第23話 老朽艦の意地

=前書き=

今回は箸休め的な短い話ですので。


頑張って内容がタップリ詰まった話を書いて(未定だけど)今日中にもう一話出せたら出します。


=本編=


1940年7月


 6月中にフランスに展開したイギリス・現フランス・日本の連合国軍は総撤退を完了した。パリはドイツが無血で占領して親ドイツ派が休戦交渉を行った末に傀儡政権であるヴィシー・フランス政府が誕生することが確実視されている。これによってフランス領がドイツ支配下に置かれてイギリス本土が空爆に曝される恐れが高まった。イギリスは嘘偽りで固めた対ドイツ和平交渉を引き伸ばして時間稼ぎを図り、その間に沿岸部の対空陣地を形成したり、新兵器対空レーダーを配備したり、スピットファイア戦闘機の新型を配備したり等々と忙しく徹底的に備える。フランス撤退時に大量の物資を持ち帰ることができたため準備は万全と思われたが、フランス戦線でイギリス空軍は強力なドイツ空軍に苦しめられた苦々しい経験があった。


 しかし、イギリスには頼もしい仲間がいる。幸いなことにイギリス本土とフランスは海峡で断たれて土地は断絶されていた。海の存在は大きく直接攻撃には上陸のひと手間を要して守りは容易く攻撃は難しくなる。そんな自然の堀に30年以上の同盟関係にある日本が艦隊を配置した。イギリス本土からタンカーをピストン輸送させれば基地航空隊に等しき戦力となる。もちろん、場面に応じて柔軟に動き輸送船団を空爆から守ることも担えた。イギリス海軍は空母機動部隊の整備が遅れており完成しても北海や地中海など別の海に駆り出されてしまい、本土正面の海域は日本海軍の手を借りなければならない状況である。本来は恥ずべきことだが前大戦時からの日英共同は万物よりも強固だ。


 空母を展開して制空権を維持することは当然だが自分の対空能力は艦載機に依存する。更に肝心の四四艦隊は占領下のフランス空軍基地を爆撃する任務を与えられて防空戦には出せなかった。それ以前に旧型戦艦を流用した空母のため若干の使い辛さも否めない。現在は新鋭空母として翔鶴型や蒼龍型が2隻ずつ就役して後続の日英同盟艦隊を構築し、日本空母の集大成たる量産型空母雲龍型が10隻建造に入って来年春には4番艦までの就役が見込まれた。とは言え、どうしても建造から就役までは時間がかかり間に合わないことは明らかである。


 ここで日本特有のエコロジー精神が発揮された。


~イギリス海峡 ポーツマス沖合~


「ポーツマス電探基地より大規模な攻撃隊を発見と報告!」


「総員、対空戦闘用意!」


「こんな旧型艦でも戦えることを教えてやれ」


「高射砲郡は各自が担当する空域に集中して撃ち込め! 戦闘機は無視せい!」


 イギリス本土に設けられたレーダー基地からの通報を受けて直ちに対空戦闘に移る。新兵器レーダーの威力はすさまじく遥か遠方の敵機隊を捕捉すると情報を基に迎撃機が優位なポジショニングをとれた。しかし、最初期のため精度には難があり誤探知も多く信頼性は大して高くない。それでもレーダーを革新的な装備と見た日本は共同研究を進めると小型化した試作品をぶっつけ本番で投入した。


 さて、沖合に並ぶは防空艦と防空艇の群れである。防空艦は嘗て巡洋戦艦として戦った筑波型の『筑波』『生駒』と鞍馬型の『鞍馬』『伊吹』の4隻だった。1910年代に存在した老朽艦であり二線級にもならない戦力と評する。しかし、腐っても巡洋戦艦のため艦体は大きく大改装を与える余裕は確保された。海軍軍縮条約で廃艦処分が決まり解体の名目で民間の造船所に持ち込まれ、実際に主砲と速射砲が取り外されて要塞砲に転用される。しかし、なぜか大量の物資が逆に運び込まれて解体とは思えない作業が行われた。


 そして、大改装を終えた4隻は防空艦に生まれ変わる。主砲は全て撤去されて副砲も速射砲も取り換えられた。段差はあっても平坦になった甲板上には前部に3基と後部に2基の10cm連装高角砲を装備している。各所に空いたスペースには連装と単装のボフォース40mm機関砲をびっしりと敷き詰め、イスパノ20mm機関砲とブローニング12.7mm機関銃を配置して対空に重要な濃い弾幕を意識した。10cm砲弾以外はイギリスから融通を受けられるため補給の心配はない。その10cm砲弾も自国製に限らずイギリス軍の94mm高射砲弾を発射可能とされた。


「撃墜に拘らず弾幕で投弾を狂わせるだけでよい!」


「射程圏内入ります!」


「主砲射撃開始!」


 上空を飛行しているのはドイツ空軍の主力爆撃機Do-17だろう。足の長い双発爆撃機であり高速爆撃機のコンセプトを有したが既に旧式化して零戦が容易に食らい付いて撃墜していた。高初速を誇る長砲身10cm連装高角砲には丁度良い目標でしかない。もっとも、彼らの任務はイギリス本土とフランスの間に挟まって出撃して間もない敵機を漸減することにあった。イギリス空軍が迎撃し易くなるよう一定数を撃墜するか損傷を与えて迎撃戦闘を少しでも有利に進めさせたい。あわよくば爆弾を放棄させて阻止したくもあるが贅沢は言わなかった。


 ドイツ空軍は爆撃機に偏って雷撃機がいないため防空艦は落ち着いて対空戦闘を行える。爆撃機を流用して航空魚雷を積載することはあっても専門機は見られなかった。もちろん、上空から水平爆撃を貰う危険性は十分にあり得るが、対地攻撃用の爆弾を対艦で用いるのは些かばかり勿体ない。与えられた任務はイギリス本土南部にある港湾施設への爆撃である以上は無駄に使いたくもなかった。要は防空艦の群れを舐めていたのである。


「自動装填装置とは良い物だな。これだけ速射できるとは」


「分間15発の全力射撃は気持ちがよいです」


 中高度のため主砲扱いの10cm連装高角砲が唸った。体格で劣る日本人のため12.7cmは諦めて威力は劣るが軽量な10cm砲弾を使用し、長砲身による高初速で高高度まで撃ち出している。史実では砲身の寿命が短かったり生産性で劣ったりなど課題が幾つかあったが今世では改善されていた。砲身はヴィッカース社やシュナイダー社の協力でそれなりに高耐久に仕上がり、部品を既存の八九式改二型と共通化して生産性と整備性を高める。発射速度も自動装填装置を実用化したことで一定の速度で速射でき、一応の装填担当員が控えているが日本人でも耐えられる労働でよかった。


「撃墜を確認!」


「よしよし…」


「急降下爆撃機接近!」


 別方面から飛来したと思われる急降下爆撃機スツーカが確認される。直ちに防空艇が反応して射撃を開始した。老齢艦のため小回りが利かない4隻を補うため水雷艇を基に対空兵装をハリネズミにした防空艇10隻以上が一斉に対空兵装に猛烈な火を噴かせる。一隻あたりが比較的に軽武装でも10隻以上も集まれば圧倒的な弾幕を作り上げた。


 防空艇は排水量1000t未満の水雷艇を基にして建造されている。前提として鴻型と呼ばれる水雷艇が存在して、改良型である排水量750tの春型と夏型が大量生産され各地に送られた。武装の適正化と対潜装備を充実化した水雷艇は地味ながら輸送船団護衛に活躍している。そんな水雷艇から雷装を取り払って対空火器を増設したのが防空艇だ。主に40mm機関砲と12.7mm機関銃を増やしてハリネズミのように装備している。高高度の敵機には対抗できないが急降下爆撃を仕掛けるスツーカには極めて効果的だ。これら大量の対空兵装は対空以外にも浮上したUボートや魚雷艇Sボート対策にもなる。既に地中海派遣艦隊の水雷艇と防空艇は一定の戦果を挙げた。地中海の小型艦たちはマルタ島輸送作戦で大戦果を挙げたが先のことである。


 ハリネズミ防空艇から撃ち込まれる40mm弾と12.7mm弾は苛烈を極めた。全体を合計した分間の発射数は万に達して威嚇用サイレンを鳴らすスツーカ隊は瞬く間に炎上する。どれだけスツーカが堅実な機体であろうと碌な防弾を持たず鈍重な動きでは鴨撃ちだった。


「あのようなサイレンに何の意味があるのか理解に苦しみます」


「威圧のつもりだが我々には単なる騒音に過ぎん。九九式の急降下爆撃に比べれば赤子同然だな」


 お腹に抱えた大きな爆弾を投じる前に40mm弾で木っ端微塵になるか大炎上して墜落していく。余裕があれば救助したいところだが爆撃機に対空砲弾を撃ち込んでいる最中では限りなく不可能だ。防空艇は気休め程度に旧型駆逐艦から譲ってもらった12cm高角砲を装備して爆撃機に向けて砲撃している。近代改修により動力化されて半自動装填装置を得たが本格的な高角砲としては今一つのためあるだけマシと考えた。


「敵機射程圏外へ」


「砲撃止め。まずまずだな」


「確認できた数ではドルニエ爆撃機が5機、スツーカ急降下爆撃機を8機撃墜しています。このほかに撃墜には至らずとも損傷を与えた機が多数おりますので、イギリス空軍の防空網にかかった瞬間に食われましょう」


「あぁ、しかし厄介なUボートが襲撃に来るかもしれない。第二地点まで移動することを全艦に通達しろ」


「はっ!」


 新型が多く確認されたUボートから逃れるため直ちに移動を開始する。老朽艦と雖も20ノット少々は出せるため余裕で間に合った。防空艇も10発程度だが爆雷を装備して対潜戦闘は卒なくこなせる。


 彼らは海を転々としてイギリス本土を狙うドイツ空軍に掣肘を加え続けた。


続く

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