第50話 ドゥーリットル隊ベルリン空襲

 ベルリン郊外上空にて所属を示すマークを塗りつぶして判別を困難にさせた双発爆撃機10が見られた。


「いい天気だ。こういう黒い雲がある日に爆撃のし甲斐があるってもんだ」


 機内からは笑い声が溢れる。高度は4000の中高度であり仮に笑い声が漏れても地上の人間に聞かれることはあり得なかった。出撃前から変わらず良好な雰囲気が漂う機内の火付け役がドゥーリットル中佐であることには驚かざるを得ない。確かに彼が隊を率いていることは事実だ。とは言え、まさか中佐自らが出撃することは常識的にありえない。彼は自分が叩き上げた部下を送り出し安全圏から作戦成功を祈っているだけが言語道断で受け入れられないと出撃を固辞した。悩んだ末にニミッツ提督は渋々ながら認めざるを得ない。意地になった者を止めたくない気持ちがある中で有馬提督の紹介で護衛機を得ることに成功したことも挙げられた。


 間もなくベルリン中心部に差し掛かる時に周囲を確認する。既にドイツ本土に侵入しているため対空砲火が撃ち込まれるが随分と怠慢が見られた。アメリカ印の堅牢性を誇る新型爆撃機B-25は怯まず突き進む。空母から発した時間は明け方でありベルリン到達は人間の動きが鈍くなる最高の時間帯を選択してヨークタウン及びエンタープライズを発した。ベルリンは海に近い都市に比べて内陸に位置するため爆撃を受けることは少ない。イギリス空軍がレーダーを活用した迎撃戦術により大損害を被ったことが主な理由になるが実際は辛うじて保った良心で民間人を巻き込む戦略爆撃は慎むからだ。したがって、ベルリンの防空体制は完全に油断し切る。また、B-25が新型でアメリカ参戦も本格的に開始されていないことから味方機かと誤認してしまった。そんな訳があるまいと思われようが人間は案外消極的だろう。


(まぁ、これも空母の攻撃機がレーダー基地を破壊してくれたからか。護衛機まで付けてくれた日本軍には感謝してもし切れない。提督は持つべきは友だと言っていたがその通りだ。まったく、政府は何をしていたのだろうか)


「街が見え始めました!」


「よ~し、今日は奴に冷や汗どころじゃない、すぐに痩せられるような汗をかかせてやる」


 ヨークタウン及びエンタープライズから5機ずつ合計10機は発艦して直ちにベルリンへの最短距離は採らなかった。改装で機銃を減らした代わりに燃料タンクを増設して航続距離を徹底的に伸ばした以上は迂回路を選択し可能な限り警戒から逃れる。イギリス軍の航空偵察から得た情報で把握した高射砲の対空陣地が薄い箇所を突いて絶好のチャンスを掴んだ。なお、爆撃の目標は国会議事堂を最優先にしつつ難しければ適度にばら撒かせる。一定の航続距離を確保するため爆弾は500ポンド2発と収束式焼夷爆弾1セットの3発であり本来のB-25より打撃力は低下した。今回の目標が建物であることを鑑みれば前者で固い物を破壊し、後者で軟目標を焼き払いインフラや建物を燃やし尽くす。


 そして、彼らが悠々と爆撃態勢に移れるのは言うまでもなく有馬機動部隊のおかげだった。ニミッツ機動部隊と別れた彼らは独自に先行すると敵機の攻撃圏内に入らない海域から攻撃隊を発して一方的に叩くアウトレンジ攻撃を敢行する。沿岸部に殺到した攻撃隊はレーダー基地を破壊して回った。レーダーで大攻撃隊を察知した敵は素早くメッサーシュミットを迎撃に繰り出すが零戦は四二型に強化された難敵である。同じく後期型に強化された艦爆と艦攻が地表の基地を爆撃した。完全に破壊できなかった基地もあるがレーダーは複雑にして衝撃に著しく弱い。よって、500kg爆弾又は1t爆弾の炸裂で生じた衝撃が装置を狂わせて故障を誘発させた。奇跡的に電源が生きていたとしても繋がるわけがないのである。


 レーダー基地への攻撃はドイツ空軍の迎撃機を割かせることに成功した。しかし、勘の良い軍人が都市部への戦略爆撃を円滑に進める準備と気付く可能性はゼロではない。防御用の機銃を減らしたため自衛に難があるドゥーリットル隊は護衛機を欲して当然だ。ニミッツ提督経由で日本軍に問い合わせると出撃前日になってイギリス本土に展開する日本陸軍航空隊の戦闘機が護衛に訪れると知り、本日になって半信半疑で飛んでいると上空から双発機が被さる。あっと言う間に囲まれたが翼に日の丸が掲げられることから安堵した。護衛戦闘機は派遣イギリス本土陸軍航空隊所属の一式重戦闘機『屠龍』であり爆撃機護衛任務のため長大な航続距離と重武装を提げる。


「これなら護衛戦闘機にも爆弾を持たせていればなぁ。そうしたら、もっと壊せたのに惜しいことをした」


「欲を言い過ぎだ。丸裸じゃないだけありがたいと思え」


 護衛機が重戦闘機ならば爆装させて打撃力を得られた。しかし、ここは敵首都上空である。迎撃を受けたらを考えると鈍重に次ぐ鈍重で護衛の役目を果たせないかもしれなかった。いくらなんでも欲をかき過ぎだろう。


「進路乗った!」


 普段使用する爆撃照準器を取り外して代替の簡易照準器を覗く爆撃手は操縦手に対し微細な修正を指示していき直撃進路に乗ったことを告げた。至極当然と言わんばかりに狙う先はドイツの国会議事堂でありハーケンクロイツが憎たらしいことこの上ない。奴らは善良な市民を乗せた民間船を沈めた根っからの悪人という敵愾心の怒りが勝った。


 首脳部を完膚なきまで破壊し権威を失墜させる。


「投下!」


 タイミングはバラバラだが大きくは一緒に10機のB-25が爆弾を投下した。たった3発のため10秒もかからずサッと爆弾槽を閉め離脱に移る。高度4000は敵メッサーシュミットの土俵と言えるため護衛戦闘機がいても逃げの一手に限った。


 誰もが鳥肌を立たせる「ヒュ~」という爆弾の落下音が恐怖を掻き立てる。今まで安全地帯でぬくぬくしてポーランド、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスを食い散らかした連中には丁度良い恐怖と思われた。市民に一定数の被害が出てしまうことはあれど必要な犠牲と割り切る。市民が現在を招いた一因である以上は強引な正当化も認めてもらえた。離脱する際は復讐に燃える敵から自機へ撃ち込まれる対空砲火は激しさを増したが逃げに入ってしまえば被撃墜の恐れは緩和される。


「燃えてますよ。いい気味だぜ」


「ファシストの狂人どもに情け容赦はいらないってな」


(火の手が住居まで伝わらないといいが)


 喉のあと少しまで出かけた思いはしまい込んだ。それより敵機の迎撃が来ないか神経を尖らせる。煩わしい対空砲火が弱まり始めたことは撃墜よりも火災が発生する中心部に兵を回して鎮火に重きを置いた。しかし、兵士が思った以上に火の手が湧き上がっている。この時は若干乾燥気味のため燃え易くあり局所的に小型の火災旋風が発生した。収束式の小型焼夷爆弾は建物を燃やして勢いを増すと火の竜巻を為す。これが発生すると消火活動どころではなく逃げ惑うしかできなかった。その詳細な発生メカニズムが未だに不明なことからどうしようもない。


 中佐の懸念は的中した。火災旋風は住居まで火を及ぼし市民が生活する安寧の地が焼かれて市民は思い出す。自分たちは戦争を行っているのだと思い知らされもした。もちろん、日々の政権発表で連戦連勝に湧いて表面的に理解しているが敵の手が及ぶとは考えたことが無い。あれだけ連合国の空襲はあり得ないと叫んでいた閣僚は何を思うのか怒りを覚えようにも宣伝相が卓抜された手腕で諫めた。


 かくして、完全にベルリンを脱したドゥーリットル隊は有馬=ニミッツ機動部隊や友軍艦が広がる海にまで懸命に向かう。余裕綽々かと思われた爆撃作戦でB-25が堅牢と雖も度重なる被弾でボロボロの機体があった。イギリス本土まで間に合わない機体は低空まで降りた上で脱出する。パラシュート降下する兵士は近場の駆逐艦や駆潜艇、哨戒艇に救出された。十分に飛行が可能な機体はポーツマスの空軍基地まで向かう。


 無事に到着したドゥーリットル隊は英雄扱いであるが当の中佐だけは晴れやかではなかった。


続く





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る