第35話 タラントの悲劇

【投稿後追記】

一部重複があったため訂正しました。


【本編】


時は少し遡る。


 イギリス海軍のタラント空襲部隊と協調しクレタ島を発した海星隊は迂回するルートを見せてタラントを目指した。夜に目が利かない時間帯を狙った攻撃は偽装を纏わせている。海星は遠方から見れば単なる輸送機のためクレタ島への航空輸送と誤認する効果が見込めた。また、タラント空襲部隊による夜間攻撃の開始よりも遅くに到着する狙いもあって迂回を採用する。飛行する時間が延びたが海星は二光の出力を絞った低燃費飛行で燃料を節約し特に問題なかった。


 完全に夜となった22時過ぎにイギリス海軍の空母イラストリアスを発したソードフィッシュ隊がタラントに飛来する。イタリア軍は哨戒機を飛ばして警戒を怠らなかったがマルタ島方面に集中しておりアレクサンドリア方面は薄かった。現在進行形でマルタ島へ決死の輸送作戦が行われることもあり完全に注意が逸れている。強硬偵察を何度も受けていることから空襲を警戒すべきだ。


 突入するソードフィッシュは時代遅れの複葉で布張りの雷撃機である。最速は400km/hにも満たない低速で重い魚雷を抱えればもっと遅かった。カタログの数値だけならばどうしようもない。しかし、実際は傑作と称えられた。数値に出せない抜群の安定性と操縦性は誰でも簡単に動かせられる。実際に扱う兵隊からの評価は極めて高かった。雷撃時も低速が逆に貢献し高精度を得られて魚雷の自爆もない。仮に戦闘機から迎撃を受けても遅すぎるが故に高速機のメッサーシュミットはオーバシュートした。無理に食らい付けば失速して地面に突っ込むだろう。地上や敵艦からの対空砲火は本機が遅すぎて照準が狂い当たらなかった。また、被弾してもスカスカなためエンジンの破損や主翼が折れないかぎり撃墜できない。


 つまり、ソードフィッシュは鈍足故に傑作となった。もっとも、今回は機数が少なく打撃力に乏しいと判断されイタリア軍の注意を引く囮役と照明係を務める。彼らも自分達のことは十分に理解していて身の丈に合ったことに尽くした


 そんな照明係の1機は後続の日本海軍攻撃隊をワクワクして待っている。水上攻撃機が飛来すると出撃前は噂で持ち切りだった。もう30年を超えている日英同盟は常設に等しく軍同士の交流も盛んに行われる。艦隊司令官は数年前に日本本土に招かれて演習を見学した際に双発爆撃機による航空雷撃を知った。その時の思い出話をいつも語るため期待は膨れ上がるばかりで止まらない。誰も怪訝な声をあげないのは空母8隻の世界最強の機動部隊やスピットファイアと互角かそれ以上のゼロ・ファイターの存在が大きかった。


「照らせ、照らせ」


「敵艦がくっきりと見えています。対空砲火も微弱です」


「妨害用のバルーンも適当に撃って邪魔を省くか。あんな旧来の防御で日本の槍を止められると思うな」


 事前の航空偵察で判明した敵軍は戦艦『コンディ・カプール』『ジュリオ・チェザーレ』『リットリオ』『カイオ・ドゥイリオ』『アンドレア・ドリア』の5隻が湾の奥側に停泊し、入り口付近には重巡と軽巡、駆逐艦がガッチリと固めている。地上には防空砲台が置かれたが夜間のため目が利かなかった。頼りのサーチライトはソードフィッシュ隊の爆撃で破壊されている。その他にも防雷網で魚雷から艦を守り気球で敵機の侵入を防ぐが前時代的のため軽々と回避された。照明弾を投下して余裕のある機は低速を活かして防空気球を機銃で破壊している。


「味方機が雷撃体勢に」


「おう、仕掛けるか」


 一部の機体は魚雷を装備してチャンスがあれば雷撃を行った。思った以上に防空が弱いため近場の戦艦『リットリオ』に照準を絞って必殺の雷撃を仕掛ける。3機小隊のソードフィッシュは翼を翻し網を掻い潜った航空魚雷がリットリオに驀進した。


「1発だけか」


「2発も不発なんて工場は何をしているんだ」


 3発の魚雷は命中コースだったが2発は不良品の不発で終わる。残りの1発は見事に命中してリットリオに水柱が立った。相手が新しめの戦艦だと魚雷1発だけでは中破がいいところと思った直後にソードフィッシュが翼を捥がれて墜落する。流石に博打だったようでイタリア駆逐艦の対空砲が直撃した。防弾は存在しないため直撃は耐えきれず名誉の戦死を遂げる。思わず顔を顰めたが後続の攻撃隊のため継続して照明弾は投下され続けた。攻撃を終えて退避する味方機を見送りつつ「まだか、まだか」と焦燥感を募った時である。


「これだけの爆音…」


「来ました! 日本機です!」


「どこだ! 見えん!」


「は、遥か低空を這っています!」


「なに!?」


 彼らが驚くことは無理もなかった。水上攻撃機と聞いていても大柄の爆撃機が海面スレスレの極低空を飛行する雷撃体勢にあるとは予想しない。ソードフィッシュならともかく双発爆撃機が海面スレスレを飛行することは非常識なのだ。しかし、現実として10を超える日本機は一様に雷撃体勢を維持しつつ撃ち込まれる砲弾や銃弾を物ともせずに突撃する。1小隊3機ずつの15機は見事な低空飛行をイギリス機に見せつけるとイタリア戦艦と衝突するんじゃないかと冷や汗までかかせた。


「ぶつかるっ!」


「いや、抜けたな」


 冷静なパイロットは魚雷を投下した直後に上昇する機影を捉える。非常識と雖も目に焼き付ける必要があった。空気魚雷のため夜でも航跡が走り標的となった『リットリオ』にきっちり3発が直撃する。日本製のためか不発弾はなく同時に水柱が立つが先よりも2割程度も大きった。噂の水上攻撃機海星が使う航空魚雷は1t級のため威力は馬鹿にならない。被雷して大きく傾いたリットリオは沈み始めた。先に受けた1発で防御が弱体化されて追加の大威力を3発貰ったことで破綻したのである。それでも新鋭戦艦として建造されただけはあり、優れた水雷防御に懸命の応急作業が甲を奏して沈没は免れた。


「こいつは、なんだ。その、とんでもないぞ」


「まったく、司令官が言っていた以上の練度です。日本が敵でなくてよかったと心底思います」


「あぁ、華麗な動きで無駄がない。かつて日本海軍はロシア艦隊を同じく艦隊で破った。だが、これからは爆撃機が艦隊を沈めるだろう」


「はい、間違いありません」


 各方向から聞こえてくる嫌な音でイタリア戦艦が続々と被雷したことを察する。全てを挙げてはキリがないため結果だけ伝えると海星隊はリットリオに3発、コンテ・ディ・カブールに1発、カイオ・ドゥイリオに2発、ジュリオ・チェザーレに3発を直撃させた。損害としてはリットリオは大傾斜して戦闘はおろか自走も不可能に追い込まれて大破、カイオ・ドゥイリオも同様に大破、ジュリオ・チェザーレは大破して着底した。ジュリオだけ厳密には2発直撃したが新式の水雷防御が機能して損害を抑えることに成功する。ただし、運が悪いことに残りの1発が艦底で起爆し穴を開けられて大量の海水が流入し沈んだ。最後のカイオも艦底で炸裂を受けて穴が開き浸水が開始したが、機転を利かせ敢えて浅瀬に座礁させることで魚雷攻撃を封じ込める。


 この後に予備機のソードフィッシュ隊が爆撃を行ったが港湾の入り口にいた重巡以下に阻まれて防空砲台に爆弾を投げて退避した。最後まで居座った照明係は戦果を鮮明に記録しイタリア戦艦4隻が大破又は中破してどれも長期間は修理のため行動不能であることを報告する。確かに損害の調査を行ったイタリア海軍は閉口を強制されており4隻は手酷くやられて安全な造船所まで浮上させた上で曳航しなければならなかった。すぐにでも修理を始めたいが面倒が積み重なる。また、そもそも自国の工業力が足りない。ただでさえ各地で戦闘を行っているため資材も人員も大量に食らい足を引っ張った。


 今回のタラント空襲ではイタリア戦艦を完全に沈めるまでには至らない。それでも目的はマルタ島救援のためイタリア艦隊を漸減することだった。戦艦4隻を失ったイタリア海軍は主力艦隊をタラントから安全なナポリに移すことになり地中海へのアクセスが悪くなりマルタ島への輸送阻止が弱まる。自軍の代わりとしてドイツ空軍とUボートに出撃を要請するが消耗激しく有効的とは評せなかった。


 したがって、地中海におけるイタリア海軍の動きは鈍化を余儀なくされマルタ島包囲は緩む。空軍と潜水艦が奮戦するがイギリス海軍もジョンブルの意地を発揮して強行突破して輸送を続けた。更にはイタリア主力艦隊が動いたことを確認した日本海軍はクレタ島より陸攻隊をシチリア島へ飛ばす爆撃を始めて着実に削る。


 そして、最後に帰投したソードフィッシュ隊は一様に感想を述べた。


「日本海軍の爆撃機は時代の転換点となった」


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る