第13話 シーレーン防衛の切り札

1939年8月20日


 大日本帝国は二度目の世界大戦の匂いを嗅ぎ取るとシーレーン防衛を主とする海上護衛総隊を発足した。シーレーン防衛のため対潜水艦に特化した組織であるが大きく三つに分けられる。本土近海を動き回る近海部隊とアジア各地と本土を結ぶ商船を守る遠洋部隊、遠方に進出するだろう海軍の艦隊が通る航路を確保し維持する本隊の3個があった。近海部隊は全国各地で大量建造される小型海防艦で構成され、遠洋部隊は旧型5,500t級軽巡洋艦と特一型駆逐艦を対潜特化に改造して運用している。小型の海防艦では航続距離が足りないため旧型の主力級を用いた。しかし、そっくりそのまま使うことは無い。後部甲板を更地にして爆雷の増加と爆雷投射機の増設を与えた。それでも空いている箇所には陸軍から提供された迫撃砲を載せる。


 小型海防艦は排水量800tから900tの範囲で大量建造された。研究を重ねて強度を確保した改良式ブロック工法を以て全国各地の中小造船所で続々と進水している。駆逐艦よりも小型なため中小造船所で簡単に且つ早く作れた。既に100隻にも迫る一号海防艦と二号海防艦が就役している。対潜装備は試製零式爆雷を120個と九九式爆雷投射機12基を後部に有した。その他として前部には12cm砲を2門持つが両用砲ではなく安価で急造される短砲身の榴弾砲である。潜望鏡を上げているなど浅い所の敵潜を曲射の砲撃で撃沈することを目論んだ。


 最後の本隊は言葉よりも見た方が早いだろう。百聞は一見に如かずだ。


=高知沖=


「宿毛支部より出撃した『藍丸』『大興丸』『相良号』『浜岡号』の特設水上機母艦が1時間後には合流する予定です」


「まだ戦争は始まっていない。遅れても構わないから事故を避けて確実に合流することを告げよ」


 海上護衛総隊の本隊は日本を離れてイギリス領シンガポールに寄って燃料の補給を受けてからセイロン島を目指した。セイロン島を拠点にしてベンガル湾とアラビア海を動き回って哨戒活動を行う。表向きはイギリス海軍の要請を受けた上で民間船の海難事故に備える任務だ。もっとも、本音は日英海軍の航路を確保して維持する露払いが込められる。仮想敵国であるドイツは第一次大戦より仮装巡洋艦と潜水艦Uボートを投入して通商破壊作戦を展開したことを知る日本海軍はそれを封殺する海上護衛総隊を発足させた。なお、艦隊に随伴することは原則としてあり得ない。艦隊随伴は航空巡洋艦と駆逐艦の役目のため出張らなくてよかった。


「重巡とも言えず軽巡とも言えない弩級海防艦とは海軍の悪知恵が働いた本艦です。シンガポールでは注目を集めること間違いありません」


「そう気を抜いて冗談を言えるのも後少しだな。いつドイツが爆発するか分からん」


「はっ、失礼しました」


「いや、気持ちは分かる。だからと言ってだ。静かにもなり過ぎるなよ」


 横須賀を出撃した本隊は異様な艦が先頭を走った。先頭の旗艦らしき大型艦は重巡洋艦に見えるが砲は前部にしかなく後部甲板は更地らしい。新鋭重巡洋艦である利根型や改利根型は主砲を前部に集中させて後部に水上機を沢山積載した。それでは新鋭重巡洋艦かと思っても不正解である。水上機を射出するカタパルトは一切見えず爆雷投射機が多数置かれて爆雷が大量に準備されていた。


「いつでもUボートに対して攻撃できる用意だけは怠らなければよい」


 異様な重巡洋艦もどきは弩級海防艦という規格外の海防艦に分類された。海防艦の範囲と言われても排水量が8,000t以上のため重巡洋艦と誤認してもおかしくない。設計思想は対潜に特化した海防艦としか言いようが無く、規格外の意味を与える弩級を付けて他と区別した。弩級海防艦は普通の海防艦が届かない遠方に赴いて大量の爆雷によるゲリラ豪雨を降らせる。いわゆる飽和爆雷攻撃で敵潜水艦を押し潰すことが主目的だった。恐ろしく合理性を欠いた荒業であるが味方艦が沈むことを防ぐためなら仕方ない。余談だが対空能力は防空艦に比べると劣るが12cm連装両用砲と8cm単装砲により決して貧弱とは評せなかった。


 弩級海防艦を考案したのは新設された大分県の大神海軍工廠である。若い士官が専門の大型海防艦を揃えて航路の確保と維持に努めさせるべきと主張した。その主張が認められて同工廠で排水量8,000tの弩級海防艦が建造されるが、かなり大型のため弩級は旗艦となる。しかし、飽和爆雷攻撃を最大限の威力を発揮するためには数を揃える必要があった。弩級海防艦は重巡洋艦クラスだから全然足りない。したがって、排水量2,000tクラスの真っ当な大型海防艦が追加された。両種の建造に際して前者は古鷹型重巡洋艦を参考にし、後者は夕張型軽巡洋艦を参考にしている。大神海軍工廠は重巡洋艦以下の建造を担う関係で丁度良かった。


 この時点で相当な対潜水艦の切り札だろう。だが、日本には古人が「念には念を入れよ」と残していた。潜水艦は海上艦以上に航空機が天敵である。逃走を図っても容易に追いつかれてしまい対潜爆弾か爆雷を投下された。潜水艦は機銃掃射でも潜航が不可能になる脆弱な艦種のため旧型機でも十分に撃破できる。いって、特設水上機母艦を頂戴してから目的地まで向かうのだ。


 特設水上機母艦は「特設」の熟語から分かる通り最初から水上機母艦として作られていない。民間船として生まれたタンカーや貨物船を海軍が徴収して水上機母艦に武装化など大幅に改造した。あくまでも改造のため本格的な艦に比べ性能は大いに劣る。それでも海の国際線を為した民間船ため航続距離は小型海防艦よりも数倍以上に長くあった。長期間にわたる対潜哨戒任務に対応できる水上機母艦は頼もしいだろう。


 搭載機は最新の零式水上観測機とされた。複葉水上機であるが抜群の安定性を有して低空を安全に長時間飛行できる。武装は7.7mm機銃と60kg対潜爆弾又は航空爆雷を搭載して潜水艦を狩った。まだ制式採用前の機体だが試作機の時点で極めて高い完成度のため先行生産された機体を優先的に供給してもらっている。


「護衛空母は第二次出撃に合わせて戦列に加わるらしい。よって、第一次の我らが最も潜水艦にとって食らいやすい獲物なのだ。海は友邦イギリスの手元にあるからと侮らずに僅かな異変でも報告せよ。仮に流木で誤認しても一切責めない。むしろよく褒めるように」


「やっぱり、本当の空母がいると心強いのです。後からでも合流できませんか」


「おいおい、我が家の司令官を困らせるなよ。出撃前に掛け合って龍驤でもいいから貰えないか上に掛け合ったんだ」


「軽空母は出せないらしい。鳳翔と龍驤は本土近海の哨戒に駆り出されている。護衛空母は習熟訓練があって間に合わなかった」


 どうやら水上機母艦はその場しのぎの妥協案だった。本望を言えば軽空母で構わないから航空隊が欲しい。もっとも、その願いはきちんと届いており補助的な役割の護衛空母が計画されて既に建造に移った。試験的に建造された軽空母の鳳翔及び龍驤を基に磨いた量産型軽空母という護衛空母が戦列に加わる。


 護衛空母は半年の六か月で完成することを目標にして排水量10,000t未満とし、艦載機を運用できるギリギリの最低限度に抑えることで各所を簡素化した。設計は民間商船を踏襲して徹底的な短期間建造を図ったが代償に運用できる機体はかなり限られる。しかし、対潜ならば満足に遂行できる航空機運用能力を発揮した。旧式の九六式艦上爆撃機や艦上攻撃機は複葉機のため離着艦可能であり、装備を対潜爆弾又は航空爆雷にすれば哨戒と攻撃を両立させられる。


「まぁ、ドイツ海軍は大西洋に注力している。ここまで出張って来ても襲撃は慎むと希望的観測を持とう。もちろん、奴らに国際規範を破る真似があれば相応の代価を支払わせてやれ」


 シーレーン防衛は彼らの働き次第だ。奮戦することを切に願う。


続く

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