第37話 ロンメル軍団大進撃

1941年3月下旬 リビア


 ついに北アフリカ戦線は大きく動いた。ドイツ軍とイタリア軍がリビアからスエズ運河に向かって大進撃を開始したのである。


 今まではイタリア軍が攻撃を仕掛けたが弾き返されている。戦力の大半を歩兵が占めて機械化されていないことが威力を減じた。過酷な北アフリカの大地は移動するだけで消耗する。よって、柔軟に後退するイギリス軍を取り逃がせば逃がすほどに被害を出してしまった。また、エジプトから飛来する中型爆撃機や大型爆撃機による爆撃でトリポリなど補給拠点の港を破壊されている。もはや単独で進撃することは自殺行為に等しく大人しく同盟国ドイツの援軍を待った。ドイツ軍は地中海を制覇するため要衝スエズ運河を渇望したがドイツ海軍は大海軍擁する日英同盟に対して一切の勝ち目がない。勝ち目がある地上戦に移るとポーランドやフランスを陥落させて最強を自負する精鋭機甲師団を派遣した。フランスではイギリス軍を撃破して撤退まで追い込んだ実績がある。もっとも、史実と違うのは空軍が勝ち切れなかったため武器弾薬を抱えたままの完全撤退を許したことだ。


 そんな精鋭機甲師団を率いるは智将エルヴィン・ロンメル将軍しかない。イタリア軍からの要請を受けて本国より派遣されるが、到着時して暫くは自慢の機甲師団は僅かしか持たなかった。威力偵察が精々な戦車隊と機械化歩兵しかなく攻勢に必須の砲兵(対戦車砲兵を除く)を欠く。しかし、イギリス軍守備隊はマルタ島輸送や本土防空戦に戦力を割かれて弱体化し、柔軟な後退防御は手持ちが不安なことから来る消極姿勢を意味した。これを看破したロンメル将軍は本国の命に反して僅かな機甲師団と対戦車砲兵団を以て攻勢を仕掛ける。


 ゾネンブルーメ作戦と呼ばれるドイツ・イタリア軍の攻勢はイギリス軍を驚かせて一気に後退させた。というのも、イギリス軍はドイツ北アフリカ方面軍主力の到着が5月であり、直近に到着した軍勢は最低限の自衛のためで攻撃の余裕はないと読んでいる。ロンメル将軍到着も知っていたが入念に偵察を行う人物で準備を抜かりなく行う以上は時間を稼げるという油断を突かれてしまった。生憎だが精強で謳われる日本軍は再三にわたり警告したわけでもない。考えて欲しいが戦線の主役はイギリス軍なのだ。外様で脇役の日本軍が出しゃばると不和を生じかねない。フランス戦線でも日本軍は裏方に回って目立った活躍はなかった。アルデンヌ戦車戦も局地的な遅滞防御の勝利に過ぎない。


 しかし、不幸中の幸いと言うべきかロンメル軍団の秘密を日本軍の偵察部隊は見抜いた。


「やっぱり見せかけか。輸送車両で満足せず乗用車も使ってハリボテ戦車にするとは知恵を働かせる」


「見慣れた三号戦車が主力ですが不足しているようですね。どうしますか、砲撃してやりますか?」


「無理を言うな。多勢に無勢は知れている。大人しく偵察に留める」


 砂漠の丘に車両を隠して砂漠迷彩に身を包んだ小柄な兵士たちは日本兵である。彼らはドイツ・イタリア軍が広く展開した危険地帯まで侵入して潜入偵察を試みた。並みの軽戦車や車両では務まらないため最速を誇ったパナール75装輪装甲車を使用している。移動は静粛性を活かして密かに潜り込んで偵察自体は降りて各員が砂漠迷彩を纏って悟られぬよう慎重に且つ大胆に観察した。そして得た情報はロンメル軍団はハリボテ軍団ということに収まる。


 実はロンメル将軍は少ない手持ちを大戦力に見せかけた。主力の三号戦車は僅かしか送られておらず追加の輸送を待つ状況が続く。そこで、三号戦車の群れの中に輸送車両から普通の乗用車までも紛れ込ませて自軍を大きく装った。当然ながら単純に紛れさせるのではなく塗装した木の板などを張り付けて戦車に偽装するハリボテ作戦を実施する。更には砂塵がもうもうと巻き上がる砂漠の環境に目を付けてハリボテ戦車を走り回させることで敢えて大規模な砂塵を起こした。これによりイギリス軍に対しドイツ軍の大戦力が進撃していると誤解させる。時のイギリス守備隊は指揮官が交代して日が経過しておらず、戦力もギリシャ方面やクレタ島に回されて消極的のため直ちに後退した。こうして戦うことなくロンメル将軍は少ない手持ち戦力で大進撃を成功させている。


「砂漠にいる期間は俺達の方が長い。あんな大戦力が短期間で移動できるわけがない事は誰よりも身に染みて分かった。絶対に仕掛けがあると思ったがハリボテとはなぁ…」


「まさにロンメルおそるべし」


「自軍は島田少佐の戦車隊がおりチハとホイが配備されています。対戦車砲兵や自走式臼砲もおりますが相手がロンメルではどうなるか」


「なに、ロンメルは機甲師団しか使えん。こっちは海軍さんが全面支援を約束してくれてマルタ島救援に向かっていた高速打撃艦隊が艦砲射撃を実施する予定だ」


「それにスエズの戦略爆撃軍を忘れてはいけません」


 地中海は日英海軍が制海権と制空権を握っているため海と空から攻撃できる。海軍はドイツの泣き所でありUボートだけでは艦隊を壊滅させられなかった。自慢の空軍はイギリス本土爆撃で数を減らし圧力には足りない。よって、日本海軍は高速打撃艦隊をマルタ島支援の暇を見つけてはドイツ・イタリア軍への艦砲射撃を実施させた。旧式と雖も金剛型の36cm砲の威力は絶大で如何なる戦車も一撃で吹っ飛ばす。それにスエズの独立戦略爆撃軍は重爆撃機に100kg爆弾を大量に携行させて絨毯爆撃を実行し補給路を片っ端から破壊した。無理に敵地上部隊を爆撃する必要は無く砂漠で補給地点が少ない敵軍を兵糧攻めにする。相手の補給地点は数個の港に限られるのに対して日英軍はスエズ運河を有するため日本が補給線を構築して運河を通じて各種物資を輸送した。


「トリポリまで後退して臨時の防衛線を構築したが問題はイギリス軍が耐え切れるかどうか。島田戦車隊は地形を駆使して敵軍を引きずり込む気だが背後が陥落しては挟み撃みだ。少しは耐えてもらいたい」


「おっしゃる通り、イギリス軍の士気の低さは問題です。将軍の交代前は勇猛果敢でしたが砂漠戦を知らぬ者に代わったため途端に急転直下しました。ただ、本国から増援が派遣されるとも聞いておりますので悲観することはないと思います」


「そう言えば、そうだったか」


 北アフリカ戦線の苦境を見越して日本陸軍は新しく機械化された砲兵師団を増援に送る。現在は標準輸送船に乗って海上護衛総隊の駅伝式護衛を受けながら紅海を目指した。戦時の輸送船需要ひっ迫に対して大量建造される標準輸送船は低速なため到着まで時間を要するためイギリス軍が耐えてくれることを祈るばかりである。


「その将軍は誰なんだ」


「そこまでは分かりません。なんせ最前線を超えた危険地帯にいますから情報は途切れて」


「まぁ、そうか」


 防衛線を超えた危険地帯にいる以上は安易に通信もできなかった。傍受されて逆探知はもちろんのこと情報が筒抜けになる事態は避けなければならない。偵察で得た情報は古典的だが伝令兵として軍用車が受け取り直接本部に届けた。その際に断片的な最新情報を貰うが増援の機械化砲兵師団の指揮官が具体的にどなた様かまでは届いていない。なお、本部には機械化砲兵師団を率いるは昇進したばかりの栗林忠道中将だと詳細が届いた。騎兵畑で軍の近代化に伴う機械化と装甲師団の整備に従事した経験より将軍の中では特に戦車をよく理解している。


 念のために小声で話す彼らだがハリボテではない軽戦車が急に動き出したことを確認した。


「まずい、悟られたかもしれん。急ぎ退却する」


「よっしゃ、きた」


 出番が来たと後部操縦手は誰よりも早くパナール75に戻りエンジンを始動し、全員が飛び乗ってからフルスロットルで後退した。フランス謹製の強力な変速機を搭載し軽量な車体と相まって後退速度は40km/hに達する。あっという間に最高後退速度になり砂を巻き上げて逃げ去った。ドイツ陸軍の二号戦車が怪しい人影を見かけた丘に到着した時はすでに遅しでありタイヤの跡だけが残される。


 砂漠と言う環境では足の速い者が正義であった。


続く

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