第20話 四四艦隊の猛爆【前編:無敵のゼロ】

5月18日


 アルデンヌの森で耐えた島田戦車隊は敵主力の三個機甲軍団の攻撃を受けて森を抜けた先の川まで後退した。その後に体勢を立て直して北部カレーへ抵抗しながら転進している。ドイツ軍はいきなり日本軍の戦車隊が出現したため大いに慌てて無駄な手間をかけてしまった。主力の三号戦車が多数撃破されてしまい機械化歩兵も巧妙に仕組まれた森の防御に突破を阻止される。伝家の宝刀である電撃戦は遅滞防御の前に漸減を余儀なくされたが、事前の諜報で判明している通り日本軍は少数だったため無理やり押し込んだ。


 その後は川まで到達したが案の定で強力な対戦車砲と野砲が置かれており猛砲撃を被る。ここでは無理に攻めることなく味方空軍の猛爆撃で焼き払うことを選択した。要請を受けたドイツ空軍の急降下爆撃隊が殺到するも既にがら空きである。それもそのはず、川越しにいた砲兵隊は機動力を増していたからだ。ハーフトラックからトラクター、旧式戦車の流用など牽引車両のデパートと見える。日本軍は野砲の車載化を見越して「機動力」を重視して軽量化を図り多少は性能が劣っても動きやすさで補った。よって、敵軍に捕捉された瞬間に移動して別地点から砲撃する機動力で戦うのが定石となる。もっとも、今回は戦車隊と行動を合わせてカレー撤退を開始した。


 かくして、悪天候から日本軍の遅滞防御が重なってアルデンヌの森突破は予定より遅れを強制される。この間にフランス軍とイギリス軍はマジノ線から兵力を抽出して対抗するが北東部よりドイツ軍が仕掛けて背後を掻かれる形だった。パリまでの撤退ルートを遮断されて北部まで逃げるしかなく、北東部からの圧迫をもろに受ける格好は想定外の事態と言える。


 しかし、悪い事ばかりではなかった。海上に日本海軍の空母機動部隊である四四艦隊が展開しているだろう。ベルギー=オランダ方面の海へ進出すると防空小型艦を多数引き連れた鉄壁の陣を構えた上で北東部のドイツ軍を撃滅するため攻撃隊を発した。


 ドーバー海峡を抜けてベルギーのミッデルケルケ沖合で角田中将と山口少将の空母機動部隊が鎮座する。ドイツに対して海軍力では圧倒的に優勢のため恐れず堂々と攻撃隊を発進させたがきちんと万が一に備えている。イギリス海軍が北海に打って出て通商破壊阻止の一環でバルト海から出てくる新型Uボートを抑えた。また、空軍の爆撃に対しては持ち前の何重にも積まれた防空陣に艦載機が迎える。真なる鉄壁がここに構築されたのだ。そして、角田中将は旗艦『天城』の艦橋から見事な編隊を組み飛んで行く攻撃隊を見届ける。


「敵空軍は新型のメッサーシュミットが確認されています。爆撃機ですが旧型のスツーカが急降下爆撃を行い、ユンカース88にハインケル111、ドルニエ17など多種多様な双発爆撃機がスペイン内戦時から見られました。我々の零戦の敵ではないと思いますが、どうも心配です」


「確かに陸軍と違って満足な実戦経験を積んでいない。しかし、零戦は素晴らしい戦闘機である。おそらくメッサーシュミットと互角以上の戦いをするはずだ。私は猛訓練を課した張本人であるから航空隊を全面的に信頼したい」


「はっ、失礼いたしました」


 攻撃隊は主に天城と加賀から発艦した。赤城と土佐は第一次攻撃隊の報告次第で諸々を切り替える予定である。こういう時にもっと多くの空母を求めたいが、いかんせん日本からヨーロッパは遠かった。最近だとアメリカが管理するパナマ運河を通過する最短ルートが開通している。しかし、大西洋まで一直線でありUボートがうじゃうじゃ湧いている道は使用せずに従来のイギリス領迂回路を通って増援が送られた。現時点では必要最低限の習熟を終えた翔鶴型2隻と蒼龍型2隻の4隻が移動を待つ。大和型の建造を全て取りやめて浮いた資材と資金を空母建造に当てたため翔鶴型は1年以上早く登場してくれた。そして、条約が特例で撤廃された上に空母の基本形が定まった後の丸四計画では更なる大型空母4隻が追加される。


 話を戻し攻撃隊の攻勢を確認したく思われた。


 艦上戦闘機は試作機から正式採用された三菱社『零式艦上戦闘機(二二型)』が入る。高速でありながら高機動と重武装を提げた革新的な機体であり、三菱が九六式で得た経験を糧にして作り上げた。日本のスローガンである「挙国一致」の基にエンジンは自社製に拘らない柔軟さを見せて中島社の『二光』を搭載する。名前の通りで光の流れを汲んでおり複列14気筒に大型化して重量も増したが出力は1200馬力まで向上した。国産一段二速過給機を付けて中高度でも最大出力を発揮可能であり艦上戦闘機向きのエンジンだろう。機体は引き込み式脚を全面採用したり極初期的ながら層流翼を有して高速性能は高かった。全ての艦載機に共通するが十分な馬力のおかげで機体は頑丈な設計が組まれて一定の被弾までは耐えられ、更にパイロットは背負式パラシュートによる脱出の余裕が設けられる。肝心の武装は機首に九九式12.7mm機銃2門と主翼に九九式20mm機銃2門と同12.7mm機銃2門の重火力が与えられた。12.7mmは航空用M2ブローニングの国産品であり20mmはイスパノ機関砲の国産品である。12.7mm4門で丁寧に狩るか20mm2門で破壊するかの二択がパイロットに与えられた。正直言ってどちらを選ぶかは完全に各員の好みとされている。一長一短あるため統一はしなかった。12.7mmはバランスに優れて総じて優秀だが爆撃機が相手では威力不足が顕著である。20mmは総じて使い辛いが圧倒的な威力で一撃必殺を狙えた。どちらも外国製を改良して国産化しているため物は違えど弾薬は共通でありヨーロッパでは弾の不足を気にしないでよいのは明確な利点である。


 艦上爆撃機は九六式で道を切り開いた愛知航空の『九九式艦上爆撃機(三一型)』が担った。零戦よりも1年早い関係で改良が多く加えられて三一まで達すると密閉式風防と引き込み式脚を大前提に爆撃機として重武装を追い求める。陸軍機と違って反復攻撃が難しいため一回の破壊力を要求されたのだ。前身の九六式が複葉で貧弱だった事実から愛知航空は思い切りの良い突き抜けを果たす。九九式艦爆は重武装化のためにエンジンを三菱社の『火星(二一型)』を選んだ。思想が大型機向けで単発機には向かないが現時点で1500馬力を発揮したのは火星しかない。よって、不断の努力で火星を搭載して艦載機の形に仕上げてみせた。とは言え、当初は制約が多くあり三一型まで改善を続けて何とか間に合わせている。そうして得たハイパワーを活かして九六式から倍の500kg爆弾を吊り下げた。250kg爆弾と60kg爆弾複数の組み合わせなど柔軟に対応できるペイロードの汎用性を有したが代償も大きい。大型で重いエンジンのため操縦難易度が高くなり簡単には扱えないため訓練は長くならざるを得なかった。機動性も悪くて格闘戦は御法度であり攻撃後は最高速で離脱することが鉄則と嫌ほど教えられる。航続距離も艦戦より2割ほど短くなっているが何のための空母かと考えれば大した問題ではなかった。このほかにも扱い辛さが散在したがひとたび慣れてしまえば頑丈な機体に惚れ込む者が大半である。敵艦隊や敵地上部隊の対空網に突っ込み無理やり爆弾を放り込むため硬さは最上級だ。


 そして、戦果確認の偵察仕様のため少数だが中島・川西社の『九九式艦上攻撃機(一号改二型)』が混じる。こちらは中島・川西社が競争に勝利した艦上攻撃機だが、先の艦爆と同じ思想を受けて且つ現地の整備も踏まえるとエンジンは火星に絞られた。主に改良型の航空魚雷又は1t爆弾を吊り下げる。航空雷撃は低空で突っ込む都合で被弾し易いため防弾は極めて充実したが必然的に遅くなった。一撃必殺を得た以上はやむを得ない。悪い点は艦爆と似たり寄ったりのため割愛させていただいた。


 以上の3種だが艦爆と艦攻は最大武装の時は発艦が大変で堪らない。大型空母でなければマトモに運用できないため空母用の射出機が待たれた。既に火薬式の水上機射出機はあったが負担が大きくなる問題から転用できないでいる。これに対してはイギリス海軍と協力して油圧式射出機の開発を推し進めた。理想だが使えない水蒸気式よりも油圧式は低出力だが発艦の補助ならば十分と思われる。


 長くなったが総数80機以上の攻撃隊が出撃した。目標はベルギーから侵入を図るドイツ軍の北部方面部隊である。事前にフランス空軍が決死の偵察を敢行して撃墜されながらも最新の情報を発した彼らの犠牲を無駄にしないため艦戦と艦爆は高い士気を纏った。


「行ったか」


「はい…」


 攻撃隊が事故なく全機が無事に敵地へ向かって行ったその時に緊急通報が入る。


「水上機より報告! 敵潜水艦を発見し攻撃に移ると!」


「やはり潜んでいたな。雷撃はできないと思うが代わりに敵空軍の空襲が差し向けられるだろう。対空戦闘用意、迎撃機を緊急発進させろ」


「はっ!」


 想定された事態でありスムーズに対策が講じられた。Uボートを抑え込んでも漏れは必須のため警戒を怠らず軽巡洋艦から水上機が発して哨戒活動を行っている。そして、見事に潜望鏡を発見することに成功した。防空特化と雖も対潜能力を持つ駆逐艦がわんさかいる中では雷撃は不可能のため、敵潜水艦は友軍に通報だけして逃げる算段だろう。しかし、水上機が航空爆雷を投下して損傷を与えて潜航を阻止し駆逐艦の爆雷が止めを刺した。辛うじて通報が通ってドイツ軍はベルギーに建設した飛行場から爆撃隊を送り込む。全てを読み切った四四艦隊は即座に残りの零戦を吐き出して防空艦が対空陣を固めた。


「さて、ドイツ軍のお手並み拝見と行こうか」


~ドイツ攻撃隊~


 敵艦隊がベルギーに近いこともあり緊急出撃から直ぐに到着する。生憎ながら双発の爆撃機は前線爆撃で出張しているため、航続距離が足らず余っていたJu-87スツーカ急降下爆撃機が発進した。しかし、既にフランス空軍やイギリス空軍との空戦で護衛機無しでは大損害を被ることを理解している。よって、Bf-109E型が護衛機を務めた。彼らは楽勝ムードでピクニックのような気分である。これまでイギリス海軍を多数沈めて来て最強の自負がありアジアの日本は敵ではなかった。空母がたくさんいても所詮はハリボテと侮る。前大戦で戦っても局地的に過ぎず日本軍を学べていなかった。


 しかし、中には日本機の警戒を徹底する者がいる。彼は日中=ソ蒙で行われたノモンハン紛争を独ソ秘密協定に基づいてオブザーバーとして観戦していた。その際にソ連軍のI-16をバタバタ撃墜する日中軍の新型機に戦慄した経験を有する。当時のI-16は優秀な戦闘機のはずにもかかわらず完敗を喫したのだ。彼は日本の強さを誰よりも理解している。


「太陽だ! 被られたぞ!」


 航空無線で叫ぶが遅かった。素早く回避機動に移って自分は回避に成功したが友軍機は被った敵機に撃墜されていく。目が潰れる太陽を背にした上方を確保されると索敵は困難だ。最初の一撃で味方機が6機も落とされたが反撃と言わんばかりに優れた機動性を発揮する。しかし、敵機の方が遥かに優れているようだった。背後に食らい付こうとした味方機はあっという間に引き離されている。別では格闘戦に持ち込もうとした味方機は右へ左へ翻弄された末に力尽きた。


(なんて機体だ。イギリスやフランスの比じゃない!)


 額に脂汗を浮かべ急降下で離脱する。Bf-109Eは軽量な機体に大出力エンジンのコンセプトで開発された。DB601との組み合わせは良好であり高速機を自称する割には機動力も高くて勝てると踏んだがこの様である。見たことが無い日の丸戦闘機は素早く且つクルクル動き回った。しかも3機1組の小隊単位で対抗するため隙が無い。


(日本軍も航空無線機を持った小隊なんだろうか)


 流石は観戦していただけはあり正解に辿り着いた。急降下で何とか引っぺがした彼は冷静に分析する。確かに零戦は初期型の航空無線機を搭載して小隊の連携を高めていた。イギリス製を国産化して雑音が多い欠点が残っていたが空戦中に意思疎通は可能とされる。ただでさえ猛訓練で以心伝心を極めた熟練パイロットが無線を使えば無類の強さを誇った。


(まずい! スツーカから離れすぎたか!)


 空戦域に戻ろうとするとスツーカが一方的に食われるではないか。固定脚で鈍足なスツーカは前々から敵機に捕捉されると一巻の終わりということが指摘された。改良が続いても堅実過ぎる設計が足を引っ張って焼け石に水が否めない。防弾も充実されておらず12.7mm弾の直撃を受けてキリキリ舞いながら墜落していった。


「ヘンケル! アイデン!」


「無事です!」


「奴ら強いですがなんとか!」


 小隊の仲間を確認するが懸命に逃げたらしい。全体の中隊は大混乱に陥り各方面から悲壮な報告が入った。まともに戦ったことがない日本軍はヨーロッパとは全く異なる。誰しも初めてのことは緊張するがあまりにも度が違い過ぎるのだ。護衛戦闘機を信じていたスツーカ隊は逃れられるわけがなく海への突っ込みが相次いだ悲劇が広がる。


「俺が仕掛けるぞ。援護頼む」


 離脱の際に得た速度を活かして一撃離脱戦法を仕掛けた。小隊機は待機させて敵のカウンターに備えさせる。仮に失敗しても食らい付かれなければ余裕をもって逃げられた。見定めた敵機に照準を絞りMG17機銃を発射しようとした瞬間に両目をひん剥くが。


(横滑りだとっ!?)


 自機も機動力に優れるため敵機の運動には細心の注意を払っていた。7.92mmを撃ち込もうとした時に敵機が照準から消える。なんと左にスライドし回避したかと思えば急旋回で前に押し出された。オーバーシュートした危機を素早く察知し急降下を増して逃げに専念する。直感的に敵機は急降下に付いて来れないと読んだ。確かに敵機はパラパラと弾を撒くと諦めてカウンター返しを警戒する。零戦は頑丈な機体だが急降下制限は若干だが厳しかった。


「このままじゃ燃料が切れる。スツーカも壊滅した以上は撤退するぞ」


 中隊もボロボロの状態のであり小隊の判断で撤退する。メッサ―は航続距離が短い致命的な弱点を有しており激しい戦闘を行うとあっという間に燃料が消える。基地が近いとはいえ道中で墜落しては冗談ではなかった。


 攻撃隊はスツーカが全滅しメッサ―は7割が撃墜される壊滅的な被害を受けて這う這うの体で逃げ去る。殆どが待ち構えていた零戦隊に食われたが中には運よく艦隊に突入した機もいるにはいた。いざ攻撃に移ろうとするが小型艦で固めた防空陣から撃ち込まれる大量の40mm機関砲の弾幕に絡め取られて爆発四散する。やはりスツーカは近距離航空支援機であり対艦隊には向いていなかった。


 パーフェクトゲームを遂行した角田艦隊は敵攻撃隊の逃亡に追撃を許さない。次があるかもしれないからだ。弾と燃料を消費した零戦を格納すると余剰の機体に交代し、補充を完了した機体は直ちに再出撃させて第二次攻撃に備えさせる。


~旗艦天城~


「完全勝利です。撃墜された零戦は僅か4機のみであり敵機は壊滅状態であります」


「搭乗員は?」


「駆逐艦が救助し無事を確認しております。欠けた零戦は補用で埋めますが」


「それでいい。先の空襲は囮であり本命はUボートの可能性がある。対潜警戒も怠るな」


 角田司令は緊張を欠かさなかった。空の戦いは完勝と言って差し支えないが油断は禁物と対潜警戒を引き下げない。空襲が終わり一安心したところを狙って来ることは十分にあり得ることだ。


「攻撃隊が心配です。我々のような激しい迎撃を受けていなければよいのですが」


「その時はその時だ。ただ、彼らのスツーカと違って我々の九九式艦爆は遥かに勝っていることは間違いない。少しは安心できる」


 九九式艦爆は引き込み式脚で大馬力エンジンとスツーカを上回る。爆弾搭載量は劣ったが敵地上部隊への攻撃で1t爆弾を使うことは基本的にあり得なかった。対要塞や対艦でなければ使わない。その前に機動力を著しく失うためスツーカのような鈍重な機体では博打に等しかった。


 さてさて、奇しくも絶対的な空軍の優位性が失われたことを知らない地上部隊は何を見るのか予測できない。


続く

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