第40話 モースヘッドと栗林

 リビアの要衝トブルクが包囲された。


 この一報はマルタ島やクレタ島のイギリス軍を震えさせたが続報を聞くと一様に安堵する。一般的には港まで追い込まれた軍勢は脱出するしかないが港を封鎖されては包囲殲滅を辿った。しかし、制海権と制空権は完全に日英軍の手中にあり脱出は余裕である。イタリア軍が占拠する別の港まで日本海軍の高速打撃艦隊が出向いて艦砲射撃を行える程に安全な航海が約束されていた。ましてや、アレクサンドリアから地中海艦隊に護衛された輸送船団がトブルクまで武器・弾薬と食料を送り届けている。北アフリカ戦線におけるトブルク包囲戦はドイツ・イタリア軍の勝利かもしれないが日本・イギリス軍は戦略的に勝利した。


 現在のロンメル軍団は攻勢を停止して後続の補給を待っている。ロンメル将軍は一気に攻め立てる腹積もりだった。しかし、想像以上に補給が途切れて戦車の稼働率がガタ落ちして戦っていないのに手駒がすり減る奇妙な事態に直面する。肝心の戦車が動かなければ戦えるわけがなく既に敗北を喫した。


 こうして得た貴重な時間を糧に大要塞を築き上げる。現地にはイギリス軍もいるが要塞の司令官はオーストラリア軍のモースヘッド中将が務めた。オーストラリアはイギリスより現地の土地と気候がリビアと似ているため司令官に抜擢される。優れた指揮官に盤石の補給体制があれば怖いものなしだ。食料と水、医薬品は優先的に輸送され時には落下傘投下の航空輸送で送られる。


 現在進行形で進む工事を眺めるはモースヘッド中将と栗林中将だった。


「地雷敷設は順調なようです。こちらは待ち構えるだけでよくロンメル将軍の戦車戦は通用しません」


「トブルクを包囲したことは王手に見えて実は駒が通らない反り立つ壁にぶつかったこと。しかし、マチルダⅡとバレンタインを防御に回すとは思いませんでした。流石は戦車戦のエキスパートと恐れ入ります」


「イギリス軍の歩兵戦車は強力であることは否定しません。ただ、いかんせん火力と速力が足りていない。せっかくの重装甲が低火力と鈍足で打ち消されては意味がありません。攻撃戦で使うには如何ともしがたいですが受けに徹する防御では移動式のトーチカと考えれば十分と思い」


「砂漠の丘を活用し砲塔だけ出す戦法もそれと」


「はい」


 モースヘッド中将は防衛戦の研究を欠かさなかったがロンメル軍団は難敵であり突破を許した瞬間に負けを叩きつけられる。自軍の機甲師団はイギリス軍歩兵戦車から構成されてロンメル軍団からすれば御しやすかった。快速の巡航戦車もあるにはあるがエンジンの故障が絶えず発生してとてもだが使える代物ではない。彼は困り果ててしまうが新しく着任した栗林忠道中将が戦車戦のエキスパートと聞き素直に頼った。農民から叩き上げられた彼は変なプライドを持たず友を頼ることを厭わない。


 そして栗林中将から提示されたのは歩兵戦車は戦車としての運用を捨て移動式トーチカにすることだ。歩兵戦車の重装甲を活かすには徹底的な防御しかなく鈍足の弱みを無効化できる。敵の攻撃を受けるだけならば鈍足でも対応は可能であり、トブルクは進撃ルートが少ないため迂回の心配も薄かった。快速を振りかざして迫る三号戦車を40mm徹甲弾が出迎えて悉く撃破する。撃ち込まれる敵弾は70mmに達する重装甲で砕いてみせた。榴弾を発射できないため歩兵には有効ではないが同軸機銃を振り回して掃射できるだけマシだろう。例の88mm高射砲も基本的に固定して使う兵器であり防空用のため攻城戦に使う兵器ではなかった。もちろん、ただ単純に待ち構えるだけでは要らぬ損害を生むため工夫を凝らしている。


 砂漠地帯では一定数の丘が存在して視界を遮った。この丘に戦車を配置するが砲塔だけ出す格好で被弾面積を最小限に縮めさせる。マチルダⅡもバレンタインも砲塔は小型であり遠距離では発見すら難しかった。敵視点は小さな砲塔を狙い撃たなければならない。上手いこと直撃させても重装甲に阻まれた。50mm戦車砲に換装されたと雖も火力不足が顕著だろうに。もっとも、当時で50mm砲は一般的な口径のため決してドイツ軍の選択は間違いではなかった。対戦車砲も大きくて57mmに留まり75mm以上は榴弾や榴散弾を発射する野砲級となる。日本戦車もチハ1が57mm戦車砲を搭載して遜色なく、チハ2の75mmは野砲を砲塔に搭載した改造品に過ぎず専ら対地攻撃に使われた。砲口径の選択は間違いではないことをご理解いただけると思うが、ドイツ軍は設計を誤っていることは指摘する。三号戦車は50mm砲の搭載で頭打ちして四号戦車と違い砲の拡大が困難な設計が組まれた。将来的に火力増強を考えると長い期間をかけて新砲塔を開発するか、後継となる新型戦車を開発する必要に迫られて非合理的と言える。


 話を戻し、歩兵戦車を使った防御は有効に聞こえるがイギリス・オーストラリア軍の機甲師団が動けなくなりロンメル軍団の攻撃を待つだけに制限された。ちゃんと敵から出向いてもらわなければ効果はゼロである。


「島田戦車隊には遊撃を担わせます。思わずロンメルも食らいつきたくなる餌を泳がせ、且つ高速装甲車隊も偵察から抜け出して攪乱作戦を展開させました」


 ロンメルが北アフリカを制覇するにあたり撃破すべき敵が日本軍の戦車だ。足の遅いイギリス戦車と違って三号戦車に匹敵する機動力を誇る。栗林中将は足の速さを存分に活かすべく各地に補給所を設けた上で遊撃を担わせた。縦横無尽に駆け回り火力を吐き出す戦車隊を前にジッとしていられるだろうか。いいや、絶対に無理だろうが島田戦車隊の誘い出し効果を高めるためにスナネコ快速装甲車隊が偵察を捨てた攪乱作戦を展開し敵軍の精神をすり減らした。掴みたくても掴めない敵をみすみす逃して悶々とする日々はできるだけ送りたくない。


「つきましてはモースヘッド中将にトブルク本体の防御はお任せしたい。私は自前の自走砲部隊の指揮に専念して」


「もちろんだ。私は無用にして愚かな意地を張るような矮小な軍人ではない。それこそ、戦車戦は栗林中将に任せるつもりだった。その代わりだがトブルクは絶対に陥落させない覚悟でいる。いつでも港から逃げられるなんて邪な考えは捨てて久しいな」


「それを聞いて安心しました」


 彼はトブルクからは絶対に撤退しないと宣言した。その気になれば輸送船や輸送機でエジプトまで真っすぐ撤退できるにも関わらず逃げを自ら封じている。一兵になるまで死力を尽くして最期まで戦った末にこの世を去ると覚悟を引き締めた。なにもそこまでされると困るため味方を鼓舞する方便と理解するが燃やす闘志は尋常じゃない。


 この不退転の決意こそモースヘッドが勇将と呼ばれる所以だ。


「海と空を抑えた状況で逃げるなどという不名誉は生憎だが受け取れない。オーストラリアは日本と共にある」


「この場であなたと戦えることを誇りに思います」


 栗林中将とモースヘッド中将の絆は両者だけで収まらない。視野を広げれば日本とオーストラリアの友好関係も大きかった。これも日英同盟のおかげであるがオーストラリアの方が圧倒的に近い。よって、日本と自治領は独自の友好関係を結び軍同士の交流も盛んに行われた。オーストラリアと友好関係を構築するメリットは絶大に尽きる。南太平洋に友邦国があると港を利用して太平洋全体を睨むことができ、鉄やアルミなど鉱物資源は日本に垂涎を余儀なくされた。これを早くから確保しておくことで開戦で軍需が跳ね上がっても辛うじて耐えられる。総合戦略研究所の整理を受けた陸軍と海軍の突き抜けた需要に対して政府が満額回答できる理由がこれだった。


 さて、要塞トブルクをロンメルは陥落させられるだろうか。


続く

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