第8話 事件は大転換となる

1935年 12月初め


「こいつは凄い軽巡と駆逐艦が揃い踏みでありますよ。特防駆逐艦は大型と聞いていましたがこれ程とは知りませんでした。ただ、雷装が無いことは少々寂しくありますが仕方ありませんか」


「対空陣を形成した際にいの一番に狙われる防空駆逐艦なのだから仕方あるまい。その代わり、大型の船体には10cm連装砲を4基と新型の40mm連装高射機関砲を4基おいておる」


「船体が脆い特一型は小幅に改装して新設された海上護衛総隊に回されるそうです。これから水雷戦隊を除き艦隊を守る駆逐艦は全て特防駆逐艦になると。それこそ本艦を踏襲した航空巡洋艦がこの後出てくるでしょう。先駆けである海野中佐の下で敵機をバタバタ叩き落とすべく」


「あまり持ち上げるな」


 全国各地の中小造船所で生まれた条約破りの軽巡洋艦と駆逐艦が揃い踏みだ。本来は隠される艦は政治が軍縮条約を無効化してしまい、大日本帝国海軍は少しずつ蓄えた条約破りを一挙に放出する。具体的には第一陣である軽巡洋艦と特防駆逐艦である。軽巡は主に2種類に分けられ片方は対空能力に特化した排水量60,00tクラスの防空軽巡洋艦である『苫小牧』級、もう片方は雷撃決戦思想を反映した排水7,000tクラスの艦隊軽巡洋艦の『天竜』級だ。特防駆逐艦は防空駆逐艦とも言われる排水量2,300tクラスの大型駆逐艦である。どれも軍縮条約破りだが日本各地に分散させ地方の中小造船所で少数建造させ、更にその名目を民間の連絡船や調査船などと偽った。搬入される資材を見ればどう考えても軍艦だが駆逐艦に至っては民間の小造船所で建造されていた。無名の田舎まで目は届かないだろう。そして、秘匿され続けた建造は田舎へ需要を生んで活性化を呼び込んだ。


 かくして、数年がかりで数十隻の纏まった数が建造される。彼女たちがとある事件を契機にして条約遵守型である主力を置き換えた。本来は違反でも設けられた例外条項が発動された。ワシントン及びロンドンの海軍軍縮条約は厳しい制限をかけた代償として緊急事態に備える例外の条項が存在する。それは世界のどこかで条約を無視した軍拡が見られた場合に各国は条約の制限を無効化し取り払う解除条項だった。当然ながら条約型は戦力に不安がある。よって、万が一の事態を想定して設けられた条項が現実に発動されているのだ。


 勘に優れる方ならお分かりだろう。本年に世界へ発信されたドイツの再軍備宣言が緊急とみなされた。前大戦の敗者であるドイツはナチス党が政権を握り強硬策を採用し続けた結果が再軍備宣言である。これは危険だと四大国は判断して条約を次第に無効化させることで合意した。したがって、大日本帝国海軍は理由を得て条約破り艦を出現させる。同時に建造中や計画中の艦艇も大義名分を得ると一掃に拡大されて投入を待った。


「ドイツの軍備が充実しようと帝国海軍の前には塵に同じよ」


 防空軽巡と特防駆逐艦は兵装自体は変わらずに武装数だけ異なるため纏めて語るとしよう。主兵装は新型の九四式45口径10cm連装砲を持ち副兵装に60口径40mm高射機関砲を大量に備えた。防空軽巡洋艦/防空駆逐艦は徹底的に防空が意識され、機銃掃射で誘爆する魚雷は危険と考えている。雷装が無くなって空いたスペースに対空兵装を詰め込む。同時に対潜水艦を想定して爆雷投射機と九五式爆雷を装備した。これらの兵装は防空軽巡も同じでも兵装数が多く見受けられる。


 艦隊軽巡洋艦は水雷戦隊を率いる旗艦の条約遵守型最後の川内級を拡大して(合法の)条約破りの艦隊軽巡洋艦だった。こちらは水雷戦を行う設計思想に従って主兵装は八九式40口径12.7cm連装砲改二型を装備し、九四式より砲の大きさは上だが対空能力では若干程度劣る。もっとも、水雷戦を行うため気にならない。射撃速度は半自動装填装置のおかげで分間14発であり前述の九四式も同じだ。九四式は口径こそ小さいため威力が弱そうに聞こえるがヴィッカース社の技術を得て長砲身化し威力は大して変わらない。余談だが八九式改二型と九四式は両用砲の性格を有する。


 これからは天竜型艦隊型軽巡洋艦又は苫小牧型防空軽巡洋艦が軽巡を占めて更に後継者が続々と出現していくだろう。駆逐艦は防空駆逐艦(特防駆逐艦)とされるが水雷戦隊を構成する艦隊型駆逐艦がいない。艦隊型は既存の特二型/特三型を体質改善させた改良型に条約に縛られなくなった新造艦で間に合わせるつもりだ。条約型の特型中期以降は大規模置き換えの発端となった事件を機に一旦離脱して大改造されてから主力に戻る。また、条約から脱した大型で重武装・重雷装の新造駆逐艦が特型駆逐艦の中期型及び後期型を置き換えるため加入していった。


 さて、問題の事件とは何だろうか。今の年月は1935年12月の初旬である。


 なるほど、あの事件だったか。


「台風事故で少なからず艦に被害が出たが最小限に抑え良い教訓になったわい。お天道様には感謝せんとなぁ」


「まさか特型駆逐艦が欠陥とは。あれ以降は造船担当は統合派が占めて保守派と革新派をまとめ上げスローガンである挙国一致を体現しました」


「まぁ、こんなことを言って悪いが、軽くて小さな船体に重武装は相性がすこぶる悪いわ。今の統合派は温故知新を掲げて保守的でもあり革新的でもある。古き良い所は温めつつ新しきを知り性能向上を図ったのが我らの艦だぞ」


 事件とは特型駆逐艦と5,500級軽巡に船体の強度不足に代表される致命的な結果が見つかったことである。具体的な内容としては、近しい10月に外洋で演習を行う水雷戦隊が台風に襲われた。恐ろしい荒波に揉まれた条約遵守型5,500t軽巡と特一型駆逐艦が各所に歪みを生じさせ一部が航行不能となる。幸い真っ二つなどの切断による致命傷は免れたが一連の欠陥は『第四艦隊事件』と呼ばれた。


 この事故に対して直ちに調査のメスが入り船体の強度不足が指摘され、条約を守る軽量な船体に重武装過ぎたと反省する。解決策として船体強度を引き上げる構造から金属までを徹底的に研究して反映するが直ぐには間に合わせない。そこで、仕組まれたかのように無理に軽量化などしないで船体強度を確保してバランスを重視した軽巡及び駆逐艦が置き換わった。足りない艦隊型駆逐艦は研究で得られた結果を基に特二型及び特三型へ大改装を加えて繋ぎ、同じ研究で得られた結果を基に完全新造される親潮型駆逐艦の加入が待たれる。


 この事件は海軍の造船技師についても改革が及んでいる。今までは条約を遵守するための保守派と革新派が対立していたが、新進気鋭たる若手の造船技師が主体となり自ら接着剤となり調和を図った。最終的には「温故知新」を掲げた統合派と一つに固まる。若手の造船技師たちは前から特型駆逐艦や5,500級軽巡洋艦の盲点を指摘し続け絶対的な上層からは疎く思われたが、更なる上の最上層はとっくに体質改善を終えていたため意見を汲み取った。最上から圧力をかけて両種の設計を変更させたことで何とか沈没は免れた。第四艦隊事件の要因は様々あるが大きいのは条約遵守のため軽量化と重武装を突き詰め過ぎたことが挙げられる。海軍軍縮条約の存在があり質を求め過ぎた。造船の当事者達への責任追及は易しく「やむなし」で終わる。しかし、盲点だったことは否定できないため、内部の派閥争いは直ちに止めて若手を多く含めた統合派へ移行させていった。


 研究には数年を要するため既存艦艇の改造工事は大規模である。船体強度を上げるために電気溶接を減らし従来のリベットが増えたが、電気溶接はブロック工法の確立に繋がるためリベットと並行させている。電気溶接は強度が求められない箇所で用いてノウハウを蓄積し、開戦直前に始まる量産型の各艦艇の建造へブロック工法採用に活かすつもりだ。


 損傷した艦の中でも特に被害の大きかった特一型駆逐艦こと吹雪型は全員が工事を経ても復帰しなかった。厳密には新設されたシーレーン防衛を専門とする海上護衛総隊に回された。ロンドン海軍軍縮条約で四大国を驚かせたが最も遅生まれで既に3年経過していて来る戦いには耐えられない。とは言え、恐ろしい性能は未だに一線級のため主砲を減らして爆雷搭載量を増加させた対潜駆逐艦として従事させた。新設する海上護衛総隊はドイツ海軍のUボートを受け日本の生命線である海運を守る。部隊の構成は特一型駆逐艦と各5,500級軽巡だ。条約型の5,500級軽巡も全く同じ理由で対潜特化仕様に改装した上で海上護衛総隊に転用され部隊の旗艦を担う。


 つまり、大正期から昭和最初期の彼女たちは対潜に道を見出したのだ。


「水上機も良い物を積みたいがなぁ」


「贅沢はいけません。新型機が到着しますからね」


「ただでさえデッカイ倉庫に12機も積めるんだ。どうせなら良い物をのぉ」


 条約破りが合法化して雪崩れ込む中で異質な存在が海野中佐が率いる航空巡洋艦『最上』である。史実では軽巡ながら重巡に転じて航空巡洋艦になった稀有な存在だが、今世では最初から航空巡洋艦として建造されていた。


 最上の排水量は10,000tクラスの辛うじて区別するなら重巡洋艦である。相応に船体も大きいが主砲は前部のみで八九式12.7cm連装砲改二型を2基だけと打撃力は今一つ。しかし、40mm高射機関砲や12.7mm機関銃を満遍なく配置し対空火力は高かった。それでも最も注目すべきポイントは後部だろう。最上は後部を平坦な更地にして最後尾に回収用クレーンと火薬式射出機を装備した。たっぷりの後部スペースには12機の水上機を搭載可能であり露天ではなく専用の格納庫を構える。薄い鉄板で構成されていて何ら装甲化されず出入口は簡易的なシャッターで戸締りした。水上機と仲が良くない海水から機体を守るためだろう。大量の水上機を短時間で発進させるため射出機まで一本で連結するレールを繋げて効率化し最速20分で12機が飛び立てた。


 このような航空巡洋艦を諸外国が知った際は大いに反応に困った。巡洋艦と空母もどちらも制限をかけたが、どっちつかずの中途半端な最上は判断が難しくていわゆるグレーゾーンに置かれた。制限をかけたくても何を根拠にするのか困って結果は見逃しである。ただし、諸外国の海軍は「こんな中途半端な艦が活躍できるわけがないからどうでもいい」と甘く見積もって全く脅威ではないと無視したのだ。


 ただ、よく考えると理にかなっている。巡洋艦は索敵の役割を担うことが多い。その艦隊の目である水上機が多ければ多いほど全方位に何重の索敵線を構築できる。先手必勝の航空戦力では情報が物を言い索敵能力の高い方が勝った。無論、後にはレーダーと言う装備も登場するが遥か遠方まで確実な肉眼で偵察できるのは偵察機だけ。また、水上機は対潜警戒でも活躍の機会があった。低空での安定性に優れ潜望鏡や浮上する潜水艦を発見し爆雷を携行して直接攻撃も可能である。自機が仕留められなくても発煙筒を投下して味方艦に位置を共有すると爆雷攻撃を行ってもらい間接的な攻撃も可能だ。痒い所に手が届くのが水上機である。


 特に日本海軍は史実でも世界を仰天させた水上機を多数開発した。単なる水上機だからと侮ると痛い目に遭う。現在だと中島・川西が社内で共同開発した九五式水上偵察機が搭載された。安定性と操縦性に優れる傑作と言ってよい水上偵察機だが格闘性能も優秀で最新の九六式艦上戦闘機と訓練を行った際は互角の格闘戦を見せつける。武装も機首に7.7mm機銃が2門と至って普通のため、急を要する際は迎撃機を務められた。


 しかし、海野中佐が言うようにどうせなら高性能な水上機が欲しい。よって、中島・川西と三菱に対して開発が指示された。水上偵察機に限らず水上観測機や水上戦闘機、水上爆撃機と多岐に渡り登場が待ち遠しい。


「そう言えばなんですが、この最上の後はどうなっていますか?試験的な本艦の後続はいないはずですが」


「最上に姉妹艦はおらんな。ワシらよりも適正化されたスマートな航空巡洋艦が出てくるわい。ワシが聞いとる範囲だと最上を磨いた仙波型とな」


「ということは、まだ竣工していないのでしょうか」


「わからん。こうして条約が表立って効果を消失してしもうた。内部の人間でも分からんことは沢山だ。件の扶桑型と伊勢型の空母大改造もどうなっているのか知らんし、天城と赤城に加賀と土佐も姿を消しておるのだ」


「廃艦はあり得ませんから改装と考えます。ただ、大型空母の建造計画が存在するのでドックは開けるべきですが」


 彼らは知る由もなかったが大型空母達は各地に分散して大改造又は大改装を受けていた。戦艦クラスの大型空母を受け入れられるドックは少ないが新設又は増設された民間と海軍工廠に入り圧迫しない。内地に限らず台湾や満州に向かった艦もいて圧迫の回避どころか余裕を生じさせ完全新規の大型空母建造を進めさせた。20,000t級の中型空母もいたが中型ドックで十分であり着々と進んでいる。ただし、第四艦隊事件を受けて全面的な見直しが図られて遅延するが後身の良き教訓と経験になった。


 さて、次は空母を見てみようか。


続く


~あとがき~

最後に少し出てきた空母については本話に入り切らなかったので次話に回します。頑張れば投稿日中に出ますが期待しないでください。

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