第29話 Uボート封じるは旧式の矜持

10月


 フランス降伏によって猛威を振るうUボートの通商破壊は激しさを増している。わざわざバルト海の本国基地を使わなくてもフランスの基地を拠点にして新型Uボートが北大西洋から南大西洋まで幅広く展開した。そして、イギリスの暗号を解読して輸送船団を絶好のポイントに先回りして待ち伏せ一挙に殲滅する雷撃でイギリスは孤立無援になりかける。イギリス海峡に駆逐艦を置きたいためUボート対策に戦力を割けず、日本海軍も働くがイギリス海峡とドーバー海峡を主とした都合で大西洋には赴けなかった。また、イギリスから要請が入ってもアメリカが横やりを入れて活動できない。日本は無用な衝突を避けるため無理に大西洋には出ないで自前の輸送船団を護衛する個別的な自衛に留めた。


 しかし、十分な数のUボートの数が揃うとドイツ海軍は補給潜水艦を用いた行動範囲拡大によりインド洋まで進出している。紅海を目指す輸送船が雷撃させる事件が発生し海上護衛総隊は警戒態勢を最大に引き上げて対応した。インドを拠点にして旧式駆逐艦や軽巡、量産型海防艦がUボート狩りを担うが切り札たる航空戦力を投入する。


「発艦始めぇ!」


 見た目は軽空母から旧型の複葉機がゆっくりと離陸した。とっくに旧式化した九六式艦爆が飛び立つが第一線では一切見られない。基本的に新兵の急降下爆撃の訓練で使われて生産は工場を中国に移した上で継続された。中華民国空軍でも新兵用の訓練機として採用されて縁の下の力持ちとして働き続けるがよもやインド洋で飛ぶとは思わないだろう。


「低空飛行の対潜哨戒を始める。海面に変な姿があれば直ぐに報告しろ」


「はい!」


 パイロットは熟練され尽くしたベテランだが後部の兵士は見るからに若かった。海上護衛総隊の航空戦力はベテランと新兵に二分されている。ベテランは優れた腕を持つが年齢や体力の問題で最前線で耐えられないと判断された。よって、専ら新兵を叩き上げる教官を務める。後部の新兵は最近になって一通りの訓練を終えた経験の浅いヒヨッコ達だ。海上護衛総隊の軽空母で空母に慣れるだけでなく対潜警戒で実戦を経ることで短期間の促成を目指している。ここで一定期間の実戦という研修を受けてから栄えある機動部隊の航空兵になった。


 ベテラン機長は扱い慣れた九六式艦爆を自分の手足のように動かす。複葉機のため総合性能は主力機に大きく劣るが抜群の操縦性と安定性は健在だった。頑丈で信頼できる旧型機は対潜警戒に限れば十分に活躍できる。いくら鈍足でも潜水艦のドン亀よりかは遥かに速く、敵潜水艦が逃げに入っても簡単に追いついて攻撃できた。航続距離の短さは出力を絞った低燃費飛行で補えて遠距離までは向かわず、一定範囲を哨戒飛行するため燃料が無くなったら母艦に戻ればよい。


「質問が」


「なんだ?」


「六番で敵潜を撃沈できるものなのでしょうか」


「時と場合によるとしか言えんな。潜水艦が脆弱な艦だとは知っているな?」


「はい。機銃掃射を受けるだけで潜航が不可能になると」


「そうだ。軽い機銃掃射で潜航が不可能となる身体ならば対潜爆弾の一撃でも致命傷になる。しかし、たった2発だけで小型では威力に期待できない。僅かでも逸れたらかすり傷すら与えられない。要は直撃させれば撃沈できるが少しでも外せばスカというわけだ」


「ありがとうございます」


「当てても、外しても、どちらにせよだ。発煙筒を投げて海防艦に位置を知らせる。そして、味方が迫撃砲と爆雷で仕留めてくれるんだ。俺達は敵潜水艦を見つけることが仕事なことを忘れるなよ」


 九六式艦爆は最大で250kg爆弾を携行可能だが主力の九九式艦爆は500kg爆弾を投下できるため攻撃力は半分だ。また、航続距離が著しく減るため対潜警戒で25番は使わず感圧信管の60kg爆弾こと通称6番を2発携行する。陸用爆弾を基にして感圧信管など対潜爆弾に改修して開発されたが所詮は小型爆弾だった。有効範囲は爆雷よりも狭くて限界深度も浅い。非力な水上機や旧式機でも満足に扱える対潜兵器として欠点が多くても重用された。


 とは言え、低威力は覆せない。少し外れたら敢無くノーダメージで終わった。母艦に戻って補給を受ける手間をかける時間はない。当てても外しても関係なく発煙筒を投下し味方の海防艦に大まかな位置を共有した。味方機が急降下爆撃している光景で察して急行してくれるため発煙筒で位置を伝えれば迫撃砲か爆雷で仕留めてくれる。


「別に誤認したっていいんだ。見逃さないことが一番重要だから誰も叱責せんぞ」


「はい、存分に目を光らせます」


 Uボートの脅威は知られているため警戒は最大級であり常にヒリヒリした空気が漂った。その中で流木などのゴミを潜望鏡と誤認すれば責められようが誰も責めないのである。僅かな違和感を見逃さずに指摘するだけで素晴らしい功績と称えた。叱責すれば罪悪感の重荷を背負わされて無駄に石橋を叩こうとし攻撃の機会を逃す。それで雷撃を許しては本末転倒となった。よって、何でもかんでも積極的に報告することが奨励される。仮に誤認のスカで終わっても敵潜水艦が付近にいれば捕捉されたと勘違いして攻撃を諦める可能性がある以上は消極的よりも積極的が好ましかった。


 他の九六式艦爆も悠々と対潜哨戒飛行を行って平和な空気が混じる。護衛空母という量産型軽空母でも小さな複葉機は積み込みが利いて艦爆と艦攻を合計して35機が搭載された。軽空母の割に意外と数が多いのは機体の工夫が大きい。主力機全てに通ずる工夫として主翼折り畳み式が存在した。主力機の前身である旧式機はイギリスのフェアリー社から協力を受け、主翼の半分を後部に折り畳む機構が後期型から追加される。これのおかげで主力機でも積み込みが利いて新造の中型空母でも60機を大型空母では80機に迫る数を格納した。


 彼らの母艦である護衛空母は個別の艦名を持たない。1番、2番など数字で区別されるが大量建造で30以上も投入されることが予想されるからだ。逐一名前を付けている余裕がない嬉しい事情と言える。なお、護衛空母自体は史実のアメリカを倣った簡素な軽空母だ。鳳翔と龍驤でノウハウを得た日本海軍が新しく設計したが基本的な思想は「簡素で早く建造する」のため、新造にもかかわらず総合性能は商船改造空母と同等で最前線の運用には耐えない。旧式機を運用する必要最小限しかないため主力機を満足に扱えないが、搭載して運搬するぐらいならば可能なため暇な艦は輸送艦として活動した。


 視点を戻すと後部座席の若い兵が眉を顰めているではないか。海面を凝視する先にほんの少しだけ揺れが変に見えた。海が揺れてキラキラしていることは美しさを感じるがこれは自然に反している。自然の調和を乱すのは人の所業に違いなかった。航空兵の必須条件である優れた視力は突き出す潜望鏡を逃さない。


「潜望鏡らしき影あり! 本機の直下であります!」


「よし! すぐに急降下爆撃を行う!」


 低高度を飛行していたため一旦高度を取り直してから急降下爆撃に移った。足が遅い旧式機のため安定して正確な投下を可能にしている。ずば抜けた安定性は爆撃の精度を高めてくれ威力に難がある対潜六番を補った。爆弾は感圧信管を深度30に設定した都合で直ちに爆発することはなく少し待たなければならない。水平飛行に戻って発煙筒も投下した九六式艦爆は波紋が残る海面をジッと見つめて爆発を確認した。


「どうだ…」


「油が浮かんでいます! 敵潜水艦は損傷!」


「よっしゃ! 後は海防艦に任せる」


 水柱が立ってから十秒程度待っていると海面に油が浮かぶ。ご存知の通り油と水は混じらなかった。そして、油が漏れているということは燃料タンクが破損した事を意味し、同時に外殻にヒビが入ったことも意味して急速潜航が不可能なことを知らせる。損傷状態で急速潜航なんてしてみれば自滅にまっしぐらであり、イチかバチかを試すような魂胆は有していなかった。


 現場に急行した量産型海防艦3隻が飽和爆雷攻撃を開始する。日本各地で大量生産する量産型のため小型だが砲を減らして爆雷を増やした。複数隻固まって爆雷投射を仕掛けて爆雷の数で押しつぶす。新型爆雷ではなくて在庫整理で九五式爆雷が投げられた。とにかく数でつぶす戦法のため古くても問題なかろう。


「おうおう、すごい水柱だが見逃すなよ」


「任せてください」


 大量の爆雷が連続して炸裂すると水柱がギザギザに立った。敵潜水艦を挟み撃ちにする投下が生む光景は壮大だ。損傷した潜水艦が逃げられるはずがなく一際大きな水柱が立って海面には残骸らしき鉄がプカプカ浮いている。


「撃沈確実だ。あれだけ外殻が剥がされたら水圧で圧壊するだろう。報告してくれ」


「はい、敵潜水艦1隻の撃沈確実。送ります」


 爆雷攻撃によって外殻を剥がされた潜水艦に生存のチャンスは一切与えられなかった。仮に艦を保っても浮上できず沈降するだけで許容深度を超えた瞬間に押しつぶされる。潜水艦は圧倒的なイニシアチブを有する反面に脱出は絶対にできない艦なのだ。


 こうしてUボートは航空戦力の前に為す術なく沈んでいく。大西洋を外れたら日本海軍がいるため死の海域と呼んでUボート乗りは一様に恐れた。ドイツ海軍の潜水艦の司令官は頭を悩ませるばかり。


続く

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