第9話 四四艦隊

1936年7月 台湾沖


「発艦始めぇ!」


「九六式艦上戦闘機隊が発艦しますが、台湾で猛訓練に励んだ精鋭航空隊です」


「内地の航空兵の育成状況はどうなっている?」


「内地に設けられた多数の航空育成学校で未来を担う若人が学び技を磨いています。また、台湾や中国でも航空志願兵の募集が行われ言語の壁こそありますが励んでいると聞きました。目下拡大中のドイツ及びイタリア、依然として脅威であるソ連と対抗できるまではもう2年はかかると予想します」


「そうか。まだ引き延ばさなければならんか」


 台湾沖で行われる帝国海軍史上最大規模の演習を司令官として眺めるは角田覚治中将だ。航空畑に転職して空母機動部隊の司令官として昇格が命じられると一航戦の司令に着任した。一航戦は海軍内で二航戦と並ぶ最強航空戦力だが基本的に二航戦と共に行動する。機材も相応に潤沢であり戦闘機は九六式艦上戦闘機四号が占めた。九六式艦戦の四号は試験軽空母瀬名で見た二号の小改良型である。大きな変更点はエンジンを国産遠心式一段一速のスーパー・チャージャーを備えた光三型950馬力に換装して速度性能が向上したことだ。その他も多数あるものの空母での運用を円滑化する微細な工夫で割愛する。


「続いて九六式艦上爆撃機が発艦します」


「複葉機ですな」


「そうだ。しかし、愛知航空が近代化を頑張って密閉式風防と引き込み足を備えたことは評価できる。あとは単葉機にした完成形を作るだけだが欧州の情勢が読めん。早急に頼みたい」


 続いて発艦したのは250kg模擬爆弾を提げた九六式艦上爆撃機らしい。つい最近に採用された艦爆は複葉機と古さが見えた。しかし、よく目を凝らすと風防は密閉されて搭乗員は守られ、九六式艦戦ですら固定脚にもかかわらず艦爆は引き込み式の脚を持つ。複葉であること以外は先進的な設計が多く見られる。開発元の愛知航空はイギリス製エンジンを国産化した際に海外の最先端技術と触れる機会が多く、いち早く先進的な設計を考えて研究開発に努めることが出来た。艦載機で使えるまで実用化した密閉式風防と引き込み脚は各社に共有されており、全員が磨き上げの改良に努めるよう軍から注文が入り、九六式以降の機体は練習機を除いで全機が引き込み脚を備えた。そんな九六式を置き換える艦上爆撃機についても単葉を前提にして各社が開発を進め愛知航空も競走に挑んでいる。九六式艦爆は中継ぎ投手のように聞こえるが抜群の安定性で急降下爆撃は正確無比を誇った。爆弾を投下した後は高機動を活かした敵戦闘機の返り討ちにする地味な強さもある。北伐が完了して戦争のない日本だが欧州の局地的な戦争を客観視しては対抗を急いだ。総じて扱いやすいため後継機が登場すると急降下爆撃の訓練用にシフトするだろう。


「最後は九六式艦上攻撃機が飛び立ちます。よくご覧ください」


「攻撃機が最も重量物を提げますので、さてどうなることやら」


 最後の攻撃機だが水平爆撃又は雷撃を行う関係で最も重くなった。今回は雷撃を想定した模擬航空魚雷を吊り下げる。甲板が長い大型空母からの発艦でも危険が伴った。風と母艦の力を借りても単なる補助に過ぎず基本的には自力で飛ぶことになる。戦闘機/爆撃機/攻撃機の3機は整備性の観点から統一された光三型エンジンを唸らせ九六式艦攻は順調に滑り出し、甲板の前端を超えた際にガクンと下がった。幸いにも直ちに持ち直して上昇する。


「上手くいきました」


「本艦は約250mの甲板を持つが重い物を持つと大変だよ」


 九六式艦攻も艦爆と同時期に採用された艦上攻撃機だ。採用は空技廠が試作に勝利したが構造は総じて堅実な複葉機である。もっとも、艦爆と同様に引き込み脚を持つことは興味深かった。引き込み式脚は空技廠が独自に改良した物が与えられ、機体設計と合わさり大幅に空気抵抗を減らしている。それでも基礎設計が手堅いため艦爆よりも遥かに遅かった。全体的な新しさでは戦闘機と爆撃機に劣り、新型の艦攻が早期に計画され中島・川西、空技廠、三菱の三社が競い合う。


「今回は防空艦が我ら一航戦所属の最小限です。これが更に増えると考えればいかにも壮観な景色となりましょう」


「そう言っても艦長。四四艦隊だけで随分とすごい光景とは思わんかね」


「はっ! 失礼いたしました」


「謝るほどじゃない。私もこの光景に慣れてしまうのが末恐ろしいよ」


 角田司令が率いる一航戦は空母4隻と特防駆逐艦8隻で構成された。特防駆逐艦も特型と同様に一型/二型と分けられ最新の三型が付けられる。一型や二型は若干古いが数は多く小幅な改装を繰り返して三航戦/四航戦/五航戦に配属された。肝心の空母だが陣容は大改装を終えたばかりの『天城』と『赤城』の2隻及び『加賀』と『土佐』の2隻を合わせた4隻である。ワシントン海軍軍縮条約で廃艦とされ空母大改造が施された戦艦/巡洋戦艦は最初の大改造から初めての大改装を経て演習に参加した。


 4隻は元が天城級巡洋戦艦と加賀級戦艦で異なり差異が見られた。しかし、どちらも全通一段の飛行甲板を有し艦載機の運用を円滑化している。搭載機数は機材の更新により変わることにご留意いただく上で、天城級が艦戦22機、艦爆20機、艦攻28機の計70機を常用として補用に25機を搭載した。加賀級は艦戦25機、艦爆20機、艦攻25機の計70機を常用として補用に25機を搭載した。なお、補用は分解状態で載り常用が失われた際の予備又は整備で必要な部品取りで用いる。史実に比べて微妙に搭載機数が増加しているのは艦載機の工夫に依るところが大きい。九六式艦戦は翼を少しだけ折り畳む機構を持った。単に翼の端を内側に谷折りするだけでも「塵も積もれば山となる」が適用されて省スペース化に貢献する。これは画期的な機構であると海軍は認識して直ちにこれ以降の機体は何らかの折り畳み機構を持つよう指示した。日本の各社だけでは難しい無理難題であり同時期に別の折り畳み機構を考案した英フェアリー社の技術者と共同研究を始めて対応する。


 武装は対空において重武装であり天城級は八九式12.7cm連装砲改二型6基12門、40mm四連装機関砲10基、12.7mm四連装又は連装機関銃多数を有した。加賀級は赤城級より微増のため割愛させていただく。両種は防空駆逐艦で使用される両用砲と対空機関砲を装備し急降下爆撃や雷撃に対応する。ただし、原則は迎撃機と防空艦が鉄壁を為すことだった。


 内部格納庫は軽空母で採用された密閉式格納庫とされる。史実で日本空母が脆弱だったのは「密閉式格納庫が原因であり開放式の米空母が理想だ」と言われるが恐ろしい暴論と断じた。米国と日本は気候が異なり適材適所が求められる。昔から台風や荒波に塗れた日本海軍は海水に弱い艦載機を守るため密閉式を採用した。開放式では塩分を含んだ海水又は海風が入り込んで腐食の原因となる。


 確かに開放式はダメージコントロールに秀でるが必ずしもそうだろうか。被弾時に爆風を逃がし損害を抑え、使えない機体を素早く投棄出来ることは明確な強みのため別に否定しなかった。しかし、火災が発生した場合は風が入り込むため炎が広がることになったと当時の乗組員の記録が残された。それでも総合的に勘案するとダメージコントロールで優秀であり戦闘面では開放式が有利と判断する。しかし、被弾することを前提にすること方がおかしいとも指摘できた。日本海軍は密閉式の弱点があるからこそ鉄壁の防空艦を並べる。そもそも被弾しなければ密閉式も開放式も変わらないのだ。もちろん、万が一に備えることは重要だがその前に可能な対策は徹底的にする。とにかく、日本空母の格納庫はやむを得ない事情より密閉式を採用して以降も採用された。


「山口少将の艦攻隊が通過します。見事な編隊飛行で猛訓練が窺えます」


「扶桑型と伊勢型の空母化は一先ず成功したと見て良いのでしょうか」


「良いのではないかな。機関も全部を取り換えたから我々よりも遥かに手間と面倒がかかった大工事なだけはあって慎重に且つ丁寧に進んだ。あれなら大丈夫だろうし、山口少将なら叩き直すしな」


「確かに、それは言えています」


 一航戦の後ろを走るは山口多聞少将が率いる二航戦だ。二航戦は一航戦の角田中将に従う関係だが山口少将は角田中将と共に日夜研究に励んだ同志である。もはや階級や年齢を超えた親友と言えた。互いに猛将と言われ図上演習では見敵必殺の攻撃主義で周囲を苦笑いさせる。ただし、準備段階の索敵から一切手を抜かずに徹底する姿勢は高く評価されていた。


 そんな山口多聞少将の二航戦も一航戦と同じ構成の空母4の特防駆逐艦8とされる。特防駆逐艦は最新の三型で変わらないが空母は驚くべき事実を有した。なんと空母は超弩級戦艦扶桑型及び伊勢型を転用した空母の扶桑型と伊勢型である。戦艦4隻はロンドン海軍軍縮条約で厳しい制限が入り標的艦や訓練艦などに変更された。しかし、ずる賢い日本海軍は空母拡充方針で天城級と加賀級を空母改造して事実上の廃艦を免れた経験がある。これをそっくりそのまま適用して空母大改造してしまったのだ。その際には諸外国の目から逃れる手法として「標的艦や訓練艦の改造のため」と主張し秘匿するが、この時は色々な空母を建造する計画があり実行された関係でドックに余裕がなかった。世界恐慌対策の大規模公共事業を受け全国各地で新設又は増設が相次いぐが一両日中に完成するわけがない。それでは待ちぼうけかと思われるが確かに少しだけ待ったが4隻はバラバラの散り散りとなって姿を消した。


 実は扶桑型姉妹は内地で必要最低限の準備だけ施した上で中国旅順(旧満州)に入る。旅順は大正期から日本の影響が強くて中国返還後も残り続けていた。しかし、日中友好による工業化で大規模な日中海軍兼用の工廠が建設される。現地の旧満州で産出される石炭に石油、鉄、ボーキサイト等々があり資源はたんまりあった。史実では発見できなかった資源も恐慌対策の需要喚起で開発され中国随一の工業化を果たす。ここで扶桑型は大量の資源を武器にして空母改造を丁寧に確実に進めた。戦艦の空母化の経験があるとはいえ、扶桑型に欠けていた速度を得るべく機関を新型に換装するとても大規模な工事だ。扶桑型の空母大改造は軍縮条約締結後の30年11月から始まり前年35年の8月に完了するが対空兵装強化など小幅な改良はまだ続く。


 伊勢型姉妹は下準備を経て北海道室蘭市へ向かった。室蘭には小規模な造船所があったが、こちらも世界恐慌を契機に大規模な海軍工廠が既存を吸収して設置される。室蘭には石炭鉱山があり鉄工所が建ち並ぶ重工業の街のため資材の入手が容易い。したがって、急速に秘密の海軍工廠が建設され空母を受け入れられる大型ドックが完成する。イギリス及びフランスのの最新設備が多く空母改造にうってつけだった。伊勢型姉妹も空母大改造を受けて同時期に空母に生まれ変わったが、こちらも機関の取り換えを要するなど大規模工事のため5年近くを要した未に室蘭以外でも出来る小改良が残る。


 かくして、空母化された両姉妹は古いことは否めないため搭載機数は天城・加賀よりも少ない。搭載機数は内訳も同じの艦戦20、艦爆20、艦攻20の計60機を常用とし補用が10~15機だ。一航戦よりも一回り少ないが4隻の総数は240機と十分に強力だろう。一航戦の280機と合わされば560機の洋上航空基地と化した。それでいて防空の兵装は手を抜かない。両姉妹共に八九式が5基と40mm四連装が10基、各種12.7mmが大量と防空は欠かさなかった。重要な速度は一航戦の4隻は33ノットで二航戦の4隻は31ノットと差は誤差範囲である。特防駆逐艦が最速35ノットなことを鑑みると二個機動部隊の行動に支障は無かった。


 最後になるが40mm機関砲で何か引っかかった方がいるはずだ。そう、かの有名なボフォース社の40mm機関砲である。ボフォース社が開発した新兵器に注目した日本海軍は欧州各国に混じって交渉を仕掛け、他国よりも高額を提示してライセンス生産権と自由な改造権を確保した。強力な40mm機関砲は大量生産されており海軍のほぼ全ての艦に装備されることになり、陸上でも高威力の対空砲として各地で見られるだろう。


「我々だけで空母を独占することは気が引けますが後身も多いと聞き、数年後には四四艦隊は一艦隊へ良い方に成り下がり後身達が世界の海を制覇する。待ち遠しきことです」


「その後身だがなイギリス海軍の依頼を受けて20,000t程度の中型空母計画がある事は知っているか」


「はい。確か蒼龍型空母の改良版である雲竜型と聞いております。何か進展があったのですか?」


「詳しい所までは分からんが雲竜型は英海軍が考案した飛行甲板を装甲化した空母となるらしい。重心が高くなるため内部構造を工夫し搭載機数が半減するが防御の強さを活かした艦隊防衛型の空母となり搭載機は艦戦に限って防空のみに専念させた」


「なるほど、読めました。爆撃分散戦術を採ったか」


 前提として日本海軍は最初から空母として建造する大型の翔鶴型と中型の蒼龍型が計画された。両者共に建造に入るが第四艦隊事件で設計見直しが入って遅延している。そこで密約を結び日本の空母建造を知っているイギリス海軍が依頼を寄せてきた。それは中型空母の装甲化とされ飛行甲板に装甲を張って防御を強化したいことを相談する。この申し出に対して日本海軍は未だに空母の模索中のため同意すると早速建造を計画した。大恐慌の影響が残るイギリス海軍は予算の都合で後に回されており、日本が先に建造した装甲空母を洗いざらい調査して得られた結果を渡す。それからイギリス海軍が装甲空母を建造して投入する予定が暫定で組まれた。


 装甲空母は「急降下爆撃に耐えうる」とするがトップヘビーを避ける工夫が必要となり格納庫を圧迫してしまう。計画では基の蒼龍型から半減すると予想されて空母としては必ずしも強力とは評せなかった。しかし、日本海軍は敵の爆撃を引き受ける目立ちたがり屋の任を与える。装甲空母が敢えて被弾することで主力空母の被弾を免れる防御戦術の『爆撃分散戦術』を考案した。一方的に被弾する装甲空母は爆撃を無効化する重装甲のため被弾上等である。仮に搭載機数が少なくても全部を艦戦にして迎撃機を底上げすればよかった。装甲空母は攻撃を捨てて防御に突き抜けさせることが日本海軍の運用方法となろう。


「四四艦隊に栄光あれとでも言いますかな」


「うむ。四四艦隊程に良い名はあるまい」


 嘗ての主力戦艦4隻と巡洋戦艦4隻からなる八八艦隊は消えた。


 しかし、今は空母4隻ずつの四四艦隊が帝国海軍の威光を放っている。


続く

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