第34話 祖国奪還のため亡命艦隊は待つ

12月 旅順


「来年の6月までにはジャンバールの建造を終えたいところですな。フランス式の建造は未知ですがイギリス式を心得ている造船所には問題ありません。ここ旅順にはイギリス資本とフランス資本が集まっていた関係で技術者もいますからね」


「絶え間なく発展を続ける中国はゆくゆくは世界資本を占める。早くに和解して協調体制に移行したことは正解です。それより、長谷川提督からフランス戦艦の受け入れの話を聞いたときは驚きました。なんせ空母に変えた戦艦の代替としては豪華なことになったにもかかわらず、消費する資材と予算も最小限に抑えて新鋭戦艦を貰えてしまうとは」


 旅順の造船所では日本に降伏した建前を提げてフランス戦艦4隻が匿われていた。大型戦艦を空母に改造した実績のある中国旅順造船所は空いた大型ドック2個でフランス戦艦『リシュリュー』と『ジャンバール』の改装を担わされている。未完成の両戦艦を完成させようと頑張るがフランス式建造の経験を持たないため工事が難航することは当初から危惧された。しかし、幸いにも連合ブロック経済によりフランス式建造の技術がある程度はもたらされており技術者も併せて来ている。満州の潤沢な資源と大工業地帯を背にする造船所はフル稼働して対応した。民間旅客船や各種標準船は大連の造船所に任せて主力級の建造に集中する。


「あの戦艦を親ドイツ政権にむざむざ渡すことは最悪であり、イギリス及びアメリカの手で沈めてしまうことも至極勿体無い話です。我々は既存戦艦の空母化で主力戦艦の制限を易々と潜り抜けて余裕がありました。また、降伏という形で譲渡されるならば条項に引っ掛からない。フランス海軍は戦艦を温存出来て私たちは失った戦艦を穴埋めできる。これ以上のことはないと自負しましょう」


「珍しい。長谷川提督が誇るなど」


「たまにはと思いまして」


 史実では悲劇の戦艦リシュリュー級は日本海軍の戦艦として運用された。本来は自由フランス海軍で運用されるべきだが、フランスという国がドイツ傀儡政権ヴィシー・フランスと分裂した事実よりイギリスとアメリカから睨まれて動き辛く「沈めてしまえ」という過激な主張がぶつけられる。フランス海軍は悩んだ末に海軍の積極的な受け入れを表明した日本への譲渡を選択した。もっとも、艦隊の指揮自体は自由フランス海軍が継続して行うことが約束され、僚艦としてダンケルク級2隻と亡命艦隊を構成しドイツ・イタリアと戦うだろう。


 このような亡命艦隊はオランダ海軍の前例が存在した。オランダは五大国に入らないが海洋国家として海軍は五大国を含まない国の中では比較的に整備されている。しかし、戦艦を持たず軽巡洋艦と駆逐艦、潜水艦の補助艦が主戦力のためドイツ海軍とはとてもだが戦えなかった。更には本国が降伏して指揮系統を失うと亡命政府は政治が殆どで期待は無意味である。したがって、艦隊指揮官カレル・ドールマン提督の独断で日本海軍に亡命を申し入れて共同作戦を展開した。緒戦は日英海軍から母港の融通を受けて本国から市民を脱出させるピストン輸送作戦に従事し、乗せられるだけの自国民を乗せてイギリスまで脱出させている。そして、本格的な侵攻が始まった際には大半の市民が無事にイギリスまで逃げることに成功した。現在はイギリスを拠点にして各国の輸送船団を狙うUボートを返り討ちにする狩りに従事する。まずは海の脅威を排除しなければ解放の上陸作戦は行えなかった。祖国の奪還に燃えて片っ端からUボートを沈めている。


「具体的にはどんな改装が行われるのでしょうか」


「艦の全般に及ぶため大きな物を抜粋しますと。火力面では主砲の測距儀を換装と称して新しく追加して、副砲は全て廃止しますが10cm連装高角(両用)砲を増設する。37mmと13.2mm機銃はそれぞれ40mmと20mmに置き換えて対空能力を高めています。索敵面では最新型の電探を設置しますが従来の水上機も追加して巡洋艦に頼り切りにならず自分で敵を発見できるようにしました」


「順調に新鋭戦艦の道を歩んでいるようで安心しました」


 リシュリュー級は『リシュリュー』も『ジャンバール』もほぼ同じ大改装が行われた。奇抜な四連装38cm砲は一切変わらないが測距儀が間に合っていない。よって、測距儀をフランス海軍仕様に直した日本製に換装して長距離砲撃と近距離砲撃どちらにも対応した。日本製の光学照準器は世界でも最高峰の性能を誇り主砲の前部集中配置による防御姿勢を維持した理想的な砲撃戦を展開する。ただし、日本戦艦では使わない38cm砲弾のため既存の生産ラインを流用して亡命フランス艦隊専用に変更した。主砲の前部集中配置で空いている後部の15.2cm三連装砲が3基という副砲は全て廃止された代わりに10cm連装両用砲が6基追加される。これで両用砲は合計12基24門となって対艦も対空も卒なくこなせた。対空機銃はオチキス37mmをボフォース40mmにオチキス13.2mmはエリコン20mmに換装する。オチキス製は優れた機銃だがボフォースには及ばず、13.2mmは威力の問題からエリコンに変更された。もっとも、取り換えにより生じた余剰は予備機銃として保管されている。要は改装の計画を担った日本海軍が亡命フランス艦隊に配慮して当時最先端の武器を提供したわけだった。


 索敵面は艦橋に最新型の対艦及び対空レーダーを設置して巡洋艦に頼らず遠距離まで対応するが相変わらず信頼性に欠ける。したがって、従来の偵察用水上機を追加して肉眼の偵察能力も同時に高めた。レーダーは先進国であるイギリスと日本が共同研究を進めて大掛かりな陸上レーダー基地がイギリス本土と日本本土(後に領土にも)に建設され、日英と独の間で行われるバトル・オブ・ブリテンで絶大な威力を発揮する。しかし、それは大掛かりな基地規模でようやくであった。海軍の艦艇用に小型化した製品だと期待された性能を発揮できない。幾分かはマシになったが誤探知や故障は日常茶飯事の付き合いだ。


 その他は艦に対して非常に細々としているため省略するが、ただでさえ新鋭戦艦の名に恥じない性能を更に磨き上げたことは確実である。また、日本本土の呉では別枠として大改装が行われるダンケルク級戦艦2隻がいた。条約型戦艦の範囲で可能な限り現代に対応する大工事の終わりを待っている。ゆくゆくは『リシュリュー』『ジャンバール』『ダンケルク』『ストラスブール』の4隻でヨーロッパに戻り祖国フランスを奪還するため敵軍を打ち倒した。


「提督、あれは何ですか?私が知っているような艦では…」


「あぁ、なるほど。私も詳しいことは存じていない秘匿兵器ですよ。一応は軽空母と聞いております」


「装甲空母ですか?」


「いえ、海に沈む軽空母と」


「海に沈む?」


 遠方からで双眼鏡なしでは平べったい見た目としか分からずに軽空母かと思うしかない。ただ、長谷川提督の言葉を理解できなかった。沈む軽空母とは何を意味しているのかサッパリである。空母の防御力を知る試験艦や標的艦と表現してくれれば納得でき元より海に沈むことが前提の艦だ。しかし、秘匿兵器の単語が出てきた以上は実戦に投入される。


「これ以上は機密ですので、二木さんでもね」


「は、はぁ」


 所詮は政治と外交の畑を歩くため何にも分からずじまいだった。海に沈む軽空母とは矛盾の塊のため支離滅裂の四字熟語が適用されよう。


 これ以上は踏み込まないで退いた彼は自由フランス海軍との調整を考えた。


続く

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