第28話 パナール装甲車

8月


 ヴィシー・フランスの成立により最前線となった北アフリカのリビアではイギリスが機動的な防衛線を構築している。砂漠という過酷な戦場では水際防御が難しいためジリジリ後退して消耗を強いる防御が選択されており、設定された幾重もの防衛線にはトーチカなど障害物は無く歩兵戦車を主とする戦車隊が守った。イギリス軍の歩兵戦車はマチルダⅡ中戦車とバレンタイン軽戦車から構成され鈍足だが70mmに迫る(当時としてはかなりの)重装甲は主力対戦車砲を悉く無効化する。敵であるドイツ陸軍は37mm対戦車砲が主力を務めマチルダⅡやバレンタインには無力だ。日本軍のチハやホイにも中から遠距離では痕を付けるだけであり「ドアノッカー」の名が与えられる。


 しかし、歩兵戦車は足が遅くて敵に回り込まれることが多々あった。ドイツ軍の快速戦車は機動戦術で対抗したのである。更には稀有な例だが88mm高射砲に徹甲弾を装填して即席対戦車砲に仕立て上げて歩兵戦車を一方的に撃破した。マチルダⅡの2ポンド砲は榴弾が用意されておらず徹甲弾では対戦車砲を破壊できない。一連の戦闘による損害を受けイギリス軍も榴弾を用意した新型57mm級対戦車砲と75mm級対戦車砲の開発を始めた。これらの搭載を前提にした新型歩兵戦車と巡航戦車を開発するが間に合わないだろう。したがって、日本戦車隊を頼らざるを得なかった。ノモンハン事件を経験した彼らは比較的に戦車が充実している。57mmと75mmの火力を振りかざすチハ1&2は敵戦車を一方的に撃破し、25ポンド榴弾砲こと84mm榴弾砲の大火力を敵へ投げつけた。ガソリンエンジンに日本式サスペンションで高い機動力を得た戦車隊はドイツ機甲師団に量は負けれど質で勝負する。


 もっとも、障害物が一切ない砂漠では一定の機動力とそこそこの装甲では中途半端が呈された。重戦車のような重装甲車両を開発する予定はない。かと言って、歩兵戦車では側面突破を許した。よって、不整地走破能力に優れた快速戦闘車両が欲せられて先進的な装輪装甲車が開発される。


「本当にスナネコって猫はいるんですかね」


「さぁなぁ、これだけ過酷な砂漠で猫が生きていけるとは思わない。だが、大自然を生きる動物は想像以上の進化を遂げて生き続けた。何千年の歴史が紡いだ生物の奇跡だ」


「せっかく、スナネコ快速隊って通称を貰ったので相応の戦果を挙げないとスナネコに失礼になりそうです。頑張りましょうよ」


「まったくだ。そんで、パナール75装甲車が俺たちの愛車」


 4名は後方に立つ装輪装甲車を見上げた。戦車よりは威圧感に欠けるが最速80km/hで駆け抜ける超高速装甲車は敵兵に冷や汗をかかせる。その名も『パナール75』といいフランスのパナール社が開発した装輪装甲車だ。しかし、フランスは既に降伏しているため実際は招致の名目で実質的に亡命したパナール社やルノー社が日本企業と共同して開発する。明治期からフランスより軍の近代化のため大砲のシュナイダー社、車両のルノー社とパナール社、銃器のオチキス社など多数のメーカーから技術者を招いて強化に努めた甲斐があった。


 パナール75に入る前に日本の自動車情勢を確認する。


 日本は軍の自動車化を推し進める中で輸入したフランス製を簡素化した廉価版を大量生産させてコストダウンを図り民間用として自動車の普及を進めた。当初は高価だった四輪自動車も軍用から簡素化した民間用を大量生産することで規模の経済性が発揮され値段は徐々に下がる。一定の資金力のある家庭では小型の四輪自動車を所持したが地方の農村では変わらず高価だったり道路整備が遅れたりで使えなかった。地方では安価でも物を積み込め、不整地をスイスイ走るオート三輪が代わりに走っている。オート三輪も軍で使用される関係で四輪車以上に生産された。遥かに安価な強みを活かして全国各地で普及した末に中国でも現地工場で生産されて何時しか『庶民の車』と親しまれる。


 かくして国内の基盤が整備されてから装輪装甲車が続々と生まれた。自動車を運転できる者が大幅に増加したため、最小限の慣らし運転で動かせる装輪装甲車は重要だろう。開発ではフランスで実績のあるパナール社が選ばれて基礎的な四輪駆動から始まり、野砲の機動化の都合で牽引車両を担ったロレーヌ社が加わって日本企業と共同した末に六輪駆動も送り出された。四輪駆動はフランス本国でもパナール178として正式採用されている。しかし、178は武装は25mm対戦車砲(ライフル)で非力であり、日本は12.7mm連装機関銃に換装した高速偵察車に変更された。178は最高速70km/hを誇って悪路を走破でき航続距離も戦車以上で頑丈と全て面で高性能だった。これに惚れこんだ陸軍は大型化して武装と装甲を強化した六輪と八輪の発展版を開発させる。今回のパナール75は六輪タイプの初期型に該当した。


 パナール75は主砲に75mm山砲を戦車砲改造した物が使われる。具体的にはシュナイダー社の協力を得て開発した九八式山砲を使用した。短砲身のため対歩兵又は対陣地の榴弾・榴散弾を発射する。ただ、意外と弾道が良好なため徹甲弾を使用した緊急の対戦車戦闘も可能だった。元が軽量な山砲を戦車砲改造で軽量化して砲口径の割に軽く扱いやすい。強度に劣る点が見られたが換装は容易で在庫さえあれば簡単に付け替えられた。射程距離が短い弱点も高速を以て敵に近づくため全く気にならない。基本的に自車の高速で敵の側面か後方に回り込んで75mm砲弾を撃ち込んで攪乱した。敵戦車や対戦車砲に捕捉されても高速性と後述の工夫で素早く逃げる。もっとも、タイヤの装甲車に75mm砲は過大と見られており長距離の偵察仕様は20mm機関銃を有し、対戦車特化仕様はチニの長砲身47mm戦車砲を装備した。


「うちの愛車は狂暴ですから少しでも気を抜くと時速80キロで制御がきかなくなるんですよ。こいつはとんでもねぇ暴れ馬だと思いましたが慣れたら最高の愛馬ですぜ」


「そうだろう。俺達の運命は操縦手の腕にかかっている」


「えぇ、もちろんです。80キロで走ればドイツの大砲なんて追い付けやしません」


「80キロなんて俺もパナールに出会うまでは体験したことがなかった。しかし、噂ではドイツ軍も四輪の装甲車を投入しているらしい。偶発的に接敵した際は酷い勝負になりそうだな」


「俺たちに追いつけるもんなら追いついてみやがれです」


「まぁな」


 パナール装甲車最大の武器である機動性は快速戦車を圧倒している。軽量な車体のおかげで250馬力のディーゼルエンジンでも最速80km/hを叩き出し、六輪駆動のためキビキビと縦横無尽に動き回っては敵の狙いを絞らせなかった。エンジンがディーゼルなのは低燃費で行動範囲が長大にするためであり、任務が前線偵察から奇襲まで幅広いため範囲が広ければ広いほど好ましい。また、水が手に入らない砂漠では液冷ガソリンエンジンが使えないことも挙げられた。装甲が最も厚くて20mmしかない軽量さから250馬力でも高速性を生み、エンジンは統制式のため頑丈で修理も容易く装甲車の利点を磨き上げる。


 しかし、単純に速いだけでは通用しなかった。迅速に移動するためには高速性と併せて工夫が必要だろうに。そこでパナール社は操縦席を前後の2か所に設ける独特の設計を考案して2名の操縦手を前と後ろに配置した。これにより即座に前進から後進に切り替えられ逃げ足が恐ろしく速い。この設計は優秀と確認されて後続の装甲車には標準となった。


 そんなパナールにはライバルが存在する。それはドイツ軍のSd Kfzシリーズだ。30年中期時点で四輪の存在が確認されると徐々に拡大発展して六輪と八輪も開発された。多種多様なバリエーションがあってそれぞれ武装も異なり戦車に隠れるが明確な脅威である。ライバル的な存在となったがまだ交戦していないため比較できず、それ以前に同じ装甲車では強みも弱みも一緒のため比べること自体が不可能だった。


 ただし、一応の捕捉として史実ではパナール装甲車はドイツ軍に鹵獲されている。そして試験が行われるとドイツ軍は完成度の高さに驚いて自軍向けに使用して、且つフランス国内で残された資材を用いて100両以上を生産させた。それだけ高性能を誇ってSd Kfzシリーズと並んで運用された傑作車両なのだろう。何かと甘く見積もられがちなフランス製だが世界で通用していた。


「戦車に出来ない仕事を行うのが俺たちの仕事だ。軽戦車の仕事を奪っちまったが仕方ないだろうよ」


「軽戦車自体が装甲車で事足りるってわけです。ただ、余った軽戦車は育成に回されているので無駄でもない…」


「いえ、生産は継続されていますよ。厳密には部分的な生産でして、車体だけ生産を続けて簡易的な自走砲、装甲輸送車、対空戦車に改造されました」


「良い心がけだなぁ」


 装輪装甲車が配備されると従来の偵察用の軽戦車は廃れていく。生産は縮小されて既存は訓練用に回されるが中戦車以上に頑丈で扱いやすいことから車体だけは続けて作られた。車体だけならば多方面に発展させられ事実として57mm対戦車砲搭載の簡易対戦車自走砲や105mm山砲搭載の簡易自走砲、物資を運搬するオープントップ式の装甲輸送車、40mmボフォースか12.7mmブローニングを持った対空戦車が生まれている。あくまでも既存の流用程度に収まるが数か月の短期間で開発されて生産数も多くて各地で姿を現した。


「イギリス軍より偵察の要請です。イタリア軍に動きありと」


「またちょっかいをかけてに来たか。よし、出動だ」


「いっちょ走らせましょう」


 イギリス軍の要請を受けパナールは出撃する。彼らの快速が歴史に名を残すのかはまだ分からなかった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る