第10話 始動!敵地を焼く戦略爆撃軍!

 時は目まぐるしく進んで行った。国際情勢は特にヨーロッパで悪化の一途をたどっている。イタリアでムッソリーニのファシスト政権がエチオピア侵攻など暴走を始め、ドイツはナチス党が全権を握ると忽ち拡大を続けて再軍備宣言やラインラント進駐など活発な動きを見せつけた。これに危機感を覚えた欧州各国は対ファシズム体制を構築しているが衝突を避けるべく宥和政策の採用が相次いだ。ドイツを宥めることが大半を占める欧州に対してアジアの盟主こと大日本帝国は直ちに反ファシズムを明確にして治安維持法を強化している。対象を明確にしているため悪法ではなく取締は余程の場合に行われた。どの国よりも反ファシズムを徹底した日本でもヨーロッパのことはヨーロッパで決めることを尊重して介入や干渉は慎む。


 しかし、地味ながらもドイツや隣接国などから積極的に亡命希望者を受け入れた。ビザ免除などの特例処置を講じて1933年から大量のユダヤ系の亡命者が訪れ始める。日本はイギリスやアメリカよりも遥かに遠くに位置するため身の安全は保たれ易く、五大国の中でもいち早く世界恐慌から脱出し世界中から科学者や技術者を募集して魅力的だった。したがって、多くの科学者たちが特例を適用されて亡命する。中にはかの有名なアインシュタイン博士もおりイギリスとアメリカを経由して太平洋航路を使って日本に亡命している。亡命後は名を偽って国家戦略研究所が設立した帝国立の研究機関にて研究を継続し、若手の物理学研究者達と軍から寄せられる要望に画期的で応え続けた。もっとも、これは後々に響くため後に回させていただきたい。


さて、本題はこれではない。


1937年 静岡県浜松市


「おぉ~試作機が飛びましたぞ」


「やりましたな。二木さん」


「おちおち煙草も吸えませんでしたよ。これで対独及び対ソの切り札が一つ揃いそうです。イギリスには多大な恩がありますが第二次大戦で返しましょうか」


「えぇ、まったくです」


 静岡県の浜松には陸軍の大規模な航空基地が存在する。普通の航空基地の機能から航空訓練学校や研究所まで全てを完備するため試作機の飛行試験を行うのに最適だ。国土改造計画の土木事業で強化された航空基地は重爆撃機の運用が可能とされ、戦略研究所が策定した『戦略爆撃軍』が創設に伴って素早く入居する。そして、国産初の試作重爆撃機が初飛行を行った。


「まずは三菱の試製重爆撃機が無事に飛行したと。九二式重爆撃機の経験があり九七式を発展拡大させたようですのぉ」


「確か重爆はちょうど今飛んでいる三菱社と次の中島・川西社ですか。二大巨頭が陸軍と海軍から独立した戦略爆撃軍に納めるのですが、果たしてどちらが選ばれるか予測できません」


「いやね、私としてはどちらも採用だと思いますな。三菱は九二式と九七式を糧に四発爆撃機を堅実に作り上げた。しかし、中島・川西も九七式の競争試作と九七式飛行艇があったから作成できている。軽く見た程度ですが九七式飛行艇を陸上爆撃機に転用したようですの」


「ほう、B-24とやや似ていますか」


 現在飛行している機体は三菱の試作機である。三菱は大型重爆の開発を順調に進めて試作機を作成した。彼らはドイツのユンカース社から購入したG.38を爆撃機にした九二式重爆を開発するとノウハウを得て熟成させ、昨年正式採用された陸軍の九七式爆撃機を拡大発展させていた。特筆すべき事項は胴体から翼にかけて波板構造を採用していることだろう。波板構造は段ボールを想像してもらえれば分かり易いが見た目の割には高い効果を誇った。ギザギザ構造は薄い資材でも強度を確保でき厚さを抑えて資材節約と軽量化に貢献する。もっとも、G.38は波板構造そのままのため空気抵抗が大きかった。したがって、波板を薄い鉄板で挟み込み空気抵抗を抑える新波板構造が考案されている。これは画期的な構造としてほとんどの航空機で採用されることになった。競争に勝利した九七式爆撃機でも全体に採用して高速化と航続距離増加を果たして実績を積み四発機への拡大発展に繋げている。


「ちょっとお尋ねしていいかな」


「はい、なんでしょう」


 近くにいた作業服姿の三菱社員に話しかける。断片的な情報しか持っていないため関係者に聞くのが最も手っ取り早かった。総合戦略研究所のメンバーは一様に礼装のため政府の人間と思ったのか丁寧に対応してくれるのが嬉しい。その存在は大きく明かされていなかった。


 この間に戦略爆撃軍に触れておく必要がある。戦略爆撃軍は陸海軍から完全に独立した一つの軍だ。陸海軍の思想から外れて文字通りの「戦略爆撃」を行うために独立しているが、その特性上作戦の立案から実行までは総合戦略研究所の下にある同じく独立した作戦司令部で練られる。表向きは陸海軍の影響を何ら受けないとされるが要請により行動することは十分にあり得た。あくまでも軍のため勝利のためには努力を惜しまない。


 さて、戦略爆撃軍で使用される機材を競争試作させたが四発の重爆撃機は未知数なのだ。したがって、安心と信頼のイギリスとフランスから技術者を招いて指導を受けながら三菱と中島・川西が開発を進める。巨大な機体のため愛知航空などの他者は競争に参加こそしなかったが引き込み式脚やフラップなど細々と提供した。何度も述べているが今は挙国一致である。そうして開発されたが要求は単純明快に尽き、大量の爆弾を積載しながら超長距離を確実に飛行できる能力を持たせ、且つ多少の迎撃を受けても帰還できる頑丈さを併せることだ。そのためには速度性能や機動性を犠牲にしても構わないとして要求があまりにも過酷にならないよう配慮している。


「はい、エンジンはわが社で開発したばかりの火星を使っています。複列14気筒で一段一速過給機を付ければ1500馬力を発揮可能ですが、将来的には一段二速過給機に変えて1800馬力を考えております」


「ほう~」


「流石は三菱さんと言いたいところですが、情報では海外諸国は2000馬力級を開発していると聞きます。どうか三菱さんには頑張っていただきたい」


「もちろん、技術者の魂に懸けてやり遂げます」


 三菱の試作機は生まれたての火星エンジン一段一速過給機1500馬力を搭載している。重爆の要求を満たすにはハイパワーのエンジンが求められ、元より大型機向けとして火星が開発されていた。火星自体は戦闘機向けの金星を大型化しているため三菱は金星と火星の二枚看板で挑む。大型機向けだからこその大馬力だが諸外国は既に2000馬力級のエンジンを開発していることは事実だった。ここは是非とも新型を作ってもらいたい。


 その後も素人らしい細々とした質問をぶつけ困らせるが、丁度良い暇つぶしになった。そうしていると三菱の試作機は危なげなく飛行を終える。軍関係者の話を盗み聞きしてみると「比較的に低速だが極めて安定しており使いやすい」とのことだった。テストパイロットも満足げな表情をしていることから採用は確実視してもよい。しかし、この後には中島・川西社が控えていてどんでん返しがあるかもしれなかった。


 続いての中島・川西社の試作機は見るからに特徴的なフォルムをしている。前情報では九七式飛行艇を基にして陸上爆撃機化したと聞いたが、確かに三菱よりも太く大きな胴体に高翼は飛行艇らしかった。しかし、エンジンは翼と一体式でも少しばかり長細く見えて疑問に思われる。あくまでも素人のため変に疑わないで先と同様に中島・川西社の技術者に聞くことにした。


「2機も飛ばすのは贅沢ですぞぉ」


「エンジンが2種類ありまして。片方は大馬力なのですが安定に欠けたため安全策としてもう片方を使っています。設計に大差どころか少差もないのでどちらでもわが社は生産できる見込みです。どうぞ、ご安心ください」


「なるほどなぁ、善哉善哉なり」


 2本の滑走路から時間差で外見は全く同じ試作機が飛び立つ。先に出た機体はエンジンが長くて太かった。遅れ出た機体は若干短く確かに違うことが分かる。掘り下げて聞いてみると実はエンジン自体は同じだが前者は2基を連結して1基にした大馬力だが安定性に欠けてオーバーヒートの恐れが潜んでいた。後者は連結しないで順当に強化した試作エンジンで馬力は劣る代わりに堅実で安定している。一応ながらオーバーヒート対策の見込みは立っているが確実ではないため冒険するか確実を採るかの二択だそうだ。そして、どちらを採用しても要求された数を生産することは可能らしくていかにも自信ありげである。


 エンジンは異なる為基本設計だけ見ていこう。先も述べたが前年に正式採用した九七式飛行艇を陸上機化した。基の飛行艇は純国産初の4発機であり三菱よりも純正の面で経験が豊富である。飛行艇の技術に優れる川西と既に多くの機体を開発した豊富な実績の中島が社内協同により制作した。飛行艇と見間違える機体設計はその通りでもフロートは無い。なお、飛行艇譲りの図太い胴体に高翼は爆弾槽の体積を多く確保でき爆弾搭載量は3tに迫った。しかし、大型化の代償で空気抵抗は大きくならざるを得ず速度はあまり出ないと予想される。失われる速度を得るため野心的な大馬力エンジンを搭載したのだ。


「地上から見ている限りでは遜色なさそうに」


「きちんと整備の手入れをすれば満足に飛べますが、実戦の過酷な環境では難しいのです」


「あぁ、確かに」


 素人が眺めるだけならば両者はあまり変わらない。しかし、一から携わった技術者は実戦を見据えていた。彼の言う通りであり実戦では部品不足や自然環境から100の力を発揮できるとは限らない。したがって、航空機の心臓であるエンジンには安定性が強く求められた。大馬力でもまともに動かなければ本末転倒である。多少馬力が低くても安定して稼働する方を選択するのが常識だ。


「その大馬力ってのはどうやって?先の三菱社は複列14気筒で大型化していますが」


「わが社では九六式(陸軍)戦闘機で実績がある愛知航空の液冷エンジンを採用しました。空冷エンジンも開発しましたが馬力が1100馬力と足りず、大馬力で高高度で出力が下がり難い液冷を選んでいます。それで大馬力化の方策ですが一段一速過給機を追加した950馬力のカリヤを2基連結して単純計算で2倍を図りました。しかし、信頼性が大幅に削られるため出力に制限をかけた安全確保のデチューンを与え1700馬力に収まります」


「というと?」


「結論を申せばV12気筒を結合したX型24気筒の1700馬力となります」


「おう、随分とすごいことをしましたか」


「いえ、これはロールス・ロイス社で検討されたことです。それを愛知航空さんが実現しただけでしょう」


 大馬力の方は一段一速過給機付き液冷V型12気筒950馬力カリヤを2機結合したX型24気筒1700馬力だ。足りない200馬力はいわゆるデチューンのためであり信頼性を少しでも確保する。1900馬力では今よりも故障の確立が高くなると聞かされて納得した。なお、実際はイギリス本国でカリヤの基であるケレストレルを製造するロールス・ロイス社が一段一速過給機付きのペリグリンを連結する計画を知って先に制作している。来日したイギリス人技術者が面白半分に提案してフランス人が乗っかり、愛知航空も渋々だが「とりあえず作ろう。だめでも貴重な経験となる」と決めた。しかし、大馬力エンジンを軍に要求されたため真剣になり開発を進めた結果は名もなき試作として中島・川西社に収める。火星ですら届かない1700馬力のため猛々しい音を発して速度も速いように見えたが分からなかった。


「もう片方は?」


「もう片方はカリヤをV型12気筒を変更せずに改良だけで馬力向上を図った新型です。こちらは改良だけなので安定性はむしろ向上しており肝心の馬力は1300馬力となりました。所詮は冒険を避けた安全策ですのでどうも今一つです。ただ、小型という強みを活かして戦闘機向けにして陸軍の新型機で採択されます」


「中島・川西社さんもようやりますなぁ」


 より一層の安全策はカリヤの改良型のため基本は変わらない。しかし、馬力は400馬力近くも上がって1300馬力を発揮した。大きさは変わらないため小型を維持し爆撃機よりも戦闘機向けである。そのためか、とっくに陸軍の新型戦闘機に採用が決まった。爆撃機への搭載は「石橋を叩いて渡る」だけと断言し馬力が劣る以上は低速だが気にならない範囲である。軍人たちは頷いていて悪い印象は持っていないようだった。


 今回の試験飛行は軍関係者の質問会もあって長丁場だが、最終的な判断としては三菱も中島・川西も全部を一旦採用する。どちらも甲乙つけがたく実際に運用してから改めて可否をつけることにした。三菱は堅実な設計で頑丈だが低速で爆弾搭載量に劣る。対して、中島・川西社は革新的な設計の野心が生んだ高速で爆弾搭載量も多くある代償に案の定で安定性に欠けて整備も難しいと問題点が多くあった。改善策は提示し且つ安全策も用意しているため軍は一先ず不採用は見送っている。


 かくして、遂に始動した戦略爆撃軍は何を残すだろうか。


続く

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