第51話 クレタ島陥落せず

クレタ島


「北部海岸に上陸する敵兵は全て殲滅されました。噴進弾の一斉射たるや凄まじく敵兵は木っ端微塵です」


「航空基地はだめか」


「はい、猛爆撃により多数の機材が失われましたがスエズ運河を通過した特TL船がエジプト空軍護衛の下で輸送を続け、輸送機が落下傘を用いた補給物資の投下作戦のおかげで消耗品の補充は十分です。まだまだ徹底的に戦えます」


 クレタ島は5月下旬からドイツ・イタリア軍の猛攻を受けた。ここはマルタ島など地中海に対する前線基地の機能を有し、アレクサンドリアなどスエズ方面へ掣肘を加えられる。したがって、ドイツ・イタリア軍にとって是が非でも欲しい拠点と言えた。彼らは空挺兵の大量投入で早期制圧を狙いつつ占領したギリシャ本土から空軍を投入し制空権の奪取も図る。しかし、マルタ島は日本軍が展開する島であり防御は堅かった。空軍は奮戦して同島の航空基地の破壊に成功したがエジプト方面のイギリス空軍と日本陸海軍の航空隊が迎撃して大損害を被っている。もっとも、航空戦力を削ぐことには成功して空挺降下の道を切り開いた。


 クレタ島へ精鋭で鳴らす降下猟兵が降下する。


 降下部隊は航空基地や北部沿岸に集中して投入されたが想像以上の抵抗に各国撃破された。大前提として空挺降下は奇襲で使うものであり事前に察知されては威力が半減する。重火器を持たない空挺兵は要塞化された島に対して火力不足が顕著であり戦えなかった。支援を受けようにも海軍は引っ込み思案で来れず空軍は迎撃により動けない。やむなく、独自に攻撃を仕掛けるが幾重にも張らされた防衛線に加えて硬い地盤を盾にした防御陣地を突破できなかった。


 そもそもクレタ島は岩山の高地が多い地形が占める。ギリシャ政府の要請を受けて同島に駐留し要塞化工事に着手した日本軍は半年以上かけて堅い岩盤を掘り進めて爆撃ではびくともしない陣地を構築した。そして、高地には強力な野砲やカノン砲を設置し上陸地点を撃ち下す大砲の狙撃手を常駐させている。日本軍の野砲・重砲は連合国軍が震え上がる程に高精度で知られたが陸上で出会ったことが少ないドイツ軍は知らなかった。


 地の利を活かすことを良く知る日本軍は鉄壁を誇る。


「海軍の陸戦隊もよく戦ってくれている。武器と弾薬に不足はないか」


「ご心配には及びません。どうしても海上輸送は途切れがちですが航空輸送は盤石ですので補給に綻びは一切ございません。持久戦はこちらに勝機がありましょう」


「特に機関銃は弾の消耗が激しいが、そこはどうだ」


「はい。九九式と九八式は共に英式7.7mm弾を使用しているため融通が利きます。小銃と共通化されていることも大きく不足は聞こえてきません。激戦地へ優先的に物資投下をお願いしているため、緊急性の高い場合は即座にエジプトから文字通り飛んで来ます」


「よし」


 クレタ島を守る日本軍を率いるは中川州男大佐である。史実ではペリリュー島の戦いで米軍に大出血を強いた名将だった。彼は最前線の戦いを経験した叩き上げのため守備隊の長には最適と言える。補給の重要性も苦い経験から知っており再三にわたって陸海軍の航空隊に輸送機の派遣を要請した。島のため海上輸送が主となるが敵空軍の爆撃に曝されるリスクが高く連合国軍の輸送船団はピストン輸送を挫かれる。しかい、日本軍は特TL船などの特設空母や特設水上機母艦など護衛艦を大量投入し最低限の防空を提供した。それでも損害は必至だが比較的に少なく済む。


 エジプト方面には陸海軍問わず輸送機が多く存在した。激戦地には落下傘投下式の物資輸送が効果的と判明したためである。輸送機は特定されておらず一式貨物輸送機、一式輸送機、零式輸送機、九七式輸送機など有名どころが目白押しだ。また、専門の輸送機以外にも海軍から九七式大艇、九九式飛行艇が参加する。更には戦略爆撃軍は爆弾の代わりに落下傘が付いた木箱を携帯して絨毯爆撃の要領で投下した。落下傘式の輸送は一度当たりの輸送量が少ないが確実性に優れる。足が速く速達性にも優れるため緊急性が高い場合でも直ちに対応できた。重火器は難しくても軽い弾薬や食料・医薬品ならば十分な数を送れる。


「数を惜しむな。敵兵は重火器を持っていない。火力は勝っているぞ」


「はい」


テキパキと指示を飛ばしていると馴染みの兵士が入って来た。


「失礼します!」


「敬礼はいらん。手短にな」


「海軍より増援の陸戦隊及び武器弾薬を満載した輸送潜水艦が派遣されるようです。既に紅海に到達しておりアレクサンドリアに寄港した後に深夜を見計らって揚陸すると」


「誠か。よし、戦闘工作兵を送り揚陸地点を確保するよう」


「はっ!」


 半孤立した島への輸送は航空機ばかりではない。先も述べたが重火器を輸送できない弱点があるため他の輸送手段が模索され考案されたのが隠密性に優れる潜水艦を輸送船にすることだった。海中を進む潜水艦ならば敵に悟られずに包囲された地でも突破しての揚陸が可能とされ、陸軍と海軍は相互に協力して輸送に特化した特潜水艦の建造に成功している。


 ㋴(まるゆ)と呼ばれる輸送潜水艦は現在30以上が建造された。海軍の中型潜水艦呂号を基に雷撃能力を廃止して同時期に開発された水陸両用輸送車を格納する耐圧筒を設けている。原則として夜間に浮上して輸送車を送り上陸させて兵士と物資を輸送した。潜水艦のため戦時標準輸送船の数十分の一程度の物しか運べないが数で補う。


「海軍さんですから…噴進弾が期待できます」


「そうだな。島の守備には重砲より噴進弾の方が適しているかもしれない」


 マルタ島には陸海軍が共同開発した噴進弾ことロケット弾が配備されていた。ロケット推進する砲弾は大砲に比べ精度が悪くて射程距離も短い弱点が指摘される。しかし、それを差し引いても絶大な威力とコストパフォーマンスが強みだった。前線でも内地でもすこぶる評判が良く大量生産に発破をかけられ徹底的な簡略化により航空爆弾や艦砲弾にロケット推進機構を連結するだけでよい。熟練工でなくとも簡単に作れるためコストのみならず生産性にも優れた。それでいてたっぷりの炸薬で敵兵をふっ飛ばし、音が聞こえないため回避不可能な破壊的一撃を押し付けられる。


 射程距離や精度の悪さは受け身の防御では帳消しにされマルタ島の各所に置かれた噴進弾発射拠点は迫る敵兵には猛烈な発射を以て叩きのめした。下手な砲弾よりも潤沢に提供されるため数を惜しまない。徹底的な簡素化のおかげで装填作業も簡単で済んでくれドイツ・イタリア軍は噴進弾により前進できなかった。


 もっとも、機関銃陣地も威力を発揮してくれる。連合国軍が撤退の際に置いていった機関銃もあるが、基本的には九九式軽機関銃と九八式重機関銃が併用された。九九式軽機関銃はオチキス社を参考に開発され質の悪いスチールでも頑丈に設計されて最前線の使用に耐え得る。大量生産を前提にされたためか数も多くあり携行性に優れる支援火器としては傑作と言えた。後述する弾薬の都合で連合国軍からも高い評価を与えられる。九八式は固定式の重機関銃であり連射性に難があった九二式から大転換し、ブローニング社を参考にベルト式給弾を採用し弾幕形成を意識した。重量も軽く人力の移動も容易らしい。


(やはり物量…強引に進めらられた7.7mmの共通化は正解だったか)


 機関銃が共通の7.7mm弾を使用することは当然だが小銃にまで共通化された。日本は長らく三八式歩兵銃の6.5mm弾が主流だったが7.7mmを使用する機関銃と組み合わせると補給が厳しくなる。したがって、多少強引に新型小銃を開発するのと同時に7.7mmへの統一化を図った。具体的には日英同盟から得られたブリティッシュ.303弾(7.7mm)を導入して英式7.7mm弾と呼称する。これは新型小銃の九九式短小銃と九九式軽機関銃、九八式重機関銃で共通して使用された。


 九九式短小銃は三八式の後継として開発された新型小銃である。長銃身の三八式は遠距離戦に適しても近距離では取り回しが悪かった。そこで銃身を切り詰めて短くした短小銃が開発される。アメリカのスプリングフィールドやイギリスのエンスフィールドを吸収しただけはあり、諸外国の小銃と比較しても互角の性能と信頼性を兼ね備えた。ただし、強まった反動で射撃精度は低下したことは否定しない。もっとも、近距離戦では気にならない範囲で収まった。生産も徹底的な合理化で整備された体制のおかげで量産され続けている。弾薬が英式7.7mmのためイギリス軍と融通し合えると多方面に賛否両論あれど賛が多く見受けられた。


 しかし、戦車兵や航空兵、空挺兵などより一層の取り回しを重視する兵士には小銃ではなく機関短銃が提供される。こちらは9mmパラベラム弾を使用した零式機関短銃が採用されるが後に回させていただく思われた。


 かくして、三八式は淘汰されたが質の良い物は回収されて狙撃銃に転用される。高精度と高初速は狙撃銃に向いており、発砲の炎が見えず隠密性にも優れるため狙撃手は専ら三八式を愛用した。その性能の高さにはイギリス兵も驚嘆し連合国軍の狙撃手に対し日本の職人が手作りする高品質な三八式が供給される。少数精鋭の狙撃手ならば求められる数が少なくて量より質を重視し三八式のハンドメイドでも十分に対応可能だ。


「補給が戦いを決める」


 クレタ島で徹底抗戦する中川大佐がポツリと漏らした言葉は説得力に溢れすぎる。


続く

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