第42話 日本潜水艦の矜持

 大きく動いた北アフリカから遠い北欧ではイギリス軍の飛行艇がドイツ戦艦を血眼になって探した。北大西洋から北欧にかけてドイツ海軍はUボートと戦艦による通商破壊作戦を展開してイギリスを孤立無援に追いやる。足の長い戦艦は広大な海を動き回り輸送船団を片っ端から海へ沈めたが、危機感を抱いたイギリス海軍がキングジョージ五世級戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』とアドミラル級巡洋戦艦『フッド』と護衛駆逐艦からなる艦隊を編成して対抗した。無線探知でデンマークにいると読んだビスマルク級戦艦『ビスマルク』とアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』を撃破すべく出撃する。そして、5月24日にデンマーク海峡にて両艦隊が見えて戦いの火蓋が切られた。当時はかなり荒れた海のため駆逐艦が使い物にならないため両軍2隻同士の壮絶な殴り合いとなり相棒が巡洋戦艦であるイギリス艦隊が有利かと予想される。事実としてフッドは長らく世界最強の戦艦の勇名を誇った過去から誰もが勝利を確信したが新鋭戦艦ビスマルクの一撃は重かった。そして、フッドはあくまでも1918年に生まれた老齢艦であることを思い知る。


 戦艦ビスマルクは距離を20kmまで詰めてから反撃を始め一撃でフッドを撃沈してみせた。不運なことに直撃した38cm徹甲弾が4インチ(10cm)副砲の弾薬庫まで到達し内部で炸裂する。当然ながら砲弾は忽ち誘爆を始めて壊滅的な破壊をもたらした。誘爆は隔壁を破壊し爆発と火災が燃料を連鎖的に燃やし続けて最後は後部15インチ(38cm)主砲の弾薬庫まで回る。主砲の弾薬庫まで火が回った際の悲劇は想像に容易いが敢えて語れば艦尾が盛大に吹っ飛び、無事だった残存燃料にまで引火して逆転した火の手は前部主砲弾薬庫に里帰りを果たし艦前部に破滅を授けた。巡洋戦艦フッドは鼓膜が破れるノイズを発しながら艦の全てが失われ、その破片は僚艦プリンス・オブ・ウェールズにまで届いたらしい。


 こうしてプリンス・オブ・ウェールズだけになったがフッドの敵討ちと不調な機関を無視して果敢に追撃した。満足な速力を出せない不調でも意地の砲撃がビスマルクに突き刺さる。36cm徹甲弾はビスマルク前部に直撃すると燃料タンクに穴を開けて重油を流出させて戦闘力を削ぐことに成功した。しかし、反撃は終わりプリンス・オブ・ウェールズも度重なる被弾と機関不調で戦えない。客観的にはドイツ艦隊の辛勝で終わった。


 イギリス海軍には追討に出せる戦力が無く空軍を出動させたが巧みな航路でビスマルクは姿を消す。ドイツ艦隊は傷ついたビスマルクと軽傷のプリンツ・オイゲンを分離して前者は占領したフランス領の港に回して後者は通商破壊作戦を継続させた。北欧の占領地に行く選択肢もあったがイギリス空軍がわんさか飛んで待ち構えていることは簡単に読める。しかし、フランス方面ならば航路次第では煙に巻くことが可能であり、見方Uボートの行動範囲に入れば手を出しづらくなった。よって、間接的な護衛を期待できる。


 かくして、ビスマルクは見事にイギリス軍の哨戒網を潜り抜けたが運悪く飛行艇に発見された。


「いたぞ! あれがビスマルクに間違いない!」


「すぐに空…全部の軍に通報する!」


 デンマーク海峡海戦にてフッドが失われたことはイギリス全体に浸透している。栄光の巡洋戦艦の無念を晴らすと全員が意気込み、Uボート対策の哨戒飛行を担ったイギリス海軍のスワン飛行艇(九九式飛行艇)まで駆り出された。


「送った!」


「これ以上は近づけない。口惜しいが退避する」


 あくまでも哨戒機であり武装は機銃だけである。ましてや、対空砲火に撃墜されては堪らなかった。詳細な位置や大まかな航路を通報して退避する。通報を聞いた空軍か海軍か日本軍が奴を撃ってくれると信じた。


 余談だがスワン飛行艇は日本海軍の双発飛行艇である九九式飛行艇をイギリス海軍が輸入して運用している。日本は気づいた時には世界一流の航空大国に登りつめていた。ゼロファイターがメッサーシュミットを圧倒的なキルレートで撃墜する無敵伝説が有名だが諸外国は飛行艇について日本に置いてけぼりである。海と共に過ごす日本は事実上無限にある海を滑走路にする飛行艇の開発を精力的に行い、九七式大艇を生み出したが四発大型機で若干扱い辛さが否めなかった。そこで、大きさを双発に縮めて痒い所に手が届く汎用飛行艇が九七式で得た経験と新技術を糧にして九九式飛行艇が生まれる。開発は安心と信頼の中島・川西が担当して九七式大艇の後継機よりも早く納入された。その性能はイギリス海軍の目に留まりアメリカのPBYカタリナ飛行艇を押しのけて採用される。そう、日本の飛行艇技術が世界を突き放した瞬間だ。


 話を戻し、ビスマルク発見の報はイギリス全軍に送られたがどこも予備戦力が無い。空軍の爆撃隊はバトル・オブ・ブリテンにおけるドイツ空軍基地に対してのカウンター爆撃に忙殺され、海軍の空母はマルタ島輸送作戦やイタリア海軍基地爆撃作戦などで出払い、余剰の空母を送り込むにしても到着する時にはとっくに逃げられた。誰もが臍を噛んだが隠れた刺客は通報を受け取り直ちにビスマルク追撃に動く。


「英語の通報は読めませんが単語さえつかめれば十分です。戦艦ビスマルクの動きからして本艦が通る道に沿っており、少しずらせばどんぴしゃりで雷撃を仕掛けられましょう」


「浮上航行で一気に距離を詰めつつ空気の補充も行い待ち伏せに備える」


 通報は日本海軍の潜水艦イ19がキャッチした。前提として日本海軍は潜水艦を能力に応じて適した作戦に投じるが積極的な敵艦隊への雷撃は行わない。大型潜水艦イ号の攻撃力は魅力的だがドイツUボートに誤認される恐れがあり、イギリス軍から爆雷投射されてはとんでもないことだった。よって、大人しく敵船団襲撃や情報収集に努めたが偶然にも通報を受け取り即座にビスマルク雷撃を決める。通報文は英語で書かれてチンプンカンプンだが各単語を読み解いて座標から理想的な待ち伏せ地点を割り出した。イ19はイ15型巡航潜水艦に該当してヴィッカース社とズルツァー社の協力を得て開発した新型高性能ディーゼルエンジンにより高速を誇り航続距離も長くある。高速を発揮できる洋上航行で一気に距離を詰めて通過を予想した海域で待ち伏せた。日本語で「イ19」と書かれていれば誤爆の恐れは生じない。


(鬼が出るか蛇が出るか…勝負だビスマルク)


~翌日の27日~


 日本の潜水艦は世界最高峰の性能を有した。既に潜航状態でありビスマルク通過を心待ちにする。洋上航行の際に空気の入れ替えを完了して長時間の潜航に耐えられた。


「感あり。これは戦艦級ですから間違いありません」


 聴音手が戦艦の音を捉えてビスマルク級を外すわけがない。もちろん、イギリス海軍のキングジョージ5世級の可能性もあるが一番艦『キングジョージ5世』はビスマルク捕捉のため別海域におり、二番艦『プリンス・オブ・ウェールズ』は先の砲戦で損傷して帰投中だ。その他も旧式戦艦が大半を占め新鋭戦艦とは全然違う。


「静粛浮上し潜望鏡で確かめる」


 最大静粛を保つイ19は指示が小声で伝達され無音で浮上した。潜水艦にとって戦艦は丁度良い獲物である。小回りが利かず爆雷を持たないため危険を冒しても逃げられた。潜望鏡深度に上がりイギリス式で高性能な潜望鏡はくっきりと先を見通すことができる。そして、艦長の楢原省吾中佐は復帰したばかりのサブマリナーだった。極初期のロ号からイ号まで潜水艦に乗り続けた大ベテランで潜水艦に戦い方は誰よりも熟知している。


「見事に敵艦の腹を捉えた。だが、この距離は遠いな…」


「やりましょう。九八式は九五式の改良型です。やってみる価値はありますよ」


「よし、雷撃するぞ。艦首魚雷を全て撃ち尽くすが雷撃は一度切りだ。撃ちすぎて味方艦に当てるな」


「聞いたな。艦首魚雷の発射用意急げ」


 イ19は艦首に6門の魚雷発射管を有し日本独自の技術力を以て無音発射を可能にした。敵艦に感知されずに魚雷を発射できる点は地味だが絶大であり自慢の酸素魚雷との組み合わせは世界中見回しても無い破壊力を得る。ロ号・イ号・ハ号問わず魚雷は53.3cmの九八式酸素魚雷が使用され九五式より更新済みだった。九八式は九五式の改良型として燃焼効率を改善し雷速を底上げしている。また、強化された推進力を糧に弾頭炸薬を400kgから500kgまで増加させた。九五式の時点で他国の魚雷を圧倒したが九八式になり一気に突き放す技術者たちの魂が垣間見える。


 艦首魚雷室ではせっせと酸素魚雷を人力で装填した。補助装置はあるが基本的に人力となり各員の技量が物を言う。しかし、日本海軍は伝統的な猛訓練と高練度で克服し見事な手際で装填作業を完了させた。そして、イ19は魚雷必中距離の外から一度切りの雷撃を仕掛ける。


「一番から六番まで全て発射。その後は音で戦果を確かめる」


 楢原艦長の狙いは研ぎ澄まされた。発射を終えてイ19は静粛潜航で一先ず潜り直撃した際に聞こえる音で損害を確認する。敵艦はビスマルク1隻だけのため再度の雷撃はせずとも損傷の状態や動きを監視して続報を発するつもりでもあった。


 まさか雷撃されているとは思いもしないビスマルクは遠距離から高速で迫る魚雷を避ける術を持たない。前部燃料タンクの破損は応急修理しているが残存燃料に余裕がなく全速力を出せなかった。それが災いして驀進する酸素魚雷は寸分狂うことなくビスマルク側面に食らい付き炸裂する。


「直撃確実」


「やりました」


 不運にも前部から後部にかけて満遍なく4本を被雷した。ただでさえ損傷していた所に酸素魚雷の直撃は泣きっ面に蜂を極める。尾部に刺さった一撃は推進スクリュー丸ごとを破壊して艦尾を完全に断ち、前部への一撃は応急修理だけの破孔をぶり返して傷を拡大させ浸水を誘発した。燃料自体は殆どが漏れ出て引火しなかった代わりに大量の海水が流入する。残り2本は中央に大破孔を形成して同様に海水を迎え入れた。あまりにもあっけないビスマルクの最期が訪れる。ドイツ戦艦はダメージコントロールに優れた設計だが決して万能ではなかった。


 直撃を受ければ対潜戦闘を行える余裕は皆無であり戦艦1隻だけでは怖くない。余裕綽々で潜望鏡を上げて覗いてみれば戦艦ビスマルクは艦尾が切断され、艦の前部から中央部にまでかけて大破孔が3個生じており燃料流出や火災は見られないが大傾斜を始めた。


「長くはもたない。止めを刺すまでもないが念のためにイギリス軍に通報する。救助活動を行ってくれるだろう」


 自ら手を下すことは選ばずイギリス軍の手で下してもらう。接触を保ちながらイ19は詳細を通報して暫くするとソードフィッシュ隊が殺到した。その頃には大傾斜のままで乗員脱出が進められ、流石に逃げる敵兵を撃つ蛮行は慎んで持参した爆弾は投棄する。イ19も敵艦が虫の息であることを確認すると大胆不敵にも完全に浮上し甲板上の14cm砲に砲担当の兵を置いて砲戦の構えを取った。当然ながら砲撃するつもりはなく見せかけの威嚇である。楢原艦長も司令塔から顔を出して双眼鏡でドイツ戦艦の最後を見届けた。


「自沈…潔い最期か」


 突如として大爆発を起こすとあっという間に真っ二つになり沈んでいく。どうやら乗員脱出の余裕を与えた時限式の爆弾を艦底に設置したようだ。生存兵全員が海へ飛び込んでから十分に間をあけてからドイツ海軍の新鋭戦艦は没する。


 潔き自沈を受けイ19は帽子を胸に当て敬意を示した。


 そして、彼らは静かに海へ帰るのみ。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る