第52話 新生フランス艦隊出撃

9月


 ジメジメした夏が後を引く時期に台湾沖を戦艦4隻を主とした見慣れない艦隊が通過した。日本や中華民国の艦隊にしては異質の戦艦であり漁師たちは首を傾げるが掲げられる国旗を見れば理解できる。


「北アフリカ戦線はどのようになっていますか」


「トブルク要塞は変わらず包囲されていますがロンメル軍団の大攻勢を弾き返すことに成功し現状維持が続いています。こちらから攻めることはせずにひたすらに守るばかりでした。したがって、目立った戦果こそ出ていませんが確実に耐えています」


「ならよかった。私たちが到着するまで持ちこたえてもらいたい。地中海に活路を切り開き卑劣なドイツとイタリアを片っ端から沈めてやる。もちろん、決戦の際にはあなたの力を借りますぞ」


「まさか、私はあくまでもオブザーバーの通訳として立っているだけに過ぎません」


 自由フランス国旗を掲げる艦隊は亡命フランスの戦艦ダンケルク級とリシュリュー級で構成された。独特の四連装砲を持つ高速戦艦であり日英海軍の近代戦艦に迫ったが建造が間に合わずヴィシー・フランスと分裂した際に日本海軍に降伏の名目で保護されている。旅順と長崎で大改装を終えた4隻は習熟を程々に地中海を目指した。祖国フランスにとっても地中海は重要な海であり、北アフリカ戦線制圧を経て祖国奪還のため必ず手に入れたいのである。しかし、戦艦4隻だけではUボートや敵空軍の襲撃に対応し切れなかった。


 彼らは道中でマダガスカル島に寄り日本海軍高速打撃艦隊と合流してからスエズ運河を通過する。長く地中海で暴れ回った高速打撃艦隊は空母機動部隊に交代してマダガスカル島でしばらく休息を与えられた。その間に爆撃で被弾した箇所を本格的に修理して対空火器を増設する。同島は日英共同管理に移ると海軍基地が建設されてコツコツと拡大を続けた末に工作艦が必要だが戦艦級の大型艦も直せる規模にまで成長した。この地で金剛型戦艦と利根型重巡はひと時のやすらぎを得る。


 日本海軍と協力することになりフランス艦隊にはオブザーバー参加として通訳者の士官が派遣された。英語とフランス語、オランダ語の三か国語に対応した優れた頭脳の持ち主であり将来を担う人材と言える。基本的に司令官同士の高度な連絡は英語が用いられるが緊急性の高い場合は高速通訳を務めた。


「なに、トブルク要塞は陸軍に任せておけば大丈夫です。ロンメル軍団が得意とするのは高機動の戦闘ですがトブルク要塞は城のため、相手の誘いに乗らなければロンメルの土俵で戦うことはありえません。今頃補給が途切れたなど嘘を流して引きずり出そうと」


 その通り。ロンメルは自分の土俵にトブルク要塞防衛軍を引き込むべく嘘を流して打って出させようと画策した。遊撃部隊の島田戦車隊以外の日本軍及びイギリス軍は微動だにせず守りに徹する。あくまでもドイツ機甲師団は速度を活かした機動戦で勝ち続けただけであり本格的な城攻めは未経験だった。皮肉にも教材と成り得るマジノ線を迂回したことでノウハウの蓄積を逃している。相対するイギリス軍は歴史的に要塞の防衛戦闘を経験してノウハウに長けた。同じく日本軍は日露戦争で要塞を攻め落とすことがどれだけ難しいか身をもって経験している。そうして切り札を封じられたロンメル軍団は形だけの包囲で停止せざるを得なかったが海はフリーのためUボート・Sボートを掻い潜った強行輸送船団がトブルク要塞まで補給を繋いだ。


 トブルク要塞が耐えている間にフランス艦隊が救援に到着して直ちにイタリア軍の制圧する補給地点へ砲撃し物資を破壊する。空母機動部隊が頑張っているがマルタ島への航空機輸送やイタリア本土爆撃など航空戦力は地中海だけでも引っ張りだこのためてんてこ舞いを余儀なくされた。追加の機動部隊は空母自体が建造中のため間に合うわけがない。したがって、亡命フランス艦隊がいち早く展開しなければならなかった。


「恥ずかしい話だが、主砲がいつ撃てるんだとうるさくて堪らないんだ」


「お気持ち、お察しします」


 ニヤッと笑う両者である。ダンケルク級の32cm四連装砲とリシュリュー級の38cm四連装砲が生み出す破壊力は絶大に尽きた。新しく海軍工廠で生産される大重量榴弾を得た主砲は唸りたくて堪らない。本望は敵艦との殴り合いだがドイツ海軍は弱小を極めイタリア海軍は燃料不足で母港に縛り付けられた。戦艦に与えられた任務は大火力で地上の敵を殲滅することにあり勿体なさが感じられる。それでも戦わずして沈む運命を辿るよりかはマシだ。


「それより、私としては地中海で制空権を確保できるか心配です。確かにクレタ島やエジプトに日英空軍がおります。しかし、敵はギリシャを制圧して航空基地を整備して前線まで戦闘機と爆撃機を飛ばし」


「はい、それは私も把握している情報です。クレタ島が猛爆撃と空挺降下を受けたことが証拠になります。スエズ戦略爆撃軍がカウンター爆撃を行っていますが抑えにはなっていません」


「ならば」


「まぁまぁ、話を聞いてやりなさい」


 心配性のフランス艦隊参謀を司令官は宥める。


「ドイツとイタリアの無いもの、それは防空水上機母艦です」


「なるほど、水上戦闘機で護衛するときたか」


「はい。アレクサンドリアにて待つ水上機母艦4隻を加えて50機に迫る水上戦闘機で防空の傘を提供いたします」


 日本海軍は条約に引っ掛からない補助艦として水上機母艦を建造し最大速度33ノットを発揮させて主力艦に追従する。水上機母艦のため搭載機数は25機であり複数纏まれば100機を運用できた。水上機特有の海を滑走路とする都合で幅広い任務に対応し、日本海軍の水上機は世界最高で知られメッサーシュミットやドルニエを撃墜するジャイアントキリングを決めている。


 その水上機母艦は特設ではない正規として排水量10,000の唐瀬型と呼ばれ、千歳型の建造で得た知識と経験が活かされていた。駆逐艦で採用されているブロック工法を漏れなく全面採用しつつ千歳型の高出力ディーゼル機関を組み合わせる。これのおかげで33ノットを発揮し主力艦隊に追従できたが、あくまでも艦隊の目と防空が担わされた艦のため兵装は貧弱で12.7cm連装両用砲と40mmポンポン砲程度だった。全4隻の建造により『唐瀬』『沓谷』『三松』『崖美』の全てがアレクサンドリアで亡命フランス艦隊を待つ。


「搭載機は最新の一式水上戦闘機のため空母艦載機に負けず劣らず。侮らないでくださいね」


「嫌程思い知らされたさ。あの水上機は化け物だった」


「零式水上観測機を基に開発したため速度こそ遅いですが零戦を上回る機動性は全ての戦闘機を凌駕します。軽戦闘機には軽戦闘機の戦い方があり誤らなければ勝てるのです」


 搭載する水上機は防空に特化した一式水上戦闘機『仙風』と呼ばれた。南方諸島など委任統治領が島国である日本は海を滑走路として事実上無限に行動できる水上機を重視している。艦船に搭載する偵察機と観測機が有名だが一部は敵戦闘機を撃墜する戦果を挙げたことを受け、大量建造される特設船でも運用できる水上戦闘機が欲せられた。しかし、一から開発することは大変で間に合わない恐れがあるため既存を流用する。選定されたのは零式水上観測機で複葉の水上機でも戦闘機顔負けの圧倒的な機動性と安定性を有し対戦闘機戦闘では有利に進めた。


 これを基にして三菱はエンジンを自社の九気筒(単列)1000馬力の『明星』に換装して余裕を設けて複座から単座に直して純粋な戦闘機へと改造している。機首は7.7mmから九九式12.7mm機関銃に置き換えて火力を増強させた。複葉であることは変わりなくフロートを提げるため速度性能は今一つの伸びでも良好な機動性と安定性はそのまま保持される。


 夜間飛行を可能とする精鋭航空兵による水上機隊は敵機を片っ端から叩き落とした。


「ファシストどもに代償を支払せてやる。ジャポニズムを得た我らに恐れることは無い」


続く

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