第12話 ノモンハンの顛末

1939年 8月 


 モンゴルと中国の国境線付近をよく見ると所々に鉄の破片が散らかった。つい最近まで戦争が行われていたことが窺える。戦争の証拠としか言いようが無い景色が広がることは必ず勝者と敗者が存在することを意味した。していったい、誰が勝者で敗者なのだろうか。


「勝ちましたな。共産主義者は一歩たりとも踏み入れさせはせん」


「主義主張を浸透させたいなら言論を用いるべきだ。我らでさえ民主主義と立憲主義に基づき国政を行っている以上、武力でどうにかなる話ではないと理解したかな」


「まったく、お話にもなりません」


 彼らが眺める先には残骸となった戦車が多くある。主にソ連らしい戦車だが日本戦車もポツリポツリと混じっていていかにも激しい戦いだと察せた。2人も疲れた顔付きでも気持ちは晴れやかである。なぜなら、侵入して来た共産主義者を打ち倒し南下を弾き返したからだった。日露戦争に続いてソ連ロシアを押し返すことに成功している。もっとも、現在は停戦が結ばれて国家間の交渉が続いた末に原状を回復し、相互に不可侵で中立とする条約に発展した。


 一先ずは平和が訪れている。


「味方の航空戦力が踏ん張ってくれました。海軍からも快く戦闘機から爆撃機まで幅広い支援を頂き」


「ソ連軍が決定的に欠いていたのは地上部隊と空軍の連携だ。我々は空地連携を密にしたから勝てた」


 ノモンハン地方で発生した武力衝突はノモンハン事件と呼ばれた。ソビエト連邦とモンゴルが突如として国境線を超えて中国に侵攻する。これに対して個別的な自衛を振りかざして中国軍と日本軍が出動して全面戦闘に入った。当初こそ火力で勝るソ連軍に押されたが予め仕組まれた罠である。中国軍の防衛戦略は「引きずり込み」とされ敵が伸びきった時に逆包囲して殲滅した。


 火力で押すソ連軍は決定的に航空戦力を欠いている。よって、日中の航空隊が猛然と食らい付いてあっという間に平らげた。そして、制空権を確保すると新しく採用された襲撃機と新型爆撃機がソ連の地上部隊を薙ぎ払う。どれだけ高威力の重砲と雖も所詮は大砲のため機動力が悪く対空能力は持たなかった。ソ連軍は地上部隊に対空砲を僅かしかつけなかったため襲撃と爆撃で致命的な損害を被り続ける。


 しかし、大国は負けていなかった。


「あの対戦車戦闘は酷かったな」


「はい。まるで鴨撃ちでした」


 時は遡り6月となる。


 =6月のノモンハン地方=


 クリスティー式サスペンションによる高機動で履帯をぶん回す軽戦車隊が突撃して来る。念のために敷いておいた地雷原は突破されてしまったようだ。もっとも、端から期待していない。中国軍から提案された引きずり込んでから逆包囲する防御だからどうでもよかった。しかし、そのためには最も攻撃を受ける正面が耐えなければならない。敵戦車の大量侵入に対しては突貫工事で建設された対戦車陣地が阻んだ。


「敵戦車の装甲は薄い! 遠距離で撃っても構わん!」


「味方戦車隊が前進を開始!」


「よし、彼らが盾となってくれる。狙い撃てぃ!」


 ずらりと並ぶは日本/中国軍の対戦車砲である。その陣容は新型の九八式五十七粍対戦車砲、既存の九五式四十七粍機動速射砲、旧型の九四式三十七粍速射砲の3種類が基本だ。最も多い主力の九五式は正式採用から4年経っている。よって、小幅な改良が加えられてヴィッカース社の助言を得て軽量化した。これのおかげでソミュア社を国産化したハーフトラックでも牽引が可能となり、元々の強みだった迅速な展開と撤収がもっと素早くなって機動力を増す。九四式は古くて非力だが榴弾と榴散弾を速射できる強みから対歩兵で控えた。新型の九八式は九五式を拡大させた本格的な対戦車砲である。57口径まで長砲身化して徹甲弾は1000mの距離で90mmの装甲板を貫徹した。この砲は後にイギリスで採用されたオードナンスQF6ポンド砲の兄弟と見られている。


 上記の対戦車砲に加えて重装甲を破壊するための切り札が用意された。緊急事態を理由に生産を前倒しさせた仮称機動七十五粍野砲が設置される。本来は来年1940年から大量生産に入る予定だったがソ連軍侵攻の危険を受け先行生産させた。野砲隊を構成するが徹甲弾を使用すれば対戦車戦闘にも十分に可能である。しかし、とにかく数が少ないため切り札で使いたかった。


 だからこそ、味方の戦車隊が迎撃に出て盾となる。


「撃てっ!」


 一斉に発射された57mm徹甲弾はソ連戦車に吸い込まれる。長砲身が生み出す高初速と高精度は強力だ。僅かな時間を挟んでソ連戦車は擱座していく。当時にしては57mmは一般的な口径とされ大半の戦車を撃破できた。それ以前に相手はBT-7らしくBT快速戦車は高速を追い求めたが故に軽装甲である。37mm対戦車砲でも容易に貫徹されてしまった。ただし、主砲は45mm砲を持ち決して侮れない強敵と言える。陣地に対して榴弾を発射されては堪らなかった。


「歩兵戦車は伊達じゃねぇな」


「野砲の支援を要請!」


「送ります!」


 真正面で耐える九五式重戦車改は正面装甲70mmを誇り45mm徹甲弾を悉く無効化している。強力な45mm砲でも非常識に分厚い装甲に阻まれ続けた。そして、反撃と撃ち込まれる75mm徹甲弾により粉砕される。改良によって信頼性を増した重戦車の75mm山砲は低貫徹力でもBT戦車程度ならば容易に食い破り炸裂した。


 とは言え、流石はソ連の物量攻勢だろう。どれだけ味方がやられてもひるまずに突っ込んだ。対戦車砲は鴨撃ちの如く撃ちまくるが数が多くて対応しきれない。これはマズいと判断した現場指揮官は通信兵に野砲隊へ砲撃を要請させた。どれだけ足が速い戦車でも降り注ぐ榴弾の前には停止せざるを得ないと読む。


 数分待てば後方から砲撃音が聞こえてきた。普通は兵隊の性で伏せるが今回は味方の野砲と確定しているため対戦車戦闘を続ける。装填手は薬莢と一体式の砲弾を装填しては砲手が狙いを付けて敵戦車を破壊した。一連の動作が繰り返されている間に無慈悲な大口径榴弾のゲリラ豪雨がソ連戦車に襲い掛かる。日本/中国軍は各部隊の連携のために野戦電話や無線などの連絡手段を網の目のように張り巡らした。窮境に陥った場合は直ちに支援を受けられる体制が整えられている。


「継続することを頼め! まだ止まらんぞ!」


 落下したのは105mmの榴弾と思われた。外れた榴弾が作った穴が75mmよりも大きい。こちらはシュナイダー社と開発した野砲で長射程と高精度を両立させていた。熟練の砲兵隊が運用した際は命中率は70%以上と凄まじい威力を誇る。キビキビ動き回る軽戦車には直撃させ辛いが大威力を活かした至近弾は本体を転覆させるか履帯をふっ飛ばすかと何らかの損害を与えた。動けなくなった戦車は鉄の屑に過ぎない。あっという間に57mm又は47mm徹甲弾の集中砲撃を受け爆散した。戦車に合わせて進軍する歩兵も一緒に吹っ飛んでいる。


「機関銃陣地が掃射を始めました」


「よーし、これで今日中の突破はできまい」


 有効射程距離に引きずり込んだことを確認した機関銃陣地が猛然と射撃を開始した。12.7mm重機関銃と7.7mm軽機関銃の混成だが両方とも強力な武器で敵兵はもんどりうって倒れる。後者は完全に国産化した傑作軽機関銃でも前者は伝説のM2ブローニング重機関銃をライセンス生産した。安定して敵の制圧と味方の支援をを行える傑作重機関銃は航空用に軽量化した国産九九式12.7mm機関銃として陸海軍で幅広く使われる。敵兵をなぎ倒すのはもちろんのこと何気に高い貫徹力で装甲車やBT戦車の内部乗員を殺傷した。


 各対戦車砲と各機関銃が猛る日中軍の頑強な防衛線にソ連軍は攻勢を諦めて撤退を開始する。防衛隊は追撃することなく損害を受けた箇所に補充を充てて直した。堅い守りを損害で身をもって知ったソ連軍は戦車の突破前に自慢の重砲隊を押し立てる。どれだけ堅い防衛線でも祖国の大口径152mm及び122mmカノン砲の前には無力と信じた。確かにその通りである。重砲の一斉射を貰えばひとたまりもなかった。しかし、それは重砲隊も同じだろうに。地上ではなく空からの襲撃にめっぽう弱かった。


 翌日のソ連軍重砲隊は戦車隊よりも地獄を味わう。


「て、敵の爆撃機だぁ!」


「味方の戦闘機隊が奮戦した。俺達が敵の重砲をふっ飛ばさないと釣り合わんぞ」


 上空を日の丸国旗と中華民国国旗を塗装した単発機が埋め尽くす。日中軍が急遽配備した九九式軽襲撃機だ。近距離航空支援を行うため開発された広義の急降下爆撃機である。陸軍伝統の液冷エンジンを唸らせて各自で目標を確認するとダイブブレ―キを展開した。胴体下部に250kg陸用爆弾を1発と主翼に60kg陸用爆弾を計4発格納している。彼らはピンポイントの急降下爆撃で重砲を仕留めた。


 離脱に移る途中で見かけた弾薬運搬車らしきトラックに60kg爆弾を放り投げる。装甲は無く弾薬を満載した車両には丁度良かった。敵兵が撃つ小銃は怖くないが念のため最高速度で離脱する。運動性は戦闘機と負けず劣らずを発揮して爆弾の投下後は即席の戦闘機として戦えた。もっとも、味方の戦闘機が敵戦闘機隊を壊滅させており機銃掃射に移る。


「完全に破壊したな」


「本当に敵機がいませんね」


「あぁ、なんせ海軍さんも加わったんだ。前線飛行場へ陸攻隊が爆撃してくれる」


 ノモンハンでの戦いは地上に限らなかった。上空ではソ連空軍のI-15とI-16が殺到するが日中軍の九六式戦闘機(陸)が迎えた。高い練度を誇るベテランが叩き上げたヒヨッコ達は教官に守られながら敵機をバタバタ撃墜する。I-15は時代遅れの複葉機のため怖くなかった。対して、I-16は単葉で引き込み式脚の難敵だろう。九六式は改良を経ても変わらず固定脚で劣ったが練度と高い士気に支えられて互角以上の戦いを繰り広げた。やや遅れて海軍が援軍として加わり、数でソ連軍機を圧倒する皮肉を生む。


 この空戦では特筆すべきことがある。それは陸軍も海軍も試作中の新型戦闘機を極少数投入して敵機を圧倒したことだ。陸軍は中島・川西社が海軍は三菱社が試作機を作成し、緊急時の特別処置という建前の下で無理やり実戦投入する。試作機のため色々とトラブルが予想された。よって、本土から緊急便の輸送機で各社の開発陣が現地に赴いて調整を行う。彼らの本音は貴重な実戦の機会で試作機を正式採用前に磨き上げたかった。


 そして、陸軍はキ43を海軍は十二試艦上戦闘機を最前線に投入している。特に技量に優れたベテランたちが操り国士無双の圧倒的な強さでI-16を玩具のように撃墜した。キ43は高速機の性格が強いため小隊単位の一撃離脱戦法を繰り出して破壊し、十二試艦戦は比較的に格闘戦向けであり小隊単位の格闘戦の末に叩き落とす。目指す道が現れたがキ43は格闘戦を行える運動性は確保され、十二試艦戦は一撃離脱を行える速度と機体強度が確保された。柔軟に対応できる基本性能があり後の伝説の礎になる。


 ノモンハンでの圧倒的な撃墜数と被撃墜機ゼロの凄まじい戦果に軍は制式採用を早めた。陸軍はノモンハンの件より即時採用で磨き上げが終わる前に採用して九九式陸上戦闘機こと通称『鷹』と名を付ける。海軍は展開するのがヨーロッパとなる都合でじっくりと熟成させた来年に採用して零式艦上戦闘機こと通称『零戦』と親しんだ。


 かくして、ノモンハンの制空権は日中軍の手中に収まる。


「こんなものだろう。そろそろ海軍さんの陸攻隊が到着するころだ」


 爆弾で重砲を破壊した九九式襲撃機隊は海軍の陸攻隊に道を譲る。本当の爆撃機に比べてピンポイントな精密攻撃が可能な代わりに満遍なくの攻撃は不可能だった。爆弾投下後の機銃掃射でも重砲は損傷させられても完全には破壊できない。その場で修復される恐れがあるため海軍陸攻隊の絨毯爆撃を地上を経由して要請した。初期型ながらも無電が整備されており空地連携が図られ既に威力を発揮している。


 九九式襲撃機が離脱した十数分後には九六式陸攻隊が60kg爆弾15発を携えて飛来した。中高度から慌てふためく敵重砲隊に対して絨毯爆撃を敢行する。後継機開発の関係でエンジンを火星一二型1500馬力に換装した最終生産型は爆弾搭載量が強化されていた。60kg陸用爆弾でも100発以上が雨嵐の如く襲い掛かれば逃げられるはずがない。


 これが止めとなった。


 調子づいて南下を試みたソ連軍は引きずり込まれた上に停止させられる。そして、大量の航空機による襲撃及び爆撃を受けて地上部隊は重砲から戦車隊まで壊滅の道を辿った。もちろん、あのソ連であるからシベリア鉄道を使って新戦力を送り込むことは可能である。事実として新戦力と武器弾薬を満載した貨物列車を発進させようと試みたが危険な賭けと前線の指揮官らはシベリア鉄道に頼り切る補給線を危惧していた。


 そして、危惧は現実となる。


 国境線を超えて戦略爆撃軍が運用する10機の重爆撃機3個がシベリア鉄道に添う形で爆撃した。戦闘機を壊滅させられたソ連空軍に抑える術は無く無抵抗のまま線路から貨物駅まで全てを破壊される。重爆撃機の名は伊達ではなく最少でも2tまで爆弾を携行できるため徹底的な破壊がもたらされた。シベリア鉄道の一部どころか極東方面の大半が潰滅させられてしまい輸送は完全に遮断される。辛うじて生き残った前線の将兵は撤退すら不可能に追い込まれ、日中軍の大反撃に抵抗ままならず玉砕した。


 それでは現在に戻るとしよう。


 =現時点でのノモンハン地方=


「再びソ連軍が侵攻することはありますかね。戦車は割とやられしまいましたが」


「わからん。ただ、戦車は重戦車を全廃して砲戦車に変えた。新型零式砲戦車と九七式中戦車改が主力に交代している。零式は英式84mm榴弾砲を持ちソ連の重戦車が相手でも戦えるはずだ。九七式中戦車改は75mm対戦車砲を積んでいるから大丈夫と信じたい」


「そうですな」


 ノモンハンの戦いの教訓を踏まえて日本軍は機甲部隊を強化した。敵に追いつけない九五式重戦車は全廃し、歩兵支援のコンセプトを維持した砲戦車に鞍替えさせる。中戦車は開発中だった九七式の設計を変更した改良型を揃えた。陸軍は国際的な緊張体制を理由にして地上と航空まで全ての装備を大幅に刷新する。海軍も航空向け装備を大更新していた。


 大規模な更新には多大な予算が要されるが心配無用である。イギリス/フランス/オランダから輸入するなどして支出を削減した。国産が最も好ましいが安価で外交的にも有効な武器貿易で軍を拡充する。


「この経験から学び改善した。そして来る対独戦か対ソ戦に備えるのだ」


 ノモンハン事件は次の戦いの布石だろう。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る