第26話 アメリカ包囲網

1940年8月


 ヨーロッパはドイツとイタリアが優勢で変わらなかった。オランダとベルギーは降伏してフランスは傀儡のヴィシー・フランスが樹立される。フランス領がドイツの支配下に入ったことでイギリス本土へ空襲が可能となり、ドイツ空軍は将来的な上陸に向けて大空襲を開始した。しかし、イギリス軍の最新兵器レーダーが威力を発揮し、スピットファイア戦闘機を押し立て必死に抵抗する。また、海峡に日本海軍の四四艦隊が広がり200機以上の艦載機を以てフランス領の航空基地に対してカウンター攻撃を行った。もはや壮絶な殴り合いでとても形容しがたい状況である。


 これより戦いは北アフリカに移ることが予想されたため総合戦略研究所は軍関係者から民間研究所(シンクタンク)まで幅広く招集すると大規模な会議を開いた。


「国内は随分と纏まってくれましたが問題は国外ですか」


「国内が纏まらなければ国外に目を向ける余裕はありません。幣原首相が牽引する外交は大戦果をあげてフランス領インドシナ及びオランダ領東インドは諸島を含めて全て日本の委任統治領となりました」


「次はフィリピンとグアムでアメリカがどう出てくるかですかね」


「海軍がそれとなく圧力をかけるように動いておりますので特段心配はいりません。また、米国世論を参戦へ誘導することに成功しましたがこれは偶然の賜物でありました」


「いえ、流石は長谷川提督と言わないと私の立場がですね」


「ご勘弁ください。私は海軍軍人でありながら陸の人間なので」


 集まった面々は豪華だった。政治と外交を纏める二木がいるのは当然として海軍からは長谷川清大将が参加している。海軍は老年から若年まで頭脳が多数参加するが最高級が長谷川清大将とされて天皇陛下の女房役を務めた。海軍大臣の米内光政氏でさえ「勝てぬ」と言わしめる明晰な頭脳を有するが、とても温厚で度量の広い人物のため誰からも尊敬されたが自らは表舞台に出ることを拒んで裏方に徹する。裏方と雖も影の政府の一員として十分に活躍していた。


 彼の働きによりイギリスとの連携では外交の調整を踏まえた適切な軍事行動を行えている。一見して単なる艦隊の移動も外交圧力を果たし動かぬ大国の世論を揺らして参戦を促した。


「アメリカが参戦すれば強大な支援を糧に反攻作戦の発動が可能です。なんとか引きずり出して対ソも念頭に次なる戦略を立てたく思います」


「はい。チャーチル首相に自由フランスのド・ゴール将軍、亡命オランダ政府が働きかけています。それに包囲されたフィリピン、グアムなどアジア領の独立運動が過熱を見せていますからアメリカが折れるのは時間の問題かと」


 専らの話題はアメリカである。ヨーロッパはドイツに占領されたか親ドイツで敵対陣営に染まったかの国が大半を占め、中にはソ連が侵攻又は吸収して社会主義勢力の拡大もあった。超大国アメリカは欧州情勢を受けても相も変わらずモンロー主義を展開して原則中立を掲げる。もっとも、自国民を守るため民間の船が通る航路に海軍を出す中立パトロール活動はした。それ以外に目ぼしい動きは無いため当事者である各国は参戦を促し、いい加減にモンロー主義が通用しないことを受け入れてもらいたい。


 とは言え、アメリカも一枚岩ではなかった。駐日大使グルー氏は一刻も早く日英仏蘭四国同盟に加入して参戦することを本国に叩きつけている。アメリカ海軍も日本海軍の活躍に感化されると置いてけぼりにされないため参戦を主張し、アメリカ陸軍はドイツ戦車の電撃戦に衝撃を受けて徹底対抗を意識した。国内世論は二分されているがつい最近に発生した事件が参戦派を強めている。


 その事件とは主に2つあった。1つは大西洋で発生したアメリカ客船Uボート雷撃事件であり、もう1つはフィリピンやグアムなどアジア方面の領土で独立運動である。


 前者は大西洋航路でヨーロッパ中立を盾に運航された客船がUボートに雷撃された事件だ。ドイツ海軍は無制限潜水艦作戦を実施していない。しかし、実際は現場の判断で軍艦や輸送船団に限らず民間船に対する襲撃が横行した。イギリス船に限らず中立国まで巻き込まれておりアメリカも例外ではない。当該客船は即座に国際共通信号で救助要請を発すると付近を航行していた大日本帝国海軍の水雷艇部隊がキャッチした。到着する頃には沈没が始まっていたが水雷艇は懸命な救助活動を行って60名以上の民間人を救い出し、アメリカ海軍と連絡を取って引き渡してから本来の任務に戻っている。


 これは後にアメリカ客船Uボート雷撃事件と名付けられ反ドイツの声が高まった。また、日本海軍の働きが無ければ助からなかったことを根拠に日米同盟を求める声も併せて浮上する。海軍がパトロール活動を行っても雷撃されては本末転倒であり自国民を守る盾として戦うべしとデモが行われた。この動きに国内のユダヤ系市民が乗っかり日本が積極的に受け入れるユダヤ人亡命を理由にして日米は和解しなければならないと叫んでいる。


 これだけでは動かなかった。部分的にドイツと戦うことはあれども個別的自衛権の行使に留めて日本との同盟関係には消極的である。別個で戦うことに進んだだけに過ぎなかった。しかし、次のアジアの民族自決に関する独立運動の高まりで市民運動は拡大する。


「今村大将の働きは見事でして新アジア主義は止まることを知りません。もう、植民地支配の時代は終わったと宣言してもいいかもしれませんよ」


「その時はアメリカが加わった五カ国同盟も同時に…」


「五カ国同盟とは良い響きですな。まさに対ドイツ包囲網を作る」


 後者はアメリカ領のフィリピンやグアムなどアジア領で一様に現地市民による独立運動の過熱を意味した。これには日本の委任統治領という前提が存在するため一旦後回しにさせていただきたい。


 日本は外交によってアジアに独自の秩序を築き上げた。中国とは前大戦で融和して中華民国汪兆銘政権と同盟を結んで相互協力による工業化を果たす。マレーシアやシンガポールのイギリスの高度な自治を認められた現地政府とは日英同盟に伴う友好関係が存在して最近は日本街が置かれるなど日本への部分的な委任統治が進められた。唯一と言ってよいアジアの独立国であるタイ王国は日本に同調くれている。


 残るは東南アジアのフランス領インドシナとオランダ領東インドだがドイツから侵攻を受けると大転換した。開戦前から外交の交渉を図り日本の全面支援を約束する代わりにインドシナと東インドは日本への委任統治が決まる。国際法に則り委任統治領としたが実際は日本直轄領と言えた。従来のヨーロッパ式の植民地支配は一切行わずに派遣された今村大将の下で現地第一の優しい統治が敷かれている。いきなり独立は難しく日本主導で徐々に独立の道を辿るが現在は高度な自治を確保して実質的には独立国と見られた。


 以上より、アジアは正当で公平な交易を通して誰も置いていかない発展を目指す。何も工業化が正義ではなく農業立国も立派なことであり日本の支援を受けて農業革命を果たす地域もあった。農作物でも現代のフェアトレードに通ずる取引により安定した収入を得られてアジアの国際分業はヨーロッパに匹敵する。


 しかし、数少ない非参加国があった。それはフィリピンとグアムに代表されるアメリカ領である。日本は欧州各国と同盟関係にあるがアメリカが除かれたことは自業自得と評した。ワシントン会議の時点でアメリカは日英同盟の破棄や海軍の抑え込みを仕掛けて日本の対米感情は決して良くはない。ロンドン会議でも日本の抑え込みを画策した以上は関係は改善されずに平行線を引いた。駐日大使グルー氏ら知日派が部分的ながら日米関係改善に成功したが大統領制では効果が薄く暖簾に腕押しである。アメリカ領は一定の自治が認められても本国の意向に従わざるを得ないため、未だに日本によるアジア体制に参加できずにいた。


 我慢の範疇を超えた現地の市民は立ち上がり独立運動を始める。瞬く間に米国本土まで伝わって世論を揺るがし始めた。既に植民地を放棄したヨーロッパに倣うことがデモで訴えられている。植民地支配の終止符を打ったアジアの大国である日本が真っ当な正義となった瞬間だ。いくら超大国でも諸外国の圧力は跳ね返せるが国内の突き上げには勝てない。ルーズベルト大統領は民主党内部からも外交の転換を迫られて折れることが予想された。なお、日本は内政干渉になりかねないため静観を貫いている。


「我が国の生命線である資源は外交によって確保されました。戦わずして勝つことが最善とはその通りであり、今のところは目論見に従って進んでいますが将来どうなるか読めません。時には強硬手段を採ることもあり得ますので各員の尽力をお願いしたく」


「海軍はスエズ運河要塞を形成するため更なる増援を派遣し、ドイツが持たぬ空母戦力を以て死守し反攻にも備えます」


「陸軍も転進した島田戦車軍団に追加兵力を与えることで機動防衛を担わせます。イギリス軍と協力して受け止めましょう」


「何卒よろしくお願いします。私のような文官にはできない事なので」


続く

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