第48話 有馬=ニミッツ機動部隊
ドイツのバルバロッサ作戦の奇襲により独ソ戦が開幕した。これによりドイツは東西南北全ての方面に戦力を割くことになり、日英同盟が絶対死守を図る地中海マルタ島やクレタ島、北アフリカ戦線は硬直を余儀なくされる。どれだけドイツ軍の装備や戦術が優れても補給が途切れると戦えなかった。バルバロッサ作戦自体がバトル・オブ・ブリテンの敗北からイギリス上陸作戦を諦めた末に提示された戦局打開の代替案である。したがって、イギリス方面が削られ敵の本丸を攻めるに丁度良かった。
今まで連戦連勝で図に乗ったドイツに痛撃を加えんと日本海軍とアメリカ海軍は合同で秘密作戦を立案する。日米の政府間は険悪な仲でも軍同士は良きライバルにして友なのだ。アメリカ政府が対独戦参加に伴い水面下の動きは活発化し偶然を装ったニミッツ提督の機動部隊が日本海軍有馬機動部隊と合流する。日本領のトラック諸島にてニミッツ機動部隊を迎え日米機動部隊になった大空母艦隊は合同演習の名目で活動を開始しパナマ運河を目指した。
ニミッツ提督は対独戦参加に合わせて創設された機動部隊を率いる。自身が座乗する空母『ヨークタウン』の艦橋から後ろに並ぶ『エンタープライズ』を一瞥した。ヨークタウン級航空母艦は1938年に就役した比較的に新しい空母である。前方を走る旭日旗を掲げん大型空母4隻も1939年から1940年にかけて就役した最新型だった。アメリカ海軍も空母建造を進めたが戦艦主兵の思想が蔓延ったままで数は少ないままである。日本海軍が空母及び水雷戦隊主兵力に切り替えたことを学ぶべきだったと臍を噛むが「敵の敵は味方理論」が効果を発揮して彼らが味方ということは心強く思われた。
有馬機動部隊は空母『隼鷹』『飛鷹』『大鷹』『白鷹』の4隻を中心に護衛兼偵察の航空巡洋艦『黒部』『立石』の2隻が付き従った。そのうえで量産型防空駆逐艦を護衛艦に加えている。ニミッツ提督の機動部隊は空母『ヨークタウン』と『エンタープライズ』の2隻に重巡洋艦と駆逐艦(合流予定)を並べた。合わせた隻数もさることながら航空隊の打撃力は半端ではないはずだが『ヨークタウン』と『エンタープライズ』はからっぼらしい。
「やはり日本を敵に回すべきではなかった。対ロ戦争の勝利で認識を改め共存の道を歩むべきだったのだ」
「提督のおっしゃる通りです。私も彼らの演習を見学をしたことがありますが荒波を物ともせず隊列を維持して雷撃する水雷戦隊に始まり、双発爆撃機が超低空飛行で航空雷撃を行う様子まで全てが洗練され尽くしています。あれは敵に回してはいけません」
「政府の主張した通り数で押しつぶすことは可能かもしれない。しかし、それまでに我々は尋常ではない損害を被ることになった。中国の利権など複雑な事情が絡んでいるのかもしれないが同じ民主主義国家として信頼に足る友邦ではないか」
「はい、まさに」
ニミッツ提督はアメリカ軍の中でも日本海軍の恐ろしさを誰よりも理解した。派遣将校を盾に各種演習を見学させてもらったが練度の高さは目を見張る。多少どころではない荒波を突っ切っては見事な雷撃戦を水雷戦隊は敢行し、基地航空隊の双発爆撃機が海面スレスレの超低空飛行で航空雷撃する様は度肝を抜かれた。今回共同作戦をとる有馬正文少将の機動部隊も空母航空隊の実力は折り紙つきであり、無敵のゼロファイターに百発百中の艦爆・艦攻隊は冷や汗をかかせられる。自海軍も負けていないはずだが練度の差は歴然が与えられた。
政府が中国進出に失敗したからと言って日本を責め立てイギリスから呆れられる程の徹底対抗は無駄と憤慨している。日本を敵視する意味が分からなかった。ロシア帝国の南下を挫き第一次世界大戦でも救助活動を行ってくれ、世界恐慌を経ても一切の領土的野心を見せない。なお、現首相の幣原喜重郎男爵の外交が絶大な威力を発揮してアジア一帯を国際法に基づいた正当な手続きにより委任統治領として勢力圏に加えた。国体は天皇の下にあるが政党政治と議院内閣制が確立され幾度かの危機を乗り越えて保持する。どこをどう切り取っても敵とみなす理由が見当たらなかった。むしろ、いち早く日英同盟ひいては日英仏蘭四ヶ国同盟に加入すべきとニミッツ提督ら軍から疑念が湧き上がる。
「パナマ運河を通過して東海岸に寄りドゥーリットル隊を回収する。マスコミを騙すため欧州への爆撃機輸送作戦と誤魔化す。すまんが、口裏合わせを頼む」
「はい。お任せください」
「新品のB-25を改造した専用機ですが余程近づかなければ分かりません。それ以前にマスコミは有馬機動部隊に集中すると思いますし、つまらない爆撃機輸送作戦は小さな枠にも載らないでしょう。警戒すべきはUボートに収束します」
「そうか、だがUボートは友の哨戒機が封じ込める。噂をすれば飛んで来た」
先頭を走る有馬機動部隊に追従するニミッツ機動部隊だが後方に敵潜水艦追跡の恐れが否めなかった。太平洋にまでUボートが出てくるとは考えにくいと思ったかもしれないが、残念ながらドイツ海軍は中継拠点となる補給潜水艦を派遣して洋上補給を可能とする。洋上補給のおかげで航続距離が届かない大型Uボートは十分な余裕を持って行動できた。その他にも奴らのホームグラウンドである大西洋にて日本海軍四四艦隊が雷撃された事件は直ぐに知れ渡って脅威度が引き上げられる。
苦い経験を得た日本海軍は空母に搭載できる範囲で対潜哨戒機を開発した。特に速度は求めずに戦闘機より遅いが航続距離と安定性に優れる機体を求めた結果として異形の哨戒機が飛来する。
「いつ見ても解せません」
「私もだ。しかし、あの格好であるが故に出来ることがあった。日本の創意工夫を馬鹿にしてはならん」
「左右非対称機…」
ヨークタウン上空を通過する際にバンクを振って挨拶した機体は日本海軍対潜哨戒『東北』だった。その姿は誰もが目を飛び出させる程に異形であり提督以下の全員が呆気にとられる。にもかかわらず、東北は常軌を逸した機体形状に囚われないずば抜けた安定性と航続距離を有した。
その姿は左右非対称にしてコックピットを含めた三座がエンジン後方に無く、あろうことか右翼に設けられている。コックピット等を右翼に移し胴体はエンジンらの機械室に限った設計は狂気の沙汰だ。文字に起こすと大変なため本機のモデルを述べると史実のドイツ空軍試作偵察機BV-141である。奇才リヒャルト・フォークト博士が開発を担った試作偵察機のため正式に採用はされなかった。しかし、試験飛行時は左右非対称の見た目とは裏腹に競合機を寄せ付けない圧倒的な機動性・安定性・速度性能・航続距離とほぼ全ての面で勝り、テストパイロットも目を丸くして操縦性の高さに舌を巻く程である。驚くべきことに彼の設計は極めて理に適った。エンジンが悪かっただけで機体本体は恐ろしく優秀だろう。その翼に関しては部分的にだが後のジェット旅客機で採用されるまで優れて、機体設計も航空力学に多大なる貢献をもたらした。したがって、フォークト博士は決して狂人ではなくBV-141も珍兵器と呼ぶには忍びない。
なお、東北はBV-141がベースにこそしたが逆ガル翼で主脚を短縮して強度を確保し、翼折り畳み機構を追加することで空母の格納庫を圧迫しない配慮がなされていた。高い安定性から低速の着艦も意外と簡単だったが視点が大きくズレるため慣れを必要とする。
いや、待って欲しかった。ドイツの機体が日本で運用されていることは鹵獲でもされたのだろうか。これは単純にリヒャルト・フォークト博士が来日し定住したからだ。史実でも彼は日本の戦闘機開発を担ったため早期に呼び寄せて奇想天外な発想を頂戴している。日本はどれだけ国力を高めても諸外国に劣る以上は発想と創意工夫で勝たなければならなかった。たとえ珍妙であろうと食わず嫌いしないでまずは試す。そして有効性が確認されれば採用した。
東北は対潜哨戒機に該当しBV-141譲りの全面に通用する視界が利点である。元の機体が全方向に視界を確保できるようにとの要求がなされたことによる設計だが、これでは左方向への視界が自機に遮られてしまう致命的な弱点も抱えた。もっとも、潜水艦は海上又は海中にしか生息できないため必然的に若干の前方から直下だけで構わない。左方向が見えなくても下が見えれば御の字であり普通の単発機では確保できない視界を得て実用性に富んだ。
「あのような奇策が勝利をもたらす」
続く
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