第7話 国産戦闘機見参す
記念すべき日が訪れた。我が大日本帝国は諸外国に遅れていた航空機開発が追いつく時がたった今となる。日英同盟存続からフランスが加わった日英仏連合は相互の技術協力が加速させ、日本は最先端技術を吸収しては昇華させ続けると遂に国産化を果たした。奇しくも陸軍と海軍はほぼ同じ時期に最新の単葉戦闘機を投入していることは面白い。世界恐慌を耐えて臥薪嘗胆の日々を送った各員の努力が実った。
瀬戸内海の呉からほど近い海上では大日本帝国海軍の正規軽空母『瀬名』が航空機の試験を行っている。正規軽空母である瀬名は広島の尾道造船所で建造された。尾道造船所は大恐慌を乗り切る大規模公共事業で計画された国土改造により、呉の工廠を埋めないための中小造船所として設けられる。規模が小さいため建造は駆逐艦や海防艦と言った小型艦が大半を占めたが、海軍の条約遵守軍拡計画で拡大されて軽空母なら建造できるようになった。そして、龍驤の各所を改善した試験航空母艦である瀬名が生まれる。あくまでも試験を行う軽空母と主張して条約の範囲内に収め、実際に本日は新型艦載機のテストを行って証明した。もっとも、空母並みの大型艦を建造できるドックは新規で建設又は既存を増設である。北は北海道から南は長崎まで多数工事が続けられ、駆逐艦や潜水艦などの小型艦は全国各地の中小造船所が大量に建設された。表向きは地方向けの連絡船や大型漁船と称しているが実際は駆逐艦/海防艦/哨戒艦/水上機母艦など多岐に渡る。
閑話休題
軽空母瀬名はその名の通り甲板は短く狭いが戦闘機ならば十分に離着陸できた。今日が初めてではなく艦載機の開発段階で何度も試験を行っている。よって、今回はパフォーマンスのような意味が込められた。艦橋には軍人以外に競争に打ち勝った三菱社の開発陣やイギリス人・フランス人の技術者も混じり嬉しそうである。彼らは異国の地で友と夢を追いかけた。
見張り員は緊張と興奮が入り混じった声を張り上げる。
「九六式艦戦が着艦します!」
「どうぞ、最前列でご覧ください」
「ありがとうございます。アドミラル」
司令官に促され英仏の技術者は最前列に立って見届けた。本当は甲板上にいたいが危険なため艦橋から眺めざるを得ない。しかし、兵士たちを押しのけるように立つのは申し訳なく思った。いや、開発の立役者なのだから立ってもらわなければむしろ困る。彼らは三菱社に加わって七試艦上戦闘機の競合試作に挑んで見事に勝利をもぎ取った。しかし、陸軍の新型機については中島に譲ることになり完勝とはならない。最初からパーフェクトゲームは求めていないため丁度良かった。
さて、双眼鏡を覗くと単葉低翼で固定脚を備えた新型機が滑り込む。既に何度も試験を行った熟練の海軍のパイロットが操るため何ら危なげなく着艦に成功した。流石の腕前であり制動装置と合わせて見事な着陸を見せつける。これには技術者達も大喜びで歓声が湧き上がった。
「ミスターのおかげで無事に開発できた。これからは九六式戦闘機として戦ってもらう。ただし、生憎我々はまだ満足していない」
「よく承知しておりますよ。固定脚では空気抵抗が大きくて高速化が果たせませんから引き込み式を持った新型は図面ですが引いてあります。これからType-96の改良と並行して次の新型を作りますからね。私の祖国が挑戦し始めた以上は負けていられません」
「どうか、よろしくお願いする」
七試艦上戦闘機は九六式艦上戦闘機となることが予定される。現在は1935年中期のため本当は九五式艦上戦闘機のところが、同時期に念のための安全策で開発された中島社の複葉の艦上戦闘機がいた。よって、混同を避けて差別化するため数字を1増して両者ともに運用している。前者は複葉機で低速だが安定性に優れるため練習機や新造空母の試験と言った縁の下の力持ちを担い、後者は海軍では国産初の単葉機で主力機を務め上げた。
この九六式艦上戦闘機は後の海軍機の発展の礎となった戦闘機である。先進的な単葉機であり低翼を採用した。速度性能は複葉機から遥かに改善されて機動力も負けず劣らずを発揮する。足こそ固定脚だが地面又は甲板に近いため負担がかかり辛く頑丈だ。主翼はイギリス人技術者の意見を受けた楕円形は機動力向上に寄与し、沈頭鋲を使って空気抵抗を減じたことが高速化に貢献する。全体的に優秀な機体となっているのは技術者達の不断の努力の賜物だ。また、海軍側も要求を過度にせず丁度良いを求めたことも挙げられる。あまりにも過酷な要求をすると極稀にヒットするが大抵は外れるのだ。
戦闘機のため当然武装するが諸外国の動向を踏まえ本機(初期型)は機首にヴィッカース社7.7mm機関銃2門を有する。なお、将来的な換装を予定しており設計には余裕を持たせてあった。後の中期型ではブローニング.303に変更されるため正解と評する。7.7mm機銃2門は一般的で特に可もなく不可もなしの平凡だ。
速力は前述の創意工夫で空気抵抗を減じたが最もの一番の立役者はエンジンの強化だろう。日本は日英同盟を盾にして各国から優秀なエンジンを輸入しては研究に励んでいた。色々なエンジンが生まれたが本機は中島社の空冷9気筒『光』の800馬力を搭載する。中島社がイギリスを経由して輸入したカーチス・ライト社の『R-1820サイクロン9』を基に日本式へ改めて開発した。基本的な設計は模倣と言えるが随所で日本に適合するよう改良されてある。史実より強化された国力のお陰で初期型でも800馬力を発揮してくれた。後には少しずつ強化した900馬力や950馬力が登場してくるが複列14気筒にシフトしたため二線級の機体に使われる。更には現在鋭意開発中である国産スーパー・チャージャーを追加すると1000馬力を超える見込みが立った。
艦橋では無事に着艦を成功させたパイロットは艦橋で大歓迎を受ける。司令官直々にお褒めの言葉を頂き恐縮したが率直な感想を求められた。完成させたからと言って満足してはいけない。丁度よい機会であり「勝って兜の緒を締めよ」と忌憚のない意見を技術者達にぶつけさせた。彼らは自分で飛ぶことが無いか希薄である。実際に扱う者の言葉を得て反映しなければならなかった。
海軍が盛り上がった数日前には陸軍も内地の広い飛行場で新型戦闘機のお披露目が開かれる。
新たに建設された御殿場飛行場にて陸軍の新型戦闘機が優雅に飛行した。新兵の訓練や新型機の試験を行う大きな飛行場のため海軍と異なり離着陸で盛り上がることはない。しかし、逞しく飛翔する姿は地上の者を釘付けにし、ここでも軍人に開発を担当した中島・川西社と英仏の技術者が混じって皆で称え合った。
「海軍さんの九六式に比べどうなんだい?」
「試験では速度では20km/h近く上回っているし急降下にも耐えられる。ただ、旋回性能は劣っているから格闘戦は苦手なんだが急上昇と急降下を織り交ぜた急機動で振り切れた。どちらも優れた点があり劣る点もあるため一概に勝ち負けはつけられないな」
「初めての高速戦闘機だから当然だよ。陸軍は液冷エンジンを主とする方針である」
「えぇ。ま、相場さんは上手く九六式を操ってます」
陸軍の新型戦闘機である九六式戦闘機(陸)は機首が細いのが特徴と見える。空冷星型エンジンでは少し太った感じであるのに対して細長い形状は液冷エンジンの証だ。事実、陸軍九六式戦闘機はイギリスのロールス・ロイス社液冷V型12気筒エンジンである『ケレストレル』を愛知航空が国産化した『カリヤ』を搭載する。カリヤは初期型ながら700馬力を発揮した。もっとも、基であるケレストレルが過給機を搭載する計画がありスーパーチャージャーの国産化にも尽力する。まだ試作しか出来ていないが初期の一段一速を搭載した際は900馬力を発揮する見込みだった。
開発を担った中島社は空冷エンジンの開発を主流とする都合上で愛知航空の製品を採用している。幸いにも、まだ本格的に開発できずにライセンス生産を続けた頃は液冷エンジンに触れた経験があった。空冷を主流と舵を切った以上は開発計画を変えない。しかし、軍から求められた際は他社の優れた液冷を積極的に選ぶ柔軟さを保持した。変な意識は厳に慎しんで「挙国一致」をスローガンに掲げて世界に名だたる国産を作ろうと会社関係なく全員が団結する。
ここで皆様は陸軍と海軍でエンジンが異なるのかと思ったに違いなかった。一時的な事態ではない。これからは陸軍は液冷エンジン搭載機を主として海軍は空冷エンジン搭載機を主とする方針を定めていた。陸海軍は新型機開発で相互に協力し合うことを確約した際にエンジンを分けることも合意する。液冷と空冷は一長一短あり簡単に優劣をつけられないため、生産工場のラインがぐちゃぐちゃになる恐れがあった。したがって、いっそのことキッパリ分けてしまい生産ラインから現場の整備まで一本化する。米国並みの国力ならばごちゃごちゃでも力業で解決出来たが残念ながら未だに日本は及ばなかった。だから一本化してしまい生産と整備の負担を軽減する策を採用し、万が一空冷又は液冷が欲しい場合は柔軟に融通し合うことで合意する。
この方針に従い海軍は空冷エンジンの道として複列14気筒及び複列18気筒の開発を進めた。陸軍は既存のV型12気筒の強化とスーパーチャージャー開発に努めつつ、異端である大型機向けのX型24気筒の開発を始める。陸軍の後者はロールス・ロイス社から来日した技術者が考案してフランス人技術者が乗っかって日本人の同志を巻き込んでいた。
「武装は7.7mmの2門だが将来的には12.7mmに換装する予定がある。海軍は20mmを搭載する予定だが差別化するために陸軍は12.7mmで行くが、もちろん要請があれば提供するし20mmを貰うことも有りえた」
「12.7mmがブローニング社で20mmがイスパノ社と聞いていますが」
「そうそう」
九六式(陸)の武装は海軍機と同じヴィッカース社7.7mmである。また、全く一緒のブローニング.303に換装することを予定した。その先ではライセンス生産を手に入れたブローニング社12.7mmの国産化を待って更に換装するが、国産化の時期によっては既に始まった新型高速戦闘機に回される。会話にも出た海軍は12.7mmを飛び越したイスパノ・スイザ20mm航空機関砲の国産化及び改良を図った。海軍は空母から出撃し短時間でより多くの敵機を撃墜するため大威力を求める。とは言え、開発(又は改良)状況や実戦によって変わる可能性は十分にあり、陸海軍は航空用の武器/弾薬も融通し合うことを約束した。
そして、やっとこさ陸軍九六式の機体性能だが海軍機より高速である代わりに機動力で劣る。海軍は格闘戦志向を陸軍は一撃離脱戦志向を目指したからだ。だからこその液冷エンジンである。機首を細くできるため空気抵抗を減じて速度向上を見込めた。もっとも、高速化に伴い複葉機並みの機動性能は失われて真っ向勝負の格闘戦は負ける。基本的には速度性能を活かした引き剥がしや急降下又は急上昇で翻弄した。念のため言うが機動力が劣るだけであり特段悪くはない。
「イギリス本国では更に強力なエンジンを作り、引き込み式の脚を持った高速機を開発中と聞く。是非とも中島・川西社と三菱社にはソ連とドイツに勝る機体を作って欲しいものだ」
「楽しみですよ。臥薪嘗胆を続けた我々が花開く時はいつになるかね」
「さぁなぁ」
今更だが海軍も陸軍も独自の国産爆撃機も開発した。国産戦闘機に隠れているだけであるから安心してもらいたい。
さて、海軍も陸軍も新型機が出たばかりだが次の機体を開発させた。運命の開戦までに海軍は空母艦隊を揃えて友邦を助けに向かい、陸軍は基地航空隊を友邦に進出させつつ強力な機甲戦力を敵へぶつける。
あと4~5年が勝負であろうか。
続く
=あとがき=
〇海軍
三菱『九六式艦上戦闘機一一型』
エンジン:中島「光」一型800馬力
※後にスーパー・チャージャー搭載で900馬力~1000馬力まで強化
最高速度:470km/h
武装 :機首ヴィッカース社7.7mm機関銃×2
※後にブローニング.303に換装
航続距離:1200km(落下式増槽込み)
〇陸軍
中島・川西『九六式戦闘機(陸)』※(陸)は海軍機との混同を避ける便宜上の名
エンジン:愛知航空「カリヤ」一型700馬力
※後にスーパー・チャージャー搭載で1000馬力まで強化
最高速度:490km/h
武装 :海軍九六式戦闘機と同じため省略
航続距離:750km~800km
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