第33話 臼砲に活路あり

北アフリカ戦線


 湧き上がる群衆を背にして異形な戦闘車両が鎮座している。


「流石に28cm砲となれば着弾時の迫力は他に引けを取りません。射程距離こそ野砲に劣りますが自分が動けばよく、本来は固定されなければならない大砲が動けることは何よりもの強みです。これと自走式ム砲が揃えば歩兵が大半を占めるイタリア軍をあっと言う間に殲滅できます」


「いくら何でも過大な評価と思うが、こうやって味方の士気を上げる点では妥当だろうな」


実地での試験の様子を興味深そうに眺めていたイギリス兵たちは興奮冷めやらぬ様子だった。実弾を使った試射は想像以上の迫力であり戦いが楽になりそうだと笑っている。


「ちっとは労ってくださいよ。補助装填装置を使った俺たち3人がかりでも2分かかります」


「まったくです」


「すまんすまん。だが、あの炸裂は堪らなくないか?」


 大型の戦闘車両では遠方の着弾地点で砂塵が吹き荒れる様子を愉快げに見届ける7人の兵士の姿があった。例に漏れずイギリス軍から援軍を求められて北アフリカ戦線に送られた組だが戦車隊とは別に分けられて運用する車両は常軌を逸している。縦長の車体に搭載された主砲は短砲身の大口径砲でありこれは間違いなく自走砲だ。しかし、その主砲が自走砲の範囲には収まらない規模で笑いが止まらない。会話で明かされているが驚くべきことに口径は28cmなのだ。陸軍からすれば28cmは固定される要塞砲に該当する。大口径砲が多い海軍でも巡洋戦艦以上の主砲クラスに限られて滅多に見られなかった。それが自走砲となっていることはあり得ないだろうが事実である。

 これは主砲に二十八糎臼砲を備えた自走砲だが臼砲は世界各国の主力である野砲及び榴弾砲に追いやられて立場がなかった。前込め式で大きく山なり弾道を描き射程距離が短い弱点が足を引っ張り殆ど使われていない。しかし、旧式のいわゆる「枯れた技術」のため製造は簡単だった。また、弱点である簡素な構造は大口径砲でも軽量に仕上げられる。したがって、大口径砲弾を撃ち出せる軽量な臼砲は機動力を付すべく自走砲に改造することで第一線級の戦力となった。実際に史実ではドイツ軍がシュトュルム・ティーガーという38cmロケット臼砲を搭載した突撃砲を開発し、10両少々しか生産されなかったが攻め入る連合国軍を一方的に粉砕したことが未だに語り継がれている。やはり、大口径に恥じない圧倒的な威力をぶつけられる点は未だに脅威で魅力的だった。


「そりゃ、まぁ最高の響きです」


「えぇ、苦労が報われる気がします」


「まさしくドカンと一発ってね」


 笑って拍手を送るしかない見学のイギリス兵を生んだのは試製二十八糎自走式臼砲である。まだ試作扱いで陸軍の制式採用を待つ段階であり具体的な名称は与えられなかった。しかし、最前線では防衛戦でも攻撃戦でも火力が欲せられて現地で細かな改良を行うことを前提に緊急的措置の一環として投入される。その主砲たる28cm砲は日露戦争で使われた旧式兵器だった。いくら何でもそのまま使うことは困難と判断された末に種別を臼砲に変更し、砲弾の発射方式を後述の試製三十三糎自走式臼砲と似たロケット発射式に切り替える。これによって本体へは最小限の改造を以て臼砲の弱点である曲射特有の射程距離の短さをロケット発射方式で延長した。


 そんな大口径臼砲を車載化するとなれば単純に大きな車体が必要となろう。大口径砲は本体に限らず巨大な弾薬を置いた。また、15cm以上の口径となれば装填手の人力に頼り切っては戦えない。ただでさえ体格で劣る日本人には酷なことだ。よって、簡易小型クレーンと弾薬トレー等々の補助装填装置が追加される。仰々しい装置が追加される以上は車体を新造するしかないと思われた。しかし、面白い兵器計画の噂を聞いたイギリス陸軍から思わぬ知恵を頂戴して再び改造で収めることに成功する。本車は車体に九五式中戦車チニ2両を前向き・後ろ向きで連結して十分な長さを確保していた。横の幅は変化なしでも縦に長くなれば主砲と補助装填機構をセットに置いて後方の装填手2名(+無線手1名)が装置の助力を得ながら装填作業を行える。弾薬庫も設けられているが10発少々が限界だ。なお、上方のスペースは天板の無いオープントップ式で解決している。ロケット臼砲は普通の大砲よりも高出力のガスを放出するため密閉式戦闘室だと内部の人員が蝕まれる恐れがあった。そこで常に排気機能が働くオープントップ式を採用する。開放されてさえいればガスは離散したが悪天候に弱い弱点があるため幌を張り悪天候を遮った。ガス放出以外にも面倒な装填作業に広々としたスペースがあると楽だったり、補給作業を行う際に簡易小型クレーンが弾薬運搬車から迅速な作業を行えたりと利点が多い。もちろん、防御力が皆無という致命が存在するが原則として直接に敵と相対しない戦い方のため実質的に打ち消した。


 単騎の自車が持てる弾薬の少なさから来る継続的な戦闘力の低さを補うことは運用で補っている。余程の危険でない限りはハーフトラック又は各種自走砲用の弾薬運搬車が追従して臨機応変に対応した。武器運搬車も完全新規で開発されて大量生産されているが戦線が伸び切り各地で不足が見受けられる。やむを得ず、急ごしらえの軽戦車及び中戦車が自身の砲塔を取っ払った簡易的な輸送車が作られた。


 そうして既に怪物じみた自走砲が前線に姿を見せる。しかし、これ以上の化け物が存在してしまった。


「こいつより危険な車両が『自走式ム砲』ってのもおかしな名前じゃないですかね」


「まぁ、そうかもしれんが仕方ないだろう。そう言わないと通じない」


「いやいや、ム砲だからこそ可能なことがありますよ。そこら辺の榴弾砲よりも素早く展開して大威力の砲弾を降らせることが可能な桁違いです。敵が予想していない奇襲で破壊的な一撃を撃ち込める。あれは使い方次第では私たちよりも強力になります」


「よくもまぁ、あんな兵器を思いつくものだな」


 一回り口径が大きな自走式臼砲が存在する。ただし、主砲の発射方式からしてどの砲にも振り分けられない日本独自の秘密兵器だった。史実でも使用され噴進弾と共に連合国軍を恐怖のどん底に陥れている。大口径相応の大威力を誇る割にどころか機械化された野砲・榴弾砲よりも更に機動力に富んでいた。


 本名は試製三十三糎自走式臼砲なのだが兵士は専ら自走式ム砲と呼称する。ム砲とは主砲の九八式臼砲を指し独自にして独特の発射方式を示した。ム砲の33cm弾は広義のロケット砲又は迫撃砲とする。迫撃砲のように砲弾は先込め式だがロケット砲のように砲身を持たず弾が剥き出しに状態で撃ち出された。精度に直結する安定性を確保するために砲弾は十字の翼がつけられ曲射だが意外と高い精度を発揮する。言葉にするとこれが限界のため各自で調べてもらいたいが、砲身を持たずにロケットで撃ち出すため驚くべき簡素化が突き詰められた。その結果として木製の台座と鉄又は木の発射用の筒だけで使用できる。もっと言えば、弾だけ持参して砲本体は現地調達することが可能だった。この簡素化から過酷な上陸作戦から山岳・密林でも簡単に持ち運べる機動力の高さを誇ったが相応に弱点も大きいため原則として奇襲作戦の時に用いられる。その弱点とは射程距離の短さで先述のロケット臼砲よりも短く最長でも1200mまでしか届かなった。


 このような簡素を極めた設計・構造から自走砲への改造はあっという間で完了する。安心と信頼のオープントップ式に専用の可動式台座と金属製発射筒を備え、砲弾は装填手2名(+暇な搭乗員)が完全なる人力で装填作業を担った。こちらは特殊な装置を必要としないため車体はチニ1両で足りる。もっとも、口径が更に大きいため弾は10以上を運べず先述の運搬車が追従した。


「上の狙いは大口径の大砲に機動力を付与することにある。奴らに目に物見せてやってアフリカ観光と洒落込む」


野砲と榴弾砲に押されて退場しつつある臼砲は予想外の活路を見出して不死鳥の如く旧式兵器が復活を遂げている。


続く

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