第18話 まやかしの終わり

1941年5月11日 東京


「始まりましたな。ドイツの黄色作戦によるベルギー、オランダ、フランス侵攻です」


「これからは軍が主流となるため、もはや私にできることはありません」


「何を言いますか。幣原首相と共にオランダと交渉を纏めて東インド(インドネシア)を委任統治領とした上で独立させる策は成功しました。ここの石油や石炭、ゴム、銅、錫、ニッケルなど必要な資源がたっぷりで我が国の存亡に関わります。本土へピストン輸送を行い軍需か民需かを問わず大量の物を生産できましょう」


「そう言ってくださると頑張った甲斐があります。しかし、生産は本土と中国で急いでも戦場に間に合うかどうか分かりませんか」


「えぇ、ベルギーとオランダは一週間も持ちません。よって、陸軍は兵を置かず市民を迅速に脱出させることに専念させました。フランスは英仏軍の頑張りに期待するところですがアルデンヌの突破は確実と思われますので」


「なんとかして遅滞防御を図りますが一気にカレーまで後退するでしょう。ダンケルクなど北東から迫る敵軍は海軍の空母機動部隊が食い止めてくれます。その間に戦車揚陸艦でイギリス本土まで撤退して再起を図るしかなく」


 会議室には総合戦略研究所の構成員と陸海軍の使者が集まった。そして、遂に終わったまやかし戦争を話し合う。昨日より始まったドイツによるベルギーとオランダ、フランスへの侵攻に対して日本が同盟を盾にどれだけ戦えるかを考えた。ポイントは主に政治外交と軍に分けられる。


 政治外交では幣原内閣がオランダ政府と交渉してアジア領の東インドことインドネシアを日本に渡して委任統治とすることを引き出した。当初こそオランダは攻められないと楽観視していたがドイツ軍の攻撃作戦がベルギー経由で漏れたことで急転直下であわてふためいている。ヨーロッパの情勢を鑑みた上でただでさえ日本主導のアジア独立の風が吹き荒れる東インドを保持することは無意味だった。したがって、穏便な話し合いで日本領に移転されたが将来的には独立することを約束し、高度な自治(立法・司法・行政)を現地政府に認める等と旧態依然とした支配は行われない。


現地は日本の解放政策を歓迎して日本を盟主としたアジアの一員に加わった。東インドを手に入れたことは外交的な勝利だが軍事的にも大きい。資源大国の地域で石油と石炭の燃料類からゴムや金属まで幅広く分布した。戦場はヨーロッパのため平和なアジアでは戦略物資を安定して工業に供給できるだろう。工業は日本本土と中国各地で大発展を続け軍需物資を絶え間なく生産した。海軍と陸軍と空軍で必要なる武器弾薬は広大な工業地帯と莫大な資源を糧にどれかを捨てることなく全てを賄えてしまう。


「逃げきれますか?」


「それは心配に及びません。チャーチル海軍大臣から全面協力を取り付け日英海軍の護衛の下で戦車揚陸艦から輸送船まで多種多様な船がイギリス軍を含めて回収します。ドイツ空軍も日英の空母機動部隊がいれば手を出せません」


「先に四四艦隊を派遣して正解でした。しかし、陸軍には申し訳ないのですが追加の空母機動部隊は秋にならないと派遣できません。ドイツ軍に新型Uボートが確認された関係で海上護衛総隊を拡大する護衛空母を追加した増援を送らせていたたきだい。それから空母機動部隊を追加となると、どうしても秋にずれ込んでしまい」


「いえ、戦場はアフリカに移りますから大丈夫でしょう。大西洋を通らなければ陸軍は安心して移動できます」


 通商破壊を免れるため遅れて陸軍もヨーロッパに展開した。数個軍団がイギリス経由でフランスに赴いたが、主力はイギリス及びフランスの軍隊であり下手に目立ってはメンツをつぶしかねない。あくまでも要請に基づいて行動し最前線にいるのは戦車隊だけだ。対戦車砲と野砲が並列する複合砲兵隊や装甲歩兵隊は後方に位置する。その代わり、ドイツ軍の浸透から逃れるため戦車隊が迅速に後退できる道を確保して最終的にカレーから全面撤退が可能となるよう努めてくれた。


 カレーからの撤退は海軍の支援を受けながら輸送船から戦車揚陸艦まで使える船を総動員してイギリス本土に逃げる。しかし、カレーは地理的な問題でベルギー方面の北東部から迫るドイツ軍が厄介だった。それこそ海軍の出番であり空母機動部隊が盛んに爆撃隊を発して地上部隊を叩き、戦闘機隊は上空のドイツ空軍を撃滅することで日本に限らずイギリス軍の撤退も支える。


「オランダ海軍はどうですか」


「カレル・ドールマン提督の艦隊が市民の脱出を成功させました。その後は抵抗できるだけ抵抗すると息巻いた勇将ですが、本国が降伏した際は脱出して日本海軍に加わることを承諾されています」


「オランダは国境の要塞線が突破されたと聞いています。また、ロッテルダムなど都市部に無差別爆撃が行われ徹底的な破壊が与えられたとも」


 フランスの迂回路でオランダとベルギーを使おうとしたドイツ軍は10日で要塞線を突破している。また、都市部に無差別爆撃を仕掛け組織的な抵抗を不可能に追い込もうと試みた。両国が築いた自然の要塞線はドイツの精鋭空挺部隊が降下すると戦闘工兵が防衛線に穴を開けている。その穴に機械化された歩兵部隊が雪崩れ込んであっという間に崩壊した。守備兵力が後退するところには空軍が猛爆撃を加えて確実に防衛の戦力を削り、且つ無差別爆撃で都市を破壊し回ってオランダのインフラを寸断していく。いち早く降伏に追い込もうとする算段だが各都市から市民は脱出済みだ。東インドから帰還したカレル・ドールマン提督の艦隊が乗せられるだけの市民を乗せてイギリスまでピストン輸送を行ったことが幸いとなる。よって、幸いなことに市民の被害は極わずかで収まった。


「オランダ及びベルギーの北東部からダンケルクとカレーの海運拠点を包囲するでしょうから、アルデンヌ地方の機甲戦力がどれだけ時間稼ぎの防御を果たせるかが重要になりましたか」


「送ったのは最精鋭の島田戦車隊です。彼らならきっとやってくれます」


 アルデンヌ地方でどれだけ遅延させられるかが最重要である。仮にアルデンヌ地方を突破されても連合国軍が立て直せる時間を稼げれば十分に勝利と言えた。そして、自分達もイギリス本土まで逃げられる余裕を確保する大奮戦を期待したい。ぶつかるは敵軍の主力だが機動力に優れる機械化歩兵と共にドイツ軍を苦しめて欲しかった。


=アルデンヌ地方の森=


「静かに…敵戦車だ」


 ドイツ軍の攻勢が始まったアルデンヌ地方は思ったよりも慎重と見える。森に身を潜める戦車隊はドイツ軍の軽戦車を見て静まり返った。自ら姿を見せてはならず受け身である以上は防御の奇襲を仕掛ける。随伴歩兵のイギリス兵もよく理解してくれて砲戦車の後方に伏せていた。車両も歩兵も高度な偽装を纏って森と可能な限り同化して被発見を避けることに成功する。偵察と思われるドイツ軍の軽戦車は反転して戻っていった。


「一号戦車だな。旧式化して二線級戦力になったが偵察車両としては十分だろう」


「森の中で装輪装甲車は動きづらいので軽戦車を使うのは正解ですね。しかし、日本の忍者を舐めてもらっては困りますよ」


「だが、反転したことは油断し切った敵が突っ込んでくることを意味する。歩兵と共に新型戦車が雪崩れ込んでくるぞ。総員戦闘配置につけ」


 遠く離れた日本から船でやって来た島田戦車隊のチハⅠとチハⅡ、ホイⅠは戦闘態勢に移る。事前のフランス空軍による航空偵察やイギリス諜報部からの情報提供でドイツ軍は新型の30t級戦車を投入したと知った。詳細までは把握していないが真っ向勝負で戦うしかない。ノモンハン事件でソ連の戦車と戦った経験を活かして遅滞防御を図るしか手段は用意されていなかった。内陸部に引きずり込んでも構わないが制空権の問題から難しいため、後退後は迅速に友軍と合流してカレーまで撤退する計画が存在する。


 ただ、大前提として初撃を弾き返さなければならなかったが。


続く

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