第27話 スエズ戦略爆撃軍

8月中旬


 マルタ島への輸送作戦は成功して最も必要な食料と水、燃料が与えられた。変わらず武器弾薬は不足が否めないが少数が届き低軍備でも抵抗可能なゲリラ戦を展開する用意が整えられる。陸に限らず海でも隠密性に優れる潜水艦が経由地として寄りイタリアとドイツの輸送船団を沈め、且つ通常よりも小さな排水量550tの小春型水雷艇が夜襲を行い敵後方を遮断した。とは言え、依然として厳しい状況にある事は何ら変わらず北アフリカ戦線の戦いは火蓋を切られる。イタリア軍が攻撃を仕掛けてイギリス軍が撃退した小規模な戦闘が行われており、イタリア軍とドイツ軍が北アフリカに攻める前兆と思われた。


 イギリス軍を主とした防衛線はトリポリ・トブルク・エルアラメインの3本が敷かれている。アレクサンドリアは大拠点だが海上輸送向けのためエルアラメインが最終防衛線として設けられた。トリポリもトブルクも北アフリカの中で海上輸送の大拠点であり物資輸送が容易である点から防衛線の起点とする。仮に2地点が突破された場合は迅速に後退するか海から脱出する手段が確保されたが、緒戦のフランスにおけるマジノ線大迂回の応用の恐れが呈されるた。いや、その心配は無用だろう。というのも、南方は過酷な湿地帯が広がって機甲師団はおろか歩兵でさえ動けない魔の地なのだった。強行突破を図ろうにも無用な消耗を強いられるだけで全くの無駄になろうて。


 したがって、イギリス軍は正面だけ集中した。エルアラメインまで押し込まれて輸送拠点を確保されても2つだけでは北アフリカ戦線は支えられない。こちらはスエズ運河を通ってアレクサンドリアから本国と日本から潤沢な支援を受けられた。敵軍は潜水艦と水雷艇が動き回り危険な地中海に輸送船団を走らせるため常に輸送の心配が付いて回るのとは対照的と評せる。


 しかし、損害度外視で力攻めされると困った。そこで、敵軍後方まで進出して道を遮断できる空の戦力が求められたが、あいにく空軍は本土防衛のバトル・オブ・ブリテンと地中海方面に駆り出され余剰がない。やむを得ず、日本空軍(陸海軍を纏めた非正規の通称)を頼った。日本本土から遠くても安全な航路を通るため複数の基地航空隊が大量の航空機を持参して参上している。陸軍の特設輸送船TL型や海軍の改造空母が航空機をピストン輸送し続け、量産型タンカーが中国や南方で産出&加工された燃料を供給した。戦闘機と双発爆撃機が揃って制空権を確保してから真なる切り札が派遣されるが空母には乗り切らず分解しては面倒なため、日本本土及び中国から台湾・マレーシア・セイロン島・イランと各地を経由して到着している。


 余談だが、イランについては表向きは中立国でも実際は日本側として協力した。1919年からイランは秘密裏に日本の援助を受けながら反英運動を始めると1921年に軍人レザー・パフラヴィーがクーデターを成功させる。イラン=イギリス協定を全て破棄した後はイギリスを排しながら日本から助力を得る政策でアラブの民族自決を主張し近代化を推し進めた。日本は援助はしても干渉することは無く現代の人道支援や経済支援に留まることで絶大な信頼を得ている。日本式ノウハウを用いた近代化が進められると遂に国際連盟に加入を果たした。ソ連の接近にも反ソが強い日本の支援を受けて跳ね返している。


 話を戻し、スエズ運河の付近に建設された日本空軍の飛行場に大型爆撃機が並んだ。今のところ敵はイタリア軍のみでドイツ軍は見られず本格的な攻勢が始まる前に慣らし運転を行っておく。砂漠用の塗装に大きな日の丸国旗を掲げた四発の大型爆撃機は補助として派遣されたイギリスの整備兵から注目を集めて仕方なかった。


「どうですか、我が国の純国産重爆撃機は」


「これは司令官殿。見苦しいところ、失礼いたしました」


「いやぁ、別に構いませんよ」


「ありがとうございます。それで、これは堅実な機体と野心的な機体で興味が尽きません。2種を運用することに危惧を抱きましたが我が祖国も同じなので」


「甲乙つけがたく一本に絞れずじまいでここまで来た結果です。お恥ずかしいのはこちらでしょうに」


 整備兵と司令官が見つめる先は実エンジンの現地試験を行う2機である。正式採用されて間もなく運用する環境が開発元と大きく異なった関係で現地改造に向けての試験を怠らなかった。大型爆撃機は37~38年時点にようやく実った機体が存在するが試作機から抜け出だせていない。よって、直ちに後継機や新鋭機の開発が始まって完成度を高めた機体が40年春頃に連続して登場した。


「あれが『山茶花』であれは『山梔子』かな。文字にすると大変なので適当に書いてくださいね」


「お気遣いありがとうございます。確かに、ちゃんとした日本語は難しく」


 数名の整備員とパイロットだけで試験を行う機体は『山茶花』であり、10を超える整備員と3名の搭乗員が集まった機体は『山梔子』と呼ばれる。どちらも四発重爆撃機で共通したが安定か尖りかで異なった。


 山茶花は堅実を求めた三菱重工が主に開発を担っている。主としているのは外部からの参加で愛知や立川など他社も入っているからだ。九二式重爆の国産化に始まり九七式爆撃機や九六式陸攻を開発して経験のある三菱は安定性を重視して山茶花を作り上げる。前身から正当的な強化を図り性能は大幅に引き上げられた。以前までは大馬力エンジンが存在しないためやむなく一部を削ることがあったが、三菱謹製の大型機向けで複列14気筒の『火星』が開発されて脱出する。


 山茶花は爆弾を最大2.5tまで積載可能であり60kg爆弾から500kg爆弾、800kg爆弾まで幅広く運べた。大きさの割に爆弾搭載量が少なく思っただろうが機体に重量を割かれて余裕を確保できなかったからである。それでも、得た強みとして被弾に強く前線でも修理がし易く過酷な環境でも満足に扱えた。


 本機の開発にあたって、イギリスのハンドレイ・ページ社の新型爆撃機を参考にしている。イギリス軍向けの純正品はハリファックスMK-Ⅰとして正式採用されて大きくは似ている兄弟機と理解した。もっとも、細かい部分では異なるため誤認される度に説明しなければならない。そのハリファックスと比べれば航続距離と高高度性能で勝ったが爆弾搭載量はMK-Ⅲの約半分だ。


「山梔子のエンジン試験はどうですか?」


「私はサザンカ担当ですがクチナシ担当の同僚から話を聞いた感じでは気難しいエンジンで大変だとです。ただし、圧倒的な攻撃力を振り下ろすことが可能で奴らを灰燼に帰してやると誇っていました」


「そうですか。ご面倒をおかけして申し訳ない」


 山梔子は中島・川西社が主となって開発した野心の塊である。1937年に開発した機体からの野心を崩さずに今まで継続したことは褒められた。出資の都合で合体している川西の飛行艇を陸上機化することを踏襲して特徴的な高翼配置の分厚い主翼を維持する。一見してヘンテコな構造だが高翼配置は爆弾槽を大きく確保でき且つ分厚い翼は燃料タンクをたっぷり確保した。大量の爆弾を遠方まで運ぶという思想を前提にして主翼を最大限活かすべく部分的にだがインテグラルタンクを採用する。史実では一式陸攻の「ワンショットライター」の由来とされた。それが本世でも採用されては被弾に弱いと思われる。


 いや、運用を工夫すれば十分に対応できて搭乗員に徹底的に教え込んだ。防弾仕様タンクかインテグラルタンクか関係なく燃える時は燃えるものだろう。しかし、絶対に燃えない時は種類を問わず存在した。それは燃料が無いスッカラカンの空っぽの状態である。ガソリンが入っていなければ銃弾が入り込んでも燃えなかった。部分的なインテグラルタンク内の燃料を優先的に消費させ、迎撃を受けそうな敵地に侵入した時には残存燃料が無い状態とさせる。空っぽのインテグラルタンクを撃たれても怖くなかった。史実の一式陸攻も燃料が無い状態では簡単に撃墜されないとの証言が残されている。


 かなり遠回りしたが肝心の爆弾搭載量は最大5tと相応に多かった。これは速力を犠牲にした結果である。こちらも60kgから800kgまで爆弾の汎用性に富んで絨毯爆撃から対艦精密爆撃まで対応した。純粋な防御力は防弾が山茶花より少ないが持ち前の図体の大きさで耐えるという数値に現れない硬さを発揮する。


 ここまで見て又は聞いて野心は何処にあるのかと疑問に思った。それはエンジンのため最後に語る。エンジンは自社製に拘らない姿勢を変えることなく愛知航空製の液冷を採用したがV型12気筒1300馬力のカリヤではなかった。なんと、X型24気筒1700馬力のミカワを選択し大馬力を誇る。先の火星とは200馬力の差だが高高度性能に優れるため差別化が図られた。当時としては比類なき大馬力で高性能を発揮しているものの信頼性と安定性の問題が付き従う。これに対してはアブロ社と共に2年以上の月日を費やし改善を続けてようやく満足まで仕上げた。しかし、元が悪かったことが足を引っ張って現場の評判は芳しくなく、三菱社の山茶花が同時に運用される理由の一つを務めている。


 なお、こちらもイギリスで開発されるマンチェスター爆撃機を参考にしたが飛行艇を陸上機化して兄弟機とは言えなかった。そのマンチェスター爆撃機は早々に打ち切られて後に救国の傑作機ランカスター爆撃機に繋がる。果たして山梔子の次があるかは不明だ。


「我々の任務はトリポリやトブルクに入港する輸送船団を爆撃して敵軍の輸送を断絶することにあります。成果をあげられるかどうかは皆さんの働きに…」


「そこは任せてください。日本にはヤマト・スピリットがあるように、祖国にはブリティッシュ・スピリットがあります。奴らにはジョンブルなんて言わせませんよ」


「是非とも、その意気でお願いします」


 北アフリカ戦線に投入された戦略爆撃軍は何の戦果をあげるか期待したい。


続く

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