第38話 狙うはロンメル!栗林忠道着任す!

リビア


 標準輸送船がアレクサンドリアに到着し機械化砲兵師団の兵と資材を揚陸してから飛行艇で栗林忠道中将が着任した。陸軍の輸送機は足が届かないため海軍の飛行艇を拝借してアレクサンドリアに到着する。初めての北アフリカに着いた栗林中将だが休む間もなく陸上輸送機に乗り換えて前線拠点に向かった。先任として戦車隊を率いる島田少佐と打ち合わせを行う。


 輸送機のタラップを降りて地に足をつけた一言目は彼の戦術を端的に示した。


「この戦いは機械化砲兵が決める」


 =トブルク日本陸軍指揮所=


「島田少佐。君の見立てではロンメルはどのような将軍か」


「はい。極めて優秀な指揮官であり入念な準備を経て奇策を講ずる難敵です。イギリス軍の情勢を察してハリボテ戦車隊による欺瞞戦術で損害無く押し込んだ事実があります故に頭脳と判断力はただ者ではありません」


「イギリスの司令官はマチルダⅡがあればドイツ戦車は金屑だと言っていたが」


「確かにドイツの三号戦車は非力で足が速いだけの戦車と評せます。しかし、ロンメルは徹底的に迂回する戦術を以て背後を断ち包囲殲滅してきました。いかにマチルダⅡが堅牢と雖も所詮は戦車のため背後を断たれて挟み撃ちにされては堪りません。前に攻め込もうにも強力な対戦車砲が控えるため逃げられもせず負けており」


「なるほどなぁ…会ってみたい」


 ロンメルは当初こそ軽装甲で低火力だった三号戦車初期型からそこそこの装甲と火力を得た中期型でイギリス機構戦力に立ち向かった。イギリス軍主力のマチルダⅡは歩兵戦車のため常識外の重装甲を誇る。真正面からの戦いではマチルダⅡに軍配が上がったが高度な戦術を得た三号戦車が勝利を納め続けた。ロンメルは正面に囮として対戦車砲を巧妙な配置を以て置きイギリス軍戦車隊を釘付けにしている。そして、歩兵戦車が鈍足である弱点を突いた。具体的には三号戦車の高機動を活かした迂回戦術で背後に回って前後を挟まれたイギリス戦車を撃破していく。従来の37mm戦車砲から50mm戦車砲に換装されて近距離なら撃破可能性は十分に高かった。


 ロンメルによる三号戦車の性能を最大限に引き出した戦術は見事である。しかし、イギリス軍戦車隊の驕りによる自滅も否定できなかった。マチルダⅡは重装甲による敵弾の無効化で無双と言うべき戦闘を経験し過ぎている。したがって、ドイツ戦車を侮った末の油断で自滅するという道を自ら敷設した。敵戦車と戦わなくても37mm対戦車砲は怖くないと甘く見たドイツ対戦車砲兵の中にはかの有名な88mm高射砲が混じっておりアウトレンジから一方的に撃破されている。


 ボロボロなイギリス軍に対して日本軍島田戦車隊は走・攻・守が揃ったチハ1&2で三号戦車と互角以上の戦いを見せ、対戦車砲陣地には和製25ポンド84mm榴弾砲を提げるホイ1が大威力榴弾で破壊した。数はイギリス戦車隊よりも遥かに少ないがノモンハン事件を経て戦車戦を習った日本軍に隙はあり得ない。


「お聞きしたいことが」


「なにかな」


「中将が率いられる機械化砲兵師団というのは具体的にどのような戦、自走砲なのですか。私は長らく内地を離れて知らないため恥ずかしながら教えていただきたいと」


「何も恥ずかしく思うことは無い。前線でドイツ戦車隊を撃破し続けた君は英雄に等しい」


「勿体ないお言葉です」


 イギリスが誇る紅茶を啜り栗林中将は語り出した。騎兵畑で戦車の近代化に従事した経験から高級将校では戦車戦の先端を走る。


「車両名は一式軽自走砲ホニⅠと零式十二糎自走砲ホル、簡易自走砲1号と2号の3種類から構成される。ホニⅠは軽野砲の九五式10cm野砲を搭載した後列の自走砲だがホルは旧式の砲を搭載した前線の自走砲だ。よって、ホルは君たちに授ける。最後の簡易自走砲は半装軌車の荷台に九五式10cm野砲か九九式75mm野砲を載せた」


「なんと…それほどまでの戦力を揃えたのですか」


「そう思うかもしれないね。ただ実際は余り物を使ったに過ぎない」


 順当に見ていくとしよう。


 一式軽自走砲ホニⅠは本年に制式採用される新型の自走砲だが前線の苦境を見込んだ陸軍は生産を前倒しさせて栗林機械化砲兵師団へ優先的に回す。本車は機動野砲に自分だけで移動できる能力を与えるため、余り余った九五式中戦車チニを流用した。チニの車体に九五式10cm野砲を搭載するが拡張性が足りず砲戦車の全周旋回砲塔は諦めて砲を車体に備える固定戦闘室を採用している。もっとも、砲口径が大きく円滑な装填を確保することも考えてオープントップ式が追加された。車体を固定した際は射撃は左右15度ずつに限定され防御力も皆無だが基本的に間接砲撃を担うため気にならない。


 零式十二糎自走砲ホルは余り物を活用していた。こちらも車体を流用した自走砲だが九五式軽戦車を使い主砲は明治期の三八式十二糎榴弾砲である。先の10cm野砲よりもずっと古いため短射程が弱点だが短砲身のため軽戦車の車体でも搭載可能だった。もちろん、ホニⅠ同様の固定戦闘室のオープントップ式が採られている。軽装甲の危険はあれど短射程から前線に出て直接照準による支援砲撃任務が与えられた。流石に単体では一方的に撃破されかねず味方戦車隊に帯同することが原則とされる。


 最後の簡易自走砲は簡易の熟語が与えられた通りの設計と見た目だった。車体流用の範囲にも入らないどころか戦車ではなく半装軌車両ことハーフトラックを使用している。荷台部分に野砲をそのままポンと載せただけで最小限の泥や砂塵を防ぐ盾しかなく防御力は皆無だった。このことから簡易とするが絶大な利点を有し純正品の自走砲には負けない。主砲を置いたのが荷台のため戦車の車体よりも広々とした余裕があり野砲を全周旋回式に改造できた。これにより流動的な戦場に対して柔軟に対応する。なお、ハーフトラックはソミュア社製を国産化した車両を選択しており主砲は1号が九五式10cm野砲を搭載して2号は九九式75mm野砲を搭載した。どちらも強力な野砲でありシュナイダー社及びヴィッカース社の技術と日本の創意工夫が融合する。重砲と呼ばれる15cmカノン砲の選択肢もあったが砲自体が重くて砲弾運搬の手間がかかるため専門の自走式カノン砲ジロ車に任せた。また、三八式15糎榴弾砲を搭載した一式十五糎自走砲ホロもある。


 共通することは野砲を機動化する方針より誕生した自走砲という点だ。


「私は島田少佐の戦車隊を正面に据えたい。イギリス軍と協力してドイツ・イタリア軍の攻勢を押し留めてくれると」


「お任せください。ノモンハンのような失態は二度と演じない覚悟であります」


「その覚悟で頼む。君たちが押し留めている間に自走砲が猛烈な射撃を加えて攻勢を挫く。私が行うのは機械化砲兵隊だから可能な機動防御だ」


「機動防御…」


 機動防御を噛み砕いて分かり易くする。大前提として敵軍の攻勢に対して島田戦車隊を押し立て防御に徹し、後列に位置する自走砲部隊が敵の頭上に大威力榴弾の豪雨を降らせた。至って普通の防御に聞こえるかもしれないが絶対の強みは自走砲という点に収束する。一度攻勢に失敗した地点があればロンメル将軍は必ず囮の兵だけ置いた上で主力を迂回させ別方面から攻撃した。直ちに対応したくても重装備の砲兵は簡単に移動できない。野砲を牽引車に繋げて引っ張る作業だけで数十分を要したが自走砲は自走能力を得て手間を省き迅速に移動した。そうして素早く移動し味方が踏ん張っている間に到着すると猛砲撃を加える。この作業を延々と繰り返して敵軍は強力な砲兵が至る所にいると誤認させ、どこなら突破可能なのかを絞らせないことが狙いだ。


「私たちは攻めないで勝つ。海軍さんに話を通して海上輸送を破壊することをお願いした。敵が満足に使える港は必然的に少なく艦砲射撃と爆撃を与えれば戦車を動かす油と水はあっという間に枯渇する。日本軍は悠々と輸送船が後方拠点まで届いて各種輸送車が浸透して輸送してくれた。緊急性の高い物は輸送機が特急便で運んでくれる。ドイツ・イタリア軍が地中海制覇を目論むことは理解できても北アフリカは海があるから勝てぬ戦場だ」


 温和な栗林中将が説く防御こそ北アフリカ戦線の戦局を決めた。


 タイムラグあれど北アフリカの地に降り立ったドイツのエルヴィン・ロンメルと日本の栗林忠道の両雄は後世に名を残すだろう。


続く

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