第49話 ベルリン空爆作戦

 長い航海を経て有馬機動部隊とニミッツ機動部隊はパナマ運河を通過した。アメリカ参戦準備に伴いパナマ運河は軍艦を優先する処置が下されて現地の反発を招きながら機動部隊は東海岸に出る。しかし、有馬機動部隊に限って見慣れない旭日旗を掲げた大艦隊ということやヨーロッパに限らない民族自決を訴える日本ということまで積み重なり中米は快く受け入れた。マスコミも大集合して大西洋に展開するだろう追加の大艦隊に集中して空っぽのニミッツ機動部隊は完全に無視する。この時点でニミッツ提督は胸を撫で下ろした。


(何とかドゥーリットル隊を回収できる。案の定、マスコミは有馬機動部隊に齧り付いた)


 ニミッツ提督の心配を察してか有馬機動部隊は敢えて目立つように行動して爆撃機輸送作戦の建前までも薄くしてしまう。マスコミや諜報員も爆撃機の輸送なんぞどうでもよいことだ。爆撃機は自力で移動できない場合は機体を分解して輸送船団に載せ到着後に現地で組み立てる面倒があり、勿体ないと雖も空母を丸ごと輸送船にして完成状態で運搬する方が効率的である。それが新型爆撃機B-25となれば尚更だった。


(感謝する。有馬正文提督よ)


 パナマ運河通過後はニミッツ機動部隊は爆撃機輸送作戦のため東海岸に寄港しクレーンでB-25爆撃機を空母ヨークタウン及びエンタープライズの甲板に並べる。いくら何でも格納庫に収納することは叶わないが空っぽ格納庫には燃料タンクや予備の部品、500ポンド爆弾、収束式焼夷爆弾と言った消耗品が積み上げられた。


=有馬機動部隊=


「これより本機動部隊は欺瞞作戦に移り輸送船団の支援並びにUボート撃滅を図る。欺瞞だからと言って手を抜かず全力を尽くすように」


 東海岸に寄港するニミッツ機動部隊と分かれた彼らは大西洋に展開する動きを見せる。しかし、それは秘密作戦の準備を待つ間の暇つぶしを兼ねた支援作戦だった。アメリカは武器貸与法を可決するとイギリスへ武器弾薬・食料・医薬品を満載した輸送船団を派遣する。もちろん、道中は自海軍やイギリス海軍が護衛するがUボートの威力は底を知れなかった。したがって、輸送船団の支援という尤もな名目を盾に空母から対潜哨戒機を発して航路に潜む敵潜を徹底的に叩くのである。至極真っ当な動きのためドイツ軍は「いつものことか」と低く見積もった。雷撃を与えた日本機動部隊の交代要員とも受け取れるが上陸されなければよく、対抗策として追加のUボートを送り込んで集中雷撃で葬り去るだけ。


「まさか空母から陸用爆撃機を発艦させベルリン空爆することには驚きました。自由の国アメリカであるが故に可能なまさしく自由な発想は脱帽を禁じ得ません」


「その通り。爆撃機輸送作戦を自称するニミッツ提督は特殊作戦仕様のB-25の航続距離に入り次第発艦させてベルリンを空爆する。爆弾の投下後はイギリス本土の基地に戻るというのだから実現の可能性は思っている以上に高いか。やはり侮れない超大国だ」


 さて、ベルリン空爆作戦の概要を明かす時が訪れた。


 文字通りでベルリンを空爆する作戦だがバトル・オブ・ブリテンの一環ではなく日米海軍が独自に遂行する。敵首都の守りは堅いと思われようが欺瞞作戦を経た有馬機動部隊が事前にフランス北部からドイツ沿岸部を爆撃し注意を引いた。また、イギリス軍の定例爆撃の時間に合わせることで多方面にドイツ空軍を割かせる。なぜ沿岸部を狙うのかというとドイツ空軍はイギリス空軍夜間爆撃に備えて探照灯と初期型レーダーを並べたのだ。探照灯はともかくレーダーを破壊しなければB-25爆撃隊が探知されてしまう。よって、予め空母航空隊が大空襲を行ってレーダー網を破壊するか無効化した。早期警戒長距離レーダー『フライヤ』と短距離レーダー『ウルツブルク』を組み合わせた『ヒンメルベット』が標的とされる。イギリス空軍はこれと夜間防空隊により大損害を被った。


 空母艦載機は比較的に軽快な動きが可能であり低空飛行でレーダーを掻い潜り奇襲を仕掛けられる。有馬機動部隊は本土や台湾で猛訓練を積んだ精鋭部隊だから容易なことだ。開戦時はヒヨッコだった新兵は実戦で得た教訓より改められた育成プログラムにより急速に叩き上げられる。航空兵の中には中華民国からの志願兵もおり人員は不足を知らなかった。


 余談だが志願兵は日本の委任統治領となったインドシナや東インドでも募集され既に数千人が正規兵として前線に送られる。精強な日本軍に憧れた若者は志願兵となり日本軍に加わった。植民地時代の宗主国に引っこ抜かれるよりかは遥かにマシで待遇も良いため極めて人気である。特に空を自由に飛ぶ航空兵は人気なんてものではなく、技術と知識、規律と全てにおいて高度が求められる狭き門だが倍率は凄まじく高かった。したがって、日本軍の人員不足は委任統治領からの志願兵で埋められ長期戦に備えられる。


「爆撃を担うのは新型爆撃機B-25で操るのは精鋭のドゥーリットル隊と聞いています。実力の如何ほどかは存じておりませんが空母から発艦できる技量の高さは恐ろしい」


「彼らは地上基地の滑走路に実際の甲板と同じ大きさとなるよう線を引き、その線を超えない離陸方法を研究し兵士も毎日の猛訓練で着実に技量を高めた」


「発艦さえ上手く行けば後はどうにかなります。そこは期待したいところです」


 ヨークタウンとエンタープライズには一個の爆撃隊を二分割して搭載した。その爆撃隊は指揮官の名からドゥーリットル隊と呼ばれ、アメリカ陸軍の爆撃隊であるが秘密作戦に惹かれて志願したらしい。余程の自信と見るが実際にアメリカ陸軍では最精鋭と言って差し支えない技量を誇った。鈍重な爆撃機で曲芸飛行するだけの技量と度胸を有し適材適所と言える。ただし、空母から発艦することは前代未聞のことのため入念な下準備が要せられ半年以上も前から研究が始められた。大きさと性能から選定された新型爆撃機B-25の習熟訓練を経てから、ドゥーリットル隊は地上基地を貸し切って訓練を進める。使用する滑走路はヨークタウン級の実寸サイズで線を引くことで近づけた。そして、アメリカ版月月火水木金金と言うべき猛訓練を続けたドゥーリットル隊は見事にクリアする。次は実際の空母でと行きたいところだがヨークタウンとエンタープライズはハワイにおり、進水から間もない空母ホーネットを使用した。これも乗組員の訓練と割り切りドゥーリットル隊は習熟訓練中のホーネットに居候して訓練を重ねる。幸い地上でクリアした彼らのため危なげなくとは言えなかったが全機が発艦を成功させた。着艦はできないため一旦地上基地を経由して整備と補給を受けてからホーネットに戻る。とても効率が悪い訓練でも着艦のしようがないためやむを得なかった。ただ、作戦では爆撃後はイギリス本土の基地に向かうため実戦形式と考えれば正解かもしれない。


 それではなぜ日米海軍が共同して行うことになったのかというと、米海軍単独でのベルリン空爆に大きな不安が抱かれたからだ。空母2隻が実質的に使えないため防空は機能しない。敵機を撃墜するのは専ら戦闘機でこれは致命的な弱点と言えた。そこで、作戦を担ったニミッツ提督が有馬正文少将を介して日本海軍に共同作戦を打診する。私的に日本海軍とパイプを構築していたことが甲を奏し元より大西洋に展開する機動部隊がいると回答された。緻密な協議を行うべく水面下での接触が続くが秘匿性の高い作戦のためアメリカでは大統領ですら知らず、日本でも総合戦略研究所の中で長谷川清大将しか知らない。作戦秘匿の徹底ぶりはドイツの諜報を掻い潜る成果をあげた。


「爆撃機は丸裸で飛行するのか、そこを私は危惧しています。護衛戦闘機のない爆撃機は餌食になりました」


「そこらへんは上手いことする。私は知らされているがとにかく秘匿性が付き纏うからこれ以上は勘弁してほしい」


「はっ、失礼いたしました」


 有馬正文司令しか知らないこともある。


 それだけ徹底され尽くされたベルリン空爆作戦の成功を望んだ。


続く

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