第41話 MD.4作戦

5月


 ロンメルついに動く。


 ドイツ機甲師団が履帯を唸らせてトブルクへの攻撃を開始した。事前の偵察からトブルクが要塞化されていることを理解していたがトリポリで辛うじて空襲を免れた物資を受け取ると一応の態勢を整える。また、やっとこさで到着した空軍による爆撃を前倒しさせる手間をかけてから戦車隊を投入させた。ロンメル軍団の攻撃が始まるとトブルク守備隊の緊張は最高に達するが幾重にも張り巡らされた地雷原を第一の盾に構えて時間稼ぎを図る。おそらく工兵によって排除されるだろうがその間は行動させなかった。前も述べたがトブルクの進撃ルートは少数に限定されて戦車隊の大規模運用を加えると更に絞り込まれて効率的な地雷敷設を成功する。相手がロンメル軍団のため対戦車に重点が置かれているが放棄した拠点にはブービートラップを仕掛けて敵兵を一秒たりとも安心させなかった。


 そうしてトブルクが耐えている間にイギリス本国は二つの輸送作戦を併せて発動させる。その名はMD.4作戦と呼ばれアレクサンドリアへの増援輸送とマルタ島への航空機輸送を同時に試みた。しかし、本命は前者であり後者はドイツ・イタリア軍の注意を引く囮役である。マルタ島への航空機輸送は海軍の空母にハリケーン戦闘機を載せて直接島まで送り届けた。何度も繰り返された輸送作戦のためドイツ・イタリア軍もよく把握してマルタ島を完全に閉じ込めようと阻止を試みている。よって、彼らの注意は嫌ほどに引けた。マルタ島に敵の戦力を割かせてアレクサンドリアまでの本命輸送船団は安全な航海を享受する。輸送船には300以上の歩兵戦車と100に迫る戦闘機が積み込まれた。この大増援を僅かでも欠けさせてはならないがイギリス海軍は護衛に割ける戦力が足りない。


 もう何度目か分からない支援要請を日本海軍は快諾して水雷戦隊と高速打撃艦隊が応じた。水雷戦隊はイギリス軍ジブラルタル艦隊と協同してイタリア装甲艦撃破を狙い、高速打撃艦隊は単独でイタリア軍が占領するリビアの港湾に対する艦砲射撃を開始する。


~リビア・ベンガジ沖~


 トブルクから視点を西へ移すとベンガジという港湾都市が存在した。ここは昔から砂漠を横断する商人が経由する商業都市として栄え、イタリア統治時代に港湾施設が整備されて海運と陸運両方の主要都市にのし上がる。現在はイタリア軍が占領して補給を受ける後方拠点の機能を有するが、トブルクから近いためエジプトを発したイギリス空軍や戦略爆撃軍の爆撃を高頻度で受けた。せっかく揚陸した物資は完膚なきまで破壊され補給はより西方のトリポリに移し軍港の機能に限っている。具体的には機雷敷設艦や魚雷艇などの母港となった。


 そんなベンガジの上空は複数の水上機が旋回して待機し、沖合では8隻の艦艇がずらりと並ぶ。言わずもがな、弾着観測機による艦砲射撃が今こそ行われようとした。


「弾着観測機は全て配置についています。いつでもいけます」


「砲撃開始」


 闇夜のためか号令は随分と大人しい。しかし、8隻が猛然と砲撃を開始すれば忽ち轟音がベンガジを支配した。綺麗な隊形で並ぶ艦隊は旭日旗を掲げた日本海軍の高速打撃艦隊であり、高速戦艦金剛型4隻と航空巡洋艦利根型4隻の計8隻から構成される。近代化改修が施された老齢艦金剛型と最先端にして異端な利根型の組み合わせは絶妙に尽き潤沢な索敵により各地のドイツ・イタリア軍を撃破した。今回は航空巡洋艦から弾着観測機を発する正当な艦砲射撃を行うが少し捻りが加えられる。


「修正急げ。魚雷艇が来る前に仕留めるんだ」


 的が小さくキビキビ動き回る魚雷艇は面倒な敵だ。イタリア軍はドイツ軍のSボートを生産して決して侮れない。本来は駆逐艦を連れてくるべきだがマルタ島に拘束された。駆逐艦や水雷艇は襲撃任務ばかりではなく敵潜水艦の撒いた機雷を掃除する任務があり安易に動けない。輸送船団が触雷しては堪らないため徹底的に排除するため1隻も持って行けなかった。明治期の戦争で機雷の脅威を大損害から知った日本海軍は掃海の重要性を理解している。


「弾着観測機のアラド水上機ですが。せっかく鹵獲した物は研究ばかりに回しては勿体ないですなぁ。どうせなら、我が物として存分に使いませんと」


「そうだな。だが、あれは正直使えんよ。全て零観で足りた」


 航空巡洋艦から発した弾着観測機は零観ではなくアラド水上機ことAr196と聞こえた。ドイツ海軍が運用するアラド社の単葉低翼の水上機とされ各種戦艦に搭載されると通商破壊作戦のオトモとして活躍する。至って普通の水上機だが日本海軍は伝統的に水上機に高性能を求め続け、最新型の零観は優秀過ぎて鹵獲品はけちょんけちょんに評価されてしまった。


 なぜ、アラド水上機を使うのかの疑問には「偽装のため」と答える。ドイツ海軍が幅広く使用する機体のためイタリア軍でもよく認識され、翼の塗装に一切手を加えなければ味方機にしか思われなかった。もちろん、なぜこんな時間に飛んでいるのか不思議に思うが味方である以上は対空砲火は黙る。


 一応だが弾着観測機には夜間仕様の零観を混ぜて不測の事態に備えさせた。迎撃機が飛んできた際は持ち前の格闘戦能力で混戦に引きずり込む。夜間仕様機は塗装を深いオリーブ色にして闇夜に溶け込んだ。昼間仕様とは完全に分離しての運用が図られ航空巡洋艦の搭載機数の多さから分離しても支障をきたさない。


「弾薬はアレクサンドリアで補給する。必要最低限の榴弾だけ残せばよい」


「残弾管理に最大限注意しろ。イギリス海軍の友に面倒をかけさせるな」


 ベンガジ砲撃はアレクサンドリアへの帰投のついでに行われた。マルタ島輸送作戦支援で使った弾薬は少なくて大量に残った榴弾を贅沢に撃ち続けた。金剛型の36cmと利根型の20.3cm零式通常弾が綺麗に突き刺さる。厳密には着弾と同時に炸裂して停泊する敷設艦や魚雷艇など小型艦を大威力で破壊して回った。突如として現れた敵艦隊を襲撃すべく準備を終えた艇もあったが敢無く吹っ飛び、第一射と第二射を掻い潜った生存兵は南へ逃げることしかできない。物資不足により要塞化されず敵艦に対抗する手段を持たないため逃げの一手しか用意されなかった。味方海軍はタラント空襲で戦艦4隻が修理のため本国に戻り、大規模な空襲に恐れをなしてナポリに引きこもって全く期待できない。したがって、高速打撃艦隊の艦砲射撃は一方的ないわゆるワンサイドゲームで進むばかりだった。


「陸さんの栗林中将から直々に頼まれた。頭を下げることを厭わぬ名将を汚すわけにはいかん」


(敵の補給線である大動脈を断ち陸の戦いを少しでも優位に進めるため、我々海軍に頭を下げることを何ら恥じない栗林中将はまさしく名将と言って差し支えない。なんという御仁なのだ。自分が恥ずかしくなる)


 裏話を明かす司令官は己の器の狭さを恥じる。艦砲射撃はイギリス軍の要請が建前だがトブルクで抵抗する栗林忠道中将の頼みでもあった。一般的に陸軍と海軍は予算の奪い合い不仲でいがみ合いや足の引っ張り合いは最早常道である。今世は挙国一致のスローガンで団結したが完全に取っ払うまでには至らなかった。事実として高速打撃艦隊の司令官は理解を示しながら心の奥底では対抗心が否めない。しかし、栗林中将は自ら進んで頭を下げて頼む男気を見せつけた。これをされては己を恥じるばかりで彼を敬服せざるを得ない。


「砲撃を緩めるな! 0.1秒の遅れが味方の兵を斃れることに繋がる!」


 遂に語気を強め発破をかけるが総員が全力を尽くした。副砲扱いの高角砲まで動員された砲撃はベンガジを焼き払い港湾としての機能を奪い去る。将来的に反攻の逆上陸する拠点として確保することを考えれば悪手だが先のことよりも今の目の前に迫ったことを優先するべきだ。


 3時間念入りに砲撃した高速打撃艦隊は全速力で離脱し母港アレクサンドリアへ真っすぐ帰投する。日本軍の戦略は敵の持たない武器で勝負することに収束しドイツ・イタリア軍の(失礼を承知で申し上げるが)貧弱な海軍を集中して攻めた。Uボートも所詮は潜水艦であり封殺の手を握る。


 ならば、潜水艦に限った戦いは負けかと聞かれても答えは否だった。


 日本海軍の秘密兵器が牙を剥く時が訪れる。


 狙うは戦艦、大物を食らった。


続く

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