第31話 水上攻撃機『海星』

11月


 戦況は何ら変わらなかった。フランスとイギリスの間にある海峡では相も変わらずドイツ空軍とイギリス空軍が死闘を繰り広げ、常に移動する空母機動部隊がカウンター爆撃を行う。北アフリカではイタリア軍とイギリス軍が小規模な戦闘を繰り返してイタリア軍が攻めればイギリス守備隊は退いて、イタリア軍が退けばイギリス守備隊は反攻しての動きが繰り返される堂々巡りだった。


 この硬直した状況を打破するべくイギリス海軍は地中海のイタリア海軍の殲滅に打って出る。最前線で激烈な戦闘が続くマルタ島への補給路を維持するためにも主力級の戦艦及び重巡を撃破したかった。作戦の立案に伴って地中海へ新鋭空母イラストリアスをアレクサンドリアに派遣している。現地には地中海艦隊の空母イーグルがいて空母2隻によるタラント空襲を狙った。しかし、運の悪いことにイラストリアスは新鋭のためか訓練中に火災を起こして復旧が足を引っ張り実行は1ヶ月の遅延を余儀なくされ、空母イーグルも大規模な事故を起こして運用不可に追い込まれる。軽傷で済んだイラストリアスしか使える空母が無くて航空戦力は不足を生じた。実は新鋭空母イラストリアスは排水量が2万を超える大型空母で先進的な装甲飛行甲板の採用によって空母としては重防御を実現している。しかし、代償に搭載機数が他より半分と少なかった。40機にも満たない機数で大拠点を空襲することは現実的でないだろ。しかも、艦戦と艦攻を合わせた機数のため敵艦を攻撃できる機体はすり減った。


 そこでイギリス海軍はまたもや日本海軍に助力を求める。地中海の制海権と制空権が部分的にでも確保されているため、日本海軍はアレクサンドリアとクレタ島に拠点を置いていた。当初は小型艦のみの水雷戦隊が留まるだけに過ぎなかったが現在は増援が継続して送り込まれて最近は高速打撃艦隊が派遣されるが生憎マルタ島への輸送作戦支援に駆り出されて余裕を持てない。再び要請を受けた日本海軍は手持ちが少なくて困った。ただし、幸いなことにちょうどクレタ島に配備された新型機があり奇想天外な攻撃を提示する。返答を受け取ったイギリス軍は仰天したが「面白い」と笑って共同作戦の準備を進めていった。


 そして11月11日の夕暮れ時にクレタ島から15機の大型機が出撃するまでに至る。


「イタリアも先進国として多くの航空機を生み出したが、まさかこんな機体があるとは思わんだろうなぁ」


「イタリアの爆撃機は三発機で驚いた分をお返しするってわけでして」


「あぁ、こっちは四発でもあり双発機でもある水上攻撃機というな」


 マルタ島を発したのは大型水上機である。胴体がフロートの役割を持たない葉巻型を有した代わりに翼と一体の流線型が意識された2本のフロートを提げた。これだけならば戦間期に開発された水上機として一定の理解を得られるが問題はエンジンが特殊な配置をしている。左右の翼に対して1基ずつ2基の双発機だと正面に限れば見えるのに対し、左右関係なく側面から見ると驚くべきことに2基ずつ計4基の四発機と見えてしまった。もちろん、見間違いや錯覚でも何でもない事実である。


 種明かしをすれば本機はプッシュプル式を採用した。プッシュとプルが並列している通りであり前向きにエンジンが置かれる一般的な『牽引式』と後ろ向きにエンジンが置かれる特異的な『推進式』が主翼を挟み設けられる。連結しているわけではなかった。この方式は史実で採用された機体が少ないことより欠陥だらけと思われたかもしれない。いいや、実はそんなことはなく実戦投入された機体が存在した。


 それは前大戦時にフランス空軍で初めての重爆として開発されたF.222がある。プッシュプル式を採用した四発重爆として爆撃任務を遂行し、なんと第二次世界大戦でも一定数が爆撃や哨戒の任務に投入された。今世では日本は重爆を開発する際にフランス機を参考にしてF.222も実物が持ち込まれると研究の対象となったが大馬力エンジンの開発の目途が経ったことで戦略爆撃機としての採用は流れている。しかし、水上攻撃機が持ち上がった際に1000馬力級しかなかった当時の情勢からプッシュプル式が推されて実現した。プッシュプル式の強みは意外と堅実な設計ながら前後の組み合わせで効率的な大出力を発揮できることだろう。エンジン2基が前後に置かれるため単純計算で2倍の馬力を生み出し、それぞれ逆方向にプロペラを回転させることで反作用トルクを打ち消した。要は二重反転プロペラの効果が得られている。もっとも、単にエンジンを前後に置くだけのため二重反転プロペラよりも簡単で整備性は悪くなかった。


 改めるが大馬力エンジンが無かった時の苦肉の策である。


「タラントに停泊するイタリア海軍の戦艦を食らうって話ですから月火水木金金の成果が見込めます。お腹にしまった魚雷をぶち当ててやろうと」


「その意気込みだ。我々は世界を引き離す存在で誰も追いつけない、いや追い付かせない航空隊である。その自慢を胸に秘めてイタリア海軍の戦艦を片っ端から撃沈するのだから気は引き締めてかかれ」


「海星の性能があれば敵戦艦なんぞ鉄の塊に過ぎませんよ。艦上攻撃機だったり、陸攻だったりがありますが水上機で神出鬼没の攻撃が可能な海星には勝てません」


「かもしれん。だが、速度や機動性は劣っている。自負することは大切だが自惚れすぎるな」


 今更だが本機は『海星』と呼ばれる。島国のため水上機を志向して開発を続けた日本は経験から培った技術と奇想天外な発想を注ぎ込んだ水上攻撃機だ。葉巻型の胴体はフロートの役割を持たないため爆弾槽の機能が与えられ、後述の合計4000馬力により最大で1t爆弾1発か1t航空魚雷1発を携行できる。今回はタラントに停泊するイタリア戦艦を雷撃する任務のため航空魚雷を選択した。この魚雷は艦上攻撃機用の800kg級よりも大型のため一撃の破壊力は圧倒的と言えよう。


 そして、話題のエンジンは中島製『二光』を搭載したが最大の1300馬力では過大であり燃費が悪いため常時は1000馬力に抑えた。それでも四発のため4000馬力を叩き出して無駄を省く効率化により数値以上のパワーを得ており最速は520km/hを誇る。重くて大きなフロートを持つ割に高速なのは開発した川西が培った水上機の技術が大きかった。当初から水上機を専門にして重爆に匹敵する九七式大艇を開発した世界最高峰の高い技術力は高速水上攻撃機を作り上げている。もちろん、合同する中島社が重爆開発の経験を注入して完成度を底上げしてポテンシャル以上の性能を引き出した。具体的には機体を構成する材質として零戦で実績がある超々ジュラルミンを採用し、且つ重爆で採られた波板構造を組み合わせることで軽量ながら頑丈を両立させ水上機の弱点である低速を克服する。なお、腐食の対策として特殊な防水塗料が丁寧に塗られた。


「防御銃座も後部の連装式12.7mmが1基だけだから奇襲を徹底する。イギリス海軍の空母より攻撃機が出て我々のために陽動を行ってくれた。照明弾を投下して闇夜に敵艦を浮かび上がらせ、手身近な目標に雷撃することでイタリア軍の意識を無理やり奪う。贅沢な支援を無碍にしては日英同盟が廃るぞ」


 そう日英海軍の共同であることを忘れないで欲しかった。イギリス艦隊の空母イラストリアスからソードフィッシュ隊が出撃し夜間雷撃のため一部は照明弾を投下して敵艦を照らし、残りが航空魚雷の肉迫雷撃を行い停泊するイタリア艦の注意を可能な限り引いてくれるらしい。彼らの陽動を糧にして海星隊は防空の穴を突いて必殺の雷撃を仕掛けるのだ。


 海星は水上機のため本格的な爆撃機に比べて速度は劣り防御銃座も後部の連装12.7mm機銃だけ貧弱が否めない。対空砲火はともかく敵戦闘機から迎撃を受ければひとたまりもなかった。だからこそ、イギリス海軍が陽動を仕掛けて海星は奇襲を行う。水上機で海を滑走路とするから可能な意識外からの奇襲を心がければならなかった。


 果たして、彼らの奇襲は成功するのか否か皆様はどう思われただろうか。


続く

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