた。どうやら5年以上も日本にいるらしく日本語はカタコトでも意思疎通は円滑に行える。


「自動装填装置だが弾薬庫から直接供給されるわけではなかろう?」


「はい、海軍式の自動装填装置は嵩張るため不可能です。私どもは予め弾が装填されたマガジンを用意し、砲手が射撃動作を行うと次の弾にに切り替わる方式を採用しました。つまり回転式拳銃、リボルバーと思ってください」


「なるほど、そういうわけか」


 パナール社ら亡命フランス人技術者が開発した自動装填装置は大きなリボルバー式拳銃と考えて貰えばわかり易かった。予め砲弾が詰められた回転式弾倉を設けて逐一再装填する手間を省き、砲手が発砲すると弾倉が回転して次の砲弾を続けざまに発砲するという一定間隔の連射ができる。


「試作車は要求に則り47mm戦車砲の自動装填装置です。砲塔内部に8発の回転式弾倉を左右2基設置して合計16発を速射するため、全てが上手く進めば単騎で16両の敵戦車を撃破すると言います」


「全て撃ち尽くした後はどうなるんだ?」


「そこです。全て撃ち尽くした後は回転式弾倉に砲弾を込めなければなりません。今回は47mmですから迅速に行えます。ただし、攻撃能力が無くなる以上は後退して安全地帯にいる必要が生じ、可能な限り敵を撃破して身の安全を確保してから再装填しなければなりません」


「むぅ…難しい」


 自動装填装置の弱点は全て撃ち尽くした後に長時間の再装填作業に移ってしまい自車が無防備になることだ。敵を撃破し切るか一気に後退して安全を確保しなければならない。異形の試作車は余剰の47mm砲を流用しており18発の装填作業は比較的に簡単だが75mm級となると想像以上の労力を要した。一応は車内で再装填作業を行えるが狭い砲塔のため効率が悪い。車外に出ての作業は安全性に欠けた。何ともちぐはぐな自動装填装置と言えよう。戦車における自動装填装置の実用化の道は長く試作車止まりかもしれないが経験を糧に改善と改良を重ねた。挑戦と失敗を何度も繰り返すことで成熟されていく。


 もっとも、現場では一刻も早くと窮境が伝わるが完成度の低い試作車を送っても邪魔になった。ある程度削って丸まった完成車を実地試験の名目で派遣する予定が組まれている。試作一式軽戦車と称した車両を幾つか送って貴重な実戦で得られた情報を基に質の向上を図ったが肝心の75mm級戦車砲については研究の継続で一旦は見送った。


 75mm戦車砲本体は新造されるシュナイダー社75mm対戦車砲が選定されている。ボフォース75mm高射砲を推す声もあったが高射砲は高射砲として使いたかった。シュナイダー社は技術者が国内にいて10cm野砲に追いやられた75mm砲の対戦車砲化に従事し短期間で纏め上げる。ヴィッカース社共々47mm砲や57mm砲の開発に従事した経験より拡大はお手の物だった。


「75mm砲を求めるのならば中戦車は諦めて突撃戦車にしてはどうですか。突撃戦車は主砲を車体に固定するため自動装填装置の付随は簡単になりましょう。ただし、砲の旋回が不可能になるため車体を動かす手間が増えますが」


「試作車止まりならば構わない。今は試すことが重要なんだ」


 いつになれば実用できるのか、ただただ待たれる。


続く

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