第39話 クレタ水軍見参

4月


 北アフリカ戦線にてロンメル将軍と戦車隊を加えたドイツ・イタリア軍は猛攻撃を開始してトブルクまでイギリス軍を押し込んだ。トブルクの一部地域として港も占領する快進撃を見せたが砂漠特有の過酷な環境が両軍にのしかかり攻撃は遅延を余儀なくされている。イギリス軍は士気こそ低かったが精強なる日本軍の戦いぶりに感化され辛うじて持ち直した。計画的な撤退を繰り返し兵力も武器弾薬も温存し要塞化されたトブルク後方まで逃げることに成功して頑強な防衛線で待ち構える。ドイツ・イタリア軍は港を占拠すると装甲艦を配置して補給を固めようと試みたが、制海権と制空権は完全に日本・イギリス軍に掌握されており重爆撃機が飛来して揚陸された補給物資を破壊し尽くされた。それ以前としてイタリアが担った輸送船団は道中で海軍の支援を受けられないため丸腰の無防備を強制される。迂回する航路を採って潜水艦の襲撃から逃れているが敵は海中に限らなかった。海上でも駆逐艦よりも小さな小型艦が猛然と襲い掛かる。


「クレタ水軍を舐めるなよ。地中海の海賊は神出鬼没だ」


「三番艇が敵輸送船団を発見! 武装貨物船3と輸送船4からなり!」


「全隻突撃だ!」


 ドイツ軍向けを含んだイタリア輸送船団に日本海軍の水雷艇が襲撃する。真昼間に仕掛けては敵機の餌食となるため専ら闇夜の奇襲を心がけた。地中海の補給線を断つのは潜水艦や空軍に限らないと言わんばかりに彼らは猛然と襲い掛かる。荒れ狂う日本海で訓練を重ねた水雷艇部隊は何らの苦労なく地中海を我が物顔で動き回り船ごと物資を沈めた。


「魚雷を発射してから砲戦に移る! 艦首12cm砲及び47mm速射砲急げ!」


「敵船が発砲!」


「当たらん! 突っ込めぇ!」


 ドイツ軍とイタリア軍は小型艦の奇襲攻撃に業を煮やしたが夜に動かれると阻止しようが無く、とりあえずの対抗手段として武装貨物船を投入し最低限の自衛を試みる。貨物船に即席の大砲や機銃を設置して自分の身を守ろうとしたが、相手は高練度で知らせる日本海軍の水雷艇であり勝ち目は薄かった。


 地中海における補給線の遮断はいわゆる通商破壊作戦に含まれる。ゲリラ戦を行う都合上で本来はもっと隠密性に優れる魚雷艇を用いるのが一般的だった。実際にイギリス軍は高速魚雷艇を建造し通商破壊作戦に投入するがドイツ・イタリア軍もSボートを返して徹底的に抵抗している。しかし、日本海軍は独自の水雷艇を投入していることは興味深かった。


 水雷艇は小型駆逐艦の性質を有し魚雷艇に比べて小回りが利かず隠密性も劣ったが航続距離は長い。ヨーロッパの国々は自分達の領土から魚雷艇を出撃させられたが日本は遥か遠いアジアに位置するため絶対的に航続距離が足りなかった。居住性もあり長時間の航海に耐えられる水雷艇が選択されて当然である。大型化する代わりに重武装で武装貨物船と殴り合える火力を有することも大きかった。


「魚雷撃ちます!」


 1隻あたり6本の魚雷が5隻分で30隻になり輸送船団に突き進む。過酷なゲリラ戦を展開する水雷艇は通常の53cm三連装魚雷発射管を2基備えた。発射する魚雷は九七式空気魚雷であり航跡がくっきりと見えてしまう。航跡から回避機動をとられる可能性があっても肉迫雷撃を行うため気にならなかった。他には扱いが難しい酸素魚雷は向かないことも浮上して安価で一般的な空気魚雷が好ましい。ただし、肉迫雷撃の運用から射程距離を犠牲にして炸薬を増して破壊力を極めた特製品が使われた。特製品は水雷艇及び魚雷艇、特殊潜航艇での使用に限定されている。非装甲か軽装甲の輸送船ならば一発で撃沈された。


 撃ち込まれる敵弾は総じて地中海に突っ込み水柱を生じさせる。海が荒れても水雷艇部隊には支障にならず驀進する。魚雷は一回で撃ち切りのため即座に砲撃戦に移行し艦首12cm連装砲が照準を絞った。そして、各所に設けられた47mm砲と20mm機銃、12.7mm機銃が轟く。彼我の距離は真っ暗闇でも分かるぐらいに近かった。この距離では相手の懐に入り込んだほうが都合が良く速力で勝る水雷艇が蹴散らす。


「四番艇発砲!」


「佐々木だなぁ、まぁいい。こっちも始めるぞ!」


「クレタ水軍舐めるなよぉ!」


 さて、彼らが水軍と名乗る艦は日本海軍の雷鳥型水雷艇である。明治期から始まった水雷艇は駆逐艦の登場と高性能化で廃れたが日本海軍は条約に引っ掛からない補助艦艇として着目すると開発を継続した。千鳥型と鴻型を経由して39年に制式採用されたのが雷鳥型だが兄弟姉妹が大量に存在する。第四艦隊事件で艦船の建造方式の抜本的な見直しが行われて電気溶接を多用したブロック工法が確立されたことが追い風だ。戦時量産型駆逐艦よりも短期間で建造できる点より汎用性を見出して基本の船体に対し兵装を柔軟に付け替えることで各方面に尖った専門の舟艇を生み出している。基本は排水量750tの春型及び夏型水雷艇であり既に50に迫る数が建造されていた。これの兵装を換装して対空に特化した防空艇や砲戦に特化した砲船(砲艦)、機銃だけにして輸送能力を得た輸送挺と多方面に活躍する。元の春型と夏型水雷艇は水雷戦に限らず船団護衛や沿岸警備、対潜警戒など縁の下の力持ちとして大きく貢献してくれた。しかし、750tと小型のため本格的な水雷戦には火力不足が指摘される。生産性・量産性に優れるということはそれだけ質が抑えられた。通商破壊作戦が高まるにつれて大型の水雷艇が求められた末に雷鳥型が建造される。


 雷鳥型は前身の鴻型に返り排水量950tと大型化して武装と機関が強化された。武装は三連装魚雷発射管を1基増やした合計2基6門で魚雷を6発携行したが主砲は12cm砲単装3基3門から連装1基2門に減じられる。雷鳥型は旧式駆逐艦の12cm砲を連装式に改造して簡素な砲塔に収めて艦首に設置した。敵艦が軽装甲であることを考えれば12cm砲は些か過大な火力と言えるだろう。もっとも、減った火力を補いつつ適正化するため副砲扱いの単装47mm速射砲を4門を追加した。勘の良い方ならお分かりだろう。これは陸軍の47mm機動対潜戦車砲の融通を受けて搭載した。陸軍の主力対戦車砲は拡大版で後継たる57mm機動対戦車砲に移行し、敵戦車の重装甲化に備えて75mm野砲の転用も行われる。したがって、37mm砲と47mm砲が余剰となり海軍は陸軍より47mm砲を譲渡してもらい雷鳥型に採用した。


 海軍名47mm速射砲は体格に劣る日本人でも楽に装填できて中戦車チニよりも広々とした船体のため速射性にも優れる。砲弾は徹甲榴弾か榴弾を使用するが敵船が輸送船であることを鑑みれば正解だった。一定の貫徹力と炸薬を両立した徹甲榴弾は軽装甲の船でも容易に突き刺さって内部で炸裂する。榴弾は軟目標に対して絶大な威力を発揮した。47mmの小口径でも敵船が運ぶ物資の中には弾薬が積まれて誘爆を期待する。


 そうして火力を適正化して機関を強化したおかげで最大速度は45ノットを叩き出した。小型駆逐艦として45ノットで肉迫する雷鳥型水雷艇は武装貨物船程度では止められない。魚雷を撃ち切って砲撃戦に移る水雷艇は敵弾を悠々と回避して反撃を開始した。所詮は貨物船に最低限の自衛用武装を与えたに過ぎない間に合わせである。本格的な水雷艇の前には遠く及ばなかった。


(そろそろ魚雷の命中時間だが)


 水雷艇部隊を率いる隊長は脳内で大雑把に魚雷の命中時間を割り出してカウントする。空気魚雷で雷足は酸素より遅いため修正が必要だが月月火水木金金の猛訓練で体内時計は研ぎ澄まされた。


「ちいっ!1発だけか」


「仕方ありません」


 直撃した魚雷は1発だけで輸送船が真っ二つに割れて沈んでいく。あっと言う間の出来事だが命中弾が1発だけなのは寂しいことこの上なかった。これは彼らの技量の問題ではなく魚雷の深度調整と敵船と合っていない。輸送船の想定で調整を行うが想像以上に敵船は軽い荷物を積んでおり魚雷は僅かに下を潜り抜けた。


「なら砲戦で仕留める!」


「あいよぉ!」


 日本における海賊の水軍を自称した荒くれた砲撃戦は武装貨物船を翻弄する。右往左往する水雷艇に照準を合わせられずに挟み撃ちにされた。ちゃんとした軍艦として設計されていないため射角に制限があり、専門の兵士が乗り込んでいても操作性が劣悪で使いづらい。


「どんどん撃てぃ! 弾は無尽蔵に補給される!」


 この時に活躍したのは47mm速射砲だった。連装12cm砲は旧式砲が基のため自動装填装置は無く補助装填装置があるだけで体格で劣る日本人には重労働が否めず連射が利かない。もちろん、一撃の破壊力は圧巻で大型の武装貨物船を一撃で戦闘不能に追い込んだ。一方の47mm速射砲は4門ある上に軽量な榴弾は熟練手ならば分間15発の射撃速度を誇り、一撃の破壊力は大きく劣っても速射砲に恥じぬ連射で穴だらけにしている。装甲の無い輸送船には致命的であり続々と被弾して詰め込んだ弾薬の誘爆が相次ぎ爆沈した。


 弾を惜しまず撃てることは何よりもの強みであろう。12cm砲弾はイギリス海軍でも使用するため融通を受けられ、47mm弾は陸軍でも在庫があり同じく融通を受けられた。魚雷については早期からイギリスの53cm魚雷と発射管に互換性を持たせる設計のおかげで問題ない。


 かくして、小一時間の戦闘でイタリア輸送船団は壊滅した。空襲や雷撃を避けるために夜間と迂回航路を選んだが水雷艇の待ち伏せによって食われる。昼間に動いても夜間に動いても輸送船団が壊滅させられる袋小路に落とし込まれた枢軸国に取れる手は皆無だ。そうして輸送が滞るとただでさえ過酷な砂漠で動く機甲師団は稼働率ががた落ちする。砂を大量に吸い込むためエンジンに不調をきたして進撃速度を低下させる妨害を生じた。


 燃える敵輸送船を見てクレタ水軍は笑っている。


「荒くれもので上等だ」


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る