第36話 アメリカ参戦を前にして

1941年2月 


 ヨーロッパは例年以上の大寒波が襲来し戦線は物理的にも固まった。地上だけでなく海も凍り各国の海軍は動けないが地理的に不凍港を持つ日英同盟側が有利である。ドイツが占領した地域は広いが北欧諸国の港はカチコチで使えなかった。自国のバルト海もカチンコチンのため春になって融けることを待つしかない。しかし、フランスを降伏させて大西洋側の港を手に入れ、既存の艦艇は本国まで戻らずともフランスの港で修理や補給を受けられた。


 イギリスは現在もドイツ海軍の通商破壊作戦に苦しめられている。Uボートは新型が出現し数え切れない数に輸送船が沈められた。護送船団方式を採用したり旧式爆撃機を対潜哨戒機に転用したりと対策を練っても相手が一枚上手である。Uボート狩りをしたくても自軍の駆逐艦は各所に出て数が足りず、日本海軍の対潜部隊の全面協力を得なければならない状況が続いた。


 チャーチル首相は日英同盟が無ければイギリスは滅んでいたと日本軍を高く評価する。それを踏まえて日英同盟の更なる強化を掲げて自治領を国際法に則り日本へ譲渡することを表明した。地図に載るか微妙な小さな島々やマダガスカル島(日英軍の共同管理)、カナダ、オーストラリアは残される。当面の間は日本が直接管理する委任統治領だが将来は独立することが確約されていた。


 日本は第一次世界大戦を客観的に観察して出した結論は皆で手を取り合って協力し合う国際協調こそが最善としている。考え方は国際連盟と同じだが範囲はアジアに収縮しておりアジア共同体の常設が待たれた。もちろん、日英仏蘭四ヶ国同盟の都合でアジアとヨーロッパの協調も存在し新たな国際政治が始まるだろう。


 ここまで聞いて唯一の超大国が省かれていることに気づいた。そう、アメリカが事実上の孤立状態に置かれて国際政治から切り離される。中立を貫く孤立主義ことモンロー主義の自業自得だった。流石のアメリカもイギリスとの関係が悪化して日本の拡大が続くと居ても立っても居られない。いかに大統領の権限が強いと雖も共和党に限らず民主党から追求されると揺らぎ、日系やユダヤ系の市民団体によるデモ活動に一般民が触発されて市民運動が激化し始めた。遂に折れたルーズベルト大統領はラジオを使った『炉辺談話』を発表し政策の大転換を予想させる。


 超大国アメリカの目覚めを前にした日本は一先ず安堵して関係者が一堂に会した。


=帝都東京=


「貴官のご尽力のおかげでアメリカ本国政府は重い腰をあげてくれました。大使の働きは天よりも高くあります。幣原首相とルーズベルト大統領が握手する日は近いでしょう」


「その日は私も写真の中に収まりたい」


「えぇ、願わくば私もと言いたいところですが私は陰に生きる人間ですから。皇居で頭を悩ませていることでしょう。さぁ、今日は飲みますよ」


 街のレストランを貸し切り政府関係者や陸海軍関係者はアメリカ大使館職員やアメリカ軍派遣将校と楽しそうに食事しながら語り合った。従来の日米関係は良くなかったが局所的には仲を深めて親友と言うべき関係が築かれている。具体的には日本政府はアメリカ大使館と仲が良く、日本陸海軍は同じくアメリカ陸海軍と仲が良かった。アメリカ軍は日英軍に置いていかれないため原則中立を提げながら人員を派遣して観戦武官をさせたが想像以上の精強さに舌を巻いている。10年以上かけて熟成された軍隊は最先端を自負する超大国をへし折った。


 視点を移すとアメリカ海軍提督と日本海軍提督が熱心に議論を重ねる。空母主兵力の航空決戦に水雷戦決戦を混ぜ込んだ思想を持つ日本はアメリカ海軍には異質に見えた。しかし、海軍力で劣るドイツとイタリアが全く歯が立たない様子から正解と理解している。数では劣っても優れた戦艦を擁する両国だ。イギリス海軍はドイツ戦艦に苦しめられておりイタリア戦艦もフル稼働すれば十分に脅威となる存在である。質も数も良い戦艦がアメリカ海軍の注目する対象となった。そんな中で日本海軍は海軍軍縮条約を真面目に守り戦艦を廃艦とし、代替のバーターで確保した緩い制限を盾に大量の空母を建造している。空母が海軍の歴史を一変させる大戦果を叩き出した事実を受けアメリカ海軍派遣将校は認識を改めざるを得なかった。


「あの方は?」


「確か海軍のニミッツ提督です。提督自らが希望して来日しています。私は外交官なので軍のことは知りませんが、先見の明がある優秀な軍人だと思いました。なんせ、日本海軍の大転換にいち早く反応したと聞きます」


「なるほど…そうですか」


 派遣将校の中にはチェスター・ニミッツ少将の姿があった。彼は陸上勤務の少将だが日本海軍の大転換に対しすぐさま反応して自ら志願する形で来日する。若い頃に東郷平八郎元帥と面会して尊敬の念を抱いたことがあり、日本海軍はニミッツ少将を大歓迎し同盟国の軍人でも見れない秘密の演習や実際の空母に案内する等の高待遇でもてなした。


「熱心に話し込んでいます。良い傾向です」


「はい、外交官がこんなことを言うのは憚られますが。いつか日米同盟が結ばれて日米同盟艦隊が構築されたらと考えます」


 ニミッツ少将と熱心に議論を繰り広げるは日本海軍の有馬正文少将である。長らく空母の艦長を務めて航空戦の経験に長けた。本人の適性に限らず誰にでも丁寧に優しく接する姿から空母機動部隊司令官に大抜擢され、新鋭空母と新鋭巡洋艦を主とする一大空母機動部隊が与えられる。


「とてもだが日本海軍には及ばない。私は再三にわたり空母の充実化を求めたが戦艦の建造が先と言い張られている」


「お気持ちは察するに余りあります。何を隠そう私たちも最初は仰天して多数の反対が出ました。しかし、当時は軍縮条約を守らなければならず抜け道を探した結果が空母主戦力転換なのです。これだけの数が揃ったのはかなりの年数をかけたのと旧型戦艦を流用したからであり、アメリカ合衆国ならばあっという間に10を超える数を揃えてもおかしくありません」


「そうなることを祈りたい。戦艦が不要とまでは言わないが空母が無くては戦えないこと。それはヨーロッパで圧倒的な艦隊が証明している。それこそ、アリマが率いる艦隊はどのように?」


「陣容は臨機応変に変わりますので基本中の基本だけですが」


「構わない」


「それでは。空母の『隼鷹』『飛鷹』『大鷹』『白鷹』の4隻と護衛艦に航空巡洋艦の『黒部』『立山』の2隻を合わせた6隻が大原則の艦隊となり、防空艦隊と称して纏められた軽巡と駆逐艦を加えた結果は20隻に迫ります」


「流石の護衛艦の量です。小型艦を大量に揃える考え方は見習いたい」


 日本の工業力でも補助艦艇の大量建造は可能だった。量産性を重視した設計とブロック工法の確立により小規模な造船所でも建造することが可能である。もちろん、道路の整備や造船所を一から建設する等の手間を要した。10年以上の期間でやっとこさ揃ってくれる。大型艦を建造する海軍及び大企業の造船所を圧迫しない点では非常に有効的だ。最近は中華民国でも日本企業が進出して工業化の一環で造船所建設を推し進め、潤沢な資源に物を言わせて旅順や大連に始まる造船業の町が誕生する。中華民国から逆輸入することで低コスト化が進み量産は拡大を止めなかった。


「機材の更新が進まないことだけがネックと言いましょうか。まだ1年しか経っていなくても戦争は技術の進化を著しく早めます」


「確かに、前大戦での航空機が尤もの例で飛躍的に進化した」


 1940年を基準にして制式採用された機体が大半を占めるため更新が進まなくて当然でも有馬少将は危機感を抱いた。無類の強さを誇る零戦も来年には貧弱な戦闘機になっているかもしれない。小幅な改良が施されるマイナーチェンジが繰り返されても焼け石に水で史実のようにズルズル引きずっては本末転倒だった。


「空母はどうやって我々の目を掻い潜り」


「もう、お話しできますね。何も特別なことはしておりません。建造は民間造船所に委託して名前を太平洋航路向けの大型客船としただけです。民間の客船を徴発して空母へ改造する試みは既に存在したことにヒントを得ており」


「民間の客船を装ったと」


 隼鷹・飛鷹・大鷹・白鷹の4隻は隼鷹型空母である。一人っ子空母が多かった日本海軍は大きな設計を流用できて効率化と低コスト化が見込める量産計画を策定し、中型の雲龍型及び大型空母の隼鷹型を建造した。前者は軍の造船所で建造するが後者は民間の造船所へ委託し計画を「大型客船」と偽装している。注意点として民間船の改造空母ではなく民間船は先述の逆輸入を行い需要に対応した。


 そんな隼鷹型は日本空母の集大成である翔鶴型を基に無駄を省いて新機軸を詰め込んでいる。排水量は20,000tを基礎とし搭載機数は60機であり大きな設計は翔鶴型と変わらないが対空電探を最初から装備した。対空砲は10cm連装両用砲が8基16門と40mmポンポン砲が所狭しと置かれ日本空母最高の対空防御を実現する。


「航空巡洋艦の考え方も条約を免れることです。艦隊の索敵を補う役割が担わされて丁度良く、水上機はその気になれば迎撃機にも使えて痒い所に手が届きました。提督さえ良ければ後で案内させましょう。黒部型は面白いですよ。なんせ主砲は15cm四連装砲なので驚かれます」


「四連装ですと?」


 四連装砲はフランス海軍の専売特許のように思われ日本海軍は航空巡洋艦向けに輸入した。航空巡洋艦は後部を平面にして水上機格納庫と火薬式射出機を置いている。空いた箇所には10cm連装高角砲及び8cm単装高角砲の対空砲と40mmポンポン砲及び20mmイスパノ機関砲の対空機銃を設けた。主砲は必然的に前部集中配置となり最初期の最上型は超戦艦向けで開発された15cm三連装砲を3基、ある程度固まった時期の利根型は新型20cm連装砲を3基、完全に固まった黒部型は15cm四連装砲を2基有する。


 最上型は重巡洋艦を航空巡洋艦に転換する際の試験艦の意味合いが強いため、主砲は各国重巡より一回り小さな15cm砲を選択して確実性を得た。しかし、火力不足が予想されて超戦艦の副砲向けに開発する三連装砲を最上型の主砲に変更して搭載する。次なる利根型は最上型での経験を踏まえて全体を磨き主砲は新型20cm連装砲に変更した。主砲の前部集中配置は多方面に影響して艦の軽量化や居住性の改善と色々と利点が多い。そして、完成形の黒部型は利根型の小改良と主砲を真打たる15cm四連装砲になった。20cmに比べ威力は劣っても射撃速度と砲門数が相まって弾幕を形成する。黒部型の15cm四連装砲を開発するにあたりフランス海軍から技術者と資料を取り寄せた。


 ダンケルク級やリシュリュー級で実績のあるフランス式四連装砲は厳密には四連装砲ではない。フランス式は連装と連装を並べた構造をして連装と連装で別々のため複雑化や重量化のデメリットが生じた。しかし、戦闘時には被弾しても生きている方の連装砲で反撃でき攻撃力の低下は最小限に抑えられる。フランス海軍は実戦での運用経験も豊富であり堅実な四連装砲を開発していた。日本海軍への輸出も滞りなく行われて優秀な15cm四連装砲が開発されると現場の評価は高かった。航空巡洋艦の火力不足を補う目的からして四連装砲は歓迎される。


「酔いの勢いとは言いませんよ、ニミッツ少将。どうですか、私たちの空母機動部隊に参加してくれませんか」


「それは誠ですか。本国海軍の許可を得ないといけませんが、適度に共同作戦と言えばどうとでもなる。是非とも、よろしくお願いしたい」


「えぇ、政府同士が喧嘩しても私たちは友でありたい。確立された空母機動部隊ですが米海軍のニミッツ提督から助言を頂戴したいとも思いまして」


 私的な友好関係は侮れない。


 たとえ政府同士の仲が悪くても前線で命を燃やす軍人は国境を越えた親友を持った。


 そして政府の思惑を超えた大進撃を見せる。


続く

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