第43話 地獄の峠道ハルファヤ【前編】

 ドイツ・イタリア軍のロンメル軍団進撃をトブルク要塞は受け止めて綺麗に跳ね返した。砂漠地帯に縦深陣地を構築するが敢えて奥へ招き入れ無理矢理に消耗を強いている。北アフリカは夏に近づくにつれて高温が戦車を蝕みオーバーヒートが頻発すると部品不足が顕著だった。輸送船団が地中海で沈められる状況から補給の充足は見込めないため攻勢は無駄だとイタリア軍司令官は述べる。しかし、ロンメルは一挙に陥落すべしと聞き入れなかった。


 まさに栗林忠道中将の狙い通りにドイツ・イタリア軍は攻撃を止めない。トブルク要塞を守るイギリス軍は籠城戦の経験が豊富でありオーストラリア軍と協同して罠に嵌った敵軍を叩きに叩きに叩いた。動くことが少ない防御戦のため消耗は抑えられ港に揚がる物資が滞らず届けられる。もはやまったくの余裕だ。勇将モースヘッド中将は満足な補給を盾に徹底抗戦を厳命し各地で攻勢を挫き続ける。


 天井を同じくする日本軍司令官の栗林中将は要塞の防衛はモースヘッド中将に任せて、自身は自ら率いる機械化砲兵師団の指揮に専念し穴が開いたりして苦しい地点に柔軟に投入した。持ち前の機動力の高さを活かして現場に急行した次第に後方から火力支援を開始しドイツ・イタリア軍の歩兵から戦車まで問わず一様に破壊する。ドイツは優れた冶金技術から強力無比な大砲を生み出したがどうしても足の遅さが足を引っ張った。反撃しようにも神出鬼没の自走砲部隊はさっと砲撃してさっと消えていく。


 地図を睨む栗林中将は一点だけ毎日のように砲撃を徹底させている。岩山を切り開いて作った砲撃陣地にホニⅠを置いて峠のドイツ軍に対し猛砲撃を繰り返した。なぜそこまで執着するのか不思議がる兵士が続出する中で彼は一切手を抜かないよう命じてホニⅠ隊も応える。しかし、地理的な都合で観測が難しく兵士を潜り込ませるにしても傍受される恐れがあって遠方の高台から観察するに留まった。


「ハルファヤ峠のドイツ軍はどうだ」


「海岸線には歩兵を主とした守備隊がおりますが十中八九で地雷原を構築おります故に戦車の突貫は不可能です。側面の地帯は砂地が多く快速戦車にとって格好の部隊であり島田戦車隊が遊撃に赴いても問題ありません。しかし、当然ながら敵戦車が待ち構えて殴り合いになりましょう。最後の崖に挟まれた高地の道ですが案の定ドイツ軍は崖を削って対戦車砲陣地と機関銃陣地を構築しており」


「高射砲は無事か」


「はぁ、爆撃対策と思われる高射砲は少数ですが健在です」


「高射砲を優先的に砲撃しろ。対戦車砲は後に回して構わん」


 何かを悟った彼はハルファヤ峠のドイツ軍へ集中的に砲撃させた。峠は主に3つの進撃ルートが考えられる。1つ目は海岸の道から登るルートであり戦車の投入は可能だが地雷原の敷設は間違いなかった。2つ目は崖に挟まれた高地に切り開かれた道を通るルートだが左右に展開できない地形にドイツ軍は対戦車砲と機関銃の陣地を作り上げて突破は難しい。3つ目は砂漠の一端を走り抜けるルートで高低差のある砂地が広がり陣地の構築は困難とされ互いに戦車を投入して激しい戦闘が予想された。どれも楽に通れるルートは無くトブルクから反抗するか外から包囲をこじ開けるか関係なく共通して被害は必須であろう。それを把握した上で2つ目のルートに対して遠距離砲撃を念入りにして航空偵察も空軍に委託することで情報を優先的に得た。


「高射砲ですか?」


「ドイツ軍は88mmの高射砲を対戦車砲に転用しているらしい。88mmと大口径砲でありマチルダⅡは一方的に撃破されることが報告されている。この峠に焦ったイギリス軍が突っ込めばどうなる」


「よくて壊滅悪くて全滅になる」


「そうだ」


 ハルファヤ峠はドイツ軍が抑えている交通の要衝として知られている。ここを通らなければトブルクまで到達できない以上は両軍の衝突が確実視されておかしくなかった。トブルク要塞は自ら打って出ることはあり得ない代わりにエジプト方面のイギリス軍が包囲を解くため空軍に収まらず陸軍を動かし始める。本音は空軍で制空権を確保して補給を断つ爆撃で締め上げて欲しかった。しかし、陸からドイツ・イタリア軍の形成した包囲網を崩そうと準備を整えている。MD.4作戦が成功して追加の戦車を得た彼らは救出を焦った。


「だからハルファヤ峠に砲撃を集中させていると…理解しました」


「迂回するにしてもロンメル軍団が立ち塞がり、勝利しても足回りが消耗して突破は現実的とは言い難い。味方が無理に突貫を試みてすり潰されることは避けたいが…」


 懸念は的中している。エジプトから出撃したイギリス軍装甲師団がトブルクを目指し砂漠をひた走った。包囲網に穴を開けるため多方面に戦力を割いた本格的な救出作戦だが漏れなくハルファヤ峠にもマチルダⅡ戦車隊と歩兵が迫る。一見してロンメル軍団と戦える大戦力だが実際は連携を欠いた単独行動の多いガタガタが既に指摘された。ドイツ軍は戦車と歩兵に高度な連携を与えて快進撃を続けたのに対してイギリス軍は戦車と歩兵が独立して動くことが多くどちらか片方が突出して各個撃破されている。真っ向勝負を挑んでも数の優位性を連携不足で自ら消して質で敗北を喫した。もっと言えば暗号での連絡を疎かにし無電を使って物の見事に傍受される。トブルク救出作戦における各部隊の動きはロンメルに筒抜けだった。敵の動きが手に取るように分かれば対抗策は幾らでも講じられて効率的な防御を実現できる。


「あまり切り札は見せたくないがやむを得ない。私が直接出撃命令を下す」


~それから1時間後~


 ハルファヤ峠に近いサルームは地形的に守り易くドイツ・イタリア軍は数少ない陸の孤島として残しておいた。無理に攻めても地形により弾かれて無駄な損害を出すと判断してロンメルは重視しない。ハルファヤ峠に張った防御線で十分に耐えられると思われ正しい判断と評した。確かにサルームを放置しても問題ないだけ小さな町が置かれるだけである。嘗てはイタリアが占領した街でもイギリス軍に奪取されそのまま放置されるが、実際は包囲網を内側から食い破るべく日本軍の秘密兵器が存在した。


「お上から出撃命令が出た。ついに自走式臼砲が轟く時が訪れたぞ」


「よっし、いきますべ」


「まて、我々は海と空から細々と補給を受けられるが無理に動くと備蓄した物資があっという間に消える。温度が下がりエンジンが確実に回る夜間に移動する。夜ならば視界が悪く土煙も小規模な砂嵐と誤認してくれるはずだ」


「弾薬運搬車は持って行きますか?」


「いや、持って行けるだけの弾を積み込んで半装軌車は残しておく」


「了解」


 街の倉庫には日本軍の半装軌車が格納されて弾薬や燃料、部品がたっぷり積み込まれた。また、土壁で囲まれたスペースは駐車場として機能し戦闘車両を綺麗に隠している。航空偵察に対しても砂漠迷彩と枯草で編んだネットで遮り、日光からも逃れられて車両の消耗を僅かばかりに抑えた。


「俺たちの仕事はハルファヤ峠に並ぶドイツ陣地を完膚なきまでふっ飛ばす。各員気を引き締めろ」


 サルームに潜んでいた自走式臼砲は夜を待って出撃する。彼らの仕事はハルファヤ峠にずらりと並べられた対戦車砲及び高射砲を完膚なきまでふっ飛ばすことだ。榴弾を持たない非力なイギリス軍戦車隊を壊滅から救う。助ける方が助けられる逆転現象が起こるが気にする暇も無くて動き出した。圧倒的な破壊力を秘める28cm砲と33cm砲で全てを破壊する魔の自走式臼砲が遂に牙を剥く。


続く

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