第22話 フランス新鋭戦艦脱出

 フランスの戦況は芳しくない。英仏軍はパリへ撤退することが叶わずにダンケルク及びカレーの北部へ撤退を始めた。パリは碌な兵力を置いていないため無防備都市宣言を発して市民を避難させてある。緒戦の日本軍が展開した水際防御を捨てた遅滞防御が成功して市民は迅速に脱出した。しかし、政府から軍までフランスという国はイギリス亡命派と親ドイツ派に分かれた分裂状態である。親ドイツ派はドイツと休戦交渉を始めて傀儡政府の用意を進めておりフランスの終わりが察せた。対する亡命派はそそくさとイギリスへ文字通り亡命しているが多くの市民を避難させられたことは特筆すべきであろう。日英海軍がドイツ海軍及び空軍を封殺して民間漁船まで動員した大撤退は成功して史実のように野砲や対戦車砲など重い兵器を投棄することなくイギリスまで持ち込めた。


 英仏軍の大半がイギリス本土まで撤退(又は亡命)した中で一部は別方向に亡命する。特にフランス海軍は亡命派と親ドイツ派で分かれて潜水艦はドイツに降伏して恭順する意思を示したが、海上艦の駆逐艦以上はイギリス海軍に加わることを試みて遭遇した際は手早く亡命を申し入れた。その際に置いてけぼりにされたのが戦艦である。戦艦は機動性に欠けるため素早く行動できず仮に本国が全面降伏した際にドイツ海軍による接収の恐れが否めなかった。これに対してイギリスは先に撃沈してしまうことを主張したが極めて勿体ないことである。そこで日本政府はフランス亡命政府と交渉した末に戦艦について合意を形成した。


~ダカール沖合~


 現在のセネガル首都であるダカールの沖合には10隻以上の小型艦が集結して雷撃戦の陣形を敷いている。各艦を見ると日の丸国旗を掲げて日本海軍らしいがダカールはまだフランス領であるため味方のはずだった。駆逐艦を率いた小型軽巡『飯田』の艦橋より司令官は双眼鏡で接近する艦影を捉える。


「司令…」


「まだ、待て。もし一発でも撃ってきた場合は全ての魚雷を斉射できる態勢を敷いてあるよ。この距離は必中距離だから逃げられはせん」


 老練な提督は穏やかに述べたが部下にとっては怖く感じても仕方ないことだ。ダカールより発進した戦艦4隻が真っ直ぐこちらに向かってくるのだから。ただ、お互いに見合うだけで撃ち合うことは無く形だけの戦闘態勢と見えた。戦艦にとっては主砲の射程距離内であり軽巡と駆逐艦にとっては雷撃の必中距離である。したがって、1発でも撃たれた場合はお互いに沈めることが可能だった。もっとも、数で勝り世界最強の酸素魚雷を構える水雷戦隊の方が有利と言える。


「発光信号!」


「国際共通の発光信号で降伏受諾だな。よし、合流次第にマダガスカル島へ向かうぞ」


「はっ!」


 なんと4隻の戦艦は一様に国際共通の発光信号で降伏を示した。直ちに水雷戦隊は戦艦4隻に寄り添う格好で共に南下する。ダカールがフランス領であることから戦艦はフランス製のフランス海軍所属だったがよく見ると2隻はどうも未完成のように見えた。


 間近で見るフランス戦艦は独特さが面白いだろう。日本海軍も五大国の戦艦大国で知られたが空母主兵に舵を切り金剛級と長門級以外は空母改造されて消え去った。したがって、新しいフランス戦艦は興味の対象となって当然である。若くして退役したが非常事態に伴い復帰した老練な提督は流石の洞察力でフランス海軍の厳しい事情を見抜いた。


「未完成のようじゃの。ありゃ戦えんわい」


「やはりそう思いますか。どこかゴテゴテして不格好だなと」


「あぁ、対空火器や副砲も綺麗さがない。あのフランスがこのような真似はせんから間に合わなかったのだ」


「手元の資料では前後を挟むのはダンケルク級の『ダンケルク』と『ストラスブール』です。挟まれている2隻がリシュリュー級の『リシュリュー』と『ジャンバール』と思われます」


「となると、リシュリュー級とやらが未完成なんだなぁ。急ぎ旅順まで送り完成させなければならん」


 日本海軍に降伏したのはフランス海軍の戦艦ダンケルク級2隻とリシュリュー級2隻である。前者は条約型戦艦であり現代では若干旧式艦の部類であるが強力な33cm四連装砲と最大30ノットの速力は巡洋戦艦であり馬鹿にできなかった。後者は最新の新鋭戦艦とされ強力な38cm四連装砲と最大30ノットの高速戦艦と侮れない。流石は伝統あるフランス海軍で戦艦も強力に尽きた。これをドイツ海軍に接収されるとイギリス海軍は互角に持ち込まれてしまう。幸いにも日仏間の事実上の同盟関係と対ドイツ戦線の構築により降伏を建前として日本海軍に加わってくれた。


 表向きを「降伏」としておかないとイギリスやアメリカが手を出しかねない。フランスとしては戦艦の運用経験が豊富で建造も容易い日本に渡した方が何かと都合が良かった。オランダは降伏済みだが海軍はカレル・ドールマン提督を筆頭に日本に下った前例が存在する。また、ジャポニズムの流行で知日派が多かったことも貢献して日本の下で運用して祖国解放のため戦った。


 しかし、リシュリュー級は建造が遅く就役も直近だったこともあり練度は浅くて二番艦ジャンバールは未完成である。日本海軍は戦艦の空母化で実績のある旅順ドックでリシュリューは改修を加えてジャンバールは完成を目指した。暫くは大人しくしてもらうが完全体になれば大西洋か地中海に送られるだろう。もう一方のダンケルク級は条約型戦艦で既に完成されていたが古さを脱いで新しくならなければならなかった。こちらは日本国内の増設された海軍工廠で大改修を待っている。


「自由フランス海軍には申し訳ない気持ちが出てきます。虎の子である戦艦を4隻も貰っていかれるのですから」


「そう思う気持ちは大事だよ。いいか、絶対に忘れるでないが思い過ぎて固まってはいけない。彼らは我々ならば真っ当に使ってくれると信じて子を預けたのだよ。だから、この本土と中国までの護送もドイツ海軍の指一本触れさせてはならんぞ」


「はい、もちろんです。マダガスカル島より先は海上護衛総隊も加わりますが一切手を抜かず気を緩めず参ります」


「うむ」


 ダカールから日英共同管理のマダガスカル島まで護送する水雷戦隊は随分と小振りだ。旗艦の軽巡も水雷戦隊向けにしては小型だが理にかなっている。日本海軍は水雷戦隊の増強と防空艦の充実に努めて2種の軽巡を建造しているが、更に追加として駆逐艦並みの機動力で敵地に殴り込める小型軽巡を建造した。小型であれば期間は短くて小規模な造船所でも建造できる大量建造に向き、戦線の拡大に伴い発生する大型軽巡の不足を埋めるべく全国各地で建造されている。中には中華民国海軍が大規模なライセンス生産で自国海軍向けに建造した。もっとも、小型軽巡とするが大型駆逐艦と称しても差し支えないため、いくらあっても損は生じないとの判断であるが性能は相応に高くある。主砲こそ駆逐艦の12.7cm連装両用砲だが雷装は充実しており試験的に小型電探や逆探も搭載した。最高速35ノットの高速性で動き回り精鋭水雷戦隊を務められる。


 しかし、ここで疑問を生じた。軽巡を大量建造して水雷戦隊を揃えることは理解できるが重巡洋艦はどうするのかと。重巡洋艦も時代にそぐわない訳が無くまだまだ現役で戦える強力な艦種ではないかと憤った。それは日本海軍も理解しているが単に重巡洋艦を建造しては大型軽巡で間に合う。何か面白さと言うべきか尖りが欲せられた。したがって、建造されたのが広義の重巡である航空巡洋艦『最上』級となる。後部甲板を更地にして対空兵装をたっぷり積んで水上機格納庫と射出機を装備し、主力級艦隊に随伴して水上機による広範囲の索敵や対潜哨戒を行った。攻撃を受けた際は防御砲火を形成して鉄壁に貢献する。航空戦艦は中途半端だが索敵要因である重巡洋艦に航空機は意外と合理的なのだ。現在は試験的な最上級を磨いた利根級及び伊吹級が建造されて前者は第三次日英同盟艦隊に加わり、後者は習熟を完了次第に第四次地中海派遣艦隊として戦う予定が組まれる。


 話を戻してマダガスカル島で補給を受けた後は海上護衛総隊が護送に加わり対Uボートをガチガチに固めて旅順と本土を目指した。海上護衛総隊も数年がかりで強化されて量産される戦時急造駆逐艦や駆潜艇、哨戒艇ばかりから脱却している。日本空母の集大成たる護衛空母一号や二号が半年で建造されて就役し、複葉の旧型機を搭載して対潜警戒に従事してシーレーンを守り切った。マダガスカル島まで到着してしまえばこちらのものである。


 これからの戦場は北アフリカに移る関係で輸送路は徹底的に守られた。紅海に入ってスエズ運河を抜けた先のアレキサンドリアに大量の兵士から物資までを送っている。既にドイツ軍が北アフリカ侵攻を計画しているとイギリス諜報部から警告がもたらされ、戦時組閣されたチャーチル内閣の要請に基づき日本陸軍と日本海軍陸戦隊が展開してスエズ運河を防衛した。


「やはり美しいな戦艦という艦は。これが戦争の道具になるのが惜しいわい」


 フランス戦艦は逆襲のため一時離脱する。


続く

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