第46話 復活の戦艦

 戦艦ビスマルクがイ19潜水艦に雷撃され自沈という形で撃沈されたことにドイツ海軍は大きなショックを受けた。ビスマルク級はドイツ海軍の粋を掻き集めて建造した自慢の大型戦艦である。しかし、なんとあっさり沈んでしまったことには動揺を隠せなかった。ドイツは陸軍国家を自負し海軍は通商破壊作戦に専念させ過ぎた歪みが寄った結果だろうに。しかし、当の本人は及び腰となり戦艦の投入を回避する温存策を採った。


 海上艦を引っ込める代替として無敵のUボートの大量投入に踏み切る。フランス北部の港を改造してUボート専用基地を作ると新型を海へ送り出した。イギリスの輸送船団はUボートの襲撃で数万トンが海に沈んでいる。ただし、日本海軍は盛んに水上機を飛ばして牽制するためなかなか削れなかった。数隻の駆逐艦や駆潜艇を撃沈する戦果を挙げたが主力艦は無傷のままにいる。鉄壁の日本海軍に着目したイギリス海軍は貨物船に水上機を搭載したCAMシップで対抗した。更には特TL船を真似たCAMシップが考案され随時商船を切り替えていく。


 既存の改造という間に合わせで時間を稼いでいる間にイギリスと日本は極秘を纏わせ研究開発に勤しむ電子兵器を投入した。レーダーに代表される電子兵器の技術は日英が最先端を走り、代表例には味方艦捜索レーダーと称した対艦レーダーが各艦艇に搭載されている。まだまだ未成熟のため故障及び誤探知が多くて信頼性に欠けるが十分に活躍してくれた。その中で敵の無線やレーダーを逆探知する索敵手段が日本から提案され、対Uボートの切り札として開発は大急ぎで進められる。Uボートは上空の偵察機や味方艦、陸上基地と連絡を取り合って輸送船団を襲撃をした。つまり、情報が詰まった連絡を逆探知することができれば敵潜の位置を割り出し、付近を航行する輸送船団に退避を促せる。


 日英が叡智を結集し開発した装置はHF/DFと呼ばれた。この電子兵器は敵潜の撃沈までは至らずとも護衛艦が定期的な爆雷投下を以て無効化する。当然、雷撃の余裕は与えられず潜航してジッと耐え忍ぶしか選択肢は用意されなかった。これにより、輸送船団は以前よりも安全に物資を運搬することができ前線を支える。


 さて、Uボート封じが効果を発揮し始めると日本海軍は大西洋からイギリス本土に至るまで大海域を制覇するべく、従来の日英同盟艦隊や地中海派遣艦隊に加えて大西洋艦隊を創設して派遣を決定した。大西洋艦隊はアメリカ海軍ニミッツ少将の全面協力を得ており、彼の仲介を盾に協力してドイツ海軍を封じ込め撃滅する。


 とは言え、虎の子艦隊はおいそれと送れなかった。まずは露払いの部隊を先行させて安全を確保することが要請される。そこで、仮に失っても痛くないが地味に役に立つ老兵艦隊をパナマ運河経由大西洋に向けた。パナマ運河の制限であるパナマックスには余裕を持って掻い潜り通過するが、海軍系の人間が一目見れば分かる程の老齢艦であり見学に集まった兵士は顔を見合わせる。笑う範疇を超えているため反応に困ったが旭日旗を掲げる老齢艦に立つ日本兵は一様に敬礼した。海軍式の礼儀作法が叩き込まれた米海兵は慌てて敬意を返す。


 艦橋に立つ老提督は呆気にとられる米兵を見てニコリと笑った。


「善哉、善哉」


「まさか米兵も日露戦争の戦艦が出張るとは思わないでしょう。暫く道化師となりますが、これも情報戦の一つと考えれば随分なことで恐縮します」


「はは、よもや戦艦『富士』『朝日』『敷島』が復活して私が指揮を執るとは。確かに陸上で茶を啜る生活よりは遥かに充実している。こんな仕事に付き合わせて申し訳ない」


「何を申されますか。堀大将の下で戦わせていただけることは身に余る光栄であります。我らは後続の大西洋艦隊が通る道を開拓する立派な晴れ晴れしい仕事です。たとえ艦が古かろうと関係ございません」


 隼鷹型空母4隻と護衛の防空艦からなる大西洋艦隊が安全に動くため派遣された露払い部隊は誰もが驚く老兵艦隊である。日本海軍において老齢艦は金剛型戦艦まで遡り見方によっては空母へ改造された扶桑型及び伊勢型も該当した。しかし、この老兵艦隊は更に古くて極初期を支えた殊勲艦から成る。


 なんと旧戦艦『富士』『朝日』『敷島』の3隻がその全容だ。3隻は日露戦争における決勝戦の日本海海戦にてロシア帝国バルチック艦隊を撃滅した殊勲戦艦と言える。記念艦の『三笠』を除いた3隻は時代が進むにつれて価値が薄まり海軍軍縮条約が止めを刺した。工作艦や練習艦に格下げされると嘗ての栄光は消え去りつまらない日々を送る。


 しかし、大転機が訪れた。


 ドイツの再軍備宣言や領土拡張政策を受け海軍軍縮条約は無効化される。そして、各国の間で建造競争が始まると日本も大義名分を盾に疑われなかった。もっとも、金剛型と長門型の近代改修が大半を占めて各種軽巡・駆逐艦の大量建造を表に出すに留まる。これを盾にして日本海軍は老齢艦の二線級引き上げを画策して既に姿を見せた筑波型と鞍馬型が良い例だ。


 前時代の戦艦に活路を見出した海軍は最小限の改造で資材とコストを抑える思想から『富士』『朝日』『敷島』は戦艦から海防戦艦へ大変身を遂げる。適当に廃艦の準備と偽りドックに入れて同一内容の改造工事が進められた。その内容としては主砲を前部1基に限定して後部は更地に直した上で残った前部主砲はアームストロング式30cm連装砲から日仏式30cm四連装砲に換装する。前部と後部の連装砲を並列にした四連装砲は秘密裏にダンケルク級建造の技術を入手して制作した。四連装砲は連装砲よりも大型化するが火力を維持したまま重量を大幅に減じられる。限定された防御力も前部集中配置で補え老齢艦には丁度良かった。副砲扱いの15cm単装速射砲は取り外したが後部甲板に連装10cm砲を置いてバーターを図る。47mm速射砲と魚雷発射管は廃止したが最低限の防空として40mmポンポン砲が各所に置かれた。一連の改造で軽量化された上に機関を扶桑型と伊勢型から取り外してオーバーホールされた物に置き換え速力は24ノットまで向上する。


 海防戦艦と称し大復活を果たした富士・朝日・敷島は露払い部隊に抜擢されると司令官に予備役から引っこ抜かれた老提督が充てられた。齢57の提督は名を堀悌吉といい現役時は最高の天才と呼ばれる。しかし、当初から海軍軍縮条約に賛成の立場を一貫して通し、天才であるが故に人付き合いが下手なため疎まれてしまった。結果的には予備役に追い込まれたが二度目の世界大戦の匂いを嗅ぎ取った海軍は天才を呼び戻す。ただし、彼を晴れ舞台に置くと内紛を招くため老兵艦隊に回した。客観的には復帰早々の左遷に等しいが本人は満足している。50歳後半のため天才と雖も熟成して丸くなり日本海海戦の殊勲艦を指揮できると喜んだ。


 部下達も天才を慕う高練度であり老兵艦隊だからと甘く見積もってはならない。3隻が固まって動けば十分に強力でありドイツ海軍相手には足りていた。しかし、Uボートに一切対抗できず潜水艦が天敵となる。この点はアメリカ海軍とイギリス海軍の助力を得ることで解決した。彼らはUボートを寄せ付ける囮役が与えられ輸送船団を守るように行動し、追従するアメリカ中立パトロール艦隊又はイギリス艦隊が近づく鮫を片っ端から叩いて回る。仮に雷撃されて撃沈されたとしても大して痛くなかった。


「どうせならブレストにでも行こうか。あそこは大きな基地がある」


「御冗談をおっしゃります。フランス上陸は時期尚早かと」


「もちろんだ。しかし、敵地に忍び寄り砲撃を与え驚かせるぐらいなら面白い。元より囮となることが定められた運命ならば派手に舞うのが正しいのではないかな」


「一理あります。ただ、今はアメリカ海軍の目を奪い本土で進められる敵首都空爆作戦を隠さなければなりません」


「そうだったか。あぁ、ベルリンを叩き奴の首を脅かす。陸地を抑えていれば勝てるとつけあがったツケを払わせんと」


 突如として聞こえたベルリン空爆作戦とは何なのか。


 それは後続の大西洋艦隊とニミッツ少将が握っていた。


続く

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