第30話 高速戦艦未だ現役

10月


 セイロン島から暫くしたところに高速打撃艦隊があった。旗には旭日旗とユニオンジャックの両方が掲げるからして30年以上も続いた日英同盟を誇っている。しかも、旗を上げた艦も日英の絆を標榜する老齢の戦艦だった。日本海軍は海軍軍縮条約を守る建前で戦艦を廃艦に見せかけた空母改造で多く消費し、且つ計画された八八艦隊や超々弩級戦艦の資材を流用して数は減っている。そして、現存する艦は金剛型と長門型の2種で計6隻のみで迫力に欠けてしまった。しかし、代償に得たのが大型空母で構成される四四艦隊と新鋭空母機動部隊である。見方は人それぞれだろうが代償に十分な戦果を得た。


 かくして、残った戦艦の中で老齢艦と聞けば必然的に金剛型に絞られる。金剛型は明治期の戦艦でありイギリス方式で建造された。それが未だに日本海軍で大改装を繰り返して現役を務めていることはとても喜ばしい。比較的に新しい扶桑型や伊勢型は空母改造されたのに対して古い金剛型が残った。金剛型は嘗ての巡洋戦艦として建造されて現在は(高速)戦艦に変更されている。1935年から1939年初頭にかけて大規模な近代化改修が施された際に変更されたが、機関を仮称大和型で用意した大出力機関に換装したことにより最速33ノットを発揮した。日本海軍の主力級空母は最低でも30ノットを出すように設計されているため空母の護衛に丁度良い。空母に大変身を遂げた扶桑型及び伊勢型は25ノットの低速に加えて欠陥が散りばめられた36cm砲12門の扱い辛さが露呈したことが致命的と言えた。


 もっとも、近代化改修は単に速力を増しただけで終わらない。


「マダガスカル島よりドイツ海軍の仮装巡洋艦が確認されたと忠告が入りました」


「この高速打撃艦隊には抗えないと思うが注意するに越したことはないだろう。護衛艦は十分に警戒するように」


「それでは零観を飛ばしてみるのはいかがでしょうか」


「名案だな。直ちに零観を発艦させよ」


 高速打撃艦隊は金剛型戦艦4隻と航空巡洋艦利根型4隻からなる。高速打撃艦隊というだけはあり金剛型に合わせた最速33ノットで各地へ赴いて艦砲射撃を主とし戦った。足が短い駆逐艦や軽巡を持たないため航空巡洋艦4隻の索敵能力で補う。航空巡洋艦は条約型を纏った最上型に始まり後継の利根型が建造され、直近に竣工して習熟を重ねる完成形の黒部型が存在した。黒部型も4隻の建造でこの後は計画段階のためまだ建造に入っていない。


「相手が仮装巡洋艦なのは寂しい限りです。せっかく対空兵装を増設しましたから敵機とやり合いませんと」


「そうはいっても、戦艦は航空兵力の前には逃げ惑って回避することしかできない。演習で思い知らされたことだ」


「確かに、あの航空雷撃と急降下爆撃には味方でも肝を冷やしました」


 近代化改修は速力向上と対空兵装の充実化がメインを務めた。自軍が航空主兵に舵を切った以上は既存艦艇も対応する必要があり、老齢でも戦艦のため余裕がある金剛型は4年がかりで対空兵装を換装又は増設する。副砲と対空砲は全て単装10cm高角(両用)砲に換装しており機銃はヴィッカース40mm十二連装、八連装、四連装と3種のポンポン砲を置いた。それでも空いた艦橋などには補助用として連装と単装のブローニング12.7mmか7.7mmで埋める。圧倒的な対空兵装を押し付けて迫る敵機をバタバタ撃墜するが、所詮は戦艦のため高速と雖も小型艦に比べれば回避機動は重くて限りなく実戦に近い訓練を行った際は撃沈判定を貰った。基本的には航空巡洋艦や防空艦の護衛を得て対空戦闘に挑むべきである。


 しかし、ここで疑問を持たれた。40mm機関砲がボフォースではないことに気づいただろうか。日本はイギリスを経由してボフォース社の40mm機関砲のライセンス生産権と自由な改造権を得て陸海軍問わず配備させていた。ならば金剛型にも置くべきだろうがボフォース40mmは高性能相応に高価で生産性に乏しい。史実での大々的な使用はアメリカの馬鹿げた国力だから可能な大量生産だった。今世の日本は世界恐慌の影響を最小限に抑えてフラン(旧植民地含め)=スターリング(高度な自治領含め)=円(中華民国含め)の大規模ブロック経済で軍需産業を強化することに成功する。そして、早くからライセンス生産を開始してコツコツ積み上げて賄った。しかし、二度目の世界大戦が差し迫った際には不足が否めない。よって、中継ぎ投手として親友であるヴィッカース社から40mmポンポン砲を権利丸ごと買い取って独自改良し搭載した。


 ポンポン砲は前大戦から存在する古き良き対空兵装である。その性能はボフォースに大きく劣りイギリス軍は早々に見限った。日本海軍から売却の打診を受けると即座に快諾して万を超える弾薬まで全部を言い値の破格で提供している。どうして旧式を敢えて使うのかと疑念を持たれて当然だが意外と活路は見いだせた。


 実はボフォース40mmはとても重い。どっしりとした戦艦では余裕で載せられるが重いと多方面大変な面倒を生んだ。一転してポンポン砲は四連装式でも軽い強みがある。低弾速という弱点があっても十二連装や八連装にまで強化して40mm弾の数で包み込んだ。更には日本で独自の改良を加えることでネックだった信頼性を向上させて実戦に耐えるようにし、持ち前の圧倒的な40mm弾の投射量で撃墜よりかはプレッシャーを与えて弾を外させることに重点が置かれている。


「零観が出ます」


「零観か。艦長はどう思う?」


「究極の水上機だと思います。複葉の水上機ですから鈍足は否定しませんが零戦以上の運動性能を有し、相手が高速の戦闘機では急旋回で翻弄すれば勝手に自滅してくれます」


「それだけ動けば失速しそうだが」


「いえ、私は零戦との模擬戦を見たことがあります。その際に零観は何度急旋回しても失速しませんでした。おそらく時速は300を切っていましたが何ら支障なくクルクル動き回り、零戦は速度を絞り切れずに逃げられております故メッサーシュミットが相手ならば余裕と言えましょう」


「ほう、それほどまでとは」


 利根型からカタパルトで打ち出されるは零式水上観測機と見えた。三菱が開発した水上機でありカタログ上の数値は弱々しいが、あくまでも複葉の水上機であることを鑑みればやむを得ない。しかし、カタログが物を言う世界ではなかった。零観は史実でも究極の水上機として名を馳せた傑作機だろうに。弾着観測を行う専用機のはずだがあまりにも総合性能が高いためエースが駆った際はヘルキャットでさえ苦戦し撃墜された。本機の図抜けた安定性と格闘性という明確な強みと鈍足という弱点が上手い事噛み合っている。


 大きなフロートに複葉では頑張っても高速は得られずに頑張っても370km/hが限界とされた。普通に考えれば遅過ぎてあっという間に撃墜されそうだが遅過ぎるからこそ手強いのである。ドイツ空軍の主力機メッサーシュミットは最高速が600km/hを超えるため彼我の速度差があり過ぎて掴み切れなかった。いわゆるオーバーシュートして背後を取られかねない。もちろん、速度差を活かして引き離せばよいが撃墜できなければ戦果はゼロだ。意地になって無理矢理食らい付こうと試みればライバル機の零戦を上回る機動性に翻弄されかねず、それでも諦めないで追従すれば失速してフラフラとなり安定して飛ぶ零観からカウンターを貰うだろう。


 なお、今回は敵艦が仮装巡洋艦と警告が入ったため敵機はアラド水上機と予想された。水上機同士の戦いとなればパイロットの技量が勝敗を分ける。しかし、日本海軍の水上機乗りは夜間飛行が可能な程に鍛え抜かれた精鋭のため簡単にはやられなかった。むしろ積極的に勝負を挑んで仮装巡洋艦の目を奪う。中立国船を装った仮装巡洋艦は厄介極まりなく商船を襲われては堪らず、特に日本は島国のためシーレーン防衛は最優先に尽きた。


「地中海まで安全に航海を楽しみたいものだ」


 マルタ島の危機に際して緊急的に組織された高速打撃艦隊は増援として地中海を目標に航海を続ける。地中海には精鋭水雷戦隊が展開したが対地攻撃には向かないため、強大な戦艦と航空巡洋艦が艦砲射撃を派遣してイタリアとドイツの基地を叩いた。


 世界最強海軍の老齢艦を侮る事なかれ。


続く

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