第15話 地中海とイギリス近海へ

1939年10月8日


 トラック島からとある大艦隊が出撃した。トラック諸島を含めた南洋諸島は第一次大戦の後に日本の統治が認められた島々である。遠洋拠点はトラックに限らずウルシー環礁にも海軍の拠点が置かれていた。大艦隊の駐留に適した南洋諸島は重要な遠洋拠点だろう。大艦隊の陣容は空母8隻を主として周囲を防空軽巡と特防駆逐艦が固めた。目を凝らして見ると中には潜水母艦も混じるがドイツ海軍に対抗する兵器を搭載して運用する文字通りの「母艦」である。


 トラック諸島を出撃した大艦隊は「英国救援艦隊」と名付けられた。しかし、兵士たちの間では日英間の友好を冠して「日英同盟艦隊」と呼んでいる。通称は派遣を打診されたイギリス海軍でも正式名称と同一視されており、正式な書類以外では専ら同盟艦隊と皆で親しまれた。栄えある日英同盟艦隊を率いたのは一航戦司令官の角田覚治中将である。一航戦の司令官ながらも二航戦と併せて全艦隊を指揮した。ただ、実際は二航戦司令官にして盟友である山口多聞中将と協同して行うことが殆どを占める。


「航海参謀、進路は予定通りか?」


「はい、このままシンガポールへ向かいイギリス海軍より第一次補給を受けます。同時にカレル・ドールマン提督のオランダ艦隊を戦列に加えてからセイロン島にて第二次補給を受け一時待機する予定です。戦況によっては今後の予定が変わりますが大筋の計画通りならばマダガスカル島で偽装高速タンカーを迎え洋上補給に切り替えてから目的地のポーツマスへ」


「約一か月の長旅です。Uボートを避けながら大回りで移動し、油のことも考えると…」


「仕方あるまい。それとオランダ海軍のドールマン提督は全てを理解して自ら艦隊に下ることを選ばれた御仁だ。その厚意を無碍にせずオランダに限らず全ての市民の脱出を支援するぞ」


「はい、よく存じております」


 日英同盟艦隊は特防駆逐艦と共にイギリスへ向かう途中で補給を受ける都合で各地を経由する予定が組まれた。特防駆逐艦は大型駆逐艦であり航続距離は8000浬確保されているが全然届かない。戦艦が基の大型空母ですら燃料缶を満載しても無補給は不可能だ。したがって、イギリスの拠点があるシンガポールに寄り特防駆逐艦は補給を受ける。同時に東インド(インドネシア)に展開するオランダ海軍の主力艦隊を傘下に加えた。


 失礼を承知で申し上げるがオランダ海軍はお世辞にも強力とは言えない戦力だった。旧型の軽巡と駆逐艦が主力艦隊を構成しているが到底足りない。祖国がドイツに侵攻される予想が立って急ぎ本国に戻ることが考えられたが、大量のUボートが蔓延る地中海や大西洋に突入した瞬間に雷撃の餌食となった。まだ交戦していないから見逃してもらえると思わない方がよい。中立国籍の民間船がUボートに撃沈される事件が相次いだ。


 潜水艦の天敵の軽巡と駆逐艦がいても旧式艦ばかりでは最新の潜水艦には良いカモとしか思われない。艦隊の指揮官であるカレル・ドールマン少将は熟考の末に日本海軍の角田艦隊に加わることを決断した。彼らは大規模な空母機動部隊に便乗して祖国まで戻り、イギリスに避難する市民をピストン輸送する役目を担う。無論ながら避難作戦には日英同盟艦隊が支援を申し出ていた。


 太西洋においては偽装タンカーによる洋上補給に切り替わる。偽装タンカーは中立国の民間船に偽装した高速タンカーを予め各地に散りばめ、作戦が発動した際に近場のタンカーが補給を行った。建造は大連の民間造船所が川崎重工業の高速タンカーを基に偽装を施して量産する。溶接を多用するブロック工法のおかげで現時点で20隻が民間船を纏って離散した。旅順に隣接する大連は軍艦は旅順に任せて専ら民間向けを受注するが、民間船を建造して来た経験を活かして高度な偽装を与える。掲げる旗は中華民国やタイ王国などアジア系が多くUボートに捕捉されても攻撃し辛い国籍だ。艦長はアジアの船を沈めても戦局は何ら変わらないため魚雷の無駄と判断するだろう。


「これで東インドの守備はがら空きとなりました。日本へ委任統治が決まったので空けても良いという。オランダは自国を守ることで精一杯のため遠方の領地は日本に渡して独立させる方が得策と考えたと見ています」


「オランダの次にはフランス領が加わった。私には外交は分からないがアジアの領地を捨てる程までヨーロッパは緊迫している。イギリスとフランスは先月ドイツに対し宣戦布告を行った。日本政府は日英同盟を理由に遅れながら宣戦布告を突きつけている。Uボート警戒に気を引き締めるな」


「イギリス海軍が担当する海域を含めベンガル湾からアラビア海、紅海、インド洋にかけて海上護衛総隊の本隊が動き回っているので、いくらUボートと雖もそう簡単に雷撃は出来ないと思います」


 日英航路の内で大西洋と地中海以外は日英海軍が制海権を確保して侵入を図るUボートを封じ込めた。まだ優秀なソナーなど索敵兵器は開発されておらずそうそう捕まらないが、雷撃を試みたUボートは忽ち海上護衛総隊に捕捉されて撃沈される。宣戦布告から1ヶ月も経っていないが既に3隻を撃沈していた。一度に使用される爆雷の数は100を優に超え飽和爆雷攻撃はUボートを苦しめる。贅沢な攻撃だが投下するのは倉庫を圧迫する旧式の九五式爆雷であり在庫整理を兼ねた。消費された爆雷の分は輸送艦から貰う又はイギリス海軍から融通を受け補充する。


 掃除済みの海域でも油断できなかった。定期的に空母から艦攻が低空哨戒飛行に出ている。艦攻隊は航空雷撃を攻撃手段とするため低空飛行はお手の物だ。また、長い航続距離と相まって対潜哨戒機としては十分過ぎる。翼の下に感圧信管の60kg対潜爆弾4発を携行して少しでも怪しい場合は躊躇なく投下した。


「先遣隊の第一次地中海派遣艦隊はどうした?」


「直近の報告ではセイロン島で待機しているようです。やはりドイツ海軍の動きを警戒して突入時期をずらすつもりかと」


「なるほど、懸命な判断であるな」


 地中海方面の第一次地中海派遣艦隊は艦隊型駆逐艦のみで構成されるスマートだ。高速を発揮して飛び石のように各地を経由すると現在はセイロン島で待機している。たっぷりと燃料を補給しているため紅海に赴いてスエズ運河を通り地中海突入はいつでも艦攻可能だ。しかし、馬鹿真面目に突っ込んではドイツの動き次第では壊滅の目に遭うだろう。最近にはドイツ海軍が潜水艦を使ってスエズ運河の機雷封鎖を目論んでいると情報が入った。


「第一次は誰が率いている?少数の駆逐艦部隊と聞いた」


「田中頼三少将です。少数の駆逐艦と言いますが駆逐艦8隻となります」


「田中頼三少将…水雷戦の匠か」


 地中海突入はかなり慎重に行われるらしい。地中海はドイツ海軍の基地が多数設置され、イタリアが本拠地とする海のため大量のUボートにSボートが展開した。さらに空軍基地も多数置かれていてスペイン内戦で猛威を振るったドイツ空軍の爆撃機がうじゃうじゃいる。大艦隊で突入すると一網打尽にされる恐れがあった。よって、田中頼三少々を司令官にした第一次地中海派遣艦隊を先遣偵察として送り込んでいる。


 司令官の田中頼三少将は積極性に欠けると評されるが部下たちは戦場の機微を逃さない将軍と述べた。積極性に欠けるのは不利や未確定要素が多すぎる危険な時は慎むだけであり、今こそ絶対の勝機ありと見られた時が訪れると一転して獣のように襲い掛かる。演習では大人しい消極姿勢が目立ったものの数少ない機会を確実に活かして敵を水雷戦で撃滅する姿は史実とは全く逆に高く評価された。しかし、それでも煙たく思う者は一定数いるため思う存分に暴れ回ることが可能な地中海に送る。敵数は数えきれず煙たがる味方はおらずの最高の環境だった。


 田中少将に預けられたのは最新鋭の特六型駆逐艦の陽炎型と特五型駆逐艦の朝潮型である。全国各地の分散建造のおかげで朝潮型は16隻が39年度中に就役して陽炎型は20隻が40年にかけて就役していった。そして空いた造船所ではすかさず後継の特七型駆逐艦の夕雲型駆逐艦の建造が始められる。


 陽炎型と朝潮型の武装は共通し12.7cm連装両用砲が3基6門に四連装魚雷2基8門を持った。補助的な武装としてボフォース40mm機関砲を国産化した40mm連装機関砲を置いて対空に限らず対魚雷艇でも威力を発揮する。しかし、最も注目すべきは最高速度は40ノットを叩き出すことだ。あっという間の高速で接近して敵艦隊に必殺の雷撃を仕掛ける運用では速力が要求される。したがって、駆逐艦として過剰な大出力機関が搭載された。


「地中海の安全を確保してから陸軍を満載した輸送船団がアレキサンドリアに送られます。ドイツ・イタリア軍は太平洋に繋がる航路を得るためスエズ運河を確保したくて堪りません」


「スエズ運河は我が国にとっても重要な要衝です。イギリス軍は死に物狂いで徹底的に防衛するでしょう。陸軍もドイツ・イタリア軍を食い止めるため量産型のホイ1とチハ2を派遣することを検討しています」


「陸軍さんの道を切り開くのは地中海派遣艦隊でも我々がイギリス本土を守らねば意味が無い。ドイツ軍は海軍に限らず強力な空軍を擁しポーランドは猛烈な空爆に襲われている。戦闘機も新型を揃え従来機を圧倒したと報告が届いた。我が艦隊は試製零戦に九九式艦爆と艦攻の新型機を並べたが勝てるかは全く読めん。しかし、たとえ装備で劣ろうとも各員の技量で幾らでも覆せるのだ。総員奮起せよ」


「はっ!」


 角田艦隊は待ち人であるオランダ海軍カレル・ドールマン艦隊を迎えに一路シンガポールを目指した。


続く

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