第25話 マルタ急行作戦【後編】

 補給部隊と分離した水雷戦隊は通常航行で警戒しながらマルタ島を目指す。夜であることに変わりなく周囲は真っ暗だが熟練の見張り員が監視の目を光らせた。真っ暗闇における索敵手段は見張り員かレーダーとなるが簡単に優劣はつけられない一長一短が存在する。前者は優れた視力を誇る肉眼のため確実性が高いが索敵範囲は狭くならざるを得なかった。後者は肉眼の届かない距離まで遠距離且つ広範囲を索敵可能だが精度が悪くて誤探知は日常茶飯事である。駆逐艦で試験的に運用している小型対艦/対空レーダーは端から信用せずに見張り員を重視しているが誤探知でも確認は怠らなかった。敵地ど真ん中である以上はレーダーの情報を切り捨てる余裕もなかろうて。


「感ありますが…これは島ですね」


「マルタ島に反応したようです。もしかしたら、このまま到着してしまうかもしれません」


「本当に島か?」


 案の定でレーダーが誤探知した。小さな島に反応するためマルタ島の岩盤だと思われるが念のために見張り員の確認を挟ませる。浅瀬まで侵入できる小型艦が島影に隠れていることは常套手段だ。レーダーをごまかす手段として島影に身を潜めることも有効であるがイタリア海軍は持っていない。技術先進国のドイツでさえレーダー技術は日本とイギリスに大きく遅れた。意外かもしれないがレーダー技術は日本が最先端を走っておりイギリスと共同研究を進めることで最高峰の品物を開発したが、所詮は最初期のため全面的に信頼する将兵はいないだろう。


「敵影あり!」


「やはりいたか」


 司令官の勘は当たった。マルタ島を盾にイタリア艦隊が待ち伏せている。イギリス艦隊は先の海戦で消耗してジブラルタルまで撤退して動きは見られないため、本土の港で応急修理と補給を終えたイタリア艦隊は再出撃を可能にした上にドイツ軍の支援を受けられた。


「艦影から識別できるか?」


「重巡4、軽巡3です」


「駆逐艦がいないとは在庫切れか。ならば都合が良い。輸送部隊が捕捉される前にここで夜戦に持ち込むぞ」


「全艦雷撃戦用意!」


 司令の言葉から艦長は素早く魚雷戦の用意を命じる。駆逐艦が見られないことは僥倖だった。足の速い駆逐艦がいると色々と面倒だが重巡と軽巡だけならば酸素魚雷の獲物である。イタリア海軍は日本海軍には遠く及ばない戦力でも重巡と軽巡が纏まれば十分に脅威となり得た。ただし、高練度の水雷戦隊の前には無力だろうに。夜戦は見敵必殺が第一であり先に見つけた方が勝ちを拾った。


「艦名までは分からんか?」


「事前に暗号解読で得られた情報からして重巡はザラ級とトレント級の4隻と思われます。その他の軽巡は分かりません」


「重巡は防御力を重視したザラ級と速力を重視したトレント級。ならば連携が難しいはず、雷撃の餌食になってもらいましょう」


 二週間前の海戦でお互いが離脱を意識した消極的な戦闘のため損害は微細で終わる。しかし、最後に勃発した局所的な戦闘で軽巡が脱落して3隻に落ち込んでしまったが、重巡4と軽巡3の計7隻では彼我の差はなく砲火力でイタリア艦隊が勝った。レーダーを持たない艦隊は魚雷発射を終えた駆逐艦8隻をようやく発見する。


「敵艦発砲を確認!」


「当たらんなぁ」


「闇夜にめくらうちでは当たるはずがありません。我々は40ノットの快速を飛ばしていますから」


 世界最高の特型駆逐艦は圧倒的だ。彼我の距離が縮まり遂に発見されると砲撃を受けるが遥か後方を流れる。まだ全体を把握できていないらしいが水雷戦隊は最高速の40ノットで二度目の魚雷発射を控えていた。ワシントン海軍軍縮条約締結の時点で世界を圧倒した特型駆逐艦は六代目まで至って各国が強力な駆逐艦を揃えようとする姿勢を嘲笑もする。特型駆逐艦1隻だけで駆逐艦10隻の戦力であると言わしめた性能は洒落にならなかった。


「次発装填完了!」


「発射!」


 世界で唯一の兵器である酸素魚雷は圧倒的な威力を誇るが従来の人力頼りの再装填では速射できない。したがって、機械による自動装填装置が考案されて10年以上をかけて実用化に成功した。特型駆逐艦は艦隊型駆逐艦として水雷戦の花形であり雷撃決戦に必須の装備と言える。次発装填装置は改良に継ぐ改良によって時間は短縮されて熟練者の工夫も相まって次発装填は4分まで短縮された。荒れ狂う日本海で訓練を繰り返した彼らに地中海は優し過ぎる環境のため再装填は何ら苦労なく完了する。


「まだ撃つな。イタリア艦隊の全容を自ら暴露させる」


「そろそろ第一射が到達する時間です。敵艦は加速していますが読み通りに動いてくれました。これなら必中だと思います」


 合計8隻の駆逐艦から一斉に魚雷が発射されて総数32発が突き進んだ。2基ある四連装魚雷だが撃ち過ぎてはいけないため自重している。61cmのキングサイズ酸素魚雷はまだ投入から日が経っていないが、ナルヴィクでドイツ駆逐艦が1発の被雷で真っ二つに折れた。衝撃的な報告だが具体性に欠けたため誇張や運が悪いとして信じない者が多い。現にイタリア艦隊を率いた中将はぼんやりとした敵影に味方じゃないのかと変に疑い始めた程だった。


 その疑いは直ちに晴れることになる。


「軽巡3隻に直撃!」


 耳をつんざく轟音がマルタ島沖合を支配する。高雷足でもある酸素魚雷は軽巡に直撃した。重巡は味方艦との衝突を避けるため変に動いたことが幸いして魚雷を免れたが、真面目に砲撃した軽巡3隻は不運にも2発ずつ被雷して大穴が開いて海水が流れ込む。最も運が悪いと船体中央に直撃して真っ二つに折れた。イタリア艦が脆いわけではないが各国に比べて遅れが否めず、資源不足の鉄鋼の質も足を引っ張り水雷防御はよろしくない。


「敵艦探照灯を照射し始めました!」


「しびれを切らしたようです。どうしますか司令」


 慌てた重巡は博打で探照灯を炊いた。索敵要因の軽巡が潰されて重巡4隻の砲火力ですり潰そうと試みる。衝突を回避する機動が魚雷第二射も避けて砲戦に持ち込めた。なお、魚雷は機密保持のため一定の距離/時間を経過/自走した際は自爆する装置が付けられている。仮に砂浜に乗り上げて発見されてもドカンと大爆発だが、今回は浅瀬の岩に突っ込んで信管が作動した。


「敵艦の位置は割り出せるな」


「もちろんです!」


「探照灯を炊いている敵艦に集中して砲撃せよ」


 探照灯を炊くこと自体は夜戦の基本であり間違った行為ではない。しかし、自らの姿を晒して著しく危険なのだ。探照灯を炊く艦を守るため味方艦が懸命に戦わなければならないが軽巡3隻は戦闘不能である。よって、残り3隻が戦うことになるが既に精鋭は発射の炎からある程度の位置を割り出し済みで良い的になった。


 特型駆逐艦は六型か五型かを問わず八九式12.7糎連装高角砲改二型を3基6門有する。敵重巡の20cm連装砲4基8門には遠く及ばないが半自動装填装置による速射と鍛え抜かれた照準の組み合わせは恐ろしい威力を秘めた。探照灯を炊く博打を打った敵艦の艦上構造物へ12.7cm砲弾が降り注ぎ瞬く間に破壊されていく。


「ありゃいかんね。まったく追いついていないよ。それにへっぴり腰で戦意も低い」


「このまま継続しますか」


「いや、輸送部隊に噛み付かれてはいけない。最高速度で翻弄し徹底的に相手の戦意を削ぎ切る。母港まで真っすぐ帰還させたいね」


 探照灯を炊いたのはトレントだ。速力重視の重巡洋艦のため高速の敵駆逐艦に辛うじて対応できるかと淡い期待を寄せたが敢無く裏切られる。あまりにも敵艦が速すぎるため全てが遅れていた。また、先の魚雷による軽巡全滅が恐怖心を高めて元より低い戦意がどんどん削れていき地に落ちそうである。


 とは言え、単に逃がしては輸送部隊が不慮の事故に遭うことが予想された。ここで徹底的に痛めつけて母港まで逃げ帰らせたかった。再出撃を許さない大損害を与えるため高速の砲撃戦を続ける。今のところ被弾した艦は無くて下手な主砲よりも副砲が怖いが、敵艦の副砲は第一次世界大戦の時に使用された旧式砲が基のため最新とは言い難かった。やはりイタリア軍は近代化が遅れているらしい。


 哀れなトレントは集中砲火を受けて大炎上するとたちまち脱落した。イタリア海軍は集中砲火が敵味方の識別を困難にするとして個別砲撃を意識したが日本海軍は猛訓練で敵味方の識別を可能としている。よって、なんら集中砲火を厭わなかった。重巡洋艦が堅くても全体に12.7cm砲弾を貰うと沈みはしなくても戦闘は不可能に陥る。トレントから照準を残り3隻に移すが主砲と副砲の発射炎で目星はついていた。しかし、この間に1隻が被弾してしまい魚雷発射管が破壊され、且つ爆雷投射機が吹っ飛んだが航行に支障はない。魚雷は撃ち尽くし誘爆せず爆雷も数を減らしていた。


「敵艦は離脱行動を見せていますが」


「そろそろ頃合いかな。マルタ島へ向かう航路にずらしながら離脱する」


 軽巡3隻を失ってトレントが大炎上したイタリア艦隊は距離を取る。水雷戦隊も最高速だと燃料の心配があるため離脱を開始した。これ以上はお互いに不毛であると判断したのである。田中頼三少将は牽制程度の砲撃に留めさせて可能な限り救助活動の余裕を与えて情けを見せた。


 一連の夜戦はマルタ沖夜戦と呼ばれ日本海軍の水雷戦隊の恐ろしさをナルヴィク海戦と合わせて知らしめる。最終的な結果としてイタリア艦隊側が軽巡3隻が沈んで重巡トレントが大破した。その他重巡は小破程度に留まるが全体は壊滅的な被害である。対して、日本水雷戦隊は駆逐艦1隻が小破して他が至近弾で微細な損傷を負ったが無傷と言って差し支えなかった。もっとも、燃料の懸念より追撃は行わず輸送部隊と合流しマルタ島に入る。


 田中司令の狙いは的中しており予期せぬ夜戦でイタリア海軍は輸送阻止のため追加戦力を出すことを渋った。代わりに潜水艦を出すことを考えたが最近は被害が増加している。よって、ドイツ空軍に任せることを選んで空爆を要請した。先送りによって夜の間に到着した高速輸送艦4隻は係留を解放してまで積み込んだ物資を総動員で揚陸する。物資は武器弾薬よりも食料と燃料が多くて万が一に上陸を受けた場合はゲリラ戦で対抗できる数を提供した。これのおかげでマルタ島守備隊は状況が好転する。


 そうして翌日になるがドイツ空軍の爆撃隊は現れなかった。いや、基地から飛び立ちはしたが向かった先がフランス方面で変更される。実はマルタ急行輸送が成功したことを受けてイギリス海軍はジブラルタルから陽動の艦隊を派遣して日本海軍の撤収を支援した。ジブラルタルからも輸送が行われると危惧したドイツ空軍はマルタ島を後回しにして空爆を行う。この平和な間にマルタ島より撤収してアレクサンドリアまで帰投するが水雷艇はマルタ島に留め置かれた。彼らはマルタ島の岩に潜んでイタリア艦隊やUボートを襲撃するゲリラ戦を展開する。魚雷を撃ち尽くしても12cm砲と40mmボフォースがあれば十分に奇襲は可能だ。


 とにかく、マルタ急行作戦は成功を収める。クレタ島を起点とするマルタ島への強行輸送は行われ続けて被害を出しつつも北アフリカ戦線の防衛に寄与した。しかし、ヴィシー・フランス領を通ってドイツ・イタリア軍がスエズ運河を目指し進撃を開始したと報告が入る。


 そして、あのロンメル軍団が出現するが島田戦車隊が迎え撃った。


続く

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