第19話 アルデンヌの森は魔の森である

5月14日


 ついにアルデンヌ地方へドイツ軍主力が攻撃を開始した。若干だが日程がずれ込んだのは悪天候により行軍に躊躇したことが要因である。対して、アルデンヌ地方に展開した日英軍は巧妙な偽装を纏って待ち構えることに成功した。もっとも、ここで粘ることは捨てており敵軍を削れるだけ削って時間を稼ぐことに目的がある。敵軍主力が突っ込んでくるのに対して島田戦車隊は20両のチハ(1&2)と10両のホイ1の合計30両しかなかった。その他のイギリス軍は歩兵のみの随伴歩兵を務める。あくまでも戦車と共にハーフトラックで移動して敵歩兵を撃ち抜くだけだ。ドイツ軍は戦車と歩兵を一緒に運用しており丁度互角と思われる。本当は機動力を活かすため戦車だけで戦いたかったが、うっそうと生い茂る森があって抜けた先には川があった。地理的に歩兵の補助を受けたいのである。


 地理を活かした防御を敷いた日英軍は敵主力を漸減した後は素早く後退して川沿いにカレーまで北上するつもりだ。継続して食い止めることが最善だが圧倒的な数的不利のため不可能とされ、ノモンハンのように奥地に引きずりたくても制空権が問題となる。制空権さえ確保していれば圧倒的な航空戦力ですり潰せたが、ドイツ軍はメッサ―シュミットBf109E型を投入してフランス空軍やイギリス空軍を圧倒した。空ががら空きでは壊滅しかねない。


それに既にオランダやベルギーは追い込まれて降伏間近となりドイツ軍はマジノ線を迂回して侵入して制空権の奪還はとても無理だった。そして、入念な偵察を行いフランス軍がいないことを確認したドイツ軍主力は歩兵と戦車を協同して押し立てて来る。


 アルデンヌを超えた快進撃が続くと思われた矢先に猛砲撃を受けたが。


「罠に嵌った! 砲撃開始!」


 自動車化された歩兵を狙ってホイ1が砲撃する。砲戦車のホイ1の主砲は25ポンド84mm榴弾砲であり車載化するに丁度良かった。観測兵を経由した間接砲撃から自車で全てを行う直接砲撃を卒なくこなせる優秀な砲である。もっとも、日本陸軍は75mm/105mm/150mmの三種を野砲で用いるため、84mmは砲戦車専用の主砲として弾薬共に生産された。105mmに比べれば多少は威力で劣っても砲弾重量が軽く体格で劣る日本人でも訓練を積めば素早く装填できる。榴弾は対戦車戦闘にも応用可能で使い勝手がすこぶるよく評判は上々だ。


 突破を試みたドイツ軍の機械化歩兵は84mm榴弾の直撃で吹っ飛ぶ。至近弾でも衝撃波や破片などにより歩兵は殺傷された。日本独自の砲戦車の特徴として自走砲と根本的に異なり全周旋回が可能な砲塔を有する。84mmの口径は105mmよりも小さく砲塔でも搭載できる砲口径のおかげで全周囲に対応でき、分散しようとする敵車両を狙い撃ちにしては突破を挫きまわった。


「敵戦車確認! 新型です!」


「弾種徹甲!」


 砲戦車が被弾して敵戦車を確認する。砲戦車は歩兵支援の戦車だが敵トーチカなど防衛線突破時で使う想定で装甲はそれなりに厚かった。更には丸みを帯びた鋳造砲塔のおかげで滑らすことに成功する。素の装甲厚に丸い形状が加わって意外と防御力は高いが車体は従来の直線的なため被弾は避けたかった。森の中でも事前に地形を把握しておけば素早く後退できてチハ隊に譲る。


 交代したチハ1&2は一斉に敵戦車に徹甲弾をみまった。ドイツ軍は見慣れない敵戦車に慌てて戦車戦に移行するがフランスやイギリスとは思えず僅かでもたじろいでしまう。彼らは再軍備宣言から支えた一号や二号ではなく数が揃った三号戦車が主力を務めていた。新機軸を引っ提げて快速性を得た高速戦車であり主力戦車の位置づけだが近代戦車戦を経験しなかったことが災いしている。


(やけに軽いな)


「四号車被弾すれど損害無し!」


「全車後退を開始しろ! 数では劣っているのだから無理するな!」


 ドイツ軍は三号戦車全てに無線機を搭載し統率された動きで圧倒しようと試みた。それは後にフランス戦車隊を壊滅させる。しかし、相手は日本軍でありノモンハン事件で戦車の連携の重要さを痛感した近代的な戦車を擁し、イギリス製無線機を全車に設置して戦闘中でも円滑な意思疎通は可能だった。したがって、統率の点では互角と言えて戦車単位の差が優劣を決める。


 チハから打ち出された徹甲弾は三号戦車を穿った。そもそも三号戦車の中期型であるF型は最大装甲厚が30mmと軽戦車に近しい。当時としては標準的かもしれないがチハ1の主砲は長砲身57mm砲のため容易に貫徹された。57mm機動対戦車砲と弾薬を共通化して戦車砲改造で軽量化された本砲はチハ1の主武装として対戦車戦闘から対地砲撃まで担える。徹甲弾を使用した際は1000mでも80mmの垂直装甲を食い破る高貫徹力の前には無力と言えた。また、57mmという中口径のため砲弾は軽くて熟練の装填手ならば速射できる。


 無論だが三号戦車も発砲を逆探知して巧妙な偽装に砲撃した。F型の主砲は37mm戦車砲のため主力対戦車砲と大きくは一緒である。とは言え、小口径徹甲弾の貫徹力は至近距離でも50mmに達するかどうかであった。チハの装甲は最大で50mmあるため距離を離されると撃破不可能に一転する。よって、懸命に速力を活かして詰めようつするがチハは後退速度も速くて中々追いつけなかった。


「チハ2型が砲撃を開始しました!」


「よし、俺達は徹底的に下がり敵戦車を釘付けにする。随伴歩兵隊には迂回で逃げる敵兵を撃ってくれ」


 正面を張ったチハ1は徹底的に下がり続けて三号戦車を釘付けにし続ける。木々が生い茂る森のため縦横無尽には動けずに狙い撃ちにされ続けた。そして、側面からは57mmよりも強力な大口径徹甲弾が撃ち込まれて木っ端微塵と化す。これは新型のため全体の配備数が少なく必然的に島田戦車隊でも僅か5両しかなかったチハ2の砲撃だ。チハ2はチハ1を強化した後継車であり主に火力が大幅に増強されている。57mm砲でも強力な範囲内だがノモンハン事件を受けて更に強力を求めた末に既存の75mm野砲に換装した。野砲のため本格的な戦車砲ではなくても大口径で貫徹力は57mmを凌駕する。その代償として重量が著しく増加して総合的な使い勝手は必ずしも良くなかった。あくまでもチハの範囲のため火力特化型と見られており今回は側面を突く移動式の出城を作る。


 機械化歩兵を守るため三号戦車隊は懸命に戦うが続々と撃破された。森では自慢の機動性を活かしたくて木々をなぎ倒すが快速は失われる。それでも無線機を使った高度な戦術を以て島田戦車隊を追い縋った。最初から後退を続けたこともあり事実上のアルデンヌの森突破は成功する。もっとも、戦車隊の被害は積み重なって機械化歩兵は敵歩兵の待ち伏せに遭い軽機関銃や重機関銃の掃射を被っていた。機械化されているから勝てると思ったが日英軍もハーフトラックを装備して不整地でスイスイ動き回る。


「六号車擱座!」


「数が多すぎるか。やむえん。思い切り川まで後退するしかないな。林に逃げ込み反転して撤退する!」


 島田戦車隊の数は30両だが敵軍は3個軍団を投入して圧倒的な数の差が生じていた。どれだけ地理的な制約があってもロードローラー戦術を強行する。チハも側面の装甲は薄くて辛うじて迂回した敵戦車に撃ち込まれて被弾した。37mm砲のため損害は少なく負傷しながらも戦車兵は脱出していく。友軍戦車を盾にしながら走って味方歩兵と合流した。被弾車両をを助けるためにも残存チハ1&2は砲撃を止めない。チハもホイも日本式と呼ばれる足回りを持つため不整地の走破能力に優れた。小型転輪を多数持つ履帯は古めかしい技術ながら確実性で勝る。決して快速とまではいかなくても迅速に移動できた。


「三時方向に側面を採りに来た奴だ!」


「徹甲弾装填!」


「照準付けます」


 被弾してもある程度は弾けるため砲手は冷静に狙う。距離は近くて外すことはあり得ないがしっかりと57mm砲を向けた。徹甲弾も純粋なAPのため高弾速で三号戦車に吸い込まれる。砲塔正面を狙った一撃は正確を極めて弾薬庫まで達すると誘爆を招いた。直後には敵戦車は砲塔と車体が離れ離れに分かれる。戦車兵にとっては恐怖の絶望的な光景だが戦闘中に恐れている暇は無かった。ここで可能な限り時間を稼いで味方の後退を支えなければならない。


 森を抜けようとする島田戦車隊を見てドイツ軍主力は遂に諦めた。抜けた先にある川を渡るつもりだが強力な守備隊がいることが定番だろう。無理に突出して各個撃破されては本末転倒のため石橋を叩いて歩いた。ここは空軍の出撃を待って攻勢を停止する。三号戦車多数撃破される大損害を被ったが敵戦車複数を擱座させ、一応はアルデンヌの森を突破しマジノ線迂回は果たせそうだ。切り開いた道に後続の味方を侵入させて電撃戦を仕掛ける。


 さて、森を抜けて川まで後退した島田戦車隊はチハ1を4両とホイを5両失った。かなりの痛手であるが兵の大半は負傷しながらも脱出に成功している。友軍戦車や歩兵に便乗して逃げ切った。残存車両も堅実な設計を持ち航続距離も長いおかげで敵の追撃が及ばない距離まで退避している。懸念された敵空軍の爆撃も無く当初の予定通りで機械化歩兵と共にカレーまで段々と北上を始めた。ベルギーやオランダの攻勢でドイツ軍は必ず空軍を使ってくることは判明している。戦車隊は航空部隊に無力のため完全に捕捉される前に逃げるのが最善手と言えた。


 そのためか打ち合わせでやって来たイギリス歩兵隊隊長との会話でも専ら空軍が話題となる。


「味方空軍は踏ん張っているだろうか」


「私が知っている限りでは援軍が展開しているはずだが機体は旧式でスピットファイアは1機もいない」


「ではフランス空軍に…」


「無理だろう。私は陸軍の人間だがフランス空軍は貧弱であるよ」


「そうか…」


「悪いことは言わない。このままカレーまで逃げるのが得策だ。キャプテン」


 イギリス兵は辛辣に告げるが事実である。フランス空軍の戦力は全く足りていなかった。新型機の配備を超特急で進めているが資金面や生産面の問題が噴出して間に合わず旧式の複葉機まで出している。しかし、実際はメッサーに劣れど奮戦と奮闘して主力のMB.150やMS406は損害と同じ数の敵機を撃墜しており完膚なきまでコテンパンにやられたとは評せなかった。その奮戦の間に何とか新型のD.520を揃えたい。


 それではイギリス空軍はと聞きたいが陸軍士官曰く新型スピットファイアは一機も無く、既に陳腐化が見え始めたハリケーンや複葉のグラディエーターが送られていた。イギリス空軍は新型スピットファイアを本土防空の切り札として温存したいのである。本土を優先することは理解できるが少しだけでも送ってあげて欲しいものだ。


 となると、最後の希望は日本陸海軍の航空隊となろう。いいや、こちらも生憎ながらフランスに展開した隊は一つも無かった。主にイギリス空軍とフランス空軍が防空を担う都合で日本が出しゃばると失礼にあたる。戦争にメンツも何も無いと思われようが気にする軍人は少なくなかった。とは言え、日本海軍は空母機動部隊を直ちにオランダ=ベルギー方面に出撃させては敵地上部隊へ空襲を行う予定が組まれている。日本陸軍は数が少ないためイギリス空軍と協同したが増援を受け次第に各地で飛び回った。


「奴らの爆撃機は侮れない。仕方ないことだ」


「承知した。カレーまで砲兵隊と共に撤退する」


 空の守りが無い以上は徹底抗戦は無効化される。対空戦車すら持たぬ戦車隊が対抗する手段は皆無だ。島田隊長としてはマジノ線を機能させるためアルデンヌで耐えたかったが冷静なイギリス士官から宥められて諦めざるを得ない。むしろ、よくぞ敵軍主力を食い止めたと褒めるべきだった。数的劣勢ながら森を活かした防御で遅延を強いたが結果的には突破を許していることは仕方あるまい。


 もっとも、アルデンヌが突破されたことは即座に共有されてマジノ線の部隊は速やかに陣地転換した。マジノ線を固持しては背面を断たれて包囲の危険度が高まる。よって、速やかに移動して待ち構える策に出た。少なくとも史実の大包囲から崩壊の序章は避けられ、それだけで島田戦車隊の大戦果と言って差し支えない。


 彼らは川沿いにある村を目指して一先ず落ち着いた。村で補給を受けてから港があるカレーに向かう。パリ方面など移動先は幾らでもあったが川を渡る必要性が怖く思われた。というのも、渡河中に敵から空爆を受ける恐れが大いにある。川を渡るには大きな準備と大きな行動を伴い無防備と化した。どこもかしこも制空権が物を言うのである。


 そんな彼らの孤軍奮闘は無駄ではなかった。日本軍に絞って見ると大戦果を挙げている。海軍は四四艦隊が攻撃隊を出撃させてドイツ軍地上部隊を爆撃し始め、ついに零戦がメッサーシュミットと激突することになった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る