第32話 日英共同新兵器計画

 フランスが陥落してヨーロッパの大陸に拠点をほぼ失ったイギリスとフランスを主とする連合国は反攻作戦計画を幾つか立案している。イギリスに亡命した自由フランス・オランダ・ベルギー・ポーランドなど各国は祖国奪還に燃えたが現実は非情だ。局地的な反攻こそ見られたが微々たる範囲に収まって全体的には防戦一方である。ドイツ軍とイタリア軍の戦力を分散させるためにもイギリスを拠点にしてフランスへの上陸作戦が提案されるが大きな障害が存在して実行は極めて難しいと判断された。それは上陸に適した砂浜の海岸線に強固なコンクリートの防御壁が建設されたことだろう。


 嘗てはイギリス軍及びフランス軍の大撤退作戦が行われたフランス北東部のカレーやダンケルクはドイツが直轄で管理した。ここらを占領したドイツは捕虜を動員した非道な人海戦術を以て堅牢なコンクリートの壁を建設し上陸に備える。波から守るような堤防ではなく爆弾や砲弾の直撃に耐える特注品をずらりと一直線に並べた。この壁を押し立てて上陸支援の艦砲射撃や航空爆撃を無効化し、舟艇から砂浜に降り立った敵兵を一方的に薙ぎ払うのである。上陸側としてはコンクリートの壁を突破しなければ大兵力を内陸部に進めさせられなかった。かと言って、生半可な攻撃ではコンクリート防護壁を破壊できない。航空戦力は内陸の敵空軍基地や防衛線の爆撃に割かれて、艦砲射撃も内陸部への砲撃に一定数が割かれて弾にも限界が存在した。友軍の支援に頼らず自力で突破する新兵器が要求されると日英同盟に則り技術交流が盛んだったイギリスと日本で共同しての新兵器開発計画が持ち上がる。


「最低でも1トンの爆薬が詰まった爆雷を車輪で挟みロケットでぶん回すことは理解できる。だが、どうしても姿勢制御が必要なんだ。コストダウンのために簡素化を突き詰めることは重要だがマトモに動かなければ意味が無いだろうよ」


「そうは言うが、肝心のジャイロ装置が完成していない。それにジャイロ装置があっても完全に機能するか読めなかった。それならば、ロケットの出力を強化した上で更に数を増やすべきである」


「それこそ、ロケットは使えた物じゃない。やたらめったに撃てるロケット砲の砲撃には無問題でも、一定の精密が求められる陸上爆弾には安定性が必要で…」


(やはり、これは無理じゃないかなぁ)


 研究室の中で激論を繰り広げるはイギリス軍と日本軍の技術系軍人だった。どちらも一癖も二癖もある理系のため毎日のように衝突している。しかし、衝突はお互いの魂を馬鹿正直に吐き出した結果であり、実際はお互いに尊敬し合う極めて良好な関係が結ばれた。とことん議論を突き詰めて完成度の高い新兵器を世に送り出そうと頭を働かせる。彼らの共通認識は「前線の兵士に良い兵器を一秒でも早く届けること」だ。安全な日本の地で拳銃すら持たない自分達は持ち前の頭脳をフル回転させなければならない。


 とても立派な心掛けだが机に広げられた設計図を注視すると閉口せざるを得なかった。


「パンジャンドラムを今か今かと前線の友は待っている! ここで停滞する暇はない!」


 設計図にも書かれてイギリス兵からも放たれた名は『パンジャンドラム』だ。当然ながら正式名称なわけがなく、あくまでも彼らが勝手に付けた通称である。パンジャンドラムは外国の詩から取られており、真っ当に意味を理解している者は名付け親しかいなかったが変に堅い名前を付けるよりはマシと思われた。


 設計図にあるパンジャンドラムは巨大な「車輪」に見えてしまう。別に言い換えれば縫い物で使う糸を纏めた「ボビン」ともなった。片方に固定せず分かり易い方で想像してもらいたいが、巨大車輪/巨大ボビンがれっきとした兵器と断言されても常人は困惑するしかないだろう。おそらく回転して移動することは分かったがどうやって推進力を得るのかという疑問が湧き上がった。これに対する答えはロケットモーターで自走する。ロケット自体は既に広く普及して実際に兵器として簡易的なロケット弾が戦争に投入されていた。日本軍は陸軍と海軍が独自のロケット兵器を開発し多方面で使用しているため知らぬ者は誰一人として存在しない。


 ここまで来ればご理解いただけた。史実でもイギリスの珍兵器として有名なパンジャンドラムに間違いない。使い方もフランス奪還に支障となるコンクリート壁を破壊するためで今世だと開発開始が数年早いだけだった。それ以外に特段の狂いはないが細かい事は各自で調べていただきたい。


「その、パンジャンドラムが走るのは砂地ですよね?」


「そうなる。上陸部隊の前に投入されるはずだ」


「でしたら、柔らかい砂地に嵌ってしまいます。仮にロケットが強化されてもジャイロ装置を得ても真っすぐ走りませんよ。最悪は自分勝手に動いた末に反転して発射する舟艇に戻ってくる危険性があって」


「むぅ…どうするべきか」


「はい、そこでですが、私はレールを敷いてはどうかと思いました。先んじて戦闘工兵が上陸して砂地の上に大きくて幅が広い鉄板を置きます。それから鉄板の上にレールを敷設することでパンジャンドラムが道を外れないよう誘導する。とにかく、レールを敷けば真っすぐ進んでくれる」


 史実のパンジャンドラムは数え切れない欠点を抱えた。その中でも致命的なのは真っすぐ進まないこと。爆薬だけで1tを超える超重量の巨体をロケットだけで直線を走らせることは不可能だった。姿勢制御装置としてジャイロ装置を加えることが考案されたが、そのジャイロ装置にも限界があって無いよりはマシ程度と指摘されている。ロケット自体を強化して持ち前の大出力パワーで強引に引っ張ると返したが暖簾に腕押しが叩きつけられた。


 今世でも改善案が多数出されたが正直なところ期待できない。というのも、使う場所が柔らかい砂浜のため肝心の車輪が空転したり沈み込んだり等々の問題が生じる可能性があった。人間ですら砂浜にて全速力で走ろうとすればすってんころりんと転ぶ。最初から安定しないロケットで超重量の巨体を全速で動かせばあっという間に横転するに違いなかった。


 何をどうしても無理なのかと諦める前に思わぬ助け舟が出される。


「レールか、いや、なるほど」


「鉄道の要領で誘導する仕組みならば確実性は高まる。想定される速度は時速100キロだから鉄道部の助力さえ得られれば専用のレール開発は可能だな。パンジャンドラムが走る際に鉄板がズレる恐れがあっても、鉄板の下に布地を張ればズレ防止になるだろうしで十分にあり得るぞ」


「そうと来たら即行動に移すべき。ちょっと計算するぞ」


 改善案は主に二つの段階に分けられた。第一段階は柔らかい砂浜の上に布地と鉄板を敷いて滑りと沈み込みを防ぐことである。第二段階はその上に誘導用のレールを敷設し車輪に沿わせることで逸脱を防止した。なるほど、これなら真っすぐ走らせることが可能かもしれない。もちろん、ロケットモーターの出力強化と姿勢制御用ジャイロ装置の搭載は必須で変わりなかった。


「どうだ、行けそうじゃないか?」


「あぁ、これなら行けるぞ!」


「私は鉄道省に知り合いがいるので、早速ですが連絡を取り調整を図ります」


 はてさて、稀代の珍兵器『パンジャンドラム』が実戦に姿を現すのか全く不明である。ただし、この兵器の存在が後に大きな献身を遂げることは確実視した。なぜなら史実でも情報戦の一環として上陸地点の欺瞞作戦に使われドイツ軍に上陸地点を誤認させることに成功している。


 とは言え、今世では本来の目的通りに使われることを祈りたかった。


 珍兵器とは呼ばせない。


続く

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