第53話 トブルク要塞の行く末

1941年10月


 トブルク要塞は健在なり。


 智将栗林忠道と勇将モースヘッドの働きによりロンメル軍団の大攻勢を防いだものの包囲自体は継続された。最近だとシチリア島にドイツ軍が展開し空軍と海軍が強化されて連合国軍の輸送船団の被害は拡大している。日本軍の輸送船団も少なからずや支障をきたしており航空輸送の比率が増し始めた。北アフリカの過酷な環境でも前線飛行場から戦闘機及び爆撃機が連日出撃しては敵空軍を痛めつける。主力機のメッサーシュミットは高性能だが繊細な体質であり常に砂塵が入り込む環境では稼働率が逓減し続け効果的な迎撃を削がれた。


 動かない戦況にしびれを切らしたイギリス軍はロンメル軍団の包囲から一刻も早くトブルク要塞を解き放つクルセーダー作戦を立案する。そして、実行に移そうとするが「待った」が叩きつけられた。それは現地の栗林忠道とモースヘッドの両名である。高度な暗号で作戦計画を知らされた要塞は実行は不可能でなくても将来を見通せば一転して不利に陥ると主張して蹴った。


「クルセーダー作戦は延期となったが三カ国による地中海艦隊を以て海からロンメル軍団を叩くらしい。どうだろうか」


「正しい判断だと思います。我々はロンメル軍団の強さを知っているからこそ中止を訴えました。敵が持つ陸上兵力に同じ陸上兵力で挑むのは相手の土俵にむざむざ入る行為であり賢明とは言えません。ここは敵の持たぬ兵力で挑むべきです」


「海軍は専門外だが賛同できる」


「幸いにもフランス艦隊が加わり制海権は確保できています。制空権についてはマルタ島とクレタ島で激戦が続き、エジプト空軍は防衛に手一杯で厳しい状況が続きました。しかし、敵の母地を破壊するため装備が充実した戦略爆撃軍がシチリア島爆撃を計画しており特段気にすることはありません」


 イギリス首相チャーチルは北アフリカ戦線を気にしてエジプト方面軍司令官を解任して新任者に挿げ替えた上でトブルク要塞救援の作戦を立案させている。その新任司令官は焦らず戦力を補充してから攻撃すべきと考えて実行は11月までずれ込んだ。しかし、トブルク要塞の栗林とモースヘッド両名が作戦の中止を強く求めて一先ず延期が決まる。


 両名の言い分は「敵と同じ土俵で戦うことなかれ」だった。ロンメル軍団の攻勢を弾いたことは事実である。しかし、敵は包囲を一切緩めなかった。マルタ島とクレタ島への圧力で多少は改善された補給線から戦力補充を受けており未だに侮れない。エジプトとトブルク要塞から攻撃するクルセーダー作戦は魅力的に聞こえるがロンメルの術中に嵌ることが容易に予想された。相手が持つものと同じものをぶつけるのは賢くない。


 そこで地中海から圧迫することを逆に提案した。9月時点で亡命自由フランス艦隊が地中海に出撃して日英仏三カ国の艦隊が揃って枢軸国海軍を圧倒している。ドイツ海軍もイタリア海軍も日英仏からすれば格下で怖くなかった。UボートとSボートさえ警戒すれば封殺できてしまう。圧倒的な戦艦と空母を以て海から北アフリカ方面軍を殲滅することが最善手と訴えた。


 ただし、制海権は確保しても不安が残るのは制空権だろう。各島とエジプト空軍が抑え込みをかけても枢軸国空軍は懸命に抵抗した。また、シチリア島にドイツ空軍が移動したことで勢いを増しており厳しい状況が続く。日英は有利に進めているが完勝なわけがなくジリジリと機体とパイロットを失った。このままでは埒が明かないとして日本は陸海軍から独立して存在する戦略爆撃軍に対し本格的な戦略爆撃を指示する。今までは敵の補給線を断つ活動が多かったが日英仏三カ国海軍がスライドして担ってくれるため余裕が生まれた。これからは敵空軍の本拠地たるシチリア島への文字通りの戦略爆撃が開始される。敵機を撃墜しなくても大元の飛行場を破壊すれば飛べなかった。ドイツ空軍もイタリア空軍も戦闘機の足が短いため一つでも基地を潰されると困り果てる。他の基地へ向かえばよいかもしれないが激しい機動で燃料を消費した状態では厳しかった。日英空軍は航続距離の差を衝き無理に撃墜は狙わないで敵機を連れ回し燃料を過大に消費させる戦術を採る。


「つまり、我々は現状維持の徹底と」


「そうなりますな」


 結局のところトブルク要塞がやることは何ら変わらなかった。とにかく耐え忍ぶことが求められる。無駄に消耗しないためジッとして耐えるが兵員の交代は定期的に行った。勇猛で知られたオーストラリア軍はモースヘッドだけ残してイギリス軍に代わる。日本軍も島田戦車隊の消耗を受け遊撃から戻した。チハ1とチハ2、ホイ1は砂漠という環境では長期となると辛いが、整備が容易い装輪装甲車は相も変わらず走り回って攪乱戦術を貫く。


「あともう少しすれば本国から追加の軽戦車隊が到着します。まだまだこれからでしょう」


「アメリカの武器貸与のおかげで我々もようやく真っ当に使える快速戦車を得た。巡航戦車は第二戦に下げよう。アメリカ製のM3軽戦車を以てロンメルに勝負を挑みたいところだがイタリア軍が精々か」


 モースヘッドは騎兵畑でないため戦車戦に疎かったが栗林忠道中将の戦いから学びを得た。彼は一から叩き上げられた兵士のため変なプライドを持たず素直に学び吸収することに努めている。そのためかオーストラリア機甲軍団は最小限の損耗で優勢なドイツ機甲師団を煙に巻いた。しかし、故障が絶えないクルセイダー巡航戦車はアメリカ製M3軽戦車に置き換えられる。アメリカの武器貸与法に基づき日英には武器弾薬が提供された。


 内容は多岐にわたるとしてオーストラリア・イギリス軍が喜んだのはM3軽戦車である。この前にM2A4軽戦車が送られて大好評を博していた。所詮は軽戦車のため37mm砲と機銃程度の火力で三号戦車及び四号戦車に対抗できない。しかし、アメリカらしい頑丈な設計のおかげで故障が少なく砂漠でも高い稼働率を誇った。故障の絶えないカヴェナンターやクルセイダーよりも遥かに扱いやすいM2A4の後継車M3軽戦車が歓迎されて当然だろう。


 M3軽戦車は4月に生産の始まった新型だがアメリカ特有の生産性に配慮した設計のおかげで纏まった数が北アフリカ戦線に派遣された。37mm戦車砲と機銃の火力は変更されていないが装甲は約40mmまで強化されている。ただし、垂直の面が多くリベット打ちもあって満足とは言い難かった。大量生産を想定した以上はやむを得ず後期型から改善される。主砲が貧弱で装甲も薄いことから積極的に対戦車戦闘を挑むことはなかった。専ら快速を活かし敵軍の側面や背面を奇襲して対歩兵戦闘に特化させる。主砲の37mmM6戦車砲は基のM3対戦車砲同じく榴弾と榴散弾が用意され巡航戦車には不可能な戦闘を担えた。


 要は榴弾のある主砲と快速性能を併せ持って故障の少ない軽戦車が喉から手が出る程欲しいのである。


 アメリカは他にもドイツの中戦車に対抗するべく後のM4中戦車の開発を始めたが経験が乏しく難航が予想された。そこで中継ぎ投手としてM3中戦車を挟み圧倒的な工業力を糧に1年少々の期間で試作車を生産する。生産は始まっているが自軍向けとイギリス軍向けに数が揃っていないため順次発送する見込みだ。本格的にドイツ機甲師団に対抗する戦車はまだ足りず日本軍を頼らざるを得ない。


 かく言う日本軍もチハの限界を感じ後継中戦車を開発中であり、軽戦車も装輪装甲車と被らない独創性を持たせた。


 その戦車とはいかに。


続く

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