第17話 轟沈続出ナルヴィク海戦

4月10日


 戦争は激化の道を辿る。まやかし戦争と呼ばれるドイツとフランスの睨み合いは続いているが海は相も変わらず酷い戦いが繰り広げられた。氷が解け始めたことで新型Uボートが動きやすくなり通商破壊作戦が大規模に展開されるとイギリスに代表される連合国は商船の沈没が相次いぐ。しかし、領域が大西洋が大半を占めたため日本の増援は海上護衛総隊の護衛の甲斐あり続々とイギリスに到着した。そして、大小合わせて10回を超える増援の派遣により日本海軍は余剰戦力が生じている。


 そんな中でドイツ軍は北欧侵攻を開始した。氷が解けて軍艦が通る航路が開かれると直ちにヴェーザー演習作戦を発動しノルウェーとデンマークに攻め入る。デンマークは一切の抵抗なく無血占領したが、ノルウェーは連合国に救援を求めて必死に抵抗した。既に大都市では陸上戦が行われて懸命にドイツ軍を食い止めている。


 これを受けてイギリスのチェンバレン内閣海軍大臣チャーチルは日本海軍に出撃を要請した。イギリス海軍は対Uボートやポケット戦艦による通商破壊の阻止に忙しく出れない。偵察ではドイツ駆逐艦10隻がフィヨルドのナルヴィク港を占領と知って撃滅を画策した。日本海軍は要請を快諾するとフィヨルドの狭隘な地形を突破して敵軍を撃破するべく少数精鋭の水雷戦隊を投入する。


「酷い天気ですよ、これは」


「そうだなぁ。ただ、これならUボートも激しい海に呑まれて碌に哨戒できんぞ。今こそ絶好の機会だろう。港に突入次第停泊している10隻の駆逐艦及び20隻以上の輸送船を水雷戦で仕留める」


 イギリス北部の港から出撃した日本艦隊は精鋭水雷戦隊だ。艦隊型軽巡『羅臼』を旗艦にし特五型駆逐艦『夏雲』『峯雲』『霞』『霰』を連れた計5隻から構成される。敵が自軍の二倍である10隻もいることを鑑みれば博打のような行動だが高練度と新兵器を提げた彼らには怖くなかった。


 しかし、天候は酷いとしか言いようが無い。まさに荒天でありまともに行動できないと誰もが思うが水雷戦隊は悠々と突破せしめた。これぐらいの荒れた天気は冬の日本海で幾度となく経験している。また、第四艦隊事件以降の艦艇は大幅に強度を増しているため高練度と相まって突破可能だった。


 艦橋に立って荒天を何食わぬ顔で眺める指揮官は木村昌福少将である。水雷戦隊の指揮官としては豪胆さに欠けたが落ち着き払って的確な命令を出し、天候を味方につけてあっと驚く突破戦術を繰り出す名将だった。


「偵察機が無くて大丈夫でしょうか」


「問題ないよ。敵さんは港に停泊して直ぐには動けない状況にある」


「はぁ、なぜですか」


「油が足りんのさ。イギリス海軍がソ連から出てきた敵の油槽船を撃沈したらしい。時機からして北欧に侵攻した部隊に補給を行うためだろうね。しかし、撃沈されてしまって燃料が足りず動くに動けない。ナルヴィク港に物資があると踏んでいたが実際は嘘で何もなかった」


 その通りとハンコを押す。ドイツ軍はナルヴィクを占領して現地調達を試みたがノルウェー軍の物資は全然無かった。食料や服などはあるが艦艇を動かす燃料の類はあっても極僅かで窮地に陥る。そこでソ連に隠しておいたタンカーを派遣したが道中で封鎖を試みたイギリス海軍に捕捉された末に敢無く撃沈された。這う這うの体で到着したタンカーから補給を受けるが10隻を賄うことは到底不可能である。スローペースで行われたこともあり明日か明後日にならねば動けなかった。


「フィヨルドの地形は狭隘だから操艦は最大の注意を払え。なに、Uボートは怖くない」


 ナルヴィクの駆逐艦を守るため新型Uボートをフィヨルドの海域に派遣している。しかし、想像以上の荒れた天気によって哨戒はままならなかった。どれだけ優れた潜水艦でも荒れ狂う天気の中ではもみくちゃにされる。何とか潜伏を維持できても雷撃は激しい海によりとてもだが不可能だ。


「突入は夜を基本とする」


~深夜~


 夜で静まり返ったナルヴィク港には案の定で給油を待つドイツ駆逐艦がいる。ソ連から来たタンカーから満足に油を貰えたのはたったの3隻だ。本来は数隻ずつ各フィヨルドに分散させる予定だったが想像以上の荒天のため動けていない。普通に考えて荒れ狂う天気の中で行動できる小型艦は無かった。


 しかし、常軌を逸した精鋭水雷戦隊は見事にUボートの網を天候を味方に突破してナルヴィク港に突入する。いきなり砲撃開始では自らの存在を暴露することになるため必殺の新型酸素魚雷を一斉射した。現時点では日本が唯一開発に成功した魚雷であり、酸素魚雷は従来の空気魚雷と異なって航跡が見えない隠密雷撃が可能とされる。また、圧巻の大出力により高速且つ超射程を兼ね備えて炸薬量を倍近く増やして圧倒的な破壊力を手に入れた。本土で行われた標的艦への実弾試験では巡洋艦を一撃で真っ二つにしている。


 夜で視界が悪く航跡も見えないとなれば回避できるわけがなかった。ましてや給油を待つ停泊中では尚更であろう。静止状態の駆逐艦は続々と被雷して真っ二つに折れていった。不運なことに旗艦ヴィルヘルム・ハイドカンプは2発貰って脱出の暇さえ与えられず爆沈する。


 日本水雷戦隊はキングサイズの61cm酸素魚雷を四連装発射管から発射した。他国よりも遥かに強力な酸素魚雷を大量に流し込まれては堪らない。しかし、自動装填を使っても40秒程度を再装填に要した。商船が盾となって被雷を免れて辛うじて動ける駆逐艦は出港を急ぎつつ反撃の狼煙を上げる。出入口は狭いため見えなくても当たると考えたが自らの姿を暴露することを理解していなかった。指揮官が生きていれば即時退避を命じただろうが指揮系統は崩壊して大混乱にある。


「先に駆逐艦を狙い撃て。商船は後で構わん」


 お次は12.7cm連装砲が火を噴いた。敵が先に撃ち始めたため正確な位置を把握できる。熟練された艦隊は流れるような手順で照準を付けると猛烈な砲撃を開始した。この時のドイツ駆逐艦は1934年型と1936年型で構成されたが、日本の最新駆逐艦に比べて貧弱である。圧倒的な重武装で世界を驚嘆させた特型駆逐艦の流れを汲む朝潮型よりも火力不足が否めず、統制が取れていないバラバラの動きでは何らの脅威ではなかった。


「気の毒だのぉ」


 動けない駆逐艦が大半を占めるため各艦が集中砲火を被る。最初の雷撃で先のヴィルヘルムに限らずゲオルク、ベルント、ケルナーの4隻が轟沈した。残った6隻は奮戦するが夜に慣れた高練度の水雷戦隊から12.7cm砲弾の直撃を受け続けて上部構造物は完膚なきまで破壊されていく。


 もはや海戦とは呼べない状態と評せた。動けない船は空を飛ぶ鳥よりも簡単に直撃させられる。果敢な反撃により水雷戦隊は数発被弾したが不断の胆力で数倍にして返してやった。圧倒的な火力の前にドイツ駆逐艦は次々と被弾から轟沈が相次ぐ。そして、最後の止めとなったのは旗艦羅臼が味方駆逐艦の間を縫うような精密雷撃を敢行したことだった。瞬く間に2隻が爆沈して残る4隻は猛砲撃で大炎上している。何とか脱出できそうな者は海に飛び込んで港に上がった。


「敵駆逐艦は全滅しましたが、まだ商船が残っています」


「国籍は?」


「ドイツ籍と見て間違いありません。ノルウェー侵攻のために用意したのでしょう」


「そうか。中には鹵獲されたノルウェー籍もいるかもしれんが、ナルヴィク港を使わせるわけにはいかない。ひとまず、降伏勧告を行ってから判断しよう」


「はっ!」


 小一時間の戦闘でドイツ駆逐艦は全滅する。恐ろしき酸素魚雷と砲撃によって10隻は悉く海に沈んだ。生き残った兵士たちは港に上がって寒さを耐えるが抵抗できるわけがない。彼らを撃つ手段もあったが人道主義の木村少将は降伏勧告を発した。ノルウェー侵攻は見過ごせないため、せめて降伏勧告を受け入れて欲しい気持ちでいる。


 すると港から散発的に発光と銃声が聞こえた。仲間割れかと身構えるが銃口はこちらに向けられている。実力行使を以て降伏せず戦い続ける意思を表明した。となれば砲撃すると思われたが絶対にしない。その代わりに停泊している商船を全て撃沈することを命じた。


「商船を沈めて港を拠点として使えないようにする。我々の仕事は海の掃除だけであり、この後はイギリス軍に任せるのだ」


 余った砲弾を商船にぶつけると勢い良く燃えたり爆発したりする。案の定で武器弾薬や燃料を満載した輸送船と思われた。上陸から侵攻のため物資を満載して停泊していたがタイミング悪く荒天の中で水雷戦隊の襲撃を受けて退避できず的になる。それでも乗組員は戦闘が始まると退避しており大半が無事だった。まだ不幸中の幸いかもしれない。


 一通り商船を沈めた水雷戦隊は反転してナルヴィク港を脱出した。緊急通報を受けて敵の救援が来るかもしれない。仮に来たとしても駆逐艦と商船の残骸が邪魔となり掃除に時間を費すると予測された。この後はイギリス軍に交代してノルウェー侵攻を食い止める作戦が行われるため、これで彼ら水雷戦隊の仕事は一応は終了した。


 もっとも、圧倒的な強さを見せつけた日本水雷戦隊は世界中で畏怖の対象となるが。


続く

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