第45話 トブルク要塞の激闘

 島田戦車隊は栗林機械砲兵師団から自走砲ホルを加えて火力を高めた上で遊撃隊として機動戦に向かった。日本軍主力戦車のチハ1及びチハ2はイギリスとフランスの良い所を吸収し独自に昇華した快速戦車隊を誇る。装甲は歩兵戦車ほど厚くないが最大50mmと当時は十分に有して防御力は可もなく不可もなかった。肝心の主砲はチハ1だと長砲身57mm砲とし高精度で高貫徹力、高い速射性と総じて強力である。ただし、口径は57mmと中口径のため単発の威力は低く敵陣地への砲撃に向かないと判断された。チハでも火力が欲せられてチハ2は75mm野砲を最小限の改造で搭載する。75mmの威力は絶大だが野砲のため装填に時間を要して対戦車戦闘には適さなかった。最後に機動性だが悪路に強い日本式サスペンションに統制370馬力ガソリンエンジンのおかげで最速42km/hを叩き出す。砂漠でも整備さえ行き届いていれば各地を転々として遊撃に徹した。


 彼らの任務はとにかく動き回ってロンメル軍団を襲撃してかき回す。せっかくの機動力を固定的な防衛に回しては勿体無かった。それに防衛はイギリス軍歩兵戦車が担当してくれる。したがって、ロンメル軍団はトブルク正面に集中している背後を突かれ機甲部隊が潰滅していった。自軍の三号戦車と四号戦車が歩兵戦車には戦術で勝ってもチハ隊には互角の勝負に持ち込まれ、トブルクを攻める都合で高機動を活かせず満足に戦えない。また、突如として降り注ぐ榴弾の雨に対応できなかった。どこを攻めても必ず降ってくる砲撃に憔悴する。


 今日も今日とて島田戦車隊が追いやった獲物を砲撃で仕留めた。


「榴弾装填急げよ!」


「装填!」


 高地を削って建設した砲撃ポイントにはホイⅠが仲良く並んで10cm砲に仰角を取る。前線で懸命に耐える歩兵戦車から送られた支援砲撃要請に基づき砲撃した。敵部隊は頑強な防御陣地に行く手を阻まれる。


 ホイⅠはオープントップ式に10cm野砲を搭載した。明治期からヴィッカース社とシュナイダー社の協力を得て開発した野砲は他国製に比べ射程距離こそ短い弱点を抱える代償に軽量で機動力に優れる。自走砲改造により得た迅速な展開と撤収を活かし敵部隊を破壊し回った。徹甲弾を装填して直射による対戦車戦闘も可能でも基本は観測手を介した間接射撃が占める。装填手2名がかりと補助装填を使えば分間6発の射撃を可能とした。10両以上が一斉に砲撃した際の光景は壮観に尽き、ついつい惚れ惚れしたくなる。


「3号線にロンメル主力が確認されました!」


「そっちは対応できない。島田戦車隊に任せる」


 トブルクまで至る道は1号線、2号線と数字をつけ区別した。戦車を運用できる道は両手で数えられる範囲に収まる。防御は堅い道に対しロンメルは自ら戦闘指揮車に乗り込むと最前線で的確に自軍を動かした。具体的には砂漠地帯で散開できる地形に主力を送り突破を図る。砂漠地帯では砲撃の威力が減じられ遊撃戦闘の島田戦車隊が置かれた。仮にロンメル軍団主力を押し留められたとしても別の道が突破されてはお笑いにもならない。


「第二射撃てぃ!」


~イギリス・オーストラリア軍防御線~


「被弾したが無傷ってのは気分がいい。こいつは最高の戦い方だな。クリバヤシは戦車の天才か」


「気を緩めるな。砲撃がきたぞ!」


 縦深陣地を構えるイギリス・オーストラリア軍は栗林中将の提案通りにマチルダⅡ歩兵戦車を砲塔だけ出す待ち伏せを敷いた。彼らは実戦で通用するか不思議がる。しかし、一方的に敵戦車を撃破できる状況を享受し認識を改めた。迫る三号戦車と四号戦車を撃破し機械化歩兵は機関銃の掃射で薙ぎ払って一歩たりとも近づかせない。ただ、損害がゼロの完勝とは言えなかった。数両が被撃破は免れても行動不能に追い込まれ脱出を余儀なくされる。過酷な環境のため被弾し弱まった戦車は故障を誘発した。


 マチルダⅡは70mmの砲塔装甲を押し立てて敵弾を弾き徹甲弾で狙撃するが途端に効かなくなる。どうやらロンメル軍団はトブルク包囲の前に追加補充を受け新型に交代したようだ。ドイツ・イタリア軍の補給線は完全には断てず激戦地マルタ島を通る航路はUボート及び敵空軍の溜まり場で手を出せない。大きく迂回する航路で物資を送り届けられてしまった。


 三号戦車はH型とJ型前期が納品される。H型とJ型前期は大差なく纏めて綴るが三号戦車の火力と装甲が強化された。主砲は42口径5cm砲に換装して打撃力が高まり装甲はH型は30mm基本装甲に30mm増加装甲を溶接して60mmに増している。もっとも、一枚ではなく溶接のため数値通りの防御力は期待できなかった。J型前期は装甲を50mm一枚に直して素の防御力を固めてる。このJ型に「前期」が付くのはお披露目された4月段階で主砲を60口径長砲身5cm砲への換装が決まり後期生産型に分かれるからだ。どちらにせよ5cm砲と50mm装甲のおかげでマチルダⅡでも苦しむ戦車に進化する。2ポンド(40mm)砲は徹甲弾の貫徹力が遠距離だと50mmを切り貫徹は難しかった。したがって、敵を撃破できず己も撃破されない泥仕合が続いている。


 四号戦車は一貫してE型に更新されたが変更点は装甲だけだ。主砲は24口径短砲身75mm砲に変わりない。装甲は従来の35mm装甲から50mmの一枚装甲に強化されて三号戦車同様に撃たれ強かった。足こそ若干遅いが大火力の75mm砲は対戦車砲陣地や機関銃陣地の天敵となる存在であり優先的に撃破する。また、榴弾を装填して対戦車戦闘に用いられた。重装甲のマチルダⅡには通用しないが主砲の破損を期待できて無力化を狙う。


 急に手強くなった敵戦車を受け止めるイギリス・オーストラリア軍は素早く切り替えた。自分達は敵戦車の視線を奪う囮役を徹底して撃破は狙わない。持ち前の頑丈さで耐え続け後方の自走砲部隊の支援砲撃に叩いて貰った。覗き窓から見える敵戦車の群れは10cm榴弾の雨を被って滅茶苦茶に破壊される。


(絶対に退くな!)


「無茶いうぜモースヘッドの親父は」


「でも、何もない砂漠で引きずられて自滅するより、ここで押し留めている方が遥かに戦えるぜ。俺は満足している」


「あぁ、ロンメルの戦い方にはのらねぇ」


 ロンメルの誤算が露呈した。彼の想像以上にトブルク要塞は堅く敵戦車は動かずジッと止まってトーチカを思わせる。今までは機動力で勝る自車で敵戦車を引きずり出し砂漠地帯で撃破した。


 ゴン!


「くっそ! あの野郎!」


「Fire!」


 敵弾を吸い込んだ戦車は痕が付くだけだが砕け散った砲弾の破片が入り車長を傷つける。砲塔だけ出すため被弾面積は小さいが車長と砲手が危険に曝された。運の良いことに破片は腕を抉っただけで致命傷にはならない。復讐に燃える砲手は的確に四号戦車を撃ち抜いた。彼我の距離が詰まれば当然命中率は高まるだろうに。大口径榴弾の直撃で爆発四散した味方戦車の残骸には一切目を向けずひたすら突っ込むロンメル軍団の精強さには敬服せざるを得なかった。


「もう一発! 装填した!」


 2人用砲塔だと装填手を車長が兼任する。傷ついた腕をイギリス紳士の根性で動かして徹甲弾を装填した。1キロに満たない重さのため負傷しても弾を持ち運べる。軽量の砲弾が生む速射は馬鹿にならないが威力で劣るため複数発を要した。そして、無炸薬の徹甲弾では尚更となる。


「撃破!」


 装甲が増した四号戦車でも40mm徹甲弾を複数発頂戴しては堪らなかった。入り込んだ弾が破片をばら撒いて内部の人員を殺傷する。そして、砲塔内部の弾薬庫まで至ると75mm榴弾を誘爆させて内部から耐えがたい破壊行為をもたらした。ボウッと燃え上がる敵戦車に「ざまあみろ」と吐き出す。


「その傷だと血を止められなくなる。本車は後退して予備車と入れ替わる」


「おい、勝手に無線を…」


「クリバヤシは言ってたぜ。無駄死にするな。生きてリベンジしろってな」


「操縦手頼む」


「了解」


 車長負傷を理由に後退したが既に敵部隊は壊乱状態に近く欠けても問題なかった。同時に友軍に予備戦力の補充を要請する。物資不足が顕著な敵軍と異なり自軍は落下傘投下で医薬品を得られ、野戦病院は意外と充実しており治療は可能だった。


 トブルク要塞の戦いはロンメル軍団主力とぶつかった3号線も苛烈を極める。


~3号線~


「島田戦車隊が盾となり弾を受けているのだ。退くわけにはいかん!」


「徹甲入る!」


「てっ!」


 3号線は砂漠地帯でお互いに快速戦車をぶつけ合った。島田戦車隊のチハ1&2がロンメル軍団の機動戦に挑んで互角の勝負を見せつける。歩兵戦車のように翻弄されない代わりに損害は少なくなかった。ドイツ謹製5cm戦車砲の貫徹力は相応に高くて侮れない。そして、ドイツ戦車兵の腕が良く初弾から命中弾か至近弾を撃ち込まれた。精鋭の面では日本軍も同じと言え総じて互角とならざるを得ない。しかし、それでは堂々巡りになりかねず簡易自走砲を付けて直接砲撃の火力支援を与えた。


「3時方向敵戦車!」


「砲回せ!」


 簡易自走砲はハーフトラックの荷台にポンと搭載して非装甲だが、一部の方角を除いて自由に主砲を動かせられる。操縦手を除いた5名で砲を操作し直接射撃で仕留めた。75mm野砲の威力は絶大であり硬くなった敵戦車を無理矢理引き千切る。まだ装甲技術が未発達のためか大口径砲弾が直撃すると貫徹以前に食い破った。


「後続が!」


「間に合わん!」


 75mm砲弾は重くて数人がかりでも装填作業は遅い。非装甲のため弾を貰えば一撃で撃破される防御力が皆無という点を補うため荷台だけ見せて操縦席は隠した。いざという時は思い切りアクセルを踏んで逃げる。見かけによらず足は速かった。この一撃離脱戦法はイギリス軍にアイディアを与え砲を逆向きに取り付けたアーチャー対戦車自走砲が開発に繋がった。それはともかく、後続の敵戦車を砲撃したいが如何せん簡易を突き詰めたせいで融通が利かない。冷や汗を浮かべても彼らには頼れる仲間がいた。


「巡航戦車がやってくれたか…」


「安心している暇はない。次だ!」


 いくらなんでも丸腰の簡易自走砲だけでは怖い。よって、イギリス軍から巡航戦車を貸し出された。イギリス軍の戦車は歩兵戦車と巡航戦車の二本柱なのだが現時点は巡航戦車カヴェナンターは故障が相次いて戦力にならない。やむを得ず、同時期に並行して開発されたクルセイダーが大急ぎで投入された。こちらもエンジンの不具合で故障が多いが巡航戦車で使える車両が無く「ええいままよ」と送る。しかし、クルセイダーも主砲が2ポンド砲で現地の兵士からは悪評が湧き上がった。流石に見かねた日本軍は予備戦力のチニで余った47mm戦車砲を提供する。クルセイダーの砲塔はターレットリングの問題より主砲の換装は難しかった。それでも47mmは40mmと7mmの差であり57mmよりかは小さい。砲の位置を前に押し出す工夫で47mm砲への換装を何とか完了した。砲弾重量は大して変化せずイギリス式日本製のため操作性も変わらない。それでいて貫徹力に優れて榴弾もあり戦車兵から大好評を博した。47mm砲クルセイダーは故障に苦しめられながらも奮闘する。


「ロンメル軍団何するものぞぉ!」


 トブルク要塞をめぐる戦いは一両日中に終わるわけがなかった。名将ロンメルと智将栗林の戦車戦は両軍に多大な影響を及ぼし、戦車先進国ドイツはもちろんのこと独自性で対抗する日本と道が分かれる。この戦いの経験で後世のランドパワーは狂った。


続く

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